第114話・次の嵐は目前に
私が一晩程意識を取り戻さなかった理由はお医者さんの言う通り疲労と魔力の枯渇によるモノだったらしく、もう一晩ぐっすり休めば後遺症の心配も無く元気になる事が出来た。
あの時感じた頭痛の原因が身体の警告サインだったのだという事は分かったけど、精神力で抑え込む事が出来ると分かったのは良かったのか、悪かったのか。
魔力を完全に使い切った場合、この世界では一体どうなるのだろうか?
『物語』ならば枯渇は気絶し寝込むだけで済むある意味軽いモノから体中の魔力を失いミイラになる恐ろしいモノまで千差万別だったんだけど、この世界じゃどうどうなのか私は知らない。
『ゲーム』だと所謂レッドゾーンと言われる、数値として一桁とかになると強制的に意識がシャットダウンして日数だけ過ぎていたしシナリオの中でも別に完全に枯渇した場合の事なんて記されていなかった。
多分『わたし』が錬金術師コースばっかり取っていたせいで知らない、とかじゃないと思う。
だって魔力が一桁しかないゲーム初期の頃はともかく魔力に関して言えば魔術師よりも錬金術師の方が気にしないといけない事項だったし。
魔術師はそれなりのレベルにさえなってしまえば枯渇する程魔法を使う事はほぼ無い。
大規模な魔法も存在していて魔力消費の激しい魔法もあるにはあった。
それでも一桁って相当の事が無い限り無理だった上、外に出ての場合戦闘中に魔力不足で気絶する事は無かったし、日数で自動回復していたから外で「気絶しました」なんて事は起こらなかった。
数回選択した魔法科ルートでは魔力値を気にしなくて良いから楽だなぁとか思ってたよ『わたし』
錬金術の場合錬成のたびに魔力を使う上、目的の代物を作るために複数回の錬金が必要って事になって総合的に魔力をえらい使う事がある。
というか後半で錬成出来るようになったレシピはそういったモノしかなかったし。
御蔭で魔力値に気を付けないとあっという間に枯渇状態になってブラックアウト! 数日無駄にしました。……なんて状態によくなってた。
錬金術師だってレベルによっては相当魔力量があるのに、それだったからね。
正直錬金術って魔力喰いだと思う。
まぁ『ゲーム』のようにシステム化されていないこの世界では熟練度によって魔力消費を抑えたり、少量の魔力で錬成する術も存在している訳だから、一概に魔力を多く持たなければ錬金術師になれないって訳でもないみたいだけどねぇ。
とは言え魔力の完全枯渇は私にとっては他人事ではない。
実際今回の襲撃で私は無理を押して戦闘を続行しようとし、一応の安全を確保した途端気絶した。
魔力不足云々よりも問題にしないといけないのは警告を意図的に無視出来たという所だった。
今後も似たような事が起こった場合、私はまた警告を無視するだろう、それが必要と判断したならば。
その先が自身の「死」などでは大変困るのだ。
「(心構えが違ってくるわけだし)」
死にたくないのだから気を付けるようになるだろう……多分。
死にたくないという意志は強くても必要ならば無茶でも何でもしてしまう自分の悪癖は自覚しているので言い切れないのが悲しい所である。
それでも完全に枯渇すれば死ぬって言うなら気を付けると思いますよ?
ただ大丈夫なように魔力量を増やさないとなぁとも考えてしまうだけで。
この世界で魔力を増やす方法ってなんだっけ? とか書物とか探さないとなぁとか考えているけど、仕方ないよね?
無茶しない方向じゃなくて無茶しても大丈夫なように備えておく、って方向に意識が移行してしまうだけなんです。
「(まぁ障害は回避するんじゃなくて正面からぶち破っていく、又は乗り越えていくタイプという話なんだけどね)」
貴族令嬢らしくないのは百も承知です。
一応取り繕う事は出来るからいいんじゃないかな?
……もうすぐ貴族令嬢という猫をかき集めて纏い、ある場所に行かないといけないんだけどねぇ。
回復するのがもう少し遅かったら良かったかなぁと思ったのは私だけの秘密である……いやお兄様やリア、黒いのにはバレてる気がするけど。
一応二晩程度安静にする事で元気になった私が最初にしたのは謝りまくるお父様を宥める事だった。
宰相として城に向かったお父様は内心私の事が心配で一人残す形なったお兄様が心配で色々一杯だったらしく、探りを入れに来た相手や悪意を持って揶揄しに来た相手に飽き足らず書類を持ってきただけの相手をも震え上がらせたらしい。
お父様、明確な敵はともかく仕事を持ってきた人達まで怖がらせたのはやり過ぎです。
というよりもお父様って焦ったりするとブリザード発生させるタイプだったんですね、ちょっと意外です。
普段はどっちかと言えば優男風のお父様の意外な一面発覚である。
お父様の部下の方々お疲れ様です。
ん? 他の人ですか?
お母様の時も思いましたけど、自業自得ですよね。
家族を心配している人に対して悪意を投げかけに来たり探りに来たり、気が立った人間の逆鱗にわざわざ触れに来たんだから、自殺願望を持つ行動的な方なんじゃないですかねぇ、と思ったまでです。
まぁお父様の焦りがブリザードという形で出た以上何も出来ず追い返されて無傷だろうし、ご愁傷様としか言いようが無いんだけどね。
という事で私の目覚めで取り敢えずの心配はないと分かって落ち着いたから良かったけど、代わりと言えば良いのか殿下達を止める事が一歩遅れたらしく、殿下達の電撃訪問という事になってしまったらしい。
その事もかなり謝られた。
あと、まぁ私が目を覚ました時傍にいれなかった事も謝ってたかな?
そこらへんはお母様に言ったのと同じように気にしていないと告げておいたけど。
お父様に謝られる事は殆ど無い。
というか今回の襲撃について私が聞きたいのは謝罪じゃなくて、お父様が何処まで「知っていた」かだ。
私達を囮にする事を承知していたのか、危険がある事を何処まで知っていたのか。……私達を何処まで利用していたのか。
勿論殿下達を巻き込む今回の襲撃の全容を掴んでいたとは思わない。
お父様は宰相として私達自身の子供はともかく次期国王である弟殿下や王族である兄殿下へのリスクを承知しないだろう。
だから今回の襲撃は本当にお父様にとって想定外だったに違いない。
けど、だからと言ってお父様が私に高品質の魔石を渡した事や先生方が事前に私に自衛を促した事を無かったことには出来ない。
何かしらの意図があって私達、特に私に何かしらの役割を課していたんだろう。
そこらへんの真意が知りたかった。
お父様は家族を愛している。
けど同時にこの国の貴族であり宰相なのだ。
平民的な愛情を家族に抱いたとしても生粋の貴族である事はあえて口に出す必要無い程に当たり前の事でもある。
感覚が私とは違ってくるのも仕方ない。
だからこそ私は何処まで意識に乖離があり、すり合わせが可能な範囲なのか、どうなのか、それを知りたかった。
謝るお父様に私は謝罪よりも真意を知りたいとストレートに聞いた。
此処で遠まわしに言っても仕方ないから。
お父様はかなり驚いていた。
そりゃ当然だろう。
家族だろうと疑っているのだとはっきり言ったようなもんなんだから。
怒っても仕方無かったかもしれない。
けどお父様は怒らなかった。
ただ凄く驚いてはいたけど。
「……そうか。そうだね。ダーリエは気づいてしまう……違う、自分で気づく事が出来る娘だったね」
それだけ言って微笑んだお父様からは悲しみは感じられたけどやっぱり怒りは無くて、どちらかと言えばその悲しみも自分自身に向いているような気がした。
「一連の後始末が終わったら話そう。子供だからと言って何も知らないままでいい訳じゃない。ダーリエもアールも自分で考える力があって、知るも知らないも自分で選ぶ権利がある。――――中途半端が一番始末に悪いという事か」
お父様の最後言葉はとても小さくて、多分近くに居た私しか聞こえなかったと思う。
何かをとても後悔している声音。
その先は自分へと向けられている、と感じた。
「けれど、そうだね。一つだけ――僕等はダーリエもアールも愛している。この言葉だけには欠片の偽りも無い。それだけは信じてくれるなかな?」
それだけは時に偽りを述べなければいけない僕の真実だから、と言って笑うお父様はこの国の宰相としての顔だったのか、それともラーズシュタイン公爵家の当主としての顔だったのか。
家族を愛する父親としての顔だと思ったのは多分私の願望なんだと思う。
私は「ワタクシもお父様を愛してますわ」とだけ言って微笑んだ。
一連の事が終わった後の家族での話し合い。
出来れば、誰もが納得できる、家族であれる話し合いである事を願う。
お父様から謝罪やらお話合いの約束やら元気になってからも色々やる事はあったけど、それも一応一段落してから少したった頃、城から召喚要請が来た。
……何故か私にだけ。
城への召喚要請という事は公式の場への御呼出しという奴でいいんだと思う。
そんな場にまだ家の者として認められた、半人前扱いされたばかりの子供を一人で呼び出すって。
普通はお父様を付き添いとして共に召喚するはずじゃないだろうか?
それか当事者であるお兄様を共に召喚するか。
どっちにしろ私一人とか普通に有り得ない。
しかもしかもまだ問題が。
何でか知らないけど謁見の間に来いって話みたいなんですが?
え? 下手すると「私VS上層部多数」って構図になりませんか?
色々有り得ない! と叫んでも許されると思う。
一体今回の件においての私の立場は一体何なんだろうか?
巻き込まれた被害者? 首謀者の一人? それとも危険人物? ……あー最後は無いか、陛下と直接対峙する場所なんだし。
けどまぁ子供扱いはあんまりされてない気はするなぁとぼやきたくなった。
「もしかしてお父様は宰相としていらっしゃらなければいけないから、などと言う理由ですか?」
「……それだけだったら良かったんだけど、ね」
お父様の渋い顔は他に色々理由がある事を指し示して、気が重くなるばかりである。
「ダーリエ」
「はい」
「今回の謁見は異例中の異例だ。そして多分今回の謁見でダーリエは思い切り不快な気分になるかもしれない。……と誤魔化してもダメだね。はっきり言うとダーリエは絶対に気分を害する事になる」
「言い切りますわね、お父様」
「だって今回のような件ならば陛下のみと会うという私的な呼び出しでも済む話なんだ。ダーリエがまだデビュタント教育も受けていない年齢なんだからね」
礼儀作法なんてまだまだ習い始めたばかり、ひよっこどころか卵から出ていない状態の子供を陛下と謁見させるなんて普通ならば恐ろしくて出来ない。
私的な空間と違い召喚要請まで出した公式の場では年齢なんて殆ど加味されないのだから。
陛下に不敬をやらかせばそれだけで人生お先真っ暗、って事になりかねない。
幾らお行儀の良い子でも親ならば絶対に回避したい事態だろう。
この年の年齢の子供を甘く見ちゃいけない。
幾ら教育を始めていても子供には私的な空間と公的な空間の違いなんて知る訳がないから、何をしでかすか分かったモンじゃない。
恐ろしくて行かせられないって言うのは当たり前の感情だと思う。
「この召喚要請は出した陛下が非常識だと言われても可笑しくないモノなんだ。それを分かって陛下はコレを出さなければいけなかった。そして僕にも今回の召喚要請を拒否する事は許されないとおっしゃった」
「陛下が跳ねのける事が出来ない場所からの横入りがあった、という事ですか?」
「それもあるし……あとは僕が使えない人間を派閥に入れている理由も絡んでくる。色々複雑な事情が絡んできていてダーリエが断る事は出来ない状況になっているんだ」
ラーズシュタイン公爵家を頂点とした派閥は他の派閥とは明らかに違う所がある。
派閥に居る人間の中に明らかにラーズシュタインを見下している存在が大きな割合を占めるのだ。
隠す事すらしない恥知らずが相当数いる。
それらをお父様が強く諫めている所をあまりみた事が無いけど、どうやらそこらへんも理由があったらしい。
お父様が貴族らしくない振舞いをしているせいってだけではないらしい。
同時に前にあった騒動の時お父様の宰相として、派閥のトップとしての力量が疑われなかった理由も絡んできているらしい。
全てがある程度終結すれば説明してくれるとは約束してくれたけど、その前の難関として今回の謁見中の出来事が立ちふさがるらしい。
これを前哨戦だ! と思う程好戦的にはなれないんだけどなぁ。
嫌だという心境が顔に出ていたのかお父様は宥める様に私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「だから、そうだね。僕がダーリエに望むのは――何があっても自分の心に素直に従って欲しいという事だけかな」
「お父様はワタクシが「何なのか」を知っていて、それでもそうおっしゃるというのですか?」
私の中見はただの子供とは言えない。
むしろ今回の襲撃はそんな私の「異端」が露見した形になっているはずだ。
だというのに「何を言われても黙っていろ」でもなく「子供らしく振る舞え」でもなく「自分の心に素直に従え」というなんて。
事情を知る第三者が居れば正気の沙汰では無いと言われても可笑しくは無い。
お父様のお考えが私には分からなかった。
今度は困惑を隠さずぶつけるとお父様は何処か困ったように微笑んだ。
「ダーリエは自分の心に素直に従ったとして、陛下を害したりするつもりなのかい?」
「いいえ、そのような事は致しません」
「僕や殿下達を悪しように罵り場を混乱させたいのかい?」
「有り得ませんわ。お父様を罵る言葉などワタクシは持ちえません」
殿下に関しても罵る程悪感情を抱いてはいない。
兄殿下に対する怒りも一度爆発した御蔭か一応収まる所に収まっている。
罵る言葉など謁見の場で発する事はないだろう。
「声高々に反論する?」
「……場合によっては否定できませんわ」
あるとすればそれだろう。
理不尽な事を言われて何処まで我慢できるだろうか?
はっきり言って自信が無い。
表面を繕ってなぁなぁですます事は出来るだろうけど、それを認めた場合お父様達に迷惑が掛かると思った時、私は遠慮なんて相手にしないだろう。
子供らしくない姿がバレようとも私は私の大事なモノを傷つけようとする存在を許しはしない。
その結果私が「異端」であると暴露されても私は決して後悔しない。
そのせいで家に迷惑が掛かってしまう事だけは、もっと上手くやればよかったと思うかもしれないけど。
「ならば何の問題も無いんだよ、ダーリエ。今回の謁見は陛下の意志ではない事はもう知らされている。非常識が誰であるのかもう誰もが分かっているんだ。多分陛下もダーリエが何を言ったとしても不敬には問わないし問わせないはずだ。……だからもし「誰かが」ダーリエにやり込められようともダーリエに何かしら不備が降りかかる事は無い。……そんな事僕がさせない」
陛下まで今回の謁見を良く思ってないって……。
ごり押し出来る権力も権力だし、非常識の誹りを気にしない所本当に貴族ですか? と言いたいし、色々突っ込み所が多いんですが。
「今回の事を陛下は色々な事への足掛かりにするおつもりなんだ。ただその切欠に大事な娘を宛がうなんて本当は嫌なんだけどね」
「お父様」
本当に苦々しく言うお父様は今回の事は回避出来ない事だと分かっているのだ。
父親として娘である私を心配したとしても貴族として宰相として最善を選んだ。
結果として私が矢面に立つ事も飲み込んで。
私には家族を愛する私人としての姿と国を第一にする宰相としての姿が鬩ぎあっているように見えた。
そんな姿に何故か「わたくし」の心が騒めいた。
「お父様。ワタクシは宰相としてのお父様のお役に立てると思いますか?」
これは「私」の心だろうか? それとも「わたくし」の心だろうか?
何方にしろ私は答えが欲しいと強く思った。
「切欠」と言った。
私が気分を害すると断定した。
家族を愛するお父様が私人としてならば絶対に許さないであろう出来事が謁見では起きるのだろう。
それでも私に謁見に行くように言っているのは公人としてのお父様だ。
なら私は宰相であるお父様の望むように、宰相の手助けが出来ると認めて下さっていると思っても良いのだろうか?
多分幼い「わたくし」が答えをとても知りたがっている。
存在価値を認められないと心の底で願っていた幼い「キースダーリエ」がお父様の答えに期待と不安を抱いている。
そんな心境が顔に出ていたのかお父様が一瞬驚いた顔をしたような気がした。
けどお父様は直ぐに柔和な笑顔――公人としての仮面を被ると頷いた。
「キースダーリエなら出来ると思っているよ。だってキースダーリエは僕達の自慢の娘なんだから」
――そのお言葉だけでじゅうぶんですわ、お父さま。
幼い「わたくし」の喜びの声が聞こえた気がした。
元より私は断るつもりはなかったし、家に迷惑が掛からない程度に自由にやるつもりだった。
だって今回謁見の場を設ける事をごり押ししてきた相手は私にとって明確な「敵」となるのだから。
だからまぁ陛下が本当に私に対して不敬を問わないと明言してくれるならば……私は遠慮なんてしない。
幼い「キースダーリエ」の憂いも晴れた私は感じた高揚感のままに謁見に臨む事になったのである。
……いやまぁ、流石に謁見の間の前の大きな扉を前にした時には冷めましたけどね。
さてどんな相手がこの先に居る事やら。
出来れば私を見下して優位性を疑わないお馬鹿さんだと良いんですけどね。
だってそんな相手なら隙が見えて逆転しやすいでしょう?
私は内心決して良き笑みとは言えないモノを浮かべると謁見の間に一歩足を踏み入れるのだった。
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