第115話・嵐模様の謁見




 格調高い彫刻が彫られた柱に支えられた荘厳な空気が醸し出された広い空間。

 見上げなければいけない程高い天井や柱、それに壁に彫り込まれた彫刻は繊細かつ重厚感を感じさせる品良いモノで、長い歳月でもって歴代の王を見守って来たのだという矜持すら感じさせられる。

 ディルアマート王国は国が興ってしばらくは周辺国と争いが絶えなかったらしいが、国を揺るがす程の戦は起こっておらず、王都が攻め入られた事も無い。

 小国を纏めて帝国となった隣国と不可侵条約を結んでからは存亡を掛けた争いなど起こった事は一度も無かった。

 今も特に火種が燻っている事も無く、関係は良好である。

 だからか王城も経年劣化による損傷こそあれど――それすらも魔法で抑えられているために殆ど見られない――謁見の間が血や怨嗟で穢された事は無い。

 謁見の間は王国にとって王族の揺るがない治世を暗に示しているのだと言っても良い。


 という事で、謁見の間は煌びやかでとっても入る事を怯む場所なんですよねぇ。

 何重にも猫を被りまくって、今までの淑女教育を総動員して一挙手一投足に神経を尖らせて、それでもなお足りないと言われてしまうような場所である。

 この年で近づきたくはない場所ナンバー1ですよね、実際。

 いや、外見通りの年齢なら憧れの場所になるのかな?

 公式の場として最たるものだしね。

 此処に呼ばれるって事はそれなりの功績を立てているって事になるかもしれないしねぇ。

 断罪の場って可能性も否定できないと思うんだけどね。

 私の外見年齢で其処まで考える人は流石にいないだろうけど。


 気鬱でしかないから内心ため息をつくと小さく身じろぎしたせいかヴェールが肩から落ちるのが目に入った。


 今回王様との謁見のためにドレスを新調する事になった。

 子供とは言え貴族だから前にパーティーに行った時の格好ではダメらしい。

 事前に召喚要請して日時を決めたからか急すぎてドレスを作れませんでした、という言い訳も出来ないモノだから、それこそ急ピッチで私のドレスは作られた。

 ちなみに私は一切口を出してしません。

 これで私がデビュタントした後ならば自分で選ぶのも淑女の嗜みとなるんだけど、現時点では私は半人前もいい処。

 こういった場合服は母親が指示を出して作られる。

 貴族の奥方様って言うのは、そういった家長がいなかったり、手だし出来ない所を補い家の事を取りまとめて指示しなければいけない。

 こと家の中に限定すると当主よりも奥方の方が権威が高い事もあり得るんだとか?

 

 という事で今回のドレスはお母様のプロデュースである。


 まだ私が子供だからか原色ではなくパステルカラーで纏められたドレスは「キースダーリエ」をよく分かっているお母様の采配と言うべきか、私の性格をよく知っているというべきか。

 空色で纏められたのはキースダーリエがピンクが似合わないという事なのかな? あー私は暖色よりも寒色の方が好きだから、そのせいかな?

 ただ今はいいけど、キースダーリエの纏っている色彩って気を付けないとスッゴイ冷たい感じになると思う。

 ふわふわさんは私には無理です。

 銀髪も瑠璃色の眸もキースダーリエには似合ってると思うけど、私が思う似合う方向に突っ走ると悪役一直線! やらラスボス! っぽくなると思う。

 自分で決めるようになったらリアやらお母様と相談して気を付けるようにしないとねぇ。


 まぁ今回は似合うドレスを仕立ててもらったからいいとして、何というかヴェールが邪魔というか、花嫁じゃないのにヴェールしてもいいのか? という疑問が沸くというか。

 ともかく今回の謁見の理由によってはちょっと相応しくないと言われそうな装いだなぁと言われそうである。

 お父様が見て何も言ってこないし大丈夫なんだろうけど。

 しかもこのヴェールって私の髪が短い事を隠すまではいかなくてもインパクトを減らすための苦肉の策だろうし。

 銀糸で編まれた薄いヴェールを耳の上あたりで髪留めで止めている。

 こっちはこっちで銀細工なんだけど繊細な造りは私が壊してしまわないか戦く代物である。

 宝石の代わりに魔石が嵌め込まれている。

 どうもここら辺はお父様の錬成品らしく、魔力を回復させる効力を持っている、らしい。

 他の効力は付加していない、とお父様は言わなかったからなぁ。

 陛下との謁見に行くだけなのに戦場に行くような魔道具を渡されるとは……嫌な予感がひしひしとします。

 もうどういってもどうしようもないけど。

 ただ錬金術って便利だなぁと遠い眼をするばかりです。


 お母様のプロデュースにお父様に錬成していただいた魔道具である髪留め、後リアとお兄様の声援を胸に私は謁見の間に踏み込んだのである。

 

 視線が私に突き刺さる。

 突き刺さり過ぎて視線が物質化されていたら私は串刺しになっているだろう、と言いたくなるほど遠慮がない。

 少しは遠慮してください、私は子供ですと声高々に言いたい気分です。

 謁見の間に居るうちの何人が「敵」なのかは分からない。

 もうお父様以外は敵だと思っていた方が気が楽なんじゃないかと思う。

 と思ってたけど殿下達も居るし、両殿下は積極的には敵にならないと思いたいし陛下が敵なんて考えたくはない。

 私が何か粗相をしない限りは大丈夫、だと思うんだけどね。


 隠す事に長けているであろう兄殿下はともかく弟殿下も一見表情を取り繕えているように見える。

 ただ……うーん、何となく元凶が分かると云うのか、何というか。


「(明らかに距離を取っている相手が居るっぽいんだよねぇ)」


 殿下の近くに立つ事を許される家格がある事に驚けばよいのか、子供とは言え王族の男子にあそこまではっきりと距離を取られているのに気にしていない図太さに呆れればよいのか。


「(あー。殿下達が子供だから一時の事だと高を括っているのかな?)」


 だとしたら殿下達を見下しているとしか思えないけど。

 王族男子としての自覚がある彼等がこんな場で子供の癇癪を起こす訳ないのに。

 弟殿下の場合直感かもしれないけど、だからこそ覆す事は難しいって思わないのだろうか?


「(私としては元凶の一人が誰か分かって良いんだけどね)」


 問題としては……元凶さんらしき人、見おぼえあるんだよねぇ、って事だったり。 


 親類ではない。

 無いのだけれど、だからこそどうしてこの人こんなに偉そうなんだろうか? と疑問に思った人だ。

 ラーズシュタイン公爵家をトップに置いている割にはあの初老の男性を敬っている……まるで派閥のトップかのように追随している人がちらほら。

 ご当人も何故かお父様に対して上から目線であれやこれや。

 派閥の人間ではないからこそおかしいと言える存在だったせいか結構目立ってたんだよねぇあのご老人。

 

「(あともう一つ。あの人は「わたくし」が嫌いだ)」


 何故かは知らないけど、直接私に悪意を注いだ中にあの御老人もいたから確実に彼は「キースダーリエ」が嫌いだと思う。

 今だってその目に宿るのは心配でも不安でもなく、ただただ蔑み嘲る光のみ。

 明確に「敵」と分かる所業にはもはやため息も出やしない。


「(まさか陛下にごり押し出来る程度の権力の持ち主とは……そりゃそうか)」


 公爵家当主であり宰相でもあるお父様を見下せる事が一応許されている程度の権力をお持ちな訳だし。

 良くても対等だと思うんだけどねぇ。

 元々王位継承権を持っていた王族って訳じゃあるまいし。


 取り敢えずの敵を認定しつつ陛下の御前までしずしずと歩いていく。

 ……謁見の間って静かだからさぁ。

 色々聞こえてますけど?

 「みすぼらしい」だの「あの髪では貴族に見えない」だの、挙句の果てに「あれでは何処にも嫁ぐ事も出来ないだろう」だってさ。

 皆々様、髪は伸びるって当然の常識をお知りならないのでしょうかねぇ。

 そして私の年を考えて下さい。

 まだ結婚が決まる歳じゃありませんから!

 私がラーズシュタイン公爵家の次子である事すっかり忘れていません?

 後、私の年の子供に寄ってたかっての暴言はご自身の首を絞めるだけですよ?

 大人げないって醜聞になる事だってあり得るんですからね。

 少なくともお父様は絶対に聞こえているし、許さないと思うよ?

 国のためにならない行為ではない上に私に分がある以上、後にお父様に叩きのめされても自業自得です。

 私は止めませんからね。

 自分を悪しきように言う輩に対して報復を行う事を何故止めないといけないのか。

 むしろ思う存分やって下さい、お父様! と背を押したいくらいです。


 喧しい内心を一切隠して私は陛下の御前に参ると跪き頭を下げた。

 公爵家として殆ど貴族に対して最敬礼をする必要が無い私が膝をつき頭を垂れなければいけない数少ない相手、それが目の前に居る国王夫妻だ。

 特に公式の場とこの場が設けられている以上、最低限の礼儀は必須であり、其処に子供である事は加味されない。

 後の私の評判にも関わるし、何より公爵家の教育を疑われる。

 何とも厳しい場である。

 此処に投げ込んでくれた人たちを私は絶対に許さない。


 取り敢えず私の動きは及第点だったらしく、それらに対しての文句は聞こえてこない。

 代わりに「子供らしくない」というお言葉は聞こえるけど。

 どっちにしろ囀るしかない花々や鳥たちはこのさい無視だ。

 構っている余裕なんか無いし、どうでも良い。

 私が神経を巡らせないといけないのは目の前に居る陛下と……王妃様だ。

 二人の、特に陛下の機嫌を損ねてしまえば御終いだ。


 まぁ王妃様には既に嫌われているような気がしないでも無いけど。


「ラーズシュタイン公爵家の令嬢、キースダーリエだな? 面を上げて構わない。――叱責のために呼んだ訳ではないのだからな」


 陛下の許可を受けて私は頭を上げると陛下達を見上げた。


 陛下は金髪に金眼の美丈夫である。

 お父様と学年が同じだったらしいので同世代と思われる。

 何というか弟殿下は面影があるなぁと思う。

 同じ【光の愛し子】である事もあるかもしれないけど、顔立ちが似ているんだろう、きっと。

 このような場だというのに快活に笑む姿は豪放磊落な雰囲気を醸し出しているが、正直読めない所があるようにも見える。

 王様ともなれば小娘に感情を簡単に読まれるなんて事ないって事なんだろうね、多分。

 

「(というかお父様と並ぶと年齢が読めなくなりそうなんだけど)」


 どっちも若々しいというか、何というか。

 内側から活気に満ちている、という事なんだろうか?

 どっちにしろ、隣で笑みの一つも浮かべる事が無い王妃様と対照的過ぎて目立つですが、何方とも。


 そう言えば国王夫婦は恋愛の情で結ばれた相手ではないって噂があるんだっけ。

 

 口さがない宮廷雀達はこれ見よがしに王妃の下世話な噂を流しているとかいないとか?

 とは言え嫌悪だけだったら弟殿下いないだろうし、信頼とかで繋がっているんだろうか?


「(だとしたらあまり喜ばしい事にはならないという事になってしまうんだけど)」


 黒幕の可能性が高い王妃様に追及する事が出来なくなってしまうのだから。

 

 そう、私は今回の黒幕が王妃様だと思っている。

 少なくとも襲撃に関していえば王妃様が関与しているはずだ。

 王城内で陛下と王妃、二人の目を掻い潜り手引きする事は不可能だ。

 どちらかを味方に付けなければいけない。

 お父様があそこまで信頼し仕える陛下がお父様という絶対的な味方を失ってまで我が子を亡き者とする理由は今の所存在しない。

 生死にすら関心が持てない、場合でも継承権上位の存在を消す理由なんて無いだろう。

 乱世の混沌期でもない現在、我が子であり王位継承権を持つ王族の男子を亡き者としなければいけない程の理由は存在しないのだ。

 ならば王妃様は? となった時、どうしてもあの時の暗い眸が思い浮かんでしまう。

 王妃様とて我が子が危険に陥った事は確かだが、両殿下の性格をそれなりに知っていれば弟殿下は無事な方向にもっていく事は可能なのだ。

 あの状態で兄殿下は自分の命よりも弟の命を優先していた。

 私がいなければあの場で戦い時間を稼ぐのは兄殿下の役割だった。

 もしかしたら兄殿下が死した時点で何かしらの合図を送り騎士が駆けつけるように仕向けていたかもしれない。

 死ぬまで行かずとも継承権を放棄せざるを得ないような怪我さえしてしまえば弟殿下は無事なまま地位は安泰だ。

 国母であるという地位安定のためか、腹を痛めて産んだ子供可愛さ故か。

 どちらにしろ王妃には強烈な動機が存在するという事になる。


 国王夫妻の何方かの協力が必要な状況で片方に強烈な動機が存在していれば?

 そりゃ動機持ちを疑うよね、って話である。

 ミスリードなんて現実世界ではそうそう起こらないだろう。


「(なにより私は殿下を見ていたあの暗い眸が忘れられない)」


 殿下を見る恋敵を見るような湿った情の絡んだ重苦しい眸。

 何をしでかしてもおかしくはないと思わせる恐ろしい眸。

 

 私を見る無機質な眸を見ているからこそ分かる差異が一層恐ろしいと思ってしまう。

 

 王妃様は兄殿下――ヴァイディーウス様の事を自らの子として認めていない。


 そういう事なのだと私は思っている。

 だからこそ今回の襲撃を実行出来たのだと。


「(兄殿下ご自身は私と同じ結論に達していると思う。もしかしたら弟殿下も)」


 さて陛下はどうだろうか? という話になってしまう訳だけど。

 

 私を見る王妃の眸は相変わらず無機質だ。

 恐ろしいくらい感情が見えない。

 けど陰鬱とした暗さは感じられるから決して好意的ではないと分かるけど。

 陛下は……正直分からないと思った。

 私に対する敵愾心は見えないけど、国の長として感情を隠す事などお手の物だろうとも思うから隠しきっている可能性は除外する事は出来ない。

 お父様が陛下に抱く信頼感を知る者としては積極的に私を排除する理由が無ければ何かしらの事をしてくるとは思えないけど。


 私は表情を変えぬまま陛下を見やる。

 陛下は私の視線を受けて快活に笑った。


「その歳で礼儀作法は申し分ないようだな。だが本来ならば公式の場に出る事を心配される年頃である事は違いない、か」


 陛下は少し悩んだ後チラっとご老人と王妃様を見やると再び私に視線を合わせる。


「キースダーリエ、この場で其方の言動に責は問わない。――何が起ころうともだ」


 陛下は謁見の間に響き渡る声で宣言した。

 途端謁見の間中が騒めきに満たされる。

 中には舌打ちなども聞こえてきて、貴族教育どうなってるの? と突っ込みたくなった。

 大半の人は分かってるだろうけど、陛下は「私は」罪に問わないと言っただけで、この場が一瞬で無礼講が許可された訳じゃないんだけどね?

 半人前とは言え公爵令嬢に向かって舌打ちとは中々愚かで度胸の据わった方々ですこと。

 お父様がとても良い笑顔で舌打ちした人達を見てますけど。

 ブラックリスト入りおめでとうございます。

 

「ありがたく存じます」

「うむ。此度はまだ社交の場に出ていないような幼子にこの場を設けてしまった事を謝罪する。すまなかった」


 頭こそ下げなかったが陛下の謝罪の言葉に再び騒めきが広がるけど、これは流石にすぐ収まった。

 だって一応此処で謝っておかないと陛下の方が非常識扱いされちゃうもんね。

 そりゃ謝罪の一つもするわな、と理解出来てしまった。

 だからまぁ私は


「勿体ない御言葉に御座います」


 って言うしかないよねぇ。

 

「其方のような礼節を身に着けた娘である事が救いだな。オーヴェシュタイン、其方の娘は素晴らしいな」

「私の自慢の娘に御座いますから」

「少しは否定しろよ、オマエは」

「その必要が?」

「無いんだろうな、お前さんの場合」


 突然崩れた陛下の御言葉遣いにも驚いたけど、それ以上に謁見の間でさえ此処まで許されているお父様に私は驚きを隠せなかった。

 この場にいるお父様は宰相なのだ。

 そしてこの場に居るのはご学友ではなく陛下なのである。

 だというのに、まるで親しい御友人である姿を許されているかのような振舞い。……いえ、事実それは許されているのだろう。

 周囲を探ると呆れた様子の方が殆どだ。

 つまりこんなやり取りに慣れているという事に他ならない。

 

「(学友であり親しい友であるとは先生方に聞いていたけれど、まさか此処まで許されているなんて)」


 そしてそんな親しさを苦々しく思っている方も居る。

 推定元凶の御老人なんてその筆頭なんだろうと思う。

 苦々しい表情を隠しもしていないのだから分かりやすい。……後、王妃様もあまり良くは思ってないと思う。

 陛下とお父様を見る目には多少なりとも不服という感情が見え隠れしているから。

 

「キースダーリエ嬢が礼節を身に着けた令嬢であると知っていたのだろう。こうした場を設ける事を熱心に押してきた者がいたのだ。確かに年齢を考えれば驚く程に聡明なようだ。ならば自慢したくなっても仕方あるまい」


 そう言って陛下はこの場を設けた元凶を見やった。

 それはやはりあの御老人だったんですけどね。

 誉め言葉であるけど、本来の目的ではミスをし本能のままに振舞い謁見をぶち壊す私を望んでいたのに、その真逆の評価を受けそうな事に憤慨している事だろう。

 素直に誉め言葉として受け取る事なんて出来ないに違いない。

 そもそも陛下だって誉め言葉として言っている訳じゃないしね。


 今回の非常識の原因であり、本来ならば悪意を持ってこの場を設けた人間が誰なのか?

 それを陛下は仮初の誉め言葉と共に無言で指示したのだ。

 表面上の言葉で納得する人間は溺愛していると思い苦笑する程度で済むだろう。

 だけど裏の意味を受け取る事が出来る者にとって、これは逃げ道を潰した事と同義であり、陛下が決して今回の蛮行を許していないという事を示している言葉だという事まで感じ取ったはずだ。

 見せしめとまでは居ないが、思想を共にしている人間にとってはあまり良き方向とは言えないのだろう。

 幾人の顔色が明らかに変わった。

 この状況でも顔色一つ変わらない人達は何処までも貴族らしいという事なのだ。

 敵に回すと厄介だという事とイコールで結ぶ事が出来るんだろうけど。


「キースダーリエ」


 陛下の声音が変わる。

 施政者として、王としての変化に私も自然と跪く。

 尊顔を拝見する事は許されたから頭は下げない。

 ただ陛下の御言葉を待つのみだった。


「此度の襲撃事件は私達にとっても予見できぬ事であった。だがそんな事は其方等には関係のない事のはずだ。よりにもよって王城での凶行を見過ごしてしまった事に謝罪を。同時に其方達の御蔭で実行犯は捕縛する事がかない、息子達の身は救われた。王として、そしてなにより父親として礼を言いたい。――すまなかった。そしてありがとう。其方等を含めた子等が皆五体満足で本当に良かった」

「過分な御言葉を痛み入ります。此度の襲撃により陛下に思う所は御座いません。ただワタクシ達にお心を砕いて下さった慈悲に感謝を感じるのみに御座います。――お気遣いいただき本当に有難うございます」


 謁見の間で子供の振りをする気は無かった。

 お父様に事前に言われていたという事もあるけれど、元凶にとっては私のこういった振舞いの方が不快だろうし、今後の判断材料としてサンプルが欲しいと思ったのだ。

 誰が味方で誰か敵か、今の私には判別出来ない。

 だからこうやって子供らしくない対応を見て、恐れるのならばともかく苦々しく思っている存在の顔を知っておきたかった。

 私が小賢しい小娘だと認識した相手の顔はイコールで私の敵に回る可能性があるという事なのだから。


「大人顔負けだな、本当に。――事情は大まかに聞いて知っている。キースダーリエ、其方には褒美を取らせようと思っている。継承権第一と第二の命を救ったのだ。何でも言ってみるが良い」


 先程までの威厳ある顔ではなく、何処か親しみを覚える顔になった陛下の言葉に幾度目かの騒めきが謁見の間を包んだ。

 

「(そりゃ子供の願い事なんて大した事は無い訳だけど、此処まで子供らしくない私を見ているのに良いんだろうか?)」


 とんでもない事を言いだしかねないと思うんだけどね。

 例えば殿下の何方かの婚約者になりたいとか、お兄様ではなく私が次期当主になる事の確約とか。

 私自身はどっちも御免だけど、そこらへんを言い出されたら約束するんだろうか?

 そういった事を思いつく可能性はあると幾人かの目が煩いのですが?

 貴族らしく考えれば、権力などが手の中に転がり込んでくる格好のチャンスって奴なんだろうね、きっと。

 正直まだ半人前の子供に何を言っているんだか、と言いたい所なんだけどさぁ。

 特に推定元凶の御老人が物凄く恐ろしい眼で私を見ていますが?

 私を愚か者と見たいのか、小賢しい子供と見たいのか、どっちなんでしょうかね?

 それ、両立しませんけど? 

 

「ワタクシは誇り高きディルアマートの貴族としての責務を全うしたに過ぎませぬ故、褒美など勿体ない御言葉に御座います」


 暗に礼なんていらないよー、と言ってみた訳だけど。

 此処で功績として扱われるのって今後に響きそうなんだよねぇ。

 別に危険視されているとかそういうこの国に居られないような事じゃなかった訳だし、言葉だけで充分かなぁと思う。

 褒賞金貰っても困るし、子供がお金強請ってどうするんの?! って話にもなるし。

 王城にしかない書物って手も無くは無いけど、現時点で家の本だって読み解けない私じゃそれこそ宝の持ち腐れだしねぇ。

 ――今回の襲撃事件を全て詳らかにして欲しい、なんて国のトップに口だし出来るわけないし、ね。

 成人してればまた話は別だったんだろうけど。


 陛下は私の含まれた意味合いも過不足なく受け取った上で、少しの驚きと共に多大な好奇心を刺激されたような顔をなさっている。

 どうやら陛下の中身を両殿下ともあまり継いではいないらしい。

 豪放磊落でどちらかと言えばアグレッシブな方なのかもしれない。……見た目通りと言えば見た目通りだけど。


「謙虚な事だ。本当に何でも良いんだぞ? 例えば優秀な家庭教師。例えば自分に仕える騎士。例えば……素敵な婚約者」


 最初のはともかく、残り二人は夢見る娘ならば食いつきそうですね。

 自分だけを守ってくれる一途な騎士。

 所謂イケメンで自分だけを愛してくれる婚約者。

 確かに物語の中では定番であり、年頃の娘が夢見る甘くて甘くて胸やけがしそうな夢物語。

 ……問題はそれを「私」ならば実現できてしまうだけの権力が家にあるって事なんだろうなぁ。

 ラーズシュタイン公爵家は現当主が宰相であり、建国時から連綿と続く古参の公爵家だ。

 権威を持ち資金を持ち確かな血筋を持つ貴族の家に生まれた私は望めば得られる地位なのだ。

 ただでさえ何でも叶える事が出来る地位に居る娘に後押しのような言葉を陛下に掛けられては……とんでもない我が儘娘になっても可笑しくないというのに。

 陛下はお父様から話を聞いていて、私がそうならないだろうという事は知っているはずなのに。


「(試されてるのだろうか?)」


 此処で食いつけば今後欲に流される小娘として警戒する、とかなんだろうか?

 だが幾ら何でもそれは子供という生き物を過大評価し過ぎだ。

 というか人なんだから、周囲から寄ってたかって甘やかされれば助長してもおかしくはない。

 子供ならば余計に堕落するのは早いだろう。

 「堕落」ではなく、それが当たり前だと誤認してしまえば間違った価値観を変える事は困難になるだろう。

 その一助を担う事になりかねない。


 なら、別の思惑があるという事かな?


 私は若干探るような視線で陛下を見やる。

 私の出方に陛下は更に笑みを深める。

 

「そんな即物的なモノを強請るのははしたないか? ならばもっと間接的に家への融通や王城へ自由に出入り出来る権利などか?」


 もはや蚊帳の外のガヤと同類になった方々の騒めきが再び謁見の間を包み込む。

 耳を澄ませば聞こえてくる。

 大抵は大判振舞いの陛下に対しての言葉だが、一部「闇の祝福を受けた娘など」という言葉が聞こえてくる。

 王城の下働きや使用人だけじゃなく一部の貴族まで蔓延しているらしい……闇属性への嫌悪は。

 はっきり言って不快な訳だけど、こればっかりは原因が判明していない上私にはどうしようもない事だ。

 お父様に密かに話を通して極々内密にどうにかしないといけない事だ。

 教会が出張る原因になるのはあまり宜しくは無い。

 ただそんな愚かな貴族に言葉に溜息を隠せないのは事実だけど。


「そうだ」


 周囲に呆れる私に陛下は目を眇めて口角を吊り上げた。

 その笑みとも言えない笑みは一瞬の事だったけど、見えてしまった私にとっては背筋に悪寒が走る程に恐ろしいモノだった。

 まるで獲物を狩る直前、罠に得物を誘導する時に浮かべるような嗜虐的なモノすら孕んでいた圧倒的強者の笑み。

 親しみの中に隠された牙を見せられた、そんな気がした。

 恐ろしいとは感じる、けど……――


「恐ろしい目にあったんだったな。ならば今回の事件のような事が起こらないように徹底する、なんて方がいいのかもしれないな」


 ――……陛下の獲物は「私」じゃない。

 褒美の話も嘘じゃないけど、本命じゃない。

 陛下はただこの罠を仕掛けるためだけに私に褒美の話を振ったのだ。

 唐突に私は悟った、違う、陛下の考えを怒りを悟らされたのだ。

 

「(陛下は傷つけられた事を許していない。自分の息子を継承権を持つ王族の男子を殺す可能性があったのに、それを分かって今回の襲撃を容認し実行した全てを許していない)」


 息子を亡くす所だった父として、次期国王を失う所だった国の長として。

 私人としても公人としても今回の襲撃は看過できなかった。


 もしかしたらこの場を設けたことすら罠でしかなかったのかもしれない。


「(考えすぎと言いきれれば良かったのに)」


 先程の一瞬の笑みが考えすぎだと私に言わせてくれない。

 陛下は敵に回してはいけない人であり敵となるならば相当の覚悟を必要とする人だった。


 陛下の意に沿うように動いても良いのだろうか?

 今の所私にも利があるように感じる。

 けど、心のままに動くには陛下は未知数過ぎると思った。


「(外見や基本的な性格は弟殿下似だというのに、ちらほらと兄殿下との共通点を感じる)」


 お二人が陛下の御子息である事が良く分かる、と思った。

 王妃様や側室様に似ている部分が見えないのは、王族教育のせいか、生来持ちえた性質のせいか。

 何方にしろ奥方様、特に王妃様は自分の子供の何処を見て血縁を感じたんだろうか?

 まぁどうでも良い事なんだろうけど、現実逃避的にそんな事が思い浮かんでしまった。


 陛下の意に沿うべきか、分からないふりをするべきか。

 

「そ、れは、例えば……――」


 口の中が乾いているのか声が上手く出せない。

 言ってよいのか、と問う声が自分の内より聞こえてくる。

 けど……

 陛下の隣に居るお父様を見ると、私の言いだそうとしている事を知り、だが許容しているように頷いた……気がした。

 素直な心のままに言ってしまっても良いのかもしれない。

 何より、今回の襲撃事件の最大の懸念を払う事が出来るのかもしれないのだから。

 言葉を切り、小さく深呼吸をすると私は覚悟を持って陛下を見上げた。

 どう転ぶかは分からない。

 だとしても、折角転がって来たチャンスを私は無駄にしたくはない。


「――……例えば、今回の事件を徹底的に調べる事、だとしても陛下は叶えて下さる、という事ですか?」

 ――仮令誰が今回の事件の糸を引いていたとしても?


 言ってしまった。

 陛下というこの国の最高権力者に対して政に触れてしまうような事を。

 今まで以上に謁見の間が騒めく。

 そして今まで以上に視線を感じる。

 けど私とってそんな視線はどうでも良い事だった。

 私にとって陛下の返答だけが、気になるのだ。

 子供の戯言と取るか、愚か者の言葉と切り捨てるか。……陛下の意に沿う言葉として認定されるか。


 私には見えていた。

 王妃様が息を呑み、初めて「私」を認識し睨みつけている所が。

 お父様が微笑み、私の言動の後押しをしてくれている所が。

 視界の端で元凶であろう御老人が近づいてくる所が。

 

 陛下が私の言葉にゆるりと笑んだ所が。


 それは私の言葉は陛下にとっては言って欲しいと思っていた言葉だったのだという事を悟るには充分だった。 



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