第112話・嵐の後の静けさは何時まで続く?(4)




「すまなかった」


 部屋にやって来た弟殿下に開口一番頭を下げられてしまった。

 ……流石に想定外なんですが。

 意味が分からず対応する事出来ず固まっていると兄殿下がそんな私の困惑に気づき自身の弟の頭を軽く叩いて苦笑していた。

 いえ、苦笑するのではなく止めて欲しいのですが?

 そんな突っ込みは兎も角、こっちはこっちで思ったよりも当たりが優しくてびっくりなんですが。


「ロア。何に対して謝罪しているかを伝えないと相手は困るだけだよ」


 もう何に困惑すれば良いのか分からなくなった私は困ったように微笑んでしまった訳だけど、兄殿下にはそれで通じたらしい。

 困惑解消のために弟殿下促してくれた。

 もっと早く……なんて文句は言いません、ありがとうございます。


「ロアの謝罪の理由はともかく、私も謝らなければいけない事があってね。――先触れも満足に出さずの訪問になり申し訳ない」


 弟殿下を宥めた兄殿下はそう言って軽く頭を下げた。

 それが無ければもっと嬉しかったんですけどね。

 まぁ兄殿下の謝罪はしなきゃいけない類のモノだろうけどさ。

 と思ったから私もその謝罪に対しては曖昧に微笑む事無く受け取った。


「言い訳にかしかならないが、キースダーリエ嬢の父君から未だ目を覚ましていないとだけ聞いて、疲労以外に何か異変があるのではないかと思ってしまってね。城専属の医者をはけんしようか、という事で話し合っている時に君が目を覚ましたと知らせが届いてね。謝らなければいけない事も話す事もあったが故にこんな強引な訪問になってしまった」


 本当に申し訳なかった、と両殿下に頭を下げられると私としても「お気になさらないでください」としか言いようが無いのですが。

 いやまぁお父様に出した伝令と一緒にやってきたんですが? と言わんばかりのスピードでしたが、そこまで急いでいたわけじゃありませんよね?

 流石にそれは止められそうだけど、殿下達を止める事の出来る人ってあの時居たんですかね?

 居たとしたらもっと頑張って止めて欲しかったです。

 私としては別に病人じゃないし瀕死の重傷者な訳でもないから、大して問題はないと思っちゃうんだけど、一応貴族令嬢だしなぁ。

 襲撃事件の当事者だし、そこを深く突っ込む人はいない……といいなぁ。


「ご心配をお掛けして此方こそ申し訳ございません。今はもう大丈夫ですわ」

「それはよかった」


 本気で安堵したような殿下達に流石に少しばかり胸が痛む気がしなくもない。

 お兄様やリアの安堵も殿下達の安堵も私を心配したが故のモノだ。

 目の前で気絶しちゃったのが相当衝撃だったらしい。

 あ、リアは違うか。

 リアの場合は前のそれなりの期間目を覚まさなかったのと被って心労が募ったみたいだったし。

 どっちしろ私が倒れたのは周囲に相当心配をかけたらしい。

 もう二度としませんと誓えない所が何とも言えない所なんだけどね。


 取り敢えず急な訪問に関しての謝罪は多分私よりもお母様やお父様にしなきゃいけない事だし、殿下も「後で夫人には謝罪をしておく」と言っていたから、帰る時にでも言うんじゃないかな。

 お母様も理由のある見舞いだから其処まで思う所がある訳じゃないと思うけどね。


 それは一先ず話を終えて、今度はと弟殿下に視線を向けると、殿下は兄に背を押されて私の目の前に立った。

 私を見る目に悪意は感じられない。

 ただ先程のお兄様のような「心配」や「悔しさ」に近しい何かが渦巻いているように見えた。


「すまなかった。――本当は俺が背負わなければいけないモノまで背負わせてしまって」


 殿下の言っている事は私にとっては少し意外、というか殿下が何を悔やんでいるか微妙に読み取りずらい事だった。

 私の困惑を今度は受け取ったのか殿下は苦笑している。

 そんな姿は兄弟で似ているのだなぁとどうでもよい事が思い浮かんだ。


「自身の立場と状況、自分達と相手の戦力、全てを考えて俺は指示を出さなければいけない立場だった。だと言うのに俺は何一つそれを成す事も出来ず、ただ結界内で戦い傷つくキースダーリエ嬢と兄上を見ている事しか出来なかった。ただ血をまとう戦場を見ている事しかできなかったんだ」

「ですが、殿下の御立場を考えればあの時一番安全であった結界内に居られる事は最善であったと思っておりますが?」

「確かに、俺は継承権第一。あの場で一番死んではならない立場の人間だったんだろう。それは理解している」


 そう、あの時普通の襲撃ならば一番命を狙われ、同時に一番命の価値が高いのも彼だった。

 次期国王という地位は他の命を見捨てても守らなければいけない程重たいモノだ。

 あの時私達の中には騎士を望む者も騎士の子供もいなかった。

 誰かを守る術に長けている存在が居なかったのだ。

 故に私達はある種純粋に階級の上での命の重さだけで死んではならない人間を決めて作戦を練っていた。

 だからこそ私は私が一番囮になるべきだろうと思っていたのだから。


「だが、だからこそ俺はキースダーリエ嬢の考えていた作戦をがいようだけでも聞き出し、決断をしなければいけなかった。キースダーリエ嬢が囮に最適だと判断するなら俺はキースダーリエ嬢に「囮になってくれ」と言わなければいけなかったし、兄上だろうと「指示」しなければいけなかった」


 自身の掌を見やる殿下。

 一体殿下は其処に何を見出しているのだろうか?


「あの場においてその指示は「死にいけ」と言っているも同然だったかもしれない。そうだとしても……違う。そうだからこそ俺は指示を出し色々なモノを背負わなければいけなかった。それが王族の男子として、継承権第一の者としての責務であったはずだった。前線にもひとしい戦場へ共に出る事が出来ないのならば、心はよりそうべきだと俺は思っている」


 掌から私に視線を移した殿下は真っすぐ私を見据えている。

 その眸には深い悔恨とそれを上回る程の強い決意が宿っていた。

 太陽の如く燃え盛る金色の眸は怖いくらいの強さを孕み、何者にも阻害される事は無いという覚悟を纏っていた。

 一瞬飲まれてしまうと考えてしまう程に強い眼差しに圧倒される。

 けど、此処で腰が引けて逃げてしまってはダメだ。

 殿下の覚悟を示そうと話そうとしているのが私ならば、私は彼の想いを覚悟を聞かなければいけない。

 私は殿下の臣下として在るのだと殿下に示したのだから。

 鼓動が強くなった心の内を隠して私もまた殿下を真っすぐ見据える。……そうしないと圧倒されてしまう気がした。

 そんな私を知ってか知らずか殿下はなおも強い眼差しのまま口を開いた。

 

「俺は突然おそってきた重さにちゅうちょしてしまった。その一瞬のとまどいの間にキースダーリエ嬢や兄上は飛び出して行ってしまい、俺はただ守られるだけの存在になりさがった。背負わなければいけない重荷を二人に押し付けて守られるだけの存在になってしまった」


 あれは私の勝手な行動だったと私は言い切る。

 私は自分の考えのまま動いていただけだ。

 そこには別に殿下の分の荷物を背負ったという感覚は存在していなかった。

 命は守らなければいけないけど心まで守ろうとは思っていなかった。

 心――彼の王族としての矜持を私は一切鑑みる事無く剣を振るっていたのだ。


「(私は騎士じゃない。けど臣下である事には変わりはない。だと言うのに、自分の勝手を通した)」


 その結果がこの状態だから文句を言う資格もない、と思っていたのだけれど。


「(まさか傍から見てそう見えていたなんて)」


 殿下が何処までも真っすぐな方である事は知っていたつもりだったけど、どうやらそれでも過小評価だったらしい。

 殿下は私が思うよりも真っすぐで、そして王族の責務を重荷を認識し覚悟をしていたのだ。


「(あの場で一番自分勝手だったのは私だ)」


 あの時の策は「私にとって最善」であったのは事実だけど、他の人の事まで考慮して考えていたとは決して言えない。

 大切なお兄様の心さえ私は自分の生き方を貫き知らぬふりをした。

 何処までも傲慢に独善的に私は「自己」を押し通した。


 そんな自分勝手な私を殿下は心配している。

 自分の力不足を嘆いている。

 そんな必要は全くないと言うのに。


「俺は王族だ。だからこそ何も出来なかった事、全てを押し付けてしまった事をふがいなく思うし、すまなくも思う。――キースダーリエ嬢、本当にすまなかった。そして命を助けてくれてありがとう」


 何処までも真っすぐな謝罪とお礼。

 私を見る金色の眸から他意は感じられない。

 ひたすら光度の高い太陽を彷彿とさせる強き眸を前にすると酷く自分が小物に思えてしまうのは何故だろうか?


「(事実小物って事なのかもしれないなぁ)」


 自分の価値なんて自身でもって正確に計る事は出来ないと思っているけど、少しばかり驕っている部分があったのかもしれない。

 王としての覇気、王族の男子として姿をまざまざと見せられると格の違いというモノは存在するのだなぁと現実逃避的に考えてしまう。


 公爵令嬢としてどんな姿が正しいかは分からないし、私自身貴族令嬢の正しい姿で在り続ける事は難しいけど、少しでも家族に恥じない姿でいたいとは思う。

 決意はともかく実現はかなり困難なんだろうけど。

 小物は小物らしく小細工全開で生きるべきなのかもしれない。……それで物語のように排除されるんじゃ本末転倒だけど。

 殿下の覚悟や言葉を受け取って私は苦笑を心の中に隠して微笑む。

 自分の情けなさや格の違いによる落ち込みこそ殿下には全く関係が無いのだから。


「お礼だけ受け取りたく思います。……少なくともあの場でワタクシのした事は自己を押し通す愚かしいモノでもあります。そんなワタクシの自分勝手な心を誰かに押し付けたいとは思っておりませんし、後始末を殿下に押し付けてしまってはワタクシこそただの人でなしになってしまいますわ。だから殿下が気負う必要など御座いません」


 本当に正しいのは殿下の方だ、と思う。

 私の言葉はエゴを貫くという酷い言葉だ。

 そんな心をそのままさらけ出す事なんて出来ない私は言葉を綺麗に装飾して殿下に伝る事しか出来ない。

 ただ、それでも全てが嘘偽りという訳では無いけれど。

 私という人間は本音だけで生きていく事は出来ないのだな、と改めて思った。

 『前』からそうだったのだから筋金入りだけど、だからこそ少しでも自分らしく生きたいと思う。

 殿下のように真っすぐ生きる事は絶対に無理だけど……私なりに自分らしく生きたいと思った。


「今は、そうですね、ただワタクシ達の誰も欠ける事が無かった事を喜びたいと思います」


 自分が欠落者である事は知っているけど、この場に四人、黒いの含めて五人の誰も欠ける事が無かった事を喜ぶ事が出来る程度には人間をやめていないつもりである。

 特に諭すつもりもないし、ある意味自分勝手に動いたから自分で責任を取りたいと言っているだけだ。

 やっぱり私には障害は薙ぎ払い突き進む方が性に合っているし、ね。

 後は……――


「――……自らの手で消した灯火を忘れないためにもワタクシはワタクシのまま、感じたモノを背負い進んでいこうと、そう思っておりますわ」


 命を奪った事は事実だし、言ってしまえばそこに殿下達は関係ない。

 殿下の言っていた「重荷」の中にはきっと人の命を奪ったという事も含まれているんだと思う。

 あの時私が人を殺した事は事実だし、私自身が奪ったという事実以上には重く感じてないのは「私自身の問題」だから殿下達が気に病む必要は無い。

 あ、殿下達は気づていないだろうけど。

 より正確に言うと、命を奪った自分の罪深さは自覚しているし、今度敵と対峙した時、私は相手を殺せるのだと言う事は実感した。

 けど血塗れの手で奪った命を背負ったとしても、それは私が歩みを止めて自我を崩壊させる程の衝撃を私には齎さなかったというだけで。

 ……自分が人でなしであると更に実感しただけとも言えるかもしれないけど。


 とは言え、そんな事殿下に言うつもりはないし、云える事でもない。

 だから殿下に伝える事の出来るもう一つの本音を言ったんだけど……。


 私の言葉に、何故か殿下を私見て何か眩しそうなモノを見るような目になった気がした。

 そんな目で見られるような事言ってませんよ、殿下?

 

「キースダーリエ嬢は何時だって俺がちゅうちょしている壁をあっさり越えてしまうんだな。――ならば俺も負けぬように突き進むまでだ。俺が俺の意志でキースダーリエ嬢を目標にする事は俺の勝手なのだろう?」

 

 殿下、何か随分私に夢見ていませんか?

 殿下の中での私の人物像を知りたいような知りたくないような?


 私は殿下の目標に置かれるような人間じゃないんですけどね。 

 自分勝手で自分の大切な人の言葉でも自分の生き方を変える事が出来ない頑固者、後結構嘘吐きだ。

 まぁ殿下は直感でもって人を見極める事の出来る方だから、繕った姿なんてあっという間に暴かれてしまうだろうけど。

 その時私を目標にした事を後悔なさいますよ?

 ――うん、だから出来ればその尊敬します、的な視線は勘弁願いませんかね。


 何となくむず痒くなる目で私を見ていた殿下だったけど、ふと何か憂うように眸に陰りを感じた。


「……真実がどれだけ見たくないモノだとしても見ない、なんて選択肢は取れない。俺は王位継承権第一であり国を担う王族の男子なんだからな」

「殿下」


 もしかしたら殿下も今回の黒幕が誰なのか、それを感じ取っているのかもしれない。

 私やお兄様、つまり、ラーズシュタインは事件に関与していない。

 無実の証明はお父様がするだろう。

 ラーズシュタインが関与しているという証拠を出す事の出来ない有象無象相手に無実の証明をする事ぐらいお父様なら問題はない。

 それよりも問題なのはラーズシュタインを疑わない場合、今回の衝撃の舞台を整える事の出来る人間は限られてくると言う事だった。

 今回の襲撃は「偶然子供ばかりで行動していた」から実行した無差別的な襲撃ではないのだ。

 人払いのスキルを持っているであろう獣人を襲撃者にした事と良い、一時的だろうと堅牢な城において警備の穴を生み出す事の出来る権力を持つ事と良い、どれだけ上手くやれたとしても、舞台を整える事の出来ない人間の方が多いのだ。

 そこに気づいていたからこそ私も兄殿下も朧げながら黒幕が誰なのかを察する事が出来た。

 兄殿下のあの自暴自棄にも似た諦観は黒幕の存在も要因の一つだったはずだ。


 冷静になれば可能性を考えてしまうのだ。

 ただ、そうなると殿下と黒幕の関係もある種確執があると言う事になるのではないかと思うけど。

 だってその人に盲目になっていたとしたら絶対に気づかないでしょう?


「(流石に確執は言い過ぎかな? とは言え、決して盲目に慕っている訳ではないみたいだけど)」


 訣別などそう簡単には出来ない。――血の繋がりはそういう意味では厄介だろうから。

 殿下は目を伏せると次の時には憂いを払ったようだった。

 隠しただけだろうけど、それでもこの年で此処まで隠す事が出来る所、王族の教育は中々大変なのだろうなぁと思ってしまう。

 真っすぐな殿下でさえこうして感情を押し殺す事が出来てしまうのだから。


「かべがあろうとも突き進むキースダーリエ嬢を見習うとするさ」

「お褒め頂いたと思っておきますわ」


 貴族令嬢に言う言葉じゃないと思うけどねー。

 殿下らしい飾らない言葉だから、まぁ悪い気もしないけどね。

 私は内心そんな事を思いながら殿下に笑いかけるのだった。



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