第111話・嵐の後の静けさは何時まで続く?(3)




 お兄様とリア、そして黒いのと会話は私が非日常が終わり日常がやってきた証のような気がする。

 ただまだ色々終わった訳じゃないと突き付けられてあっという間に消えてしまい程度の儚い日常だったんだけどね。

 平穏は何処?

 私平和主義なんですけどねぇ、これでも。


「ダーリエちゃん!」

「お母様?」


 来客対応をしていたお母様が何処か焦った様子で部屋にやってきた。

 笑顔で来客をぶった切っていたとお兄様に聞いていたんだけど、一体どうしたんだろうか?

 小首をかしげてお母様を出迎えるとベッドの傍まで慌てて、けれど優雅に近づいてくるお母様。

 こういう所もお母様が貴婦人の見本たる理由の一つなんだろうなぁ。

 お母様みたくなるにはもっと精進が必要なようである。

 そこに至る前に私には「貴族令嬢」たる気品とかが欠けている気がしてならないけど。


「気分はどうかしら? 何処も痛みは感じない?」


 矢継ぎ早に私の体調を訪ねてくるお母様の目には心配と安堵が入り混じりとてもじゃないけど平静を装えてない。

 此処にやってくるまでの姿からは見えなかった愛情のようなモノが溢れ出ているように感じて心の中が温かくなる。

 目覚めた時傍にいなくともお母様が私を愛してくれている事を疑う事なんてこの眸を見れば思いつきもしないだろう。

 実際お兄様もお母様の普段に無い様子に色々理解したのか苦笑していた。


 お母様がここまで平静を装えないなんて、疲労で寝ていただけとは言え、気絶したまま屋敷に運ばれた姿は流石にショックが大きかったらしい。

 いやまぁ真っ当な親なら心配するとは思うんだけどね。

 私の考える真っ当な親の基準だと「貴族」は結構な確率でアウトになる訳だけど、そこら辺はまぁ価値観の違いって言うのが多分にあるから言っちゃいけない事でもあるんだけどね。

 むしろ自分の家族が私の感覚だとアウトじゃない事を喜ぶべきなのかな?

 貴族としての側面も見る事が出来たし、子供を真っ当に心配してくれる親である事を素直に喜んでおこうと思う。――私が初めて受け取っている心配なのだから。

 

「大丈夫です」

「本当に良かった」


 ふんわりと抱きしめられると母親って言うのは温かいモノなのだなぁとか思ってしまう。

 心配して抱きしめる腕には優しさが籠っていて、人の温もりという意味ではなく、心が温まるという意味でも温かいと思う。

 心が温かくなるとはこういう時に使う言葉なんだなぁと何処か他人事のように感じてしまう。

 それくらいちょっと慣れない感覚という話なんだけどね。


「貴女が目を覚ます時に傍にいる事が出来なくてごめんなさいね」

「来客の対応をしていたと聞きましたから大丈夫です」

「本当に子を心配する親の心を分かっていない輩が多くてうんざりするわ。目覚めた時に人が傍にいないのも寂しいというのに」

「それでもお父様が王城に居る以上来客の対応はお母様しか出来ませんから」

「……ダーリエちゃん。もう少し我が儘になっていいのよ?」


 お母様の言葉に私はそれはちょっと難しいと思ってしまった。

 『わたし』の成人まで生きた記憶は時に子供のプライドを気にせず行動できるけど、時に大人としてのプライドが阻害する事がある。

 今回みたいな「甘える」というのはそれに値する……少なくとも私にとっては。

 演技で甘えるふりをする事は出来るけど、本当の意味で甘えるのはちょっと難しい。

 『わたし』の事を知っている素で接する事の出来る相手に甘えるのはちょっとばかしハードルが高い、気がしなくもない。

 そんな私の葛藤に気づいたのかお母様の私を抱き込む腕に力がこもった。

 お母様は何も言わない。

 言わないけど、何となく私の葛藤に気づいている気がした。

 母親という生き物は子供に対しては勘が鋭くなるのかもしれない。

 いえ、家族には、というべきかもしれないけど。

 顔を上げるとお母様の優しく温かい感情が私達に注がれているのが分かる。

 何処までも甘く、温かい感情……これを慈愛と言うのかもしれない。

 心の内側を優しく温めてくれる注がれた感情に私は無償に泣きたくなった。

 こんな場所で意味も無く泣く事も「大人のプライド」が邪魔して出来ないけど。

 

「大好きよダーリエ。アールもね?」

「はい。私もお母様が大好きです」

「……そうですね。僕も好きですよ母上」


 お母様の言葉に私は笑みを浮かべてお兄様は苦笑して応える。

 お兄様のお年頃なら答えるだけマシだと思いますよ、お母様?

 だからあんまり不満そうにしないであげてください。

 男心は複雑らしいですから。

 私はお兄様を助ける意味でも話題を変える事にする。

 お母様が慌ててやって来た理由も聞いてないしね。


「そういえば慌てていたようですが、何かありましたか?」

「ああ、そうそう。用事もあるわ。――ちょっと、追い返す事の出来ない相手がいらっしゃったのよ。だからダーリエちゃんが大丈夫なら少し間此処にお連れしたのだけれど」

「えぇと。この格好でお逢いしても大丈夫なんでしょうか?」


 お母様が追い返せない人ってあまり数いないと思うんだけど。

 相手が親戚でも追い返すよね、お母様は。

 と、なると断れない家格の人、つまり同格か格上。

 この場合同格の人達はお見舞い等の事で直接訪れる程関わりをもった人はいないわけで。

 ……そうなると誰か分かるような?


 思わず遠い眼になるとお兄様も似たような顔をしていた。

 そんな私達にお母様も苦笑を浮かべている。


「分かったかしら? ヴァイディーウス殿下とロアベーツィア殿下がいらっしゃたのよ」


 そりゃお母様も無碍には出来ないし追い返せないよね。

 驚異のタイミングのよさかお父様に向けての伝令の言葉を聞いてからの来訪か。

 どっちにしろ断る事の出来る理由は無い訳で。

 溜息を隠せない私はリアに「上掛けをお願い」と頼み、お母様にこのような格好でも良ければと言ってもらっても良いですか? と聞く。

 まだ疲労は体中に纏わりついているし、ベッドの上から出て対応するのはちょっと厳しい。

 貴族令嬢としてはしたないと言われれば否定でも出来ないけど、まぁ此処に居る理由が理由だからお目こぼしがあっても良い状況だとも思う。

 そこらへんの判断は私にはまだ出来ないからお母様にあえて聞いたのだ。

 お母様も私が尋ねた理由を悟ってくれたのか「お見舞いだし、問題無いわ。ただ年頃の娘が一人で対応するのは色々五月蠅い人達がいるから一緒に居てちょうだいな」とお兄様に言って部屋を出ていった。

 殿下達を出迎えに言ったんだろう、きっと。

 お兄様も一応自分の格好を見回した後、近くに椅子に腰を下ろした。

 

「まぁ仕方ないよね。本来なら婚約者でもない女の子の寝所に入る訳にもいかないしね。お兄様が居る上で此処で出迎えるってのが妥当って言えば妥当って事になんるじゃないかな?」

「今回はまぁ病人あつかいになるんじゃないかな?」

「病気療養中って訳じゃないんだけどねぇ」

「似たようなもんだろ」


 私はリアから上掛けを受け取り羽織ると苦笑する。

 黒いのはもう殿下達に居る事がバレているせいか影に戻らないらしい。

 

「(そういえば結界内ではどうだったんだろう?)」


 弟殿下もいたから話さなかったんだろうか?

 けどお兄様が説明する事は難しいと思うんだけど。

 目眩ましはお兄様じゃなくて黒いののスキルで行った事だしね。


「(そこらへんも後で聞いた方が良いかも)」


 話したくないならその時断るだろうし。  

 

 今は黒いのにあの時の状況を聞くよりも殿下達にどう対応するかの方が大事だ。

 あの極限の状態ならば色々見逃された事だって後で冷静になれば問題点が見つかってしまう。

 特に私の殿下達への対応は決して良いモノじゃなかったし。

 襲撃という私達ではどうにもできない状況だったから~、で流して欲しいけどどうなんだろう?

 

「(特に兄殿下の思想を思い切り否定したのが痛かったかなぁ)」


 あの時私は兄殿下に対して怒っていた。

 色々振り切れる程度には怒りを感じていたし、今思い出しても微妙な気分になる。

 多分、あの襲撃が無く、可もなく不可もなくで交流が続いてたとしても何時か殿下の「あの性質」を知る事になっていただろうから、その時最悪の状態で訣別していたか、徐々に交流が減っていったか、どっちにしろ最終的には付き合いは途切れていたはずだ。

 今は、まぁそれなりに爆発したからか、そこまでの忌避感は抱いていないけど。……どっちかと言えば現状どうしようか? と言う方に意識が傾いているせいかもしれないけどね。

 どっちにしろ殿下達から拒絶に近しい対応をされるならば受け入れるけど、お見舞いでいきなりそんな話をする程嫌悪されているとは考えなくないかなぁ。

 自己保身的に、だけど。

 王族が繕う事も出来ずに嫌悪全開って相当な事だろうし、其処まで嫌われたらラーズシュタインが対象になってしまう可能性もある。

 それだけは何とかしたいんだけど……私がさっさと領地に引っ込む程度の方法しか思いつかないんだよねぇ。

 殿下達が既にお父様と交流がある事と陛下とお父様、お母様が御友人である事が救いと言えば救いかな。

 次代に継がれるまではラーズシュタインが疎まれるって事はないって事だし。

 殿下達が継ぐ頃には「私」という存在は薄れているだろうしお兄様が継ぐから問題ない、と思いたい。


「(最悪私だけ国外に出る事も考えるべき? けどそれは黒いのに言った通り癪に障ると言えば障るしなぁ――ん? そう言えば『悪役令嬢』の末路の一つに国外追放ってあった気がする)」


 んー、誰のルートだったっけ?

 そう言えば悪役令嬢って一人だったっけ?

 

 あー……一番話に食い込んでくる悪役令嬢は確かどのルートでも最終的にラスボスになっていた、はず。

 その上でほぼどのルートでも死んでいた、ような気がする。

 他の悪役令嬢はそのラスボス令嬢に指示されていた的な展開になって修道院行きになったり国外追放になったりしていたような、なかったような?

 基本的に『友情end』とかだったりしたもんだからそこらへんは本当に曖昧なんだよねぇ。

 ただラスボス令嬢の死因が私がやる限り判明してなかったはず。

 処刑とかじゃないんだなぁとか思った気がするし。


「(『ゲーム』では気軽に国外追放とか、一文で記されて終わりだったけど、実際は結構大事だよね)」


 貴族令嬢が国外追放って結構死に直結する気もするんだけど。

 私はまぁお父様達に迷惑が掛かるなら国外に出る事もやぶさかでも無いけど、その前に足掻きまくる予定である。

 だってお兄様達と離れるの嫌だし。

 その場合は殿下達が敵になる訳だけど……言葉にすると気が萎えるからやめよう。


「(ま、殿下達と話してから方向性決めても遅くないかな。これで全くその手の話が無かったら、中々恥ずかしいし)」


 全部脳内での独り言だから誰にバレるって事じゃないからいいのかもしれないけど、そこはまぁ私の心情的な問題である。

 決めつけは良くないし悲観的なのもご法度だ。

 考える余地は残しておかないと殿下、特に兄殿下と話すのは中々辛い。

 交渉事じゃないのに思考の読み合いが混じり込む会話は通常ならば楽しいとも感じる事が出来るけど、こういった余裕がない時は恐怖すら感じるのである。

 これだから神童と話すのは大変なのだ。……いや、私は『前世』の精神構造が幅を占めている似非神童ですから。

 棚上げとは言われても知りません。

 「お前も傍見れば神童だろう?」的な突っ込みは完全無視するのであしからず。


 中々賑やかな心象を抱えつつ、私は殿下達が来るのを待つのであった。



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