第91話・光闇の君と邂逅した先にあるものは?(3)




 目の前には普通に眩しい金色と何故か黒色だというのに眼に優しくない高貴な方が御二方。

 隣にはこれまた金色が眩しい私の大好きなお兄様。

 そして多分銀色が眩しい私。

 うん、【精霊眼】を発動したら私の目が潰れるね、確実に!

 精霊が周囲に狂うように舞っている光景が浮かんでげんなりした。……顔には出さないように頑張りました。


 取り敢えず何を言われるのか分からず無表情で待っていたんだけど、王子達は私達のそんな対応に若干戸惑っているようだった。


「君達は本当に知らないんだね。……それとも知っていての態度なのかな?」


 第一王子の突然の言葉もさることながら、言っている意味が分からなかった。

 知らない?

 一体何を?


 私は別に分からないという事をを隠す理由もないので、それを素直に態度に表した。

 今回の質問に関しては情報を事前に入手してどうこう、という話じゃない気がしたし。

 ただ王都の事情に疎い私はともかくお兄様を無知扱いされるのはちょっと頂けないんだけどね。

 質問の意図が何処にあるのか読めなくて焦っているのもちょっとあった。

 駆け引きを楽しむには情報が圧倒的に足りない……そう思った。


 私の素直な対応に第一王子は苦笑していたし、第二王子は「知っていても変わらないだろうけどな」と言い出した。

 その対応は私達にとって決して悪いモノではないかもしれないけど、決して私達の望むモノでもないのだろうとも思うのだ。

 一体どんな事を知らされるんですかねぇ?

 あんまり重要な事は知りたくないけど、十中八九廊下での「視線」関連の事だろうけど。

 訓練場で言いたかった事かどうかは分からないけどね。


「知っていたとしても、かな。――此処に来るまであまり気分が良くなかっただろう? 申し訳なかった」


 第一王子がそういって頭を下げるモンだから私をお兄様は慌てるしかない。

 第一王子の矛先がどちらかと言えば私だというのも理由の一つなんだけどね。

 私、謝ってもらうような事していませんが?


「今、この城の中ではね【闇精霊】やそれに連なるモノが忌避される傾向にあるんだ」

「「……え?」」


 思わず「有り得ない」と言いそうになり、訝し気な声が漏れ出てしまった。

 気分を害するかもしれないと、考える隙すらなかった。


 だって有り得ない。


 私が『前』の記憶のせいで闇魔法は「ドレイン」とか吸収系の魔法や『魔族』や『魔獣』と言った夜の世界の住人が使う代物だと考えているのとは次元が違う。


 この世界で【闇精霊】や【光精霊】を忌避する事は創造神を忌避する事と同じだと考えられる。

 教会に知られれば、一体どんな糾弾を受けるか。

 幾ら教会に権威は無く、どちらかと言えば象徴的な代物だとしても、教会が何も出来ない訳でもないのだ。

 教会が平民よりも貴族や王族にこそ強く働きかける事が出来る。

 平民にとっては象徴でしかなくとも、象徴を蔑ろにした王侯貴族の末路は悲惨なモノとなるのだ。

 教会からの糾弾は王侯貴族こそ避けるべきなのである。


 大体この世界は創造神である双子の女神とその子である四神によって創られたとされている。

 土着の神はそれぞれの地方や小さな国や集落で信仰されているとしても、土着の神の前提にはやっぱり創世神話が横たわっている。

 だからこそ神々の力が行使される事によって生み出された【精霊】という存在はある種神々の意志無き眷属と位置付けされている。

 『前世』で知った物語のように世界を維持するための存在では無いし、高次元の存在でもないから精霊王のような存在はいない。

 それでも精霊の存在は魔法を行使する際、色々な差異となって表れるのだから、やっぱりこの世界でも精霊の存在は必須なのだ。


 眷属の位置づけである精霊を忌避し、それに連なるモノを忌避するという事は創世神を忌避する事と同じだ。

 はっきり言って小さな集落でもない限り有り得ないはずなのだ――少なくともこの世界ではそういうモノなのだと私は認識していた。


 だと言うのに、この城の中でそんなありえない事が起こっているだと?

 ってか第一王子だって【闇の愛し子】じゃないか。

 つまり忌避している連中は第一王子も忌避している、と?

 

 廊下で向けられた視線の数々を思い出す。

 第一王子と第二王子が仲睦まじい姿に不穏な視線を向けていた気がしたんだけど、本当は第一王子には負の感情を、第二王子には同情や心配を向けていたんだろうか?

 そして私達に向けられたのも、私には負の感情を、お兄様には同情を向けていたという事なんだろうか?


 視線の種類を正確に整理してラベル付けしてはいなかったけど、それは私達に向けられている視線の理由を勝手に私の噂に関してだと考えていたからなんだけど……どうやらそう決めつけるには早計だったようだ。

 自分の落ち度に頭痛に襲われたような気がした。


 あまり気分の良くない視線だとは思っていたから、私にとって潜在的な敵になり得るとは思っていた。

 思ってはいたけど理由が予想外だった。


 私はこの世界ではない『記憶』を持っている。

 だから「闇」に対する印象はまぁ正負どっちもだった。

 ある時は迫害の対象として、ある時は信仰の対象として。

 私にとって「闇」っていうのは一番何方にも振り切れる可能性を秘めた「属性」や「力」だった。

 だからこそこの世界の「闇」に対する認識は驚いたし、理由を聞いて納得もした。

 黒いのだって【闇の愛し子】を嫌っているけど、別に【闇精霊】に対しての悪感情はないだろう。

 この世界の創世神話を教えた時も「闇の女神」に対して特に思う所があったようには見えなかったし。

 

 この世界ではそういった【属性】の上での差別は存在しないのだろう、と思っていたんだけど。


「(まさか、差別が存在して、こんな身近で感じる羽目になるなんて)」


 しかも当事者として巻き込まれる予感がします。

 あと、もしかして私が【闇の愛し子】だから招待されました?

 お兄様が共する事を許したのも保険だったりします?

 ――断ればよかったあぁ、と言う嫌な予感がひしひしとします。


 色々考えた際、表情の取り繕うが甘かったようで、第一王子は私から色々悟ったらしい。

 私に対して苦笑を向けて来たのだから。

 あぁ自分の甘さに頭痛が酷くなった気がします。……精神的なモノなんですけどね!


「ロアの言う通り頭の良いお嬢さんのようだね。……色々考えているだろうけど、まず私達の話を聞いて欲しい」


 全てが真実だと言っても信じてはくれなさそうだけどね、と言って微笑む第一王子。

 バレバレだと嘆けばよいのか、そこまで分かっているなら話は早いと思うべきか。

 別に此処で探り合いを仕掛けるつもりも無いし、仕掛けられても困るんですけどね。

 貴族らしい探り合いは御勉強中ですので行き成り実践はごめんデス。


 とは言え、此処で断るのもデメリットが大きいんですよね。

 王族の言葉を聞かずに去る事は臣下である私達には出来ない。

 無礼だし、今後の関係に響く。

 見た所この御二方は王族としての自制や理性をお持ちのようだけど、それでも真っ当な「子供」なのだからどう出るかなんてはかる事は出来ない。

 つまり諦めて聞くという道しか残って無いのだ。

 

 一体何を言われる事やら。


 横を見るとお兄様も私と似たような結論が出たんだろう、苦笑していた。

 ただ単に私が捻くれ者であるという指摘に苦笑しただけかもしれないけど。

 そこらへん自覚があるので別に問題ありませんよ?

 ほぼ初対面の人に見抜かれる程の間抜けと思われているならごめんなさいと謝るしかないけど。


 私達の態度に取り敢えず話を進めても良いだと判断したらしい第一王子が口を開いた。


「まず、ロアが君に対して交流を持とうしたのは、今から話す事とは全く関係がないと思っていいよ。……より正確に言えば、私と貴女を引き合わせたかったというのが一番の理由だろうから全く関係ないという訳ではないと思うけどね」

「まぁ俺自身が交流を持っても損はないだろうとも思ったんだけどな」


 ……取り敢えず、第二王子サマ、完全に素になってますけど?

 色々突っ込みたい所だけど、どうしても其処が気になってしまう。

 女性に対して少々の嫌悪感すらお持ちなのでしょうに。

 まさか私に対してそんな風に素を見せるとは。


 あーこれ、今後の交流途切れない可能性が……。


 出来れば勘弁してほしいと思ってしまったのは、まぁ仕方ない事である。

 あと、言っておくと、損得に関しては当たり前の事だからスルーしていた。

 後でお兄様にそこを指摘された時まで気にならなくて、逆に驚かれたぐらいだったり。

 王族なんだから損得勘定は多少あるでしょう?

 いや、全く損得が絡まない関係もありではあると思うけどね?

 ただほぼ初対面の相手とそんな関係を一瞬で築けるはずもないんだから、第二王子の言葉は当然のモノとしてスルーしていただけなんだけどね。

 そこまで思い切りが良すぎるのも珍しいらしい……そこはまぁ性格ですから。

 この性格が構築された『環境』を思い出して内心苦笑しつつ私は第一王子に意識を戻した。


 第一王子の語り口は柔らかい。

 第二王子の事を本当に兄弟として情を抱いているんだろうと分かる口調と声音だった。


「ロアに「普通」を思い出させてくれた事には感謝している。問題だとは思っていたんだけど、どうにも手を出しずらい状況だったからね。あの時の貴女のような立場では無ければ弟も実感を伴う事は出来なかったと思うんだ。だから、ありがとう、ラーズシュタイン嬢」

「……勿体ないお言葉に御座います」

「そして君が「普通」の令嬢であり【闇の愛し子】だからロアは私と君を引き合わせようと思った。……多分私の事を心配して、ね」

「多分じゃない。弟が兄を心配して何が悪いんだよ。ラーズシュタイン嬢はマトモな令嬢で、兄上と同じ【闇の愛し子】だ。だから俺じゃ分からない事が分かるかと思ったんだ。……けど一回しか会った事のない奴を見極めるのは難しい」


 それで一般的に女性が来ない公開訓練に不意打ちで来させたうえで色々見極める材料したって事、か。

 それって私が噂通りの病弱な令嬢様だったら今頃倒れていると思うんだけど。

 いやまぁ私、別に病弱な令嬢じゃないし大人しい訳でもないからいいけど。

 と考えていたら第一王子からそこをつつかれてしまった。


「それにしてもラーズシュタイン嬢は身体があまり強く無く領地で療養していると聞いたんだけど」

「……倒れて家族に心配をかけた事は事実ですから。お恥ずかしい事ですわ」


 探りを入れてこられている気になって思わず微笑み当たり障りのない事を返してしまう。

 ここら辺敵でもないけど味方でもない相手にやられたら出てくる条件反射であった。

 前にでたパーティーで磨いた反射である。……いや、胸張って云う事じゃないと思うんだけどね。


「領地で療養した御蔭で王都まで出てくる事がようやく叶いましたの。ですが、そのせいで王都の情報に疎いのはお恥ずかしい限りですわ」


 これも一応さっきの「知らないのか?」に対しての答えだ。――私は王都の事に関しては知らない事ばかりだ、と。

 先回りして自分の不利を潰しているような手法だし小賢しいと思われても仕方ないんだけどね。

 こうでもしないと怖くて探り合いなんてできやしない。

 

 格上の相手との会話は色んな意味で疲れるモノである。


 守りたいモノがある私に全てを気にせず自由にする事なんて出来る訳がない。

 自由に憧れるからと言って全て自分の好きなように生きていける訳がない。

 守るべき法を道徳を捻じ曲げて生きるのは自由とは言わない……そんなモノただの無法だ。

 力こそ全ての無頼漢じゃあるまいし、そんなモノは自由とは言えない。


 私は家族を守りたい。

 私は親友を守りたい。

 私の懐に入っている愛する人達を私は守りたいのだ。

 

 だから守りたいモノ達が私のせいで俯かず、前を向いて笑顔で歩めるようにしたい。

 だからこそ私は面倒だと思いつつもこうやって国の法を守り、世界の約を知り、貴族令嬢と云うモノを綻び無く生きているのだから。

 

 常に思考しているのは、予防線を張っているのは、怖いからだ。

 今の様に色々なモノが脅かされるのが怖いのだ。

 大切なモノを脅かす力を持つ人間が私が怖い。

 守るために力を蓄えても上回る力を持つ他人が怖い。

 目の前の王子様達は私にとって恐怖対象でしかない。……だから私は一定の距離を取る「静観」か、先手必勝の「排除」を考えていたんだから。


 『わたし』が『ゲーム』のヒロインに感情移入できなかったのは、其処もあったのかもしれない。

 無垢で無邪気で、そして何処までも無知で無防備な女の子。

 ヒロインの考えに共感できなかった。

 自己を守っている様に見えなかったから。

 そんなに無防備でいいのかしら?

 目の前にいる相手は貴女なんて簡単に殺せる「力」を持つのよ?

 貴女の死に悲しむ誰かはいないとでも言うの?


 ヒロインの言動はわたしには自殺行為にしか思えなかった。

 そんなヒロインに感情移入出来るはずがない。

 

 穿ちすぎだと分かってはいても結局、私は最後まで『ゲーム』を本来の意味で好きになる事は無かった。


「(そんな私がこうして類似した世界で生きているんだから……人生って分からないモノよね)」


 目の前の王子様方とて生きている。

 何かを考え、何かをなし、何かを失っていく。

 “生きている”からこそ私は目の前の御二方が怖いとも言えるのだ。

 

 紺色の双眸が私を見極めようとしている。

 私も第一王子を見極めようとしている。

 

 探り合いの結果は……多分引き分けだったと思うけれど。

 第一王子の眸が和らいだ――一先ず探り合い打ち切りの合図だった。


「そうですか。それは災難でしたね」

「そう、かもしれませんわね。それでも無為に過ごしたとは思っていませんのですけれど」

「どんな事にでも得るモノがあったと言えるのは素直に羨ましいです。私もそうでありたいと思いますから」


 僅かに第一王子の眸に苦味が走った気がした。

 何か痛みを感じるような事を思い出したんじゃないかと思う。

 一瞬だったから見間違いかもしれないけど。


「貴方方は知らないという前提で話を進めさせて頂きます。――今、王城は【闇】に連なるモノに対して居心地の良くない場所になっている。だからラーズシュタイン嬢も気を付けて欲しい」

「……殿下。それは僕達が聞いても問題の無い内容なんですか?」


 お兄様の質問に、自分達が――多分地位的なモノや年齢的なモノや会った回数、つまり信頼度など――聞くに値する相手なのか、という裏が含まれている事に第一王子も当然気づいたはずだ。

 王子達の眸に感嘆というか安堵というか、そういった色が混ざり込んだから。


「君達のような人間が身近にいた事を感謝したくなるよ、本当にね」


 ――どれだけ非常識な集団が近くにいるんですか?

 思わず今までの恐怖とか色々吹っ飛んで心配したくなる程度にはお顔が疲れてますよ、第一王子様?

 うん、素が垣間見えてますから気を付けましょうね、王子様。

 王族の素はお腹一杯ですから、もう要らないです。


「王都に居る貴族の中で知らないモノはいないから問題ないよ。ただ、そうだね。原因は言わないでおく。直ぐに分かってしまうかもしれないけどね」


 調べればすぐに出てくる原因であるのに、元凶を断つ事が出来ないって時点でなんとなーく分かるんですけどね。

 

「私達は二人をオーヴェシュタイン殿が可愛がっている子供である事しか知らなかった。けれど、そうだね。二人は至極“真っ当”なのだと感じたよ。君達のような存在が居たと言う事に感謝したくなるぐらいにはね」

「――勿体ないお言葉に御座います」


 いや、本当にお兄様はともかく、私は相当過大評価されているようにしか思えない。

 探せばいますって、マトモな貴族も。

 ってか、いないと困ります。

 何と言うか第一王子も地味に周囲に毒されていません?

 多分あれだけ強烈な人達が周囲に居たら、まともな貴族は近づきませんよ?

 同類って見られるのも目を付けられるのも嫌ですもん。

 私は巻き込まれたから色々仕方ないけど、あのパーティーで遠巻きに私に同情の視線を向けて来た人達いましたし……見ていただけですけど。

 

「(仕方ないと思うんだけどね。私だって彼等と同じ立場なら見てるだけだと思うし)」


 それか公爵家の人間として仕方なく仲裁に入るかの何方かだ。

 どっちにしろ私の個人的な感情からじゃなく、善意からじゃなくその舞台に立つか傍観者になっていたと思う。

 赤の他人に優しさを振りまく必要ないし。


 ハードルが低くなりすぎて基準が狂ってる気がするなぁ。

 適切な距離を取りつつ訂正する方法が思いつかない。

 どうしたもんだか。


 無表情で悩んでいると今まで第一王子に話を任せて思い悩んでいた第二王子が何かを決意した顔で私達を見据えた。

 ――嫌な予感がするのですが。


「これは当然断っても良い。突然なのは確かな上、面倒事でもあるからな」


 前提が既に不穏ですよ、第二王子。

 心の中で茶化さずにはいられません。

 全く意味が無いので虚しくもなりましたが。


「その上で頼みたい。――王都にいる間だけで良い。時々城に来てくれないか? 勿論二人で良いし、人目のある所で会うようにしよう。お前達に不利になるような事態にはさせない。ただ、こうして話をする場が欲しいんだ。……ダメか?」


 ……嫌な予感が当たったなぁ。

 うん、流石に予想外だった、のかな?

 どうして此処まで私達が二人の琴線に触れたかは分からない。

 けど二人は私達を「交流に値する人間」として認定したって事だった。


 普通の貴族なら泣いて喜ぶ事なのかもしれない。

 お兄様にしてみれば出世の道って奴だし、私だって何かがまかり間違って王族と婚姻を結ぶ事が出来るかもしれない。

 相当の理由がない限り断る頼み事ではない。

 大それた野望を持ち合わせていない貴族でさえも「YES」以外の答えは無いであろう頼み事。


 けど私にとっては厄介事でしかなかった。

 幾らお兄様にとって安泰の道だとしても、あまり良い展開とは言えないと思う。

 急すぎる、という点でもって。


 王子方の琴線に触れた、簡単に言えば気に入られたから交流を持つ。

 おかしな流れではないとは思う。

 けれど、高々数回あった会っただけ――お兄様だってお話ししたのは今回が初めてだろうし――の人間を取り立てたとしか思えない状況だ。

 しかも何か劇的な何かがあった訳じゃないと周囲には見える。

 そうなるとどうしてそうなったか?

 お兄様が【闇の愛し子】である私を出汁に使って第一王子に取り入ったと噂される可能性があるんじゃないかと思うのだ。

 私自身も【闇の愛し子】である事を盾に第一王子に、そして第二王子に擦り寄った、という噂が増える気がしてならない。


 正直噂に関してはどうでも良い、と言えなくもない。

 噂に翻弄されて真実を見誤るような輩などこっちから願い下げだし、篩代わりだと思えば良い。

 多く流れている噂を逆手にとっても力と成すように立ち回ればいい。

 出来ないじゃなくてやるんだ、大切なモノを守るために。

 そう覚悟してしまえば、噂が広まっている事も然程悪い事とは思わない。

 だから私の事は取りあえず置くとしても、お兄様が私を出汁に使ったなんて思われるのは看過できない。

 お兄様の性格的に落ち込む事が分かっているから。

 必要ならば私という存在を利用する事はするだろうけど、そのせいで落ち込むと分かっているなら、そうならないようにしたい。

 過保護と言われようとも、大好きなお兄様なのだから仕方ない。


 という感じで私もお兄様も出来れば申し出は断りたい。


 けど……断る理由が無い。

 さっきも言ったけど普通の貴族ならもろ手を挙げて喜ぶ申し出だ。

 私達だって理由を色々捻くりだしたけど、回避できない事じゃないから絶対に断る必要のある申し出とは言えない。

 個人的に第二王子と交流は遠慮したいけど、それだって起こりうるかもしれない未来のための回避というのが理由の大部分を占めている訳だし。

 説明出来ない事柄過ぎて、それらを排除した説明では断る理由としてスカスカすぎる。

 

 この申し出の真意も不透明だし。

 利用される事自体は然程拒否感は無い。

 そう思える程度には王子達からは嫌な感じはしなかった。

 けど程度ってモノがある。

 真意が私にとって許容できる範囲じゃなかったとしたら……。

 大丈夫、だとは思うけどね。


 お兄様も何かを悩んでいるのか、私達は即答しなかった。

 明らかに悩んでいる私達兄妹を見ていた第一王子は苦笑して第二王子は噴き出した。

 第二王子ははっきり声に出して大笑いまでしているし。

 そこまではっきり笑われるのもあまり気分は良くないのですが?

 

「そこで即答しないのはスゴイ新鮮だし、それでこそ、とも思うな。まだ話をして二回目だが、お前等は面白いな! 流石オーヴェの自慢の子供って所だ」

「……父上が何を言っているかが気になりますね、流石に」


 今度はお兄様が苦笑する。

 分かります、お兄様。

 聞きたいけど同じくらい聞きたくないんですよね……とんでもない事言われてそうで。


「勿論肩っ苦しくない話をしてみたいと思ったのも理由だ。けどな……俺等の狂っている常識を指摘して欲しいんだよ。気づいてんだろ? 俺等が時折何かに毒されたみたいな事を言いだすって」


 それは、まぁ。

 あんだけ強烈な人間に囲まれていれば基準が来るのも当たり前だとは思いますけどね。

 ただ別に常識が狂っているとまでは思ってませんけど。


「同世代でいて俺等と会う事に無理が無い、それでいて息がかかっていない存在となるとな……あと、染まって無い奴ってのもあるか」

「望み過ぎだとは思うけれど、確かにそんな存在と交流を持ちたいとは思うね」

「ま、色々理由をこじつけてはいるが、ただお前等とまた話してみたい。今度は難しい事抜きでな――って話なんだがな」


 最後にまさに光の笑みとも云える輝かしい笑みを浮かべて言い放った第二王子の言葉を否定する事無く、控えめに微笑む第一王子。

 方向性違えど麗しいですね、目が痛いので逸らしても良いですか?


 正直此処まで好感を持たれる理由が分からず困惑しか無いです。

 利用したいと言う理由の方が余程分かりやすいと言うのに。

 そしてさらっと聞き逃せない事混ぜ込むのやめてもらえません?

 何ですか「息のかかっていない」って。

 スパイでも紛れ込んでいるんですか?

 物騒ですわよ。


 と内心突っ込みを入れてはいますけど、此処まで言われて断れるはずも無いんですよねぇ。

 私はお兄様と顔を見合わせるとお互いの内心に苦笑する。


 どんな理由あれど関わってしまった事に変わりはない。

 少なくとも王子達に対して私達は悪感情を持たなかった……持てなかった。

 別に積極的に関わりたい訳じゃないけど、積極的に交流を持つ程でも無かった。

 だからまぁ、流されるしかないんだと思う。


 心の中で自身の計画に大きく修正をかける。

 静観も排除も現時点では出来ないというなら、一先ず大きな流れに身を任せるしかない。

 広くを見過ぎて足元を疎かにすれば、掬われる可能性もあるのだから。

 これは良い機会だと思うしかないだろう。

 足場固めをしていたつもりだけど、どうやらまだまだ甘かったらしい。

 もしかしたら色々見直すのもいいかもしれない。

 流れに身を任せて、流される事も決して悪い事ではないのだから。

 

 相手が王族だとか、そういった事は取りあえず置いておこう。

 ただ強い嫌悪を抱く事も無かった相手のお願いとして聞いてしまおうか。


 結局、これからの事なんて誰にも分からないのだから。

 思考を止めるのではなく、流れに身を任しつつ周囲を見渡すのも一つの手、なんだろうから。


「別段何かを出来る訳ではありませんけど、ワタクシ達と話す事で殿下方に何かしらの得るモノがあるのならば、ワタクシ達でよければお手伝いさせて頂きますわ」

「若輩者ではありますが、宜しくお願いします、殿下」


 私とお兄様の言葉に第二王子は破顔した。

 眩しいですねぇ。

 ……もしかしてお友達いません?

 

 なんて失礼な事を考えたりもしたけど、これは流石に誰にも言えない事である。――いや、後で黒いのには言うけど。

 さぞかし爆笑してくれるであろう黒いのを脳裏に思い浮かびながら、私は目の前の眩しい笑顔からそっと視線を逸らすのであった。


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