第92話・居心地の良い「今」




 王都のラーズシュタイン邸には簡単な錬金術を行う事が出来る場所がある。

 ラーズシュタインの初代当主は錬金術師だったからか、歴史あるラーズシュタイン邸はそういった他の貴族の家とはちょっと違う様式の造りなのである。

 後、歴代の中には高位の魔術師も居たからか、外敵に対しての罠や結界など、中々物騒な造りであり、それと見えないが堅牢な要塞と化している、らしい。

 詳しい所はお父様に聞いていないから分からないけど、簡単な説明を受けた私は自分の口元が引き攣って無いかどうか軽く悩んだり。

 お兄様も初めて聞いた時は同じ事を心配したらしいし私の感覚が可笑しい訳じゃないです。

 お母様は聞いた時「では私も力になれますわね」とか言ったらしいけど、その方が珍しいはずですよね?

 両親を見ていると時折自分の常識が別の意味でズレているのでは、と思います。

 大好きな両親なのですが、それはそれこれはこれだったりする。

 ちなみに怖いから領地にある屋敷はどうなのかは聞いて居ない。

 結界に関しては前に教えて貰ったから知っているけどね。


 とまぁ外観はともかく内装は相当変わっているラーズシュタイン邸だけど、その特殊たる場所、簡易工房で私は現在鍋をグルグルかき混ぜていた。

 私の相棒たる【鍋】じゃないけど、初級の錬金術ならば誰でも問題無く使えるこの屋敷備え付けの【鍋】である。

 多分、これはこれで特注品なんじゃないかな?

 癖をあえて殺して誰でも平等に使える仕様にするなら、それはそれで錬金術で錬成しないといけない、と思う。

 まぁ偶然の産物だとか、様々な人が使ったが故の副産物の可能性も否定できないけどね。


 私は今、この癖のない……ある意味変わった鍋で【属性水】の錬成に勤しんでいる。

 反復練習する事で丁寧かつ繊細なコントロールを可能とする。

 中級、上級になれば基本レシピではなく、自分好みの配合に変える事も可能とする訳だし、そのためには目を瞑っても品質の高い【属性水】を創れるようにならないと。

 基本的に【属性水】はどんな錬成にも使うからね。

 異なる属性を合わせる際に中継ぎとなる【材料】なんだから当たり前と言えば当たり前だけど。


 グルグルと棒で鍋をかき混ぜていると何となく落ち着いてくるのはどうかと思うけど、難しい事を考えないで出来るからかもしれない。

 まぁ落ち着けば、今度は考えないといけない事が頭をよぎってくるんだけどさ。


 【属性水】とは言え侮れない。

 見習いに片足突っ込んだ私だと失敗する事だってあり得る。

 けど、この事だけに集中できるのは結構頭がすっきりする。

 色々棚上げにしているとはいえ人には心の休息も必要なんですよ?


 王城でのあり得ない展開に一応は流される事を決めた私だけど、王都の屋敷に帰って来たら、いつの間にか工房に来ていた。

 お兄様には苦笑一つで見送られた気がする。

 リアは心配そうな顔をしていたような?

 黒いのは私の影にいるだろうから何を考えてどんな顔しているかしらないけど。

 こうして鍋をグルグルかき混ぜるまで頭が真っ白で記憶が朧気な事を考えれば、殿下達の提案は相当衝撃的だったらしい、と他人事のように考えてしまう。


 仕方ないよね。

 流石の展開に頭が真っ白になりましたとも。

 出来れば付かず離れずでいたかった殿下達とこれから交流を持つ羽目になったんだから。


 今思い返しても切欠がさっぱりです。

 

 弟殿下の常識のズレを成り行きで指摘してしまったのは仕方無い事だと改めて考えても思ってしまう。

 あれは指摘しなきゃいけない所だもの。

 貴族として気にしなければいけない所を指摘しただけだから本来なら何の問題も無い。

 むしろ指摘しない方が問題だし。

 弟殿下の周囲には強烈な存在が存在しすぎとしか思えない。

 令嬢サマを筆頭に取り巻きはほぼ同類と見て良い。

 同類しか残らなかったのか、最初から同類の集まりだったか知らないけど。

 今まで誰も指摘しなかったのか? という疑問は思い浮かぶけど、王妃様の後ろ盾があるなら迂闊に口を挟む事も出来ない、と判断しても可笑しくは無い。

 王族とは貴族の上に立つ存在なのだから。

 王妃様は王族の中では上位に立つ存在がいても貴族からしてみれば逆らう事が難しい存在である。

 だからまぁ弟殿下の周囲に強烈な同類しか残らなかったのは致し方ない。

 そして私が貴族としてした当たり前の指摘に驚きの声を上げて印象に残ったのも仕方ない……百歩譲って仕方ない。


 でもさぁ、何で兄殿下と「初めまして」した上で今後私が王都にいる間という前提があったとしても交流を持つ事になったのか。

 其処に繋がった理由がさっぱり分からない。


 いや、殿下達曰くの理由の意味は分かる。

 一応貴族の常識を知り「誰か」の息のかかっていない存在と繋ぎを持っておきたいという表向きの理由の意味は理解出来る。

 貴族として常識ある存在だと思われた事を喜びこそすれ悩む必要は無い。――本当に裏が無いのなら。


 私が穿ちすぎなのか、それとも本当に別の思惑があるのか。


 弟殿下はまだ謀に対して若干抵抗がある感じだと思う。

 年相応の潔癖さと言う感じで。

 それでもしなければいけないと覚悟すれば全てを飲み込んでやり通すんだろう。

 王族としてそう学んでいるだろうから。

 そんな弟殿下だけど現時点では私達に対して何かを要求するようには見えなかった。

 つまり殆ど裏は無いと考えても良い気がするんだよね。


 けれど兄殿下は分からない。

 情報が少ないというのもあるけど、弟殿下と違って彼は分かってあの立ち位置にいる、ような気がしたのだ。

 別に王位を狙い色々隠しながら牙を研いでいるとか物騒な事を考えているのではなく、弟殿下を支える位置に立つ事を自分の意志で決めているんじゃないかとは思う。

 そこに問題は無い。

 ただ、そういう意味じゃなくて。

 私が感じた両殿下の正反対とも言える雰囲気や印象、そして立ち位置。

 それら全てを兄殿下は分かってやっているように見受けられたのだ。


 【光の愛し子】である弟殿下と何もかもが正反対の【闇の愛し子】である兄殿下。


 会う人の誰もがそう思うように話し方や所作を作っている、そんな印象を受けた。

 勿論殆ど素なんだと思うんだけど、元々あった正反対の部分をあえて助長させて、正反対を印象付けている、という感じがしたのだ。

 作り物と言う程酷くは無かったけど、ある意味で大袈裟な程の所作と真逆に何も感じさせない静かな所作の差異が私には違和感として映ったんだけどね。

 多分性格を知らない私だからこそまず動作などを注視したし、だからこそ何となく違和感を感じる事が出来たんだと思うけど。

 性格とか事前に知っていたら其処まで注意深く観察なんてしなかったかもしれないし。

 だから私の中では兄殿下のあれは全てが素ではないと、そう思っている。


 そうしなければいけない理由があるのかもしれない。

 けど全部私の印象の問題だから、実際は全く裏無く、ただ素であれなのかもしれない、という可能性は否定できない訳だけど。

 私の穿ち過ぎと言う事も充分にあり得る。

 

 けど本当に私の考えすぎでは無かったとしたら?

 兄殿下はあの年でそれを身に着け実行している、中々に侮れない方という事になってしまうのだ。

 敵か味方かはっきりしていない立場の人間に対して予測も対処も取れないというのは中々恐ろしいな、と思う。

 情報が足りないとこういう時すぐさまに対策を練る事も出来ないなとも思う。


「『ゲーム』では名前だけの出演だったしなぁ。ま、私が『第二王子』の「恋愛グッドエンドルート」をクリアしていないせいかもしれないけど」

「前から思ってたけどよ。お前の『知識』って穴だらけだよな」

「っ。……黒いの。びっくりするから出てくるなら一言言って欲しいんだけど?」


 反応が返ってくるとは思わなかった独り言に反応があるとびっくりするんですけど。

 黒いのにも聞こえるくらい胸がドキドキしている気がする。

 いや、人は鼓動の音がしていないとダメなんだけどね!?


「背後が疎かすぎんだろ。もっと警戒しろ」

「自宅でも警戒しないといけないってどういう事!? 私に百発百中のスナイパーを目指せと?!」


 ちなみに、この世界に「狙撃手」という職は無い。

 そもそも『銃器』はこの世界には存在しない。

 遠距離は「弓」を使用するか魔法で攻撃するしかないので必然的に「狙撃手」なんて職は存在しないのだ。

 集中すると背後なり周囲なりが疎かになる癖は重々承知ですが、安全なはずの自宅ですら警戒しなきゃいけない生活は辛すぎる。

 常に気を張っていたら気疲れでとんでもないミスするから。

 そっち方の方が問題だって。

 自己弁護じゃなく思う訳ですが、そこらへんどう思います、黒いの?


「領地なら兎も角王都はお前にとって敵の方が多いんじゃねぇのか?」

「そりゃそうだけど。ラーズシュタインに害意のある存在がそう簡単に我が家に入って来れるとは思わないんだけど」

「……少なくとも俺が居るうちは警戒しておくべきだろーが」

「黒いのが居るうち? 何で?」


 私としてはこのまま【本契約】しても良いと思ってる訳だし、仮に黒いのが誰か別の人と契約するから出ていくって話になっても、黒いのは私達に何かしらの攻撃を仕掛けた上でいなくなるとは思ってない。

 結構義理堅い性格みたいだし、その程度は私達に絆されているように見えるしね。

 【闇の愛し子】である私を嫌っていたとしてもお兄様やリア、そして家族にまで何かするようなタイプの人間じゃないでしょ、黒いのは。

 だから背後から攻撃される心配なんて欠片もしていないんだけど?

 そんな感じで首を傾げたら黒いのは一瞬言葉に詰まった後、盛大にため息をついた。


「そういう所だよな、本当に」

「黒いの?」

「なんでもねーよ」


 黒いの言いたい事がイマイチ分からないんだけど。

 最近多い気がするなぁ、こういう事。

 別に私達に何かしようとしている感じはしない。

 むしろ呆れている感じがひしひしと。

 それでも今までの憎悪とか嫌悪とか、そういったモノとは違うから問題ないと思ってたんだけど。


「(うーん。けどなぁ黒いのは言いたい事は言うし。こうやって言葉を濁している限り、話す気なさそうなんだよねぇ。それを無理に聞くのもなぁ)」


 臆病風に吹かれているとかそういった事じゃなく「今は聞く時じゃない」と感じるんだよね。

 何か黒いのの中で結論が出るか整理が出来るかすれば話してくれる気がするし。

 それまで無理に聞き出す事はないかなぁと思うんだよねぇ。

 そりゃ必要なら無理矢理口を割らせる事も必要だけどさ。

 今必要じゃないし。

 だから私はあっさりとこの話題を終了させると本題を切り出す。


「そ? ――それで? 私の『知識』が穴だらけって言うのは?」

「前々から思ってはいたんだがよ。お前のやってたのって所謂『ギャルゲー』の女版なんだろ? つまりは攻略してぇ男とイベント起こしまくって最終的に恋愛関係になるんだよな? どうやって攻略するか、どうやって最高のエンディングを見るか。色気のねー言い方すると戦略ゲームって事になるんだよな?」

「本当に色気のない話だね」


 ゲームやって爆笑していた友人並に酷い事言っている自覚ある? 黒いの?


「つまりは普通にやっててもイベントにぶち当たると思うんだが、どうしてお前はそんなに知識が欠けてんだよ。何度もエンディング見てんだろ?」

「んー。確かに黒いのの言いたい事は分かるし間違ってないと思う。そう言うと死ぬほど色気のない話になるし『乙女ゲー』好きな人には全力で喧嘩売ってるとも思うけど。まぁ私にとってはそっちの方が共感できるけど。……けどさぁ、私『乙女ゲー』としてマトモにやってなかったから仕方無いんだよね」


 多分お楽しみ要素だった錬金術の部分をこよなく愛していた『わたし』。

 けどそこに入れ込み過ぎて本筋の恋愛要素には全く興味が沸かなかった。

 『ヒロイン』に共感出来なかったし、攻略キャラに対しても『ありがちな設定だなぁ』としか思わなかった。

 多分深く突っ込んでいけば其処に至るまでの色々な苦悩があったんだとは思う。

 『ヒロイン』だってもしかしたらもう少し細かい設定があったのかもしれない。

 決して無個性のヒロインタイプでは無かった訳だし、その可能性は高い。

 けれど、はまり込む要素があった割には私は『ゲーム』の本筋に意識が向く事は無かった。


 御蔭で私はいるであろう敵役である『悪役令嬢』の名前すら覚えていないのだから。

 容姿は辛うじて金髪だった気がするなぁ程度だ。

 攻略キャラの容姿もよく採取によく連れていた面子ぐらいしか覚えていない。

 下手すれば実際会って名乗っても分からない可能性すらある。

 

 その程度しか私は『ゲーム』を愛せなかった。

 『わたし』が愛したのはあくまで『錬金術』の部分だったのだ。


「戦略ゲームと云う認識でもしていれば効率よくエンディングを見るために色々調べたりして詳しく覚えていたかもしれない」


 意外と凝るし、私。


「けどそういった楽しみを感じる前にミニゲームの要素に嵌っちゃったから、結局何時も「友情エンド」だったんだよ」


 ほぼ同じエンディングだった。

 極まれに個人の友情エンドとかベターエンドとかになっていたぐらいだ。

 

「だから『わたし』はこの世界の『知識』が偏っているし『攻略キャラ』の事なんて穴だらけしか覚えていないのよ」

「どんな遊び方してたんだよ、お前は。――御蔭でこの世界に馴染めてるかもしれねーって事考えたらその方が良かったって事かもしれねーけどなぁ。随分中途半端なこった」

「まぁ普通に楽しんでいたとはとってもじゃないけど言えないってのは分かってるよ。――先入観が少ない事は自覚あるし。この世界が「現実」だと思えているのももしかしたら、その御蔭かもしれないしね?」


 もし私が真っ当な意味で『ゲーム』に嵌っていたら?

 ――もしかしたらこの世界を未だに虚構と思っていたかもしれない。

 私の性格的にどうかと思うけど、有り得ない話じゃない。

 そうなっていたら、黒いのとはこうして話している事も無かっただろうけど。


 虚構だと思っていたら、私はもっと無茶していただろうから。

 周囲との確執なんて気にもしなかったかもしれない。

 家族を家族として認識、家族のために動くなどと考えていたかは分からない。

 家族を顧みなかった方が可能性としては高い。

 そしてなにより……私はフェルシュルグを憎んでいたかもしれない。――虚構をぶち壊したモノとして。

 本人自体がこの世界に重きを置いてないというのに、人にこの世界が現実だと突き付け虚構をぶち壊すなんて。

 なんて滑稽な笑い話。


 その時はこうして和やかに話す事も無く、黒いのが産まれる余地も無かったに違い無い。

 いえ、もしかしたら別の方法で生まれた黒いのと別の所で再会して、今度こそ殺し合いをしていたかもしれない。


 その時の心持ち一つで歩むべき道は全く違うモノになっていたはずだ。


「(なら私は『知識』が偏っている事すら感謝するわね。……今、こうしている「時」はそう思えるほどに居心地が良いのだから)」


 どうして私達が『別の世界の記憶』を持ってるかは分からないけど、私達が選ばれた理由も知る事なんか出来ないけど。

 私達は私達らしく生きていってもいいはずだ。

 それがこの世界で生きていくという事なんだから。



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