第90話・光闇の君と邂逅した先にあるものは?(2)




 陽に透かされ金糸のようにも煌く星々のようにも見える白金の髪を持つ第二王子。

 そんな第二王子とは真逆に全てに安らか安寧の時を齎す夜を溶かし込んだような漆黒の髪を持つ第一王子。

 遠目に見ても目立つ色彩を持つ方達だな、と思う。

 此処まではっきり分かれるといっそ潔いと思ってしまう程度に御二方の纏う色彩は真逆だった。


「<オージサマのアニキの方【闇の愛し子】かよ>」


 影から見ている黒いの声音が尖る。

 ……そういえば私に対しても【闇の愛し子】である事に嫌悪を抱いていたっけ。


「<アンタ、同郷である私が【闇の愛し子】だから憎悪していたんじゃないの?>」

「<……ちげぇよ。お前が【闇の愛し子】である事が先だっての。大体初対面でお前が同郷だって分かる訳ねぇだろーが>」

「<云われてみれば、それもそうだね>」


 確かに、そうだよね。

 フェルシュルグは貴族令嬢で【闇の愛し子】である「キースダーリエ」が嫌いだった訳で。

 そこに『前』の記憶を持つ同郷である「私」が入り込むから複雑な心境になったみたいだし。

 そう考えれば黒いのが【闇の愛し子】が嫌いだって分かる、か。

 に、しても第一王子は漆黒の御髪で【闇の愛し子】って事は眸の色は銀色か紺色――色の濃淡はあるけど――って事になる。

 遠目じゃ眸の色は見えなかったしなぁ。

 見ているであろう黒いのに問いかけるまでの事じゃないけど。

 それにしても……――

 

「<――……【闇の愛し子】と【光の愛し子】の兄弟とか。王家は厚い加護を受けている血筋なんだね>」

「<他人事か。お前も【闇の愛し子】じゃねーか。血筋で括るんなら同類なんじゃねぇーの?>」

「<まぁお兄様も精霊に愛されているみたいだし、そうとも言えるかもしれないけど。魔力量が多いからか、それとも血筋に加護が掛かっているか、どっちだろうね?>」


 少なくとも錬金術師は魔術師よりも加護を受けにくいと思うけど。

 基本的に研究者気質で自由人が多いし。

 あ、けど何代か前は魔術師が当主だった訳だし、その頃に加護を賜った可能性はあるか。

 少なくとも自分の血筋が特別だとは今まで感じた事無いけど。


 光闇の精霊に愛されているのはむしろ私達よりも黒いのだと思うんだけどね。

 ゼルネンスキルの事もそうだし、周囲を舞っている精霊の感じからしても。

 【闇の愛し子】が嫌いな黒いのにとっては闇の精霊に好かれても困るのかもしれないけど。


「<――光の精霊も好きな訳じゃねーんだけどな>」


 ポツリと呟いた黒いのの声音はどこか寂し気だった。

 何かを悲しんでいるような、何かを惜しんでいるような、そんな声音が聞こえて来た。

 黒いのにとって簡単に触れてはいけない部分って奴なんだろう。

 黒いのが光闇の精霊に愛されている事は事実だけど、それはイコールで無条件で崇拝し感謝するって事ではないのだと、そういう事なんだろうと漠然と感じた。

 彼にとっての触れてほしくはない「傷」が其処にはあるんだろう、きっと。


「<王子様達が揃えば昼夜を支配したみたいだよねぇ>」


 私は触れない。

 今はまだ血を流している部分に触れて良い訳が無い。

 治療でもあるまいし、むやみやたらに触れて良い訳が無い。

 ――それはとても痛いし、苦しいのだから。


 触れずに普段通りの様子で話を切り出す私を黒いのがどう思うかは正確には分からない。

 けど、まぁ何となく分からない事も無い。

 少なくとも薄情だとか、見捨てられたとは思わないだろう。

 それは同じ時間の流れで根幹を築いたからこそ分かる、思考の推測であった。

 その後の黒いのの声音に宿る色からして大きく逸れてはいないと思ったかな。


「<人の身で昼夜を支配するってか? それともオーサマを二人一役でやるって事か? それが出来る程似てねーけどな>」

「<間近に見る人なんていないし大丈夫じゃない? まぁ髪や眸を貴色に染める事は原則禁止なんだけどね>」

「<必要もねーしな>」


 影武者を用意するなら兎も角、ね。

 確かに昼夜通して王様が執務室にいなきゃいけない理由は無い。

 ってか王様も人間だから、それだと過労死一直線だ。

 戦時中や緊急事態じゃあるまいしやる必要性がまず無い。

 

 黒いのの気配が少し和らいだ事に安堵しながら私は近づいてくる両王子様達に頭を垂れながらも「さて、どうしようか」と思った。

 考えている時間もくれない訳だけどねー。

 下げている視線の端に王子達の足元が入り込んだのは、その後直ぐだったのだから。


 両王子様達は私達の前に立つと「頭を上げてくれ」と言った。

 これに逆らえない。

 逆らう事でのメリットが無さすぎるから。

 だから私達はゆっくりと頭を上げ、二人の王子様と対峙する事という行動を取るしかないのであった。



 第二王子の髪が金糸ならば、第一王子の髪は濡羽色だ。……女性じゃなくて男性だけどね。

 容姿からするとその描写でも可笑しくない気がするけど、それはまぁスルーします。

 流石に女顔とか言ったら不敬だし。

 男前タイプの第二王子の横に並ぶと更に対比で女性的に見えるけどねぇ。

 歳的にもまだ性差が少ない時期だし。

 

 あと真面目な話、持っている気配というか雰囲気が対照的だと思った。


 何処までも力強く命の拍動を感じる第二王子。

 穏やかな、そして何処か密やかな安定を感じる第一王子。


 何処までも対照的であるからか、二人の印象も真逆に感じるのだ。

 だから対比として男性的と女性的なモノ言い表したくなる。


 あえてなのか、生来のモノなのかは分からないけど。


「(第一王子は第二王子に輪をかけて性格が分からないんだよねぇ)」


 ただまぁ、こうやって連れ立っている所を見る限り、現時点で仲はよさそうだ。

 このまま道が違える事無く歩めば『ゲーム』とは全く違う未来になるのかもしれない。

 その場合お兄様の胃痛が減るだろうし、そっちの方が良いんだけど、ね。


 初対面の第一王子は私達を見て……微妙に視線は服装に向かっている気がするんですが?

 確かに訓練場に相応しくは無いですけど、コレ、貴方の弟さんのせいですよ。

 TPOに合わないのは私達のせいではないのであしからず。


「ロアの事だからわざとではないのは分かっているんだけどね。これじゃあ嫌がらせをされていると思われるよ?」

「はっ!? どうしていやがらせになるんだ?!」


 本気で分かって無かったんかい!

 あ、いや思わず声に出して突っ込み入れる所だった。

 第二王子、素が出ています、素が。

 後「ロア」って第二王子の事ですよね?

 表面だけの見せかけの仲の良さでなくて良かったです。


「確かに見学だから服装を気にしなくても良いとも云うけれど、流石に部屋の外と中では服装に変化があるんだ。特に女性はそういった事に敏感だからね。多分ラーズシュタイン嬢も困ったと思うよ?」


 此方にすまないと言った表情を向けてくる第一王子。

 思惑はともかく、これは多少すまないと思ってもらっているようで良かったです。

 此処で礼儀知らずと言われるのは流石に腹が立ちますからね。


「だが此処に来る令嬢達は皆そんな格好だったが?」

「……まぁそれは否定しないんだけどね」


 あぁ成程。

 改めて思ったけど第二王子の常識が少しずれてるわぁ。

 あの時自身でも言っていたけど、周囲にいる令嬢サマ達が基準になっているのか、時折こういったミスをやらかす訳か。

 ある意味凄いなお嬢サマ達。

 王族の常識を狂わせてるぞ。

 私の話を聞いていたお兄様もどうやら同じ所にたどり着いているのか、少しばかり驚いた顔をしている。

 ちなみに黒いのは影の中で思い切り「<常識狂い過ぎだし、うっかりすぎんだろ、それ>」と呆れている声が脳内に聞こえて来た。

 私もひっそり黒いのに同意する。


「動きやすい服装をするのは危機をかいひするためだろ? それならばこの二人はどんな格好でも問題は無いのではないか? 例え動くのに不利な服装をしていたとしても、訓練の流れだまくらいならよける事に何の問題もなさそうだ」

「子息だけではなくラーズシュタイン嬢もかい?」


 第一王子は弟の言葉に僅かに驚いた顔をしていた。

 私を見る目にも何かを探るような色が含まれるようになったし。

 ただ動きもしていないこの状況で私がどの程度出来るかを見極める事は難しいと思うけど。


 逆に私は第二王子が剣の天稟を持つ者であり、第一王子もそれなりに動けるではあるという事は分かっている訳だけど。

 ただ第一王子の情報はやっぱり少なかった。


「“俺”を見るのではなく“訓練”を見ていたようだからな。それも実践的な動きを中心に」

「成程」


 監視はしていたみたいですね。

 私達は訓練の邪魔になる程大きな声では話していては居ないし、遠くから向けられた視線を見極める事は難しい。

 人を見ているか訓練を見ているかなんて、私達を注視していないと出来ない。

 とは言え不本意だけど私達は周囲のお嬢様方と同じTPOに反した服装だ。

 本当に不本意だけど着ている服装の意味では浮いていないはずだ。

 なのに私達の目的が第二王子ではない事を彼は確信している。

 なら多分私達を特別に注視していた“誰か”がいたって事なのだと思う。


「<単にオニーサマが居るから珍しかったんじゃね?>」

「<それもあるとは思うけどね。けどさ……私第二王子の近くの人を見ていたんだけど?>」


 視線の見極めがとても難しい方向に視線を向けていた、という自覚がある。

 それを見極めた訳だから、まぁそういう事じゃないかな?


「<あー。難儀なこった>」

「<本当に何が目的なのやら>」


 交流を持つにしてはちょっとばかし厳重すぎますよね、本当に。

 さて、次はどうでるのかな? と思っていると何かを思いついたように第一王子が口を開いた。

 正直、話題変更の急さに面食らったんだけどね。


「あぁ、名も名乗らず申し訳ないな。――私はヴァイディーウス=ケニーヒ=ディルアマート。一応この国の第一王子かな?」

「そう言えば、俺も正式には名乗ってないな。――俺はロアベーツィア=ケニーヒ=ディルアマート。この国の第二王子だ」

「お初にお目にかかります。僕はアールホルン=ディック=ラーズシュタインと申します」

「殿下にお逢い出来て恐悦至極に御座います。ワタクシはキースダーリエ=ディック=ラーズシュタインと申します」


 お兄様は略式の最敬礼を。

 私はカーテシーを。


 突然の名乗りに私達は出来る最大の礼を尽くし相対するしかない。

 子供らしさよりもラーズシュタイン家の人間として恥じぬように振る舞うべきだ。

 どうせ第二王子には私の異質さの片鱗はバレているのだから、今更だ。

 遠ざけられても、それこそ望むところだし、遠ざけないというなら対応を変えるだけだ。

 別段私達にデメリットは無い。

 礼儀を知らぬと侮られる方が今回の場合問題があると判断したのだ、私達は。

 そしてその選択は間違っていないと思った。


 ただ……両王子よりも周囲の騎士達の騒めきの方が気になるんですが?

 少しばかり礼儀を取っただけでそこまで騒めくって、どんだけお嬢サマ達はすっとんだ振舞いしていたんですかね。

 ハードル下げるの本当にやめて欲しいんだけど。

 こちとら家の事を考えると礼儀その他諸々の質を下げる訳にはいかないんだからさ!

 それが標準になってもらわないと目立つんですけど?

 貴族としての矜持がとか言っているなら、それくらいして欲しいよねぇ。

 私の考えるマトモな貴族は一体何処にいるんだか――お兄様しかいないなんて事は流石に思ってませんよ? ……多分、ね。


「此度は弟の招待を受けてくれて有難う。それと同時に迷惑をかけてしまってすまない。……取り敢えず場所を移動しようか」


 そう言って微笑む第一王子。

 胡散臭いと思わなくも無いけど、まぁ行き成り素をだしてくる王族とどっちがいいかなぁって話になるかな?

 私はまだ胡散臭い方が良いと思います。

 腹芸の出来ない王族は別の意味で近づきたくありません。


 第一王子に促されるままに訓練場を後にする私達。

 何と言うか最後に振り返り一礼したんだけど、顔を上げた時に見えた騎士達の顔が、ね。

 うん、本当にお嬢サマ達は一体何をやらかしたんでしょうか。

 此処まで驚かれると多少の好奇心が擽られるんですが……いや、やめた方がいいかな?

 知ったが最後後悔しそうだし。


 結局何とも言えない気分のまま訓練場を出る事になった。

 あー数人訓練方法をもうちょっと見たかったんだけどなぁ。

 あれだけ目立ったらこっそりは絶望的だよね。

 仕方ない、諦めるしかないか。


「ロア。お前の目にかなったのかい?」

「むしろ予想以上だったな」

「随分高評価なんだね」

「……ヴァイ兄上も人の事を言えないのでは?」

「……そうかもね」


 あのー王子様達?

 聞こえる範囲で秘密のお話するの辞めて頂けません?

 聞かせるつもりがないならもっと小声で話して下さい。

 内容的には通じていませんけど、何となく座りが悪いのですが?


 仲良さそうなのは良い事ですけどね。


「(【精霊眼】で視たらさぞかし精霊が周囲に舞飛んでいるんだろうなぁ)」


 なんせ【光の愛し子】と【闇の愛し子】だ。

 色とりどりすぎて王子様達が見えない程輝いているかもしれない。

 

「(なんとも物理的に眼に痛い兄弟だこと)」


 必要ないなら【精霊眼】で視ない方が良いと内心思いながら、王城内に入り廊下を歩く私達。

 前を歩いている王子様達は軽口を叩きあっているようで時折笑顔が垣間見える。

 二人自体は微笑ましいと言える気がする。

 仲良し兄弟であるのは良い事だと思う。

 王族であるならば反目し合うよりも支え合う方が最良じゃないかな?

 それ程に「王」という存在が負う責務は重いのだから。


 ただなぁ。


「<周囲の視線が微妙に気に入らない>」

「<あんま良い視線ではねーな>」

「<だよねぇ>」


 王城内に入ってから感じるようになった人の視線が少しばかり気に入らない。

 私達に対しても色々な感情を孕んだ視線を向けているが、それは仕方ないし、まぁ特に気にしていない。

 あ、正確に言うと「私に向けた」視線は時に気にしていない、だけど。

 お兄様に向けている視線は大いに気にしています。

 もの言いたげな視線をお兄様に向けないでくださいます? とか言いに行きたい。

 視線の種類は分かっても理由が分からないからいかないけど。

 大方私の悪い噂を鵜呑みしていて、お兄様を同類と思っているか、同情しているかって所だろうけどね。


 私達に注がれる苛立たしい視線はともかく、そんな私達に向ける視線の倍以上の視線が王子様達に向かっているのだ。

 気にならない訳がない。

 と言うか、別に二人が仲が良い事の何処が悪いのだろうか?

 王族だから反目しなければいけない訳じゃない。

 というか継承権をかけて絶対に争わないといけない訳じゃない。

 それだと私とお兄様も次期公爵家当主の座をかけて争わないといけない事になる。

 絶対に御免だし、お兄様が当主になれば良いんだから争う必要もないし。

 法で争わなくても良いようになっているというのに何故争わなければいけなのか、という話です。 

 

 王族や貴族が跡目争いをしないならその方が良いに決まってる、はずだよね?

 だから兄弟仲がよさそうな二人を見て眉を顰める理由が分からないんだよねぇ。

 一人や二人なら、取り巻きやら派閥やら色々あると思うけど、見かける人間の殆どが思う所があるって。

 しかも兄弟のやり取りを見かける事が多いはずの城に勤めている人間が、だ。

 

 一体王子様達に一体何があるというのか。


 そんな事を考えていると応接の間に着いたらしい。

 ……ちょっとだけどちらかの私室とか執務室じゃなくて良かったと思った。

 ん? 流石にこの年で執務室はないかな?

 そこらへんは流石に分からないけど。

 まぁどちらにしろプライベートな空間じゃなくて良かった。

 

 これ以上距離が縮まるのは勘弁してほしい、切実に。


 そんな事を考えながら私は部屋の中へ足を踏み入れるのだった。



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