第73話・私の宝物達(2)




 ダーリエが私と旦那様にお話しがあるのだと言ってきたのは身内だけとはいえ娘のお披露目会が終わってから少しだった頃でした。

 ダーリエ発案の【プラネタリウム】とは素晴らしい魔道具でした。

 旦那様が補ったのは技術的に現時点では出来ない所だけ。

 発案から形にするまで殆どダーリエの力によるモノと聞き少しだけ驚いてしまう程、それは素晴らしいモノであったと思います。

 

 お披露目会が名目であり目的が別にある事は分かっておりました。

 ですが、それでもダーリエの初のお披露目会である事には変わり在りません。

 私達の自慢の娘が造り出した芸術を色々な人に知ってほしい、と思う気持ちは変える事は出来ません。

 事実【プラネタリウム】を見て感嘆する人々の声に私はとても嬉しくなったモノです。

 裏でダーリエ達に起こった事を考えれば、何と暢気な、と言わざるを得ないのですけれどね。

 ……それでもあの時のあの賞賛の声は素直に受け取り胸を張るべきだと思いますの。

 あのお披露目会の御蔭でダーリエに掛けられた不穏な噂は一掃されたのですから。


 自らの才能を突き付ける事でダーリエは自ら「ラーズシュタイン」の娘である事を認めさせました。

 その事実が嬉しいのです。

 それは誇って良い事だと思うのです。

 けれど、私達に話があると言ったダーリエからはそんな自信が微塵も感じられませんでした。


 酷く緊張しているのか目を彷徨わせスカートの上で手を握りしめる姿は今よりももっと幼い頃のダーリエを彷彿とさせました。

 【属性検査】の時の悲劇から目を覚ましたダーリエは大人になってしまった気がしていました。

 八つ当たりにも似た悪意にも負けず、冷静に判断し、悪意を見極める鋭き眼を持つ反面、好意を素直に受け取り、大切にする様は無邪気で愛らしく、そして貴いモノだと思っていました。

 目を覚ました後のダーリエはそういった無邪気さを隠す事を覚えてしまい見る機会が減ってしまったのです。

 今でも私達に対しては無邪気に微笑んでいますが、冷静に対処する姿も見る様になりました。

 これも成長なのだと少し寂しく思いつつ誇らしく思ったモノです。――例えその成長が“普通ならば有り得ない方法でなされたのだとしても”私はその成長をただ喜ぶだけでした。


 そんなダーリエがあの頃のように何かに怯えて話す事を恐れている姿はもっと幼かった頃の事を私に思い出させるのです。

 

 一体ダーリエは何を恐れているのでしょうか?

 私達はどんな事があろうともダーリエの味方であるというのに。


 きっとダーリエを心配そうに見やるアールや業務に忠実に、それでも隠し切れない心配を眸に宿すクロリアもダーリエがこうなっている理由を知っているのでしょう。

 こんな場面ですが少しだけ嬉しくなります。

 アールが深く悩み、それ故にダーリエを避けていた事は知っておりました。

 逆にダーリエがクロリアを何かしらの理由で遠ざけていた事も知っております。

 私がアールとダーリエの親として、クロリアを雇う側の人間として出来る事などそう多くは無く、口を出せる事は殆どありませんでした。

 私が出来たのはアールの心の内を聞き出しそっと背を押す事とクロリアにダーリエを待ってほしいと言う事ぐらいでした。

 その程度しかできなく、後は見守る事しか出来なかった私は前と同じように、いえ前よりも深い絆を築いた我が子達の姿に心から安堵致しましたわ。

 子供達は私達大人の心配など気にせず自らの意志で健やかに育っていくモノなのかもしれませんわね。

 寂しくも子供の成長とは嬉しいモノだと旦那様とお話して笑いあったのはそれほど前の事ではありませんでしたわ。

 

 今も二人に背を押されたのかダーリエが真っすぐ私達を見据えました。――まるで“大人”のように成熟した眼差しをしたダーリエが此方を真っすぐ見たまま口を開いたのです。


 ダーリエの説明は確かに驚く事でした。

 ココではない何処かで生きた女性の記憶が蘇ったと告げるダーリエ。

 あの眠りの中でお互いの生涯を見た事によりお互いが同じ根幹を持つ“世界が異なる同一の存在”であると分かった事。

 緩やかに溶け合い二つの記憶を持つ今のキースダーリエになったという事。

 生きて来た年数の違いか『別世界』の思考により大人びた子として認識されるようなったのでそれを否定しなかった事。

 ……ダーリエは今まで私達を騙してた事が心苦しくて、けれど嫌われたくはなくて言えなかった事。

 けれどこのままではダメだと覚悟した事。


 時々つっかえながら、それでもアール達の助力を借りる事無く自らの意志で言葉を紡ぎ私達から目を離す事の無い可愛い娘。

 今にも嫌われる事への恐怖を眸に宿しているのに、それでも貫く覚悟。

 家族に嫌われる事を誰よりも恐れているのに。

 拒絶されれば絶望してしまう程家族を愛しているのに。

 それでも私達を騙し続けるよりも話す事を選んだ。

 私はそれを優しさと取りましょう。

 何処までも優しい可愛い可愛い私の娘。


「――……今まで騙していて申し訳ありませんでした」


 最後の言葉と共に深々と頭を下げるダーリエ。

 スカートを握りしめ、今にも泣きそうなのを我慢して……そんな「変わらない」我が子。

 私が旦那様を見ると旦那様は苦笑してなさっておりました。

 旦那様? もしかして知っておりましたね?

 私だけ除け者というのは悲しいですわよ?


 旦那様へのささやかな文句はともかく、全てを話してくれたダーリエに私がする事は一つだけですわね。

 私は席を立つダーリエの前に立ちました。

 少しだけ震えるダーリエを見て私は……その体を思い切り抱きしめましたの。

 突然の温もりに驚き顔を上げるダーリエに私は微笑みかける。……貴女の心配は不安は杞憂だという事が伝わるように。

 

「ダーリエ。私の可愛い大切な子。大事な大事な宝物」


 例え貴女がダーリエではない別の人間となってしまったとしても……。

 私を心配し部屋に花を飾ってくれた優しい子は貴女なのです。

 私の気晴らしに付き合って共にお茶を飲んでいたのも貴女。

 アールと共に私にお菓子を作って下さったのも貴女。

 そう、貴女はこんなにも私達を愛して、私達の愛を受け取っていたわ。

 

 貴女が違う人間となってしまったというなら私は眠る前のダーリエの事を悲しみ、そして新しい娘となった貴女を愛しましょう。

 けれど今の貴女は私達の知る「キースダーリエ」にしか思えませんわね。

 貴女の持つ記憶は貴女を成長させました。

 だから誰よりも早く貴女は大人になった。

 それだけの話なのです。

 貴女は別人になったのではなく、二つの記憶を持つ「キースダーリエ」なのではないですか?


「そうね。それでも何かあるとすれば……もう少しゆっくり成長してほしいわ。今はまだ私達だけの宝物でいて欲しい。そう思う事くらいかしら?」

「――おかぁさま」


 私の腕の中で私を見上げる夜空色の眸に波紋が広がっていく。

 まるで静かに揺らめく夜の湖のようでした。

 こんな時でも声を上げて泣く事が出来なくなってしまったダーリエ。

 成長とも取れるそれはまだ早いと思うのです。

 今、貴女は哀しくて泣いているの? それとも嬉しくてかしら?

 悲しみからくる涙なら泣き止むまで抱きしめてあげていましょう。

 喜びからくる涙なら共に喜びましょう。

 私の大事な大事な宝物。  

 貴女を私達は決して拒絶したりはしませんわ。


 私の胸の中で静かに泣くダーリエの頭を優しく撫ぜながら私は顔を上げました。

 旦那様は全てを分かっていたのか何時もの笑みを……いえ、何時もよりも柔らかい笑みでダーリエを見ています。

 アールは大丈夫だと知っていたと思います。

 けれど人の心は分からないモノ。

 絶対ではない故に心配していたようです。

 ダーリエを受け入れた私達に安堵しているのが見て分かりました。

 少し面白くない気もしますが、仕方ありませんわね。

 それほど妹であるダーリエが心配だったのでしょうから。

 ですが……母親をあまり侮ってはいけませんよ?

 

「アール」


 私は名を呼び手を片方の腕を広げる。

 私の望みが分かったのか少しだけ困った顔をしてしまいました。

 けれど私達を見くびった罰です、私はひいてはあげません。

 私が退かないと分かったのかアールは恐る恐る私達に近づいてきました。

 近くまで来た時私は強引にアールの手を引っ張り腕の中にアールを閉じ込めてしまう。

 衝撃にダーリエの涙も止まったようですし、何の問題もありませんわね。

 二つの宝物を腕の中に抱きしめたために感じる温もりに私の方が泣きそうになりました。

 何時か飛び立っていく可愛い我が子達。

 悩み、苦しみ、それでも自らの道を歩んでいく事でしょう。

 何時か私と旦那様のように生涯の人を見つけるのでしょう。

 それでも今はまだ私達の可愛い子供でいて欲しいのです。

 

 ……それが過ぎたる願いだと分かっていても祈ってしまうのです。

 大事で大切な私の宝物達-キースダーリエ・アールホルン-、もう少しだけこの腕の中で眠りましょう。

 子供の時間は短くてあっという間なのだから。


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