第74話・私の宝物達(3)
あの時からダーリエは私達に自分を隠さなくなりました。
少しお転婆になった気もしますが、元気に笑ってくれているだけで私はとても嬉しいと感じるのです。
公私の切り替えが出来る、と知っていますしね。
再び視線を我が子等に向けると、言い争いはいつの間にか終わったのか今度はアールの説明を熱心に聞いているダーリエとクロイノの姿がありました。
女の子と黒猫の熱心に話を聞く後ろ姿は微笑ましく、そして暖かく感じました。
クロイノは自らが受け入れられた事を不思議に思っていました。
その気持ちは分かる気もするのです。
彼は例の家に使われて切り捨てられた存在。
一度の死により罪が雪がれたと言われても記憶を失って生まれ変わった訳では無いのですから困惑するのが当たり前です。
ラーズシュタイン家は平民と呼ばれる皆を同じ人間と考えているため、一部の貴族から異端視されています。
けれど彼等も又、人である事は変えようのない事実。
国とは国民あってこそ。
国民とは大半は平民と呼ばれる方々なのですから。
役割が違うからといって人としての価値まで不平等であっていいはずがないと思うのです。
使い捨てられたクロイノ。
彼を最初に受け入れたのは唯一直接的な危害を加えられたダーリエでした。
完全なる信頼を預けている訳ではなくとも互いに信用する事は出来るのだと笑ったあの娘は強く、そして輝いて見えました。
旦那様は監視の意味合いもあって受け入れる事を認めたのだと思われます。
貴族として当主として、それもまた当然の選択であると思います。
けれど私は心配する事は無い、と。
クロイノがダーリエやラーズシュタイン家を害する事はもう二度とないのだと私は思うのです。
ダーリエと他愛無い喧嘩をしてアールと論議を戦わし、気ままに屋敷内を歩き回る黒猫。
そんな姿からは、前に数度だけ見かけた時に感じた荒んだ雰囲気はありません。
だから大丈夫だと思うのです。
あの子もココで生きていくのだと漠然と理解してしまいました。
こんな事を言ってしまっては楽観的だと怒られてしまうかもしれませんけどね。
小さい頃は悲観的に物事を考えては縮こまって生きてきました。
そんな私を変えてくれたのは旦那様と友人達です。
学園での出会いは私にとっての幸いでした。
そんな出逢いが齎された事こそが私にとっての奇跡だったのです。
クロイノとダーリエの出会いもまた奇跡であり幸いであってほしい、そう思うのです。
「ラーヤ」
「オーヴェ様?」
今日は珍しく執務が終わったのか旦那様が庭に出てきました。
「……ああいう所を見ると平和だと思うね」
「はい」
同じ体勢で話を聞くダーリエとクロイノの姿に旦那様も微笑んでいらっしゃいました。
「【闇の愛し子】であり「巡り人」であるダーリエのこれからの道は平坦ではいられないだろうね」
「やはり、そうなのですね」
「巡り人」とは異界から魂が流れてきた存在の事を言うようです。
ただでさえ【神々の愛し子】とはその加護により平坦ではない道を歩むとされています。
更に国の上層部しか知らない「巡り人」であるダーリエが平穏な日々を過ごす事はきっと難しいのでしょう。
「その片鱗は既に出ていると言える」
ダーリエに異界の記憶が蘇った時の事を言っているのでしょう。
既にこの歳に似合わぬ経験をダーリエはしております。……そして多分アールも。
やはりもう少し腕の中で眠っていて欲しいと思う事は過ぎたる願いだったようです。
もう少しだけ子供でいて欲しい、と。
私にそれを決める権利は無いと分かっていても困難の多い道ではなく、少しでも穏やかな道を進んで欲しいと願ってしまうのです。
それが出来ないのであれば少しでも平和な時を長く。
愚かな母親の願いを旦那様は否定しないでくれました。
それだけで充分だと思わなければいけないのかもしれません。
その時が来れば私は貴族として当主夫人としてアールやダーリエの背を押しましょう。
心の中で苦しみを変わってやれない事を謝り、苦難で傷つく姿を、それでも乗り越える姿を見守りましょう。
それが私の役割なのですから。
「けど……僕は大丈夫だと思っているよ」
「オーヴェ様?」
「確かに困難はあると思う。けれどあの子達ならきっと乗り越えるさ。……あの子達は僕達の子供なんだからね」
力強く、確信に満ちた声で言い切る旦那様に私も自然と微笑みが浮かびます。
……そうですね。
信じましょう。
あの子達の強さを輝きを。
母親として、見守る者として。
もしあの子達が道を悩んだ時そっと背を押してあげる事の出来る存在として私も精進いたしましょう。
それが母親たる私の出来る事なのでしょうから。
その夜私は夢を見ました。
私は夢の中で何故か『私』と向き合っていました。
『私』は何もしゃべらず、けれどやつれた顔で悲し気な表情を浮かべておりました。
『私』が何を考えていたかは明確に知る事は出来ません。
ですが多分目の前にいる『私』は何かを失ってしまったのでしょう。……それも自身の言動により。
……警告、なのかもしれないと瞬間思いました。
だから私は大丈夫だと真っすぐ『私』を見据えました。……これで伝わると何故か思ったのです。
そしてそんな私の直感は外れていなかったようです。
『私』は少しだけ笑みを浮かべ、頷き深々と頭を下げたのですから。
あの『私』が誰なのか、それを知るのは後になって……ダーリエが巡り合った奇妙な縁を結んだ方により紡がれた言葉を聞いた時でした。
聞いた時は妙に納得したのですけれど、ね。
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