第72話・私の宝物達
「お兄様、この花は? ――……」
「これは――……」
私-ワタクシ-の娘であるキースダーリエと息子であるアールホルンが時に花を愛で、時に知識を出し合い話している。
時折黒猫のクロイノが呆れた様子で何かを呟き、ダーリエと言い争いをしているけれど、アールを含めた空気は柔らかくてじゃれ合いにしか見えないわね。
貴族として言うならばダーリエの行動はお転婆ではしたないかもしれない。
アールホルンは気が抜けすぎているかもしれない。
使い魔であるクロイノと言い争いなんてとんでもないという方もいるかもしれませんわね。
ですが、私はそうは思いません。
此処は「家」なのですから。
家族や私達を支えて下さる方々と共に心を安らげる事の出来る場所。
ですから家族しかいないココで少々淑女らしかぬ姿があろうとも良いのです。
気を抜けない場所など家とは呼べず、家族に気を使い過ぎれば疲れてしまいます。
使い魔のクロイノとてこの家の者に害を加える気はないのですから、言い争いの何が悪いというのでしょうか。
激しい論議の中で生まれる案が未来を作り出す事とてあるのですから。
憎しみをぶつけ合う事は悲しみを生んでしまいます。
ですが相手を知るため、よりよい「先」を作り出すための言い争いは決して否定してはいけないのだと思います。
貴族でも私達は人間です。
心を休め、次への活力とする場所が必要なのだと思うのです。
そして私達にとってそれは「家」なのです。
貴族としては異端かもしれません。
悲しい事ですが血縁関係など利用するだけだという関係の方など吐いて捨てる程います。
自らに流れる血を受け継がれた先達の功績を誇る事は悪い事ではないのでしょう。
なれど固執し「今」を蔑ろにする事が本当に良い事なのか。
少なくとも私は哀しいと思いますし、そうなりたくはないと思うのです。
旦那様も私の思いを理解なさって下さいました。
私達にとって「家族」を護り心安らげる場所、それが「家」なのだと。
アールやダーリエがどのような家族を作るかはわかりませんが、願わくば幸せであってほしいと思います。
私が旦那様やあの子達といる「今」が幸福であると思うように。
私の生家には数代前に帝国から嫁いできた令嬢がいらっしゃります。
帝国は海に面した国であり水の神の加護の厚い国と言われておりますの。
ですから私のように青色の髪を持つ方が良く生まれるようです。
ご先祖様の血を受け継ぎし私も水の加護を賜り鮮やかな青色の髪ですし、水系統の魔法を得意としています。
この国では私の鮮やかな青色の髪は珍しいようですが、私にとっては先祖の血をしっかりと引き継いでいる証ですから誇るべきものですわ。
……そう思えるようになったのは旦那様を含めた皆さまの御蔭、なんですけれどね?
ラーズシュタイン家に嫁いだ私ですが、外見上な要素は子供二人には受け継がれませんでした。
ですが私の魔法の素養はアールに引き継がれ、旦那様の錬金術の素養はダーリエに引き継がれました。
その事自体は喜ばしい事です。
ですが……アールに対して口さがない人間が現れるようになったのです。
錬金術の素養が無い人間が当主になれるのか? という悲しい言葉をアールに放つ輩が後を絶たないのです。
そのような事しか言えない口は洗濯してしまっても良いですか? などと旦那様に言って居合わせた執事に怒られてしまったぐらいでは収まらない程私は憤りを感じていました。
私の水魔法で悪意を押し流してしまいましょうか?
旦那様は私を止めず、むしろ助力して下さったのですが、家の者に止められてしまいましたわ。
本当に残念です。
話を聞きつけたアール本人にも止められてしまいましたし、仕方ありません。――気づかれずにやってしまいましょう。
きっと旦那様も同意して下さるはずです。
私の可愛い子供達を傷つけようとする人間なんてお仕置きが必要ですよね?
……今度はダーリエにも止められそうな気がするのは何故でしょうか?
アールの次期当主としての力量を疑いダーリエを傀儡として懐柔しようとする輩は後を絶ちませんでした。
私の不貞を疑う者もおりましたが、それに関しては何を馬鹿な事を、としか思いませんでしたが。
アールは旦那様そっくりですし、ダーリエは外見は【闇の愛し子】であるために私達の何方とも似ておりませんが、旦那様の素養を受け継いでおります。
帝国の血が私に流れているためにアールに錬金術の素養が受け継がれなかった、という言葉を完全には否定できませんが、少なくともラーズシュタイン家は錬金術師しか継げない訳ではありません。
偶然旦那様は錬金術師でしたが継ぐために努力し今なおたゆまない努力をしているが故に宰相の地位についているのです。
将来的にダーリエが継ぎたいと思いアールが継ぎたくはないと思わない限りアールが次期当主となる可能性が高い。
それはアールが努力する子だからです。
自らの立ち位置に慢心せずに努力を欠かさない。
だからこそアールは次期当主となる可能性が高いのです。
その事にも気づかない節穴で何が見えるというのか。
私の可愛い息子と娘を真っすぐ見る事もしていない輩に中傷されるいわれなどないというのに。
私には帝国の血が流れております。
その事は変えようのない事実ですわ。
ですが私にとってディルアマートが母国である事もまた変えようのない事実なのです。
その事が分からない輩が多くて本当に困りものですわ。
悪意に晒され、それでも我が子達は自らの意志と力ではね除けました。
アールは自らよりもダーリエの持つ優れたる錬金術の才に嫉妬を抱き、それでも自らの不甲斐なさを嘆き苦しんでおりました。
ダーリエは兄を思うからこそ自らの存在意義に悩み苦しみ、それでも兄や私達という大切な人のために歩む事をやめませんでした。
それがどれだけ貴き事か。
あの子達が当たり前のように行い歩んできた道は決して誰もが見つけ歩む事が出来る道ではないのです。
人は身の内に様々な負の感情を抱きます。
人であれば抱いてしまう様々な感情は決してそれだけでは悪いと一概には言い切れないと私は思うのです。
負の感情に支配され、誰もが悲しむ道しか見つけられず突き進んでしまう。
その事こそが悲しきも悪いと言われる道ではないかと思うのです。
悪の道であろうとも自らの意志で突き進む方もいらっしゃるでしょう。
それもまたその人の生涯と言えるのかもしれません。
ですが私は我が子にそんな悲しき決意をし歩んでほしくはないのです。
我が子には笑って、幸福な道を歩んでほしい。
苦労を共に、喜びを何重にして、胸を張って生きてほしい。
私の細やかで、ですがきっと欲張りであろう望みなのですわ。
あの子達は何時か大きな決断をするのでしょう。
【闇の愛し子】であるダーリエだけではなく、公爵であるラーズシュタイン家を継ぐアールも。
旦那様や私の歩んできた道が決して平坦では無かったように。
もしかしたら私達以上の苦難があの子達の前に存在するのかもしれません。
それでも……それでも私は少しでも苦しみの少ない道を歩んでほしいと切に願うのです。
「(例え、それが『もう一つの世界の我が子』だとしても)」
何方でも私にとっては可愛い我が子である事には変わりはないのですから。
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