第66話・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(8)
ぐるりと部屋の中を見回すと質素、いや粗末な内壁が目に入る。
此処は今の俺の寝起きしている場所だった。
マリナートラヒェツェの屋敷から少しばかり離れた森の中に在る寂れた小屋。
埃をかぶっていた場所を勝手に使ってた。
契約を交わした異質な能力を持つ俺を見張るためかマリナートラヒェツェは俺を屋敷内に住まわせようとしていた。
が、平民に対する対応を見た限り、居たらどうなるか分からねぇから断り、強要するなら姿を消すと脅し、実際数日姿を消してやった。
その間俺を見つける事が出来なかったタンゲツェッテ達は俺を無理やり屋敷内に留める事はしなくなった。
平民風情を屋敷内にとどめておく事を嫌ったってのもあんだろうな。
あと、生意気な平民を危険視する程度の防衛本能はあったって事だろうよ。
ある程度埃を払っただけのみすぼらしい小屋が俺にとっての塒だった。
それでも掃き溜めにいた頃よりは上等だってんだからあの場所の劣悪さが今更ながら分かる。
そーいう意味では村の生活水準は平均だったんじゃねぇかな?
あの場所が素晴らしかったか? と問われれば鼻で笑ってやるが。
ちっさな森みてぇな場所に建てられた小屋は人に忘れ去られた場所なのか、誰もやってはこなかった。
まぁ地球と違って所有地として登録してあるわけじゃねぇし、利権云々は無いだろうが。
小屋は人一人が寝起きするには充分だった。
ただどう頑張っても入れねぇ部屋がある事だけが難儀だ。
人の気配もねぇし立て付けでも悪いのか、別の理由か……まぁ開かねぇもんはしゃーねーと其処まで気にしちゃいねぇが。
「どーせ此処も長くいるわけじゃねぇーだろうしな」
後どれだけ生きられるか分かったもんじゃねぇしな。――今、俺の命は俺の自由に出来ない状態だった。
別に今すぐ死ぬ事は出来るし、何かを強要されてる訳でもねぇ。
ただこのまんまだと俺はお貴族サマに危害を加えたって理由で排除されるって話なのだ。
タンゲツェッテどころかマリナートラヒェツェごと処分される未来はもうすぐそばまで来ている。
アイツはこのままじゃすまさねぇはずだ。
少なくとも典型的な悪徳貴族で小物っぽいタンゲツェッテじゃ分が悪い。
どー考えてもアイツの方が、そしてアイツの家の方が上だ。
今のまんまでもやらかした事満載だからな、何時かまとめてつけを払う時には没落&滅亡の道一直線だろう。
もう逆転の道はねぇ。
あるとすれば俺が真面目に報告した上で俺の意見に耳を傾け、被害を最小限にするための対策をとる事だが、その場合タンゲツェッテは確実に縁を切られてアイツの家に突き出されるだろう。……そん時はどうせ俺も一緒だろうが。
そーする事でマリナートラヒェツェは家を守るってこった。
自分が切り捨てられると思ってねぇ所がタンゲツェッテの貴族らしいっちゃ貴族らしい所かもしんねぇ。
そんかわり俺を切り捨てる事は予定調和みてぇに決まってるって所が悪徳の本領発揮って所か?
どういう状況にしろ俺が生き残れる道は存在しねぇ。
自分の手で終わらせるか、処分されるのを待つか。
結局俺の命はほぼ自由にできねぇって事だった。
別に残しておくべきモンも持って逝くべきのモンもねぇ。
あ、いや、一つあるか。
俺は懐から丸っこい石を取り出す。
あんま大きくねぇ石は最初透明だった。
この小屋に落ちてたモンだから、前の住人の持ち物って所なんだろう。
床に置いてたってのがちょっと引っかかるが、まぁ透明な石だった訳だしな。
目の前に翳すと窓から漏れる光を通して金色と銀色の光が目に入った。……そう、透明ではなく、金銀の光が、だ。
最初は透明だったはずだ。
なのに、今この石は金色と銀色に染まってる。
『勾玉』を二つ合わせたみてぇな模様のそれは白黒なら『陰陽』の印が立体化したみてぇな形だなと思った。
何となく持ち歩いてるが別に体調に異変があるわけじゃねぇし、色が変わるだけの代物なんじゃねーかと思う。
捨てる理由もないから持ち歩ているだけなんだが、何となく最期まで持っている事になりそうな予感がしている。
「金色と銀色、か」
アイツの髪も銀色だ。
【闇の愛し子】で令嬢サマである俺が憎しみを抱く敵対者。
同時に唯一『同胞』であり同じ根幹を持つ人間。
タンゲツェッテが踏み台にしようとしていた他称我が儘お嬢様。
肩書だけはやたらある俺の唯一の楔であるはずのオンナ。
――逆にアイツには要らないと言われた訳だが。
俺を真っすぐ見据えて、未練の欠片も無く、俺を切り捨てたオンナ。
埋められない飢餓感を癒されない絶望感を抱きながらも『同胞』は要らないと言い切りやがった強い奴。
俺と同じ『倫理観』と『価値観』を持ちながら、決定的に違う何かを根底に持つ読み切る事が難しいムカつく存在。
この世界を受け入れて、この世界に受け入れられた強くてムカつくオンナだった。
消極的だろうと死にたがる俺を嫌う割に「生きろ」とは一言もいわねぇ。
何かやらかそうとしていて、その先にあるのが俺の「死」だとしても構わず突き進む事を覚悟している。
どんな相手だろうと敵であれば容赦する事は無い。
何処までも『俺』とは違うオンナだった。
日本で生まれているなら少なからず事なかれ主義の所があるだろうに。
『向こう』でもそうだったんだっていうならそうとう生きずらかったんじゃねぇか、と思う。
俺に同情なんぞされても鼻で笑いそうだが。
……鼻で笑うアイツの姿が脳裏に浮かんできてムカっとしたんだが。
「あームカつく」
想像だとは言え、現実的にされそうな言動に腹が立ってくる。
そりゃ鼻を明かしてやりてぇという気持ちも沸いてくるわな。
だけど、今度があれば、アイツが取り乱すためにはどーすれば良いか、という方向に思考が行きそうになるのはちょっといただけない。
――今度対峙する事があれば、そん時は命の取り合いすら考えられるってのに、まるで友人同士がじゃれ合うみてぇな甘ったるい思考に支配されそうになる自分がバカみてぇだと思った。
実の所、アイツが俺を切り捨てる覚悟を決めた理由は分かってる。
俺はアイツを殺そうとした……【闇の愛し子】だという理由で。
俺がこの世界で憎しみを抱く存在がソレだった。
貴族サマでも無く、血縁上の親でも無く【神々の愛し子】という存在。
俺が一目見ただけで理性が吹っ飛びそうになるほど憎しみを抱いた存在。
そんな存在が目の前に現れた事に理性が効かず、俺は殺そうとした。
死ななかったのはただの偶然だった。
自分を殺そうとした人間と敵対するのは自然な事で。
俺とアイツが敵対する事も当たり前の事だった。
それだけの溝が俺とアイツの間に開いているのだと分かっている――理性では。
それでも俺なら出来ねぇんだ、唯一の『同胞』を突き放すなんて事は。
俺が世界と繋がるための唯一の楔。
俺が『俺』だという証。
『向こう』に居た時『俺』がアイツと仲良くできたのか? と考えれば、多分「無理だった」と考える。
全てを知っている訳じゃねぇけど『アイツ』と『俺』の相性は然程よくねぇはずだ。
アイツがはっきりと嫌がっている「死にたがり」の部分に関してはこの世界のせいとも言えるモンだが、それ以外の部分も然程気が合うとは思えねぇ。
『日本』で出逢っていたら、友人になれる可能性は低いと『俺』は見ている。
ならこの世界で別の出会い方をしたら?
そん時はそれなりの交流を築いていた、と今度は断言できる。
俺が唯一の相手として求めるからじゃねぇ。
ただ共通点を持つ共有する部分を持つお互いを直ぐに切り捨てる事は出来ないから、気長にお互いの合わない部分を知りながらつかず離れずで交流を続ける可能性が高い。
嫌いあう決定的な地雷を踏まない限り付き合いは途切れなかったはずだ。
あの恐ろしいくらいの割り切りの良さが元々からのモノだと仮定しても、地雷を踏むよりも地雷が何かを悟る方がはえぇ。
何だかんだで今とは全く違った関係になっていたはずだ。
意味のねぇ「IF」でしかねぇけど。
『地球』に帰りたいとは思ってもに過去に戻りたいとは思わねぇ。
何処の時点に戻ったとしても、こうして対峙する現在が変わる事はないからだ。
今此処でこうしている俺は多少流された部分があったとしても俺自身が選んだ道だ。
誰かに強要された訳じゃねぇ。
全部自身で考えて自身で決めた道だ。
アイツだって同じだろう。
俺等は俺等の意志で選んだ道の先が対峙という結果だった。
最終的に切り捨てられる現在に繋がったとしても、俺は俺の意志は変えられない。
結局、ああやって対峙した事は誰のせいでもねぇ結果って奴だった。
今更グダグダ悩んでも仕方ねぇのは分かってる。
俺とアイツが敵対している事も変えようのない事実であり、今後覆る事はねぇ。
次に対峙した時が最後だろうという事も漠然と分かっていた。
何の偶然かそん時俺が死ななくても、結局俺に待っているのは「死」という結末だけだ。
いよいよ「死」の気配が濃くなっている。
今の俺は死の間際と言えば死の間際だった。
「……だってのに、恐怖の一つも沸いてこねぇ」
この期に及んで俺は現実だと思っていないってか?
死ねば帰れると信じているからか?
どっちも無くもねぇが大部分は別の理由だろう。
――俺はもうそんだけコワレテるってこった。
『同胞』に切り捨てられたのはある種最後の砦が崩されたって事だった。
俺にはもうココを心からどうでも良いと感じている。
【闇の愛し子】に対して抱いていた憎しみすらもはやどうでも良い。
後は限られた命を使い切るまで無感動に過ごすだけ。
「いや、少しちげぇな」
物事に完全に無感動になった訳じゃねぇ。
アイツにムカついたのは嘘じゃねぇからな。
ただ大半の物事に対して感情が揺れねぇのも確かだった。
「マジかよ」
冗談みてぇな話だが、今の俺にとって感情の幅が大きく揺れるのはアイツ関連だけって事みてぇだ。
勘弁してほしいぜ。
俺はもはや切り捨てられてんのによぉ。
アイツにとって俺は“敵”という存在でしかない。
俺が『同郷』の人間である事実なんぞ、アイツにとっちゃ俺の行動を分析する材料でしかねぇはずだ。
俺が『同胞』を最後の砦としたのは『俺』の勝手だ。
ってか自然とそうなっちまっただけだ。
だとしてもまさか、あんな風に完全に割り切って切り捨てられるとは思わねぇよ。
胸に居座る飢餓感も絶望感も半端ねぇ訳だし、埋める存在をあっさりと「要らない」と言える人間がどんだけ居るって話だ。
少なくとも『俺』はあんな簡単には割り切れねぇ。
最終的に切り捨てても心には残り続ける。――下手すりゃ一生モンの傷になる。
俺の考えが普通かどうかは知らねぇけど、少なくともアイツのだって普通じゃねぇはずだ。
二度の対峙で散々「覚悟の差」を突き付けられた。
が、それでもあの割り切りにはムカつく。
俺の事なんて一連のコレが終われば忘れちまう程度の存在だってか? ――ふざけんな。
この世界についても俺の長くねぇ命もどうでも良い。
俺を好きに使ってるつもりのタンゲツェッテもどうでも良い。
気にする理由もねぇし、気にもなんねぇ。
だがアイツが『俺』を過去にしちまう事だけは許せねぇ。
コワレテコワレテ俺の心に最後に残ったのはアイツに対するネジくれ曲がった「執着心」だった。
俺はアイツが『俺』を忘れちまうのが許せねぇ。
好意的な感情はいらねぇし後悔じゃなくても良い。
ただ『俺』を忘れる程度の存在にされたくねぇ。
必要なのは感情の種類がどうとか言う話じゃねぇ。
ただアイツが『俺』を忘れねぇ事だけが必要だった。
飢餓感や絶望感を乗り越えたとしても忘れねぇ存在。
『俺』の“執着心”に釣り合うにはそうなってもらうしかねぇ。
「――『俺』だけこんな“執着心”を持って死ぬなんて不公平だろ?」
性質のわりぃ笑みを自分が浮かべているのが分かる。
自分でも呆れるぜ。
まさか最後の最後まで残った感情がこんなネジくれ曲がったモン-シュウチャクシン-だなんてな。
それでも一度抱いたモンは消える事はねぇ。
そしてコレに従わない理由も今の俺には存在しなかった。
「チャンスは一回切りだ」
どうせ次の対峙が最後だ。
そん時俺がアイツに『俺』を刻め込めれば俺の勝ち。
アイツが最後まで俺を“敵”として割り切る事が出来れば『俺』の負け。
お誂え向きにそん時は近くにやってきてやがる。
タンゲツェッテが招待された身内だけのパーティー。
そこが決戦の舞台だ。
「さぁどうでる『同胞』?」
真っすぐこっちを見ていたアイツの紺色の眼を思い浮かべると俺はうっそりと笑むのだった。
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