第65・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(7)
目の前には『同郷』である令嬢サマが居る。
コイツは案外一人で歩いているのか、再び一対一で会う事が出来た。
令嬢らしくねぇやつなのは本来の性質なのか、それとも……。
俺を見上げる令嬢サマの眼には何も映ってねぇ。
いや、読みとれる程の感情が浮かんでねぇと言った方がいいかもしんね。
令嬢サマの中での俺がどんな存在なのか、分かる気がした。――又胸に痛みが走った気がしたのは気のせいか?
令嬢サマを前に俺は色んな事が込み上げてくるのが分かった。
どうやら俺は色々令嬢サマに聞きたい事があるらしい。
『同郷』であると理解して見れば、胸に巣くっていたモヤモヤが言葉に形作られていく。
完全に異なる倫理観と道徳観念。
髪色や眸の色で変わる命の価値。
地球とは違い不平等を当たり前とするような世界。
『俺』はこの世界が気持ち悪い。
割り切って生きる事なんて出来ないししたくはない。
そんな所で生きていくくれぇなら死んだ方がマシだった。
死ねば、もしかしたら『帰る事』が出来るかもしれない。
それは俺にとって「救い」と同義だった。
こうして『同郷』の人間を目の前にして俺は初めて気づいた……自分がどれだけこの世界を嫌い疎んでいるかを。
この世界が今の俺にとって現実だと理解したくても、完全には理解できていなかったのだという事を。
理解してしまえば受け入れる事は出来ないから。
曖昧にする事でしか俺は生きていられないのだ。
強い憎しみを誰にも抱かなかったのも、生きていたいと強く感じる事が出来ないのも、全て俺がこの世界を受け入れていないからだ。
確かに死ねば全てが終わりなのかもしれない。
所詮死ねば帰る事が出来るかもしれないなんて俺の予測ですらない……妄想の代物だ。
しかもそうなった時俺はその事を知る事は出来ない。
死んじまえば感覚も何もかも無くなってるんだからな。
それでも『俺』は帰りたい。
異なる価値観や倫理観に支配されたこの世界を俺は受け入れられない。
未知に対する恐怖は抱いても、共感は感じない。
何処までもココは俺にとって現実じゃなかった。
この世界に「フェルシュルグ」として生きている俺と何処までも日本を故郷とする『俺』の乖離が大きくなっていくのも仕方のない事だったって訳だ。
俺は心の中にある些細な違和感の正体をようやく理解したんだ。
だからと言ってどーにも出来ねぇ訳だったが。
コイツはどうしてそうならない?
『同郷』なら同じ壁にはぶつかってるはずだ。
貴族って言うある意味で俺よりも価値観の違う場なら余計差はあるはずだ。
どうしてコイツは恐怖しない?
どうしてコイツは帰りたいと思わない?
どうしてコイツは『日本』に恋い焦がれないんだ?
「ワタクシはこの世界の理を恐ろしいと思いましたわ。全く異なる理で動くこの世界に畏怖を抱きました」
口ではそう言っているのに、コイツの眸からは一欠けらの恐怖も感じられなかった。
『俺』だって自分の能力を心の何処かで恐ろしいと思った。
人に使えば傷つける事すら出来る自分の力が怖かった。
それを当たり前だと思っている周囲だって気持ち悪かった。
そんな『俺』にとって『同郷』の人間は唯一思いを共有できる、理解者のはずなのに。
『同郷』の人間であるコイツからは『俺』と同じ苦しみを欠片も感じ取れなかった。
コイツは本当に『同郷』なのか? と僅かに混乱した時、俺はまたコイツの言葉に冷水をぶっかけられた気がした。
「ただ随分貴方様は向こうの世界を美化なさっておいでなのですわね」
言われた直後、俺は何を言われているのか理解できなかった。
『俺』は地球を唯一の故郷だと思っている。
心から焦がれる帰る場所。
この世界とは違う場所。
その場所を俺がどう美化しているんだ、と思った。――コイツの言った言葉を聞くまでは。
「テレビを通して見た人の死を自分とは関係無いと冷徹なまでに割り切る。ゲームと称して人をイジメる。相手が自殺しようとも無関係だと割り切る」
『俺達』が生きている中で“普通”にあった日常。
『俺』は何度テレビ越しに似たようなニュースを見た?
通っていた学校の中でイジメが無かったなんて胸を張れるか?
自殺したという報道に『俺』は何を思った?
「まだありますけど、説明するまでもありませんわね? あの世界は本当に真の意味で平等だったと言えますの? そうだと言うのならば、私はこう言わせて頂きますわ。――あの世界は等しく命に対して無関心な世界だったのだと」
極端だと心の何処かが叫ぶ。
実際其処まで割り切り、生きていた人間なんて居ないのかもしれない。
口に出しているコイツだって其処まで考えて生きていた訳じゃねぇだろう。
それでも……それでもコイツの言っている事はある種の真理であり、切り捨てる事は出来ないモンだった。
『俺』にとって『地球』はどんな所だった?
普通に生きていれば死の恐怖に脅かされない場所だった。
惰性で生きている人間なんて五万と居る世界だった。
それは変えようのない事実だ。
人の死を悼む世界だった? ――身近な人間ならば、と注釈が付かなかったか?
この世界のように階級なんて存在しなかった? ――けど知名度で命の価値が量られたりはしなかったか?
髪や瞳の色一つで差別など無かった? ――差別が無かった訳じゃない。
この世界とは決定的に違う所がある事も事実だった。
理がちげぇと言うのも事実だ。
けどだからと言って『地球』は本当にこの世界と比べて段違いだと言えるような世界だったのか?
「あの世界は決して楽園では無かったと思いますわよ?」
……否定できなかった。
俺があの世界を楽園のように感じていたという事も含めてコイツの言い分を否定できなかった。
視線が自然と令嬢サマの方に向く。
そん時俺は令嬢サマの姿が一瞬ブレた気がした。
【闇の愛し子】だある証であるような色彩が一瞬だけ茶髪と琥珀色の眸の女が重なった気がしたんだ。
銀色の髪に紺色の眸を持つ餓鬼に茶髪と琥珀色の眸を持つオンナがダブって見えた。
この時心の中にあった「本当は分かっている」という意志を無視できなくなった。
分かってた……コイツが『同胞』であると。
【闇の愛し子】で令嬢サマと言うのはコイツを言い表す肩書でしかないという事に。
茶髪のオンナは見間違えかもしれねぇ。
けど確かに俺は真っすぐ俺を見据える『コイツ』を見たんだ。
【闇の愛し子】であり貴族の令嬢サマという識別コードではなく、此処で生きているただのオンナなんだと。
俺と同じく何もかもが違うこの世界に生まれ落ちた『同胞』。
生まれ落ちた場所が違うからこんなに思考が違う?
違う、コイツがコイツであるからこんなに考え方が違うんだ。
『同じ場所』で生まれ育たった事を理解した上でこの世界を受け入れたコイツだからこそ俺とは違う。
それでも根底は『俺』と『同じ』なのだと言う事を俺はムザムザと見せつけられたんだ。――ただ対峙しただけだというのに!
コイツは俺と違って『地球』が綺麗なだけの楽園ではないと理解していた。
この世界がどーいう世界か理解して、なお地球と変わらない事まで理解する事が出来た。
だからコイツはこんなにもこの世界に馴染んでいる。
『俺』とは違ってコイツはこの世界の“異物”じゃないんだ。
【闇の愛し子】は嫌いだ、憎しみすら感じる。
だが『同胞』は俺にとって楔であり唯一の理解者だ。
憎しみだけで見るには俺はコイツの事を知り過ぎてしまった。……もう俺はコイツに対して危害を加えることは出来ねぇ。
其処まで思いついてしまっては、もはや自分を蔑む自嘲の笑みを浮かべる事しか出来なかった。
俺はコイツに勝つ事は出来ないのだと分かってしまった。
もう嘲笑の笑みすら浮かべらんねぇ。
もしかしたらコイツは俺の冷静さを奪いたいと思ってるのかもしれねぇ。
が、俺は別に冷静な訳じゃねぇ。
ただ勝てない事が分かっているからこそ表面上冷静を装えているだけだ。
死ぬ恐怖はまだ襲ってきていないってのもあるかもしれねぇけどな?
「それでも――俺にとって『日本』は故郷であり、唯一の帰る場所なんだ」
此れこそ今更な負け惜しみみてぇなモンだ。
この世界を受け入れる事が出来ない『俺』にとってそれだけは譲れない唯一のモンだ。
死を恐れない理由の大半はそんな曖昧でどうなるか分からない幻みてぇなモンに縋っているからだった。
『今の俺』は借り物だった。
本来宿っていた「俺」が消えたが故に自我が確立していた『俺』が消えなかった。
精神的な死を迎えた体を借り受けた……これだとまるでゾンビだな、俺。
けど死への恐怖がないってのもピッタリじゃねぇか。
訝し気に聞いてくるコイツに俺は「安らぎなんて感じた事は無い」と吐き捨てる。
寂しさすら含ませて死んでいった「俺」の最期の声が蘇り顔を顰めた。
俺は今笑えているんだろうか?
それは分からない。
が、それもどうでも良かった。
負けが確定している俺にとってもはや縋るのは『故郷』を知る理解者という『同胞』の存在しかない。
こうして話せば話す程俺は緩慢に死へと近づいていく。
この勝敗を逆転する術は俺には存在しない。
模索する気も無い。
死ぬ事は怖くはない。
が『同胞』の前から消える事には少しばかり抵抗があった。
俺にとって『同胞』は唯一の楔だった。
そういった存在が居るだけで俺がこの世界に居る理由になっていた。
コイツが俺とは違いココを現実だと受け入れて生きているのは分かる。
多分、コイツには理解者が居るんだろう。
が、それでも『同郷』である『同胞』にしか共有できない感情がある。
埋めがたい飢餓感と痛いくらいの絶望感。
それらは他の誰にも満たす事は出来ない……この世界の人間の誰にも。
『同郷』の人間が齎す感情は計り知れないはずだ。
孤独に押しつぶされて壊れる事すらありうる中、コイツは一度たりとも俺の死を止めようとしなかった。
同じ飢餓感や絶望感を抱いているのは分かる。
馬鹿みたいな話だが、コイツが『同胞』であると受け入れたためか、コイツの事が何となく理解出来る気がした。
あってるかは分からねぇし、コイツが素直に暴露する事もねぇが、読めない人形だと思っていた無機質な眸の奥の感情が“何なのか”分かるのだ。
コイツは『同胞』である『俺』を欲していない。――より正確に言うならば敵対した『同胞』なら必要ないと言った方が良いかもしれねぇ。
俺を見る目はただ“敵”を見極めるだけために向けられている。
その目には俺を理解するつもりはない。
ただ敵である存在を解析するつもりしかない。
瞳に潜む感情を分かるからこそ確信してしまったコイツの感情に胸が鈍く痛む。
「確かにワタクシ達は今、砂漠の中から一粒の砂金を見つけた状態。もう二度と来ない最初で最後の機会。ですが、だから何だというのです?」
俺は『同胞』を空に浮かぶ星の一つだと思っていた。
手に入れる事は出来ない、手を伸ばす事すら滑稽な遠い存在。
捨てるとかそういう話では無く、隔たれば場所にある遠くにありて焦がれるモノ。
コイツにとっては砂漠にある砂金。
手に入れる事も可能であり、選択肢は自身にある。
――この意識の違いがこうして対峙している理由なのかもしれねぇ。
だからコイツは簡単に言えるんだ……唯一を切り捨てる言葉を。
「――私に『同胞』は必要ない」
言葉にされれば衝撃で一瞬息が止まった。
分かっていても……違う、コイツの眸に宿る感情が正解であると突き付けられたからこそ痛かった。
『同胞』である俺個人に対しての関心の欠片も無い真っすぐな眸。
飢餓感も絶望感も乗り越えるという覚悟を秘めた揺るがない眸。
――俺が得る事が出来なかった、考えもしなかった「覚悟」
『同胞』だからこそその差を突き付けられる。
「――アンタは、酷い奴だな」
簡単に『同胞-オレ-』を切り捨てて、それでも後悔すらしてくれねぇんだからな。
その美しいまでの覚悟が憎くて――眩しかった。
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