第64話・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(6)





 タイミングが合わなかったのか俺が令嬢と再び邂逅したのは大分後になってからだった。

 タンゲツェッテの傍仕えと偽り今度は茶髪に茶色の眸を装ってラーズシュタイン家に乗り込む事になった。

 そうやって再会した時、令嬢サマは全身でタンゲツェッテを拒絶していた。

 ……これで良く作戦がうまく行ってるなんて思ったな、コイツ? と俺が思う程度にはあからさまだった。

 タンゲツェッテに呆れつつ俺は初めて令嬢サマをしっかりと視界に入れた。

 銀色の髪に紺色? の眸の妙に整った顔立ちの餓鬼。

 貴族ってのは案外顔面偏差値の高い集団なのかもしれねぇな、隣に座ってたオニーサマとやらも整ってやがったし、タンゲツェッテも結構見れたツラだったしな。

 この時俺にとって令嬢サマはただの令嬢サマでしかなかった。

 俺が憎む【闇の愛し子】でタンゲツェッテが足掛かりにしてぇ鴨でタンゲツェッテ曰く「我が儘お嬢様」

 いわば個人の人格なんぞどうでも良い、言っちまえば記号に近かった。


 俺は貴族はきれぇだし【神々の愛し子】は憎い。

 だからそのどっちにも当てはまる相手に容赦してやるつもりは毛頭無かった。

 直接的に攻撃を加える事じゃねぇなら何でも出来る。

 結果として令嬢サマが不幸になろうがどーでも良い。

 心の奥底に残る後味の悪さは見ない振りが出来る程度だ。

 今の俺にそれは必要ねぇんだからな。

 

 俺は色んなモノをねじ伏せて能力を令嬢サマに使った。

 ……ん、だがどうも様子が可笑しい。

 もう完全にタンゲツェッテが拒絶されてんのは見てれば分かる。

 これを「我が儘」で済ませるコイツは大物なのか、ただの馬鹿なのか……どう考えても後者だな。


 取り敢えずバカはほっとくとして、妙なのは令嬢サマだった。

 能力を使った際の手ごたえみてぇのが感じられないのだ。

 人様に使った事は多くはないとはいえ、その時とは根本から違う感覚だった。

 

 俺の能力は効いてない。

 

 令嬢サマが一向にタンゲツェッテに振り向かないのも当たり前だ。

 何かしらの方法で防がれているんだろう。

 どうやってだかは分からねぇけど。


 とは言え、このまま悠長にもしてられねぇ。

 タンゲツェッテは令嬢サマが自分に惚れこんでいると思い込んでやがる。

 だからか、どう考えてもヤバイ事を平気でやらかし始めている。

 平民の俺でもわかんぞ、おい。

 どー考えても格上の貴族サマに対してして良い事じゃねぇ。

 幾ら餓鬼だと言っても見逃される範囲を何時超えても可笑しくねぇ……もしかしたらもう越えてるかもしんねぇ。

 

 結果として死んじまうのはまぁ構わねぇけど、タンゲツェッテと一緒くたで死ぬのは微妙に嫌だ。

 バカと同類とかゴメンだ。

 ……今更といやぁ今更なんだろうけど。

 

 俺の生き死にはともかく令嬢サマに効かねぇ理由を探らねぇといけなくなった俺は丁度良く令嬢サマが一人になった所を呼び止める事が出来た。

 真正面から能力を使えば効くかもしれねぇと思ったのもある。

 他にも色々理由はあるが、令嬢サマが一人になるなんて珍しいだろうし――実際のアイツは結構ほいほい一人になるらしいが、普通はねぇよ――この機会を逃す訳にはいかねぇと思った。

 だから俺は予想もしてなかった。――この瞬間が俺にとって一種の分岐点だったのだという事を。

 自分の考えたくもねぇ“本心”に気づかされるかどうか、っていうな。

 予想出来たら避けたかどうかは……分からねぇけど。






 【闇の愛し子】には俺の力は効かねぇ可能性がある。

 それはタンゲツェッテの目論見が達成されねぇという事だ。

 が、それはもはや俺にとってはどうでも良い事だった。

 タンゲツェッテの奴が失敗して死のうが、俺の命が長くねぇだろうとか、そこら辺は心底どうでも良い。

 

 そう思ってしまう程には衝撃的な事実がこの時判明した。


 令嬢サマは俺にとって『同郷の人間』だったのだ。


 それが分かった時、俺はそう導き出した俺自身を疑った。


 俺は自分の能力の中でも相手の意識操作や洗脳……普段使うのは誘導程度の思考操作しかしねぇけど、それを行う時、相手に放つ光を『光信号』を意識している。

 人の脳は電気信号によってある程度操作できる。

 あくまでもイメージだけど、今まではそれで成功していたから俺は勝手にそう思っていた。

 

 『光信号』なんて単語は俺以外知る人間はいねぇ。

 いるとしたら……それは俺が探していた、会いたくて会いたくねぇ『同郷』だけだった。

 その光を見て令嬢サマは言ったんだ、そのまんま、俺が脳内で意識している『光信号』と。

 

 俺は情けねぇ事に衝撃で頭が真っ白になっちまった。


 能力で保っていた姿がブレて、元の姿に戻るのが感覚で分かったが、俺は動揺する自分を抑える事が出来なかった。

 目の前がチカチカと点滅して目障りだった。

 自分の今立っている場所が何処か分からなくなる気がした。


 だって俺は今誰と対峙している?

 俺は今大きらいないとしごにのうりょくを使ったはずなのに。

 なのにそんなあいてがおれとおなじ?

 おれがのぞんでのぞんで、おれとこのせかいをつなぐさいごのくさびであるどうきょうがこいつ?

 そんなありえない。

 だっておれには……――


「そろそろ魔力が枯渇するのではなくて?」

 

 ――……っつ!?


 俺は相手の言葉に込められた冷たさに頬を引っぱたかれた気がした。

 我に返った俺が見たのは令嬢サマが冷めた表情で俺を見下ろしている姿だった。

 実際は俺を見上げているはずなのに、今俺は見下ろされていると認識してしまった。

 今までの全てが演技だと分かる程冷ややかな様は、正直俺は人形でも見てんのかと思った。


 顔の整った奴が無表情であり無機質になると此処まで人間味が薄れるモンなのか。

 

 こんなオンナが『同郷』な訳がねぇ。

 第一コイツは俺が命に対してどうでも良いと思っている事を知っている癖に心底どうでも良さげだった。

 目の前の死にたがりに対して何も感じない事がまずありえねぇ。

 『俺達』は其処まで薄情じゃねぇし、割り切れない。

 ――実際引き留められたいのか? と聞かれたら困るのは俺だけど、聞かれないのも気に障った。

 令嬢サマが俺と『同じ』ではない事が酷く気に障った。


 お前は『同類』じゃないと叫ぶ俺に対しても令嬢サマが取り乱す事は無く、俺だけがただ正体を現しただけだった。

 冷ややかで無機質な人形のようなツラが気に食わねぇ。

 コイツは【闇の愛し子】だ。

 コイツは貴族サマだ。

 ――コイツは俺の敵だ!


 憎しみの対象だと叫ぶ俺に対してもついに令嬢サマがその冷徹な表情を崩す事は無かった。


「精々足掻いて下さいませ……もうワタクシ達が止まる理由などないのですから」


 冷たく、笑う事すらしない令嬢サマに俺は負けを認めざるを得なかったのだった。







 その場から離れた俺の胸中は敗北感で一杯だった。

 効かなかった理由が分かった事は収穫だった、と自分を慰めてみても全く意味は無く。

 俺はタンゲツェッテに報告する事も出来ず、ただ敗北感に苦しめられていた。……胸を締め付ける痛みは敗北感だと思っていた。

 実際少し違う感情が混じっていた事に気づいたのは後だった。

 今はただ自身が敗北感と思う心の整理を何とかつけようと足掻くだけだった。

 

 俺の憎しみの対象である令嬢サマが『俺』にとって唯一の楔だった。

 最後の砦であり、会えるかどうか分からない、会いたいかどうかも分からない相手。

 それが俺にとって唯一憎悪し復讐すら考える【闇の愛し子】の令嬢サマだった。


「(なんて皮肉だよ……会えない頃抱いていた絶望感よりも今の方が痛てぇ)」


 あの場では認めねぇなんて叫んだが、令嬢サマの言っていた事はどう解釈しても『同郷』の人間でなければ言えない事だった。

 猫被っていた事なんかはどうでも良い程ショックだった。

 俺は認めたくなくても認めなきゃならなかった……令嬢サマが『俺』にとって『同郷』の人間だと。


 会いたいのか会いたくないのか分かんねぇ相手。

 夜空に浮かぶ星の一つ。

 手を伸ばしても決して届かないはずの相手と俺は敵対している。


 笑い声が漏れる。

 誰かを呪っているのか、それとも自分を嘲笑っているのか、分からない笑いが。

 

 本来なら俺は今回の事を全てタンゲツェッテに報告しなきゃならねぇ。

 口約束にも劣る契約だが、このままだとマリナートラヒェツェは滅ぶだろう。

 令嬢サマには俺の能力は効かない。

 タイミングの問題じゃねぇ、今後も絶対効かねぇと他でもない俺だけが理解している。

 タンゲツェッテのくだらねぇ企みが達成される事は無いという事も俺だけが分かっている。

 今後どんな修正をかければマリナートラヒェツェが生き残れるかは知らねぇが、少なくとも報告して、対策を練るべきだ。

 人の生き死にも関わってくる訳だから、報告する事は俺が取る行動としても問題はねぇはずだ。

 ココで俺が報告しなければ、手遅れになる。

 俺のせいで人が死ぬかもしれない。

 例え俺が報告しても令嬢サマの家がどうにかなるとは思えねぇ。

 それくれぇ家の格が違う。

 精々令嬢サマから物騒な言葉をかけられるか、それすらなく俺の命が狩られるか。

 傷一つつかねぇだろう、あの令嬢サマには。……それが例え『同郷』の人間を失う事だとしても。


 敵対していても顔色一つ変わらなかった人形のようなツラが脳裏に浮かぶ。

 目は冷ややかに、口元は緩く笑みを浮かべ、精巧な人形のような無機質な笑み。

 言葉も冷たく、鋭かった。


 思い出すだけで胸に痛みが走る。

 敗北感に歯噛みする。

 

 あれが最後かよ。

 俺にはまだ聞きたい――っ?!


「(……そっか。俺は聞きたい事があんのか)」


 まだ頭の中はグチャグチャだ。

 が、どうやら俺は令嬢サマともう一度会う必要があるらしい。

 色んな事が浮かんでは消えていくが、会えば聞きたい事も纏まんだろう。


 今はまだマリナートラヒェツェに何も報告できねぇ。

 次会った時、そん時の状況次第だ。

 例えその時にはもう何もかもが遅くても関係ねぇ。

 心のどっかに残っている良心が軋んでいる気がするが、どうせ行きつく先は同じだ。

 どうせマリナートラヒェツェはもう長くねぇんだ。

 自分の意志で乗っちまった沈む船だが、最後くれぇ好きにしても良いだろうよ? ……それが例え『良心』に反した事だろうと、な。



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