第63話・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(5)



 再び放浪の身となった俺は自分の持っている能力を持て余し気味だった。

 まず持って俺にとって『魔法』ってのはあくまで幻想、悪くいやぁ妄想だった。

 そりゃ餓鬼の頃、一度くらいは思うわな? 魔法やら超能力やらを使ってみてぇ、ってな。

 だが実際使えると分かるとすげぇ常識が邪魔をする。

 村では魔法を使っている様子は見えられなかったし、掃き溜めでも使ってる所を見なかった。

 いや【神々の愛し子】っていうファンタジー要素満載の存在だった訳だし、あっても可笑しくはねぇんだけどよ。

 

 まず自分に変な能力がある事を認める所から始める羽目になった俺が使い熟す事が出来る、と判断するまでにはそれなりにてこずった。

 最終的には諦めに近かった気ぃするわ。

 色々諦めて受け入れてからは、まぁさっさと使いこなす事が出来た気がするけどな。


 そうなると案外、この能力は使い勝手が良かった。

 【光】を操る事が出来る能力。

 俺の能力を大雑把に説明すると、そんな感じだ。

 特に屈折させたりする事が得意な気がするが、周囲に気配だけ感じる“何か”を使って光を生み出して操る――どうやらこの世界での精霊って存在らしい。

 「俺」を助けてくれたのも精霊って奴だと実感できたのはこん時だったかもしんねー。

 「俺」の最期の言葉で精霊ってのが存在するんだろうなぁとは思ったんだけどな。


 生み出された光はただ閃光から、熱量を持つまで様々な奴が俺の思う通りだ。

 光を屈折すれば姿形を変える事も可能な訳だし、歳を誤魔化す事も容易くなった。


 が、俺はどうしてもそれを人に対して向ける事が出来なかった。

 殺傷力のある光を人にぶち当てる事が出来ねぇ。

 あの掃き溜めでやった事は能力の制御が出来なかったが故の最初で最後の一撃だったらしい。

 今じゃどうしても『地球での倫理観』が邪魔をしちまう。

 

 『日本』が楽園のように素晴らしい場所であったとは思わねぇ。

 あの場所はあの場所で問題が色々あった訳だし、空想の中にしか存在しないだろ“楽園”なんてモンは。

 それが分かるくれぇは『俺』も『地球』で生きてきていた。

 それでもこの世界に比べれば、段違いに良い処に思えてくる。

 少なくとも『地球』に居た頃、『俺』は此処まで自分の命をどうでも良いなんて思わなかった。

 惰性で生きていた事は否定出来ねぇけど、やっぱ死ぬのは怖かったし、死にたいと思った事もねぇ。

 こんな所と蔑みの気持ちもあったし、他が良く見えた事だってあった。

 が、『俺』にとってはあそこだけが『故郷』なんだと強く思うんだ。

 俺にとって『日本』は空想の中にあるような、それでいて現実に存在するのだと『俺』が確信している場所であった。

 時折感じる二重人格とまではいかなくても思考が乖離する微妙な違和感は次の瞬間には消えていて、結局確信を得るまでに時間がかかった。

 気づいた時にはあっさりと、いきなりだったんだけどな。

 

 今、こうして立っている此処が現実だなんて分かっている。

 自分の頬を抓れば痛てぇし、普通に腹は減るし、眠くもなる。

 人を殺しちまう事に恐怖も感じる。

 

 それでも時折、酷く現実感が無くなる事がある。

 自分の突飛な能力を受け入れた時とか、街で歩く人を見た時とか。

 思うんだ……ココは『俺』の居場所じゃねぇと。

 現実と幻想の境目が揺らぐ。

 その時俺はこの世界を酷く客観的に、まるで『映画』でも見てるみてぇに感じる。

 そんな時でも人を傷つけたりは出来ねぇ所、完全に幻想の中に居る訳じゃねぇとは思うが。

 

 ……もしかしたら、この時点では俺は自分の体を“借り物”のように感じてたのかもしれねぇ。

 最期に虚しさすら感じる空虚な言葉を残した「俺」の体を借りている感覚があったのかもしんねぇ。

 

 死ぬ事に対して『帰る』という意識が拭えなかったのは、それもあったのかもな。


 放浪していた期間は決して長くはねぇけど、その間に“フェルシュルグ”である俺は定義づけられた。

 貴族サマが嫌いで【闇の愛し子】嫌いで『故郷』はこの世界じゃなく『日本』だと思い。

 死ぬ事はそんな『故郷』に帰る事が出来る唯一の手段であり、この世界を認めない、そんな俺に。

 妄想の世界に居る訳じゃねぇし、この世界が現実だという事も分かっている。

 が、ココは俺の世界じゃねぇと思ったんだ。


 そんな俺にとってのこの世界に繋ぎとめる楔は一つ――『同郷』の存在だった。

 ある文献に書かれていた『異世界からの来訪者』という存在。

 異なる世界の記憶を持つ人間。

 『俺』と『同じ』だという存在だけが俺にとっての拠り所だった。


 何もかもが『俺』の知らない世界の中で俺の中に巣食う飢餓感や絶望感、そして空虚感を理解出来る存在。

 『同郷の人間』がこの世界に居るかもしれない。

 それだけが俺と世界を繋ぎとめる唯一の楔だった。


 無数の星の中から唯一の星を見つけ出す事がどれだけ困難か、くらい分からない訳がなかった。

 俺は唯一であろう『同郷』に会いたかったのか、会いたくなかったのか、実は今でも分かんねぇ。

 会える訳がないとはなから思ってた訳だし、会えたとしても「だからなんだ?」という気持ちもあった。


 夜空に輝く星は光度の強弱あれど皆輝いている。


 そんな中から俺にとって唯一を見つけ出すなんて困難通り越して不可能だろう?

 俺にとって『同郷』ってのはそーいう存在だった。


 それでも俺をこの世界に存在を繋ぎとめるには『同郷』は必要だった……ある意味で俺にとってそれが最後の砦だった。

 

 会いたいのか、会いたくないのか。

 

 会えたとしたら飢餓感が満たされ、絶望感が薄れるかもしんねぇ。

 会えないとしても、『同じ』存在がいるって事はそれだけで慰められる気持ちになる。


 そーいう存在がこの世界にも居るってだけで俺はちょっとだけこの世界に自分も居るんだと思えた。

 俺は居るかも分からない『同郷』に依存していたってこった。……ただし俺の中で構築された仮想の『同郷』にな。

 それを思い知ったのは実在した『同郷』どころか無二の『同胞』にあったからだったんだけどな。


 積極的に死にたい訳じゃねぇけど生きたい訳でもねぇ俺は能力を使いながら、する事も無く、あても無く彷徨っていた。

 村の大人やブタ貴族や、復讐しようと思えば、相手は結構彼方此方に転がっていた。

 が、俺は気乗りがしなかった。

 復讐に生きるってのは相当の労力が居るのだとこん時分かった。

 嫌いなモンはある、別に死ぬかもしれねぇ事を恐れている訳でもねぇ。

 だからと言って、相手を特定してまで復讐してやる、という気にならなかった。

 この時は俺自身復讐する気概が沸かなかった事と、探し出してまで何かしてやるっていう気持ちが沸かなかったからだと思っていた。

 

 実はそれが違っていて、俺が“何を”一番許せないのか、それを知ったのは又碌でもねぇ貴族サマと契約した後だった。





 マリナートラヒェツェ家のタンゲツェッテという男は、これまたテンプレ悪役な小物お貴族サマって奴だった。

 俺の持っている妙な能力の事を何処で知ったのか、俺に契約を持ちかけて来た。

 とは言え、確実に何かあればトカゲの尻尾切りよろしく俺を切り捨てるのが丸わかりの様子に内心鼻で笑っちまった。

 気づかないとでも思ってんのか? って思ったね、そん時は。

 貴族主義で血筋至上……コイツ等今にも「流れる高貴なる血には~~」なんて言い出しそうな連中だった。

 平民って奴に対する対応も一律格下であり、見下し支配する相手、下手すりゃ“人”扱いすらしてねぇ感じだった。

 トップがそんなモンだから使用人ってのも同じような思想の持ち主か奴隷並にこき使われる平民しかいなかった。

 

 貴族ってのは碌でもねぇんだな、と何度目かの確認をしつつ俺はタンゲツェッテに手を貸す事になった。

 まぁビジネスライクとも言えない、能力の搾取に近いモンだったが。


 ……もし、俺の力を平民に使うって言うのなら、契約を結ぶ事なんぞしなかった。

 幾ら俺がこの世界を受け入れていねぇとは言え、俺の能力で誰かの命を脅かす行為は見逃せねぇ。

 今でも人に向けて命を奪う攻撃を放つ事の出来ねぇ俺の些細なプライドの問題だった。


 今回俺がタンゲツェッテと契約を結んだのはコイツのターゲットがあくまで同じ貴族であったからだった。

 序でに言えば目的が公爵家の令嬢サマとやらを誑し込む事だったからでもある。

 誰かを攻撃する事が目的じゃねぇからこそ、俺は惜しみなく能力を使う事が出来た。


 タンゲツェッテの令嬢サマ語りは正直言って分かりずれぇ。

 ちょくちょく俺を見下す言葉を挟むから更に分かりづれぇし。

 ただ令嬢サマとやらが自分に傾倒していく様を自慢げに話している、んだとは辛うじて分かった。

 意味の通じる所を繋ぎ合わせた限り、とってもじゃねぇけどお前嫌われてんじゃね? と思ったもんなんだが、まぁそーいう性格、なんだろうな、きっと。

 俺の力が何かしらの理由で効かなかった場合でもない限り令嬢サマはタンゲツェッテに惚れているはずだ。


 そうして俺が令嬢サマと初めて対面したのは【属性検査】とやらの場だった。

 其処で俺はダメ押しで相手の意志を完全に操り、刷り込むようにタンゲツェッテへの好意を植え付けるつもりだった。

 が、出来なかった。――相手が【闇の愛し子】だったから。

 

 部屋に入ってくる令嬢サマを見た途端、俺は内心渦巻く憎悪に支配されそうになった。

 人に向けて攻撃出来ないはずだったのに、俺はこの場で『プラズマ』にも似た光球を令嬢サマにぶち当てようとした。

 しなかったのはただの偶然だ。

 俺の意志が介在しねぇ、偶然令嬢サマの前に兄らしき男が立った、それだけの事だった。

 視界から隠れた事により一瞬だけ虚を突かれて冷静なったって訳だ。

 じゃなかったら令嬢サマは今頃いなかったかもな?

 いや、その前に俺がぶち殺されたかもしんねぇけど。

 

 一応冷静になった俺はもう令嬢サマを見て我を忘れはしなかった。

 が、完全に冷静になった訳じゃなかったのか、魔道具に込める力を間違えた。

 御蔭で令嬢サマを殺す所だった……所謂『脳死』の状態にする所だった、はずだ。

 まぁ力業でぶち破られた訳だが。

 そん時動揺して自分の持っている髪の色やら目の色やらを暴露った上餓鬼二人に見られるは、令嬢サマの目に宿る感情に一瞬気を取られるは、散々だった。

 そんな現場から逃げ出せたのは、令嬢サマがぶっ倒れた御蔭で誰もが混乱した事と俺の能力が姿を偽るだけじゃなく、数秒ならば透明人間のように姿を相手に見せないように出来るためだった。

 

 そんな感じで無事逃げ出した俺はタンゲツェッテの所へ報告するまでの間、一連の出来事を思い出し、俺は心底【闇の愛し子】って奴が憎いのだと言う事に気づいた。

 嘗て「俺」が呼ばれていた称号。

 そして俺が産声を上げた原因。

 ……俺が唯一復讐を願う存在がソレなんだと気づいた。


 八つ当たりと言えば八つ当たりだと『俺』が言っている。

 むしろ俺を殺そうとした村の大人やブタ貴族に対して殺意を抱く方が健全かもしんねぇ。

 けど、どうしても俺にとって【神々の愛し子】って奴は見過ごせない存在だった。

 

 タンゲツェッテには【闇の愛し子】だからぶち破られた、と報告すれば問題無かった。

 コイツは俺の能力に対して全く興味がねぇ。

 ただまだ使える駒だから、今回の事は広い心で見逃してやるとでも思ってんだろ。

 そんな自分に感謝しろとも思ってるかもな?

 見え見え過ぎてお前本当に貴族か? と聞きたくなったが。

 

 嫌いな貴族令嬢サマが俺が唯一憎む【闇の愛し子】

 出来過ぎな劇でも演じてる現状に笑みが漏れる。

 喉から出た唸り声の様な笑い声に俺は今嘲笑の笑みを浮かべている事が分かる。

 あぁ……あぁ、俺は今ココで生きているのだと思った。

 俺がこの世界で初めて自らの意志で“したい”事が見つかった瞬間だった。


 タンゲツェッテから令嬢サマが目を覚ましたという報告を聞いた時も「そう簡単に死んでもらっちゃ困る」としか思わなかった。

 まさか俺のやった事が切欠で相手を憎む相手として、単純に憎み続ける事が困難なるなんて思いもよらなかった。

 ――これもカミサマとやらの仕業だとしたら、俺が本当に憎み恨む相手はカミサマとやらなのかもしれねぇな。

 今更考えても仕方ねぇ事だが。



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