第67話・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(9)




 アイツはとんでもねぇオンナだった。


 此処が何処か今の俺には判別する事も、周りを見回す余裕も無かった。

 ただ乱れる心と維持しきれず正体を暴露しそうな姿を必死に維持する事しか出来ねぇ。

 このまんまだと誰が見ているかも分からねぇ所で正体を暴露しちまう。

 この家――ラーズシュタイン家――にとって俺は『指名手配犯』見てぇなモンだ。

 正体を現して捕獲される訳にはいかねぇんだ。

 俺にはまだする事があんだよ!

 こんな所で捕まってたまっか。


 タンゲツェッテの傍付きという名目でラーズシュタイン家の身内パーティーに参加する事になった俺はタンゲツェッテと取り巻きの低能さに鼻で笑わないように気を付ける羽目になった。

 タンゲツェッテも相当馬鹿だとは思ったが、取り巻き連中も似たり寄ったり、いや、これならなんぼかタンゲツェッテの方がマシかもしんねぇ。

 一応取り巻きと一緒にいるタンゲツェッテは御貴族サマと言った感じだった。――話してる内容はアホみてぇだったが。

 

 うわぁ馬鹿の集団だ、と思いながらタンゲツェッテを眺めていると少しだけタンゲツェッテの様子が違う事に気づいた。

 なんてーか、アイツやその兄らしき存在と接している時と取り巻きと接している時の表情がちげぇ、みたいな?

 まぁ人によって対応を変えるのは当たり前っちゃあ当たり前なんだが、不思議なのは、タンゲツェッテってアイツの方に気を許してね? って事だった。

 取り巻きに向けている表情はあからさまに作り物くせぇ。

 それに比べればアイツに向けている表情は素にちけぇ気がする。

 タンゲツェッテの素は貴族サマらしいのか、らしくねぇのかアホっぽい。

 傍から見る分には空回りとお気楽思考が面白い存在かもしんねぇ。

 ただそれが向けられる側や巻き込まれるなら冗談じゃねぇが。

 いやまぁ俺が見ているのが素じゃねぇ可能性も無くはねぇけど、格下と見ている相手に一々装う必要ってあるのか? って話になる。

 其処まで徹底してんなら、致命的にヤバイ現状に気づいてとっくにどうにかしてんだろ。

 って事は俺が見ていた、アホっぽいのが素って事になるはずだ。

 そうやって当たりを付けた素にちけぇ表情をしてんのがアイツに対してだって事だった。


 正直、取り巻き連中に向けている表情や対応が素なら「あぁコイツ貴族サマだわ」って思える気ぃする。

 実際、素はどっちかといえばあのアホっぽい方だろーが。

 

 取り巻き連中の馬鹿さ加減は相当だが、それを見分ける事はできんのか、タンゲツェッテは?

 いや、ならアイツの演技にも気づけよ、と思わなくもねぇんだけど。

 抜けてんのか、貴族サマらしいのか、どっちだよコイツ。


 ……まぁ命が長くねぇ俺が考えても仕方ねぇし、どーでもいっか。


 そーやってタンゲツェッテと取り巻き、そしてそれに絡まれたアイツの事を余裕を持って観察出来たのはそう長い時間じゃなかった。

 それもこれもアイツがマドウグとか言ってお披露目したモノがモノだったからだ。


 天井に満天の星空を作り出すマドウグ。


 名前を――


 “プラネタリウム” 

  

 ――と名付けられた、ソレ。


 それは明らかに『地球』で生み出された星空を映し出す『プラネタリウム』を参考にした代物だった。


 星々が造り出されるたびに姿がブレるのも問題だった。

 だが、それよりも大きな問題があった。

 

 俺がこの世界で初めて見た『地球』と差異のないモノ。

 記憶っていう曖昧なモンじゃなく、目に見える物体として突き付けられた『地球』が俺の妄想ではないという証拠。

 俺の『故郷』は本当にあったという確固たるモノ。

 それが俺の目の前に広がっていたんだ。


 これに動揺するな、と言う方が無茶だ。

 俺はこのまんまだとヤバイと判断してホールを抜け出した。

 少しでも心を落ち着かせるために、正体を暴露しないために。


 そうやって適当に走った先は人の気配のない庭みてぇな所だった。

 そこに行き当たり、何とか冷静になれ、と自分に言い聞かす。

 今の俺は些細な衝撃でも正体が隠し切れなくなる。

 

 ホールにいる時とは違って、今なら姿の重ね掛けは出来るかと思うが、乱れ切った心じゃ維持は無理だ。

 『地球』の記憶を利用しようとするのは考えなかった訳じゃねぇ。

 俺だって使えるモンは使う、その思いでこの妙な特殊能力を使ってるんだからな。

 どうせ『向こう』のモノを持って来る事は出来ねぇんだから、出来んのは知識を持ち込む事だけだ。

 それを披露したところで気づくのは『同類』だけなんだから何の問題もねぇ。

 

 そう理解していても俺の動揺は決して収まってくれなかった。


「(フザケンナ。アイツ、よりにもよって『プラネタリウム』を持ち出しやがった)」


 『俺』は星を見る事はきれぇじゃなかった。

 プラネタリウムにも多分珍しいくれぇ通ってた。

 『日本』で生きていた頃、最後の記憶も『プラネタリウム』に行った辺りで途切れているくれぇだ。

 明確に正確には覚えてねぇが、俺にとっちゃ『プラネタリウム』は他のモノを持ち出されるよりも動揺する代物だった。


 天井に描き出された満天の星空を見た時、泣きたくなるくれぇ懐かしかった。

 帰りたい『場所』を否が応でも連想させる光景。

 本当にフザケンナと思う。

 此処までの効果を期待してやった事じゃねぇ癖に無意識に俺の心を打ちのめす。

 もっとムカつくのは、俺が激怒しても予定調和だとしか思わねぇ事だった。

 敵としてしか見てねぇ以上、アイツの言動は全うであり、正当なんだろうが、俺にとっちゃムカつく要素でしかない。

 ネジくれ曲がった執着心に燃料を投下されてる気分だった。


 俺の完全排除が目的なのか、アイツは兄らしき人間と一緒にやって来た。

 動揺する俺にも欠片の興味も持たず、俺を見据えるアイツ。

 その波一つたってねぇ湖面のような眼が許せない、と感じた。


 あっさりと俺の傷を抉っていくコイツの表情が少しでも揺らぐように言葉を投げつけるが、あっさりと交わされる。

 ギリギリ処か、この世界の人間が聞けば意味が通じないような事も話題に出すのに、コイツは俺以上にありえない単語を織り交ぜて返してくる。

 後ろには兄らしき存在もいるってのにお構い無しだ。

 この世界の人間としっかりとした繋がりを結んでいる光景を突き付けられると胸がムカついてくる。

 俺には出来なかった事をやってのける事に対する嫉妬か、この状態でも『俺個人』に対しての関心が全くない事への怒りか。

 

 この世界の人間が心から『俺達』の理解者となる事はできねぇ。

 飢餓感や絶望感が和らぐ事はあっても癒える事は今後ない。

 『俺達』が出会ったのは奇跡的な確率なんだからな。

 それでもコイツは俺を切り捨てて、割り切った。

 ……『俺』には絶対に出来ない判断をし後悔を見せない姿が少しだけ羨ましい、と思った。


 俺が同じ事をするにはどうしても『倫理観』や痛みに対する躊躇が邪魔をして決断なんぞ出来ねぇ。

 それが相手にとってどんだけ残酷な結果だろうと、失わないために動こうとするだろう。

 

「(あぁ……もしかしたら、俺よりもコイツの方が“優しい”と言えるのかもしれねぇな)」


 今まで散々コイツを酷評しておいてなんだが、此処まですっぱり切り捨てるのも一種の優しさなのかもしれねぇと思う。

 受け取る側にしてみりゃ死にたくなるほどの痛みを負うが、傍からみりゃ、すっぱりと切り捨てる事を「優しさ」からだと判断する奴も出るかもしれねぇ。

 少なくとも俺が第三者ならそう考えても可笑しくねぇ。

 勿論、切り捨てられた当事者である以上、ムカついて仕方ない訳だが。


 多分、コイツは一連の騒動が終結すれば「敵」であった人間をすっぱりと記憶から消去するタイプの人間だ。

 何処まで徹底的にするかは分からねぇが、今までの言動から見るに、下手すりゃ顔すら忘れちまう類の人間だ。

 そんな奴に『俺』を刻み込もうとしている。

 どんだけやってもやり過ぎって事はねぇ……俺はそう思っていたし、徹底的にやってやるつもりだった。


 ――俺を見る目に揺らぎが見えるまでは。


 『俺』を切り捨てた事は事実だ。

 『同胞』なんて要らないとも言った。

 俺を「敵」としか思っていないのも確かだろう。


 が、コイツの俺を見る目には「苛立ち」が滲みでていた。

 完璧とも言える笑みを僅かに崩れてる。

 少なくともコイツの中で俺は無関心でいられる存在ではねぇみてぇだ。

 コイツは俺に「苛立ちを覚えている」


 そうと分かれば取りあえずムカつきは収まっていく。

 僅かでも「芽」があるなら、それを育ててやれば良い。

 

 してやる事が決まってしまえば、結構落ち着いてくる。

 他の事はどうでも良い。

 今の俺ならこの場に乱入して『俺』の邪魔さえしなければ、それなりに苛立ちを感じたあのブタ貴族サマが目の前に出てきても笑えんだろう。

 今、この場でこの時だけ、それ以外は要らねぇ。


「(『俺』はもう「フェルシュルグ」じゃなくても良いんだな)」


 突然だが、ふと、そう思い浮かんだ。

 

 俺はこの世界で産声を上げた時から“俺”であって『俺』じゃなかった。

 今まで進んできた道は正確に言えば“俺”の選んだ道だった……流されていた事は否定はしねぇが。

 借りものの体と、この世界に縛られた様々なモノ……最たるものが「名前」だ。

 適当に付けた名前だとは言え“俺”を指し示す唯一のモノではあったんだ。

 それをコイツは打ち砕いた。


 本人にはその気はねぇだろう。

 が、この世界と俺を繋ぐ唯一の楔であるコイツが“俺”を要らないと言った。

 そう言われた時から少しずつ“俺”はこの世界に対する繋がりが希薄になっていくと感じていた。

 そんな俺に最後に残ったのは『同胞』に向けられたネジくれまくった執着心だった。

 それ以外に対しての感情は一時的に抱いても俺の中に残らねぇ。


 俺は『俺』を必死にコイツに残そうとした。……そうする事で『俺』が居た痕跡を残そうとしていた。

 この世界に異物だろうと存在している「フェルシュルグ」ではなく『地球』を生きたもう名前も思い出せない『俺』を。 

 

 幾ら『俺』でも誰にも知られずに死ぬ事は怖かったかもしんねぇ。

 そして俺がどう考えても現実とこの世界を思えない理由の一端もそこにあるのかもしれねぇ。

 誰よりも『俺』が「フェルシュルグ」を受け入れていなかったって事だったんだ。

 だから今の『俺』を見ているコイツの眼が、向けてくる感情がどんな類だろうと心地よい。

 そして『俺』がずっと抱いていたブレが何処から来ているのかも分かり、少しだけすっきりした気分にもなった。

 理由が分かった今『俺』の中にあったブレがなくなった。

 

 何だかんだでコイツと対峙する事で『俺』は様々な事を突き付けられて……自分を理解していっている。

 唯一の『同胞』とは本当に得難くて、恐ろしい存在だと思った。


 今、コイツの中にいるのは「フェルシュルグ」じゃない。

 コイツが見ているのは『俺』だ。


「(『俺』を忘れる事は許さねぇ。唯一『俺』という存在を認識できるお前だけは)」


 此れが『俺』の欲しかったモンなのかもしれねぇ。

 が、足りねぇ。

 此れじゃあもう『俺』は満足出来ねぇ。

 生涯『俺』を忘れねぇようにするためなら、幾らでも煽ってやる。

 どうせ「フェルシュルグ」の行き先は破滅しかねぇ。

 コイツの中で『俺』という存在が刻み込めれば他はどうでも良い。

 

「(そのためなら人にだって能力を使ってやる)」


 隣にいた兄と言われた存在に『光信号』を向けた時、俺は多分笑っていたはずだ。

 それはもしかしたらこの世界で初めての『良心』に本能が勝った時だったのかもしんねぇ……今でも後悔はしてない訳だしな。

 この時心からの叫びは多分、魂の叫びだったのかもしれねぇ。






 俺は笑っていた。

 歪みきった笑みとはとてもじゃねぇが言えねぇ、だが分類するなら確かに「笑み」と言えるモンを。

 俺の放った『光信号』は相手にたどり着かなかった。

 俺を囲っていた滝みてぇな水柱は俺が能力を発動すると同時に鏡みてぇなモンに変化しやがった。

 『光信号』は反射して大部分が外へと逃げていった。

 が、反射した一部はそのまんま俺の方に飛んで来やがった。

 あり得ない事態に唖然としていた俺が向かってくる『光信号』を避ける事が出来る訳がなく、俺は自分の能力をもろにひっかぶった。

 

 その結果が目の前に映る歪んだ笑みを浮かべる俺の姿だった。――しかもここ最近は人前でする事は無くなった黒髪に金色と銀色の瞳で、だ。

 水柱を発生させる事も大概可笑しい。

 けどなによりも可笑しいのはただの水に俺の『光信号』が反射した事だった。

 反射したせいで正体を暴露したのは、まぁ仕方ねぇ。

 今はまだアイツは俺の姿をみてねぇが、時間の問題だろ。

 

「(って考えた途端、元の水柱に戻りやがった)」


 こっちの心を読んでんのかというタイミングで次の行動を起こしやがる。

 少しくれぇ思考を巡らせる時間を寄越しやがれってんだ……そんなあめぇ奴じゃねぇのは分かってるけどな。

 

 ただの水が鏡に変化すんのも可笑しいし、そもそも水柱が波紋一つ立たずに立っている事もおかしい。

 オカシイが、これがココでの“普通”なのかもしれねぇ。

 どれもこれも『俺』にとっちゃ可笑しくて気持ちわりぃ。

 が、この世界にとっては当たり前でしかねぇ。

 認識の乖離とも言える状態が『俺』にとって一番気持ちが悪かった。


 アイツの意識一つで水柱はあっさりとその姿を消した。

 今、再び『光信号』を発動しようと思えば出来る。

 が、多分、次の瞬間にはまた鏡みてぇな妙な物体に阻まれんだろうな。


 つくづくオカシナ世界だ。

 確かに傷一つ無い透明なガラスに銀色の板でもありゃ「鏡」みてぇな物体を作り出す事は可能だ。

 んなモン小学生の餓鬼でも知っている事だ。

 けど、それはあくまで物体を二種類用意した場合だ。

 水柱と銀色の液体なんていう代物で同じ事をやらかすなんて『科学的』に出来っこねぇ。

 流石に有り得ねぇ展開に俺も動揺を隠せなかった。


 しかもコイツはあっさり俺の常識をぶち壊しやがる。

 この世界の常識は俺にとっちゃ非常識の塊であり、思いつきもしねぇ類のモンだった。


 イメージが何よりも優先される【魔法】という力が“普通”にある世界。

 『科学』よりも【魔法】が発達した『地球』とは全く別の常識が支配する世界。


「(ほんとーに、勘弁してくれ。この世界に馴染む事は俺には無理だって改めて突き付けられた気分だぜ)」


 借り物の体と、『俺』にとっては未知でしかない能力、そしてなにより常識があまりにも違う世界。

 全てが『俺』にとっては受け入られないモンだった。

 

「(もしかしたら『俺』は最初からこの世界を受け入れちゃあいなかったのかもしんねぇな)」


 『地球』の常識が『俺』にとっての常識であり、幾ら俺が特異な能力を使おうとも、それを完全に受け入れる事は出来ねぇ訳で。

 産声を上げた時から、その後適当に名を付けた時から俺は「フェルシュルグ」だった。

 が、同時に、そうする事で『俺』はこの世界と『自分』を分けたのかもしんねぇ。

 この意識の乖離こそが俺がこの世界を現実と見れなかった最大の原因……なのか?

 さっき僅かなブレが解消され、すっきりしたが、どうやらブレた原因の全てを理解した訳じゃなかったらしい。

 まぁさっき理解したのは、あくまで『俺』と「フェルシュルグ」は別として認識している、って所だったからな。

 原因の全てを解明して解消する術なんざありはしねぇだろーし、そもそんな時間も『俺』には残されてねぇからな。

 分かっただけマシって奴だと思ってねぇとやってらんねぇよ。


 ウダウダと今更考えても仕方ねぇが、少なくとも、こうして目の前でこの世界に馴染んでいる『同胞』を見ていると『俺』は何処までもこの世界の人間じゃなかったのだという事が分かるな。

 その事を『俺自身』全く後悔してねぇ所『俺』は何処までもこの世界では異物だったようだ。

 

 この世界に馴染みながら、それでも『日本』の事を語る。

 ナリは完全にこの世界のモンだってのに、言葉の端々や瞳の奥にある懐かしみが、コイツにとっても『日本』は決して訣別する所では無かった事が伺える。

 コイツは割り切り、敵を切り捨てる事に躊躇のしない苛烈な性格をしている。

 が、今後訪れるであろう飢餓感や絶望感を考えられない程先が見えねぇ馬鹿じゃねぇ。

 むしろ先を考えて、誰よりも強い覚悟を決める事が出来る類の人間だ。


「(それってある意味『英雄』気質って奴なんじゃね?)」


 物語なら最凶の敵となるが、英雄の一人となるか。

 どちらにしろ、此処は物語じゃねぇし『俺』はともかくコイツにとっちゃ現実でしかない。

 

 もし……もし俺が産声を上げた場所があそこじゃなかったら?

 俺もコイツみてぇにこの世界に馴染んでいたんだろーか?


 いや、言っても仕方ねぇ事だけどな。


「(全部吹っ切ったつもりだったが、少しでも未練でもあったのかねぇ。とは言え、此処までくりゃもう後は死に方を選ぶくれぇしかできねぇけどな)」


 このまんま他者から与えられる死を享受するか、それとも――。


「(選ぶならより一層、コイツが忘れらんねぇ方を選ぶさ)」


 一人くれぇ『俺』を忘れられなく人間がいてもいいだろ?

 そして、そんな人間はコイツ以外他無い――唯一の『同胞』であるコイツ以外は。


 俺自身に意識が集中している今しかチャンスはねぇ。……唯一俺が「俺自身」を自由に出来るチャンスは今だけだ。


 この世界には精霊まで存在するらしかった。

 俺の能力も精霊とやらを使役している感覚で行っている。

 周囲にある気配に俺は脳内で命令を下す。

 お誂え向きに足元に水柱を構築していた水がばら撒かれてる。

 そこに潜むように命じれば、気配だけだが俺の周囲に何もいなくなった事が分かった。

 コイツには精霊が見えているような素振りがあったから気づくかと思ったが、取りあえず今の所気づく様子はねぇ。

 相当俺に意識が集中しているらしい。

 それで良い。

 少なくとも全ての精霊が水の所に行けば、俺の目的は達する事が出来る。


 俺の態度にいよいよ不自然なモンを感じたのか、視線が何かを探るように動くのが見えた。

 だが、もう遅い。

 此処までくれば俺を止める事はできねぇ。

 『俺』は俺の使う事の出来る未知の能力を使って『俺』の望みを叶える。


「【闇の精霊! お願い力を貸して!!】」


 黒いヴェールみてぇなモンが俺等の間に出てきたが、俺の目的はそっちじゃねぇんだがな。

 まぁそう考えんのも仕方ねぇ。

 俺等が敵対している以上間違った対応じゃねぇな。

 

 御蔭での俺の目的は達成される訳だしな。


「(ようやく一本取ってやった気がするぜ)」


 こっちを見るアイツの驚き眼を見開く姿が見える。

 俺がどんな顔してるんだがわかんねぇけど、其処から少なくとも俺の次の行動を読み取ったらしい。


「(言葉もいらねぇとかダチみてぇじゃね?)」


 幾ら甘ったるい思考だとしても、いいじゃねぇか。

 少なくとも敵とアイコンタクトなんて普通できねぇんだしよぉ。


「【光よ 俺の意のままに形を変ぜよ】」


 脳裏に浮かぶ言葉を口ずさむ。

 俺の言葉に呼応するように水溜りにたまっていた気配が物理的な光に変わる。

 ココがイメージが優先される世界だってなら、水溜りだろうと増幅材だと意識すれば光は増幅されるはずだ。

 これだけの光があれば俺の目的は達成される。


「(なぁやった事あんだろ? 虫眼鏡で紙を焼く実験。あれってさ、傍から見りゃ、光で炎を生み出すようにも見えるよな?)」


 実際が違うかどうかなんてどうでも良いんだよ。

 ただ此処までくりゃ『俺』の望みは一つだけだ。


 『俺』の最期は『俺』自身が決める。


「ダメェェェェェ!!」

「【Brechung】」


 光の全てが俺を中心に円を描き光柱となり、閃光のような光が辺り一面に走った。

 それを中心にいる俺は何故か目を焼く事無く見渡す事が出来た。

 腕で目元を庇い、それでも次の瞬間には光柱を睨みつけて、何かをしているオンナ。

 その姿は常にあった余裕のようなモノが完全に消えていた。

 ただ光柱を睨み策を練る姿を俺は苦笑して見ていた。


 別に俺の身を惜しんでいる訳じゃねぇ。

 ただそれでもこの場で俺が死ぬ事はコイツにとって許しがたき悪行なんだろう。

 すっげぇ顔でこっちを睨んでいるしな。


「――『ドラマ』の犯人が自殺するってのもある意味で定番だろ?」


 あっちからも見える程度に光度が落ち着いたタイミングで俺は肩を竦めてそんな風におどけたように言い放った。

 眩しいくらいの光が俺を中心に立ち上っている。

 不思議と熱くはねぇ。

 一応コレ火柱みてぇなモンなんだけどな。

 パチパチと耳元で火花が散ったような音がする所、俺の命令は恙なく遂行されてるみてーだけど。


 俺は自身が骨まで残らない程の熱量を持った光柱が立つように命令した。

 本来なら『爆弾』のように一瞬で俺を焼き尽くしこうして会話も出来ねぇはずだ。

 が、今こうして会話が出来る所、この世界は規格外すぎる。

 まぁ最期の時間をくれたって訳だから、少しくれぇ感謝してもいいけどな。


 今までの貴族らしい余裕やらなんやらを取っ払って俺を睨むアイツ。

 キッツい顔だが、俺にとっちゃその方が良い。

 俺に対する怒りと憎しみの感情を隠さずにぶつけてくる様に俺は酷く満足感を感じた。


 今、俺は笑っているだろう――酷く満足気に穏やかなアイツの嫌うであろう笑みで。


「――私は……――」

「(おいおい。一人称まで変わってるぜ?)」


 茶化す余裕まである俺と一人称まで変わったアイツ。

 それは俺の目的が完全に達成された証みてぇなモンで愉快だった。


「――……アンタが大嫌いだ!!」


 あぁ、コイツはもう二度と『俺』を忘れねぇだろう。

 生涯『俺』を刻む事が出来た。

 あぁ笑いが込み上げてくる。

 最後の最後で『俺』は勝負に勝ったんだ。

 

「ざまぁみろ! そこらへんに落ちてる砂金粒になる気はねぇ。俺だけ此処まで引きずるなんて不公平だからな――『犯人』らしく不遇な境遇って奴でも話してやろうか?」

「必要無いわ!」

 

 此処でお涙話でも求めるなら白けたが、そんな事は無かった。

 そんなモン関係はないという一貫した態度はいっそ清々しい。

 むしろそんな奴だからこそ『俺』はコイツを唯一の存在として決める事が出来たのかもしれねぇが。


 もし、俺の『同郷』がコイツじゃなかったら?

 全くもって意味のねぇ「IF」だが、もしかしたら俺は『同胞』だとは思わなかったかもしれねぇな。

 『同類』とは認識できても、此処まで心を乱され、此処までねじ曲がった執着し、最期の刻み込む事を望む『同胞』とまで思わなかったかもしれねぇ。

 根底が違うが故に道が違えた、それでも同じ根幹を持つ『同胞』

 『俺』にとって唯一の存在。

 それが『俺の唯一の同胞』


「――本当に死にたがりのアンタなんか大嫌い」 


 泣きそうな顔で言葉を叩きつけてくる姿に俺は心から満たされる。

 ネジくれ曲がった執着心まで満たされていく。

 泣き顔が嬉しいなんぞ、相当ヤバイ奴だが、もうそれも御終いだ。

 

「……――俺も大嫌いだよ。……――」


 出逢った頃からイライラさせられて、唯一の存在なのにあっさりと切り捨てられて、俺は最後の砦まで跡形も無く崩された。

 『同郷』である事を疑い、それでも認めるしか無くて、割り切りの良すぎる性格にムカついて。

 ネジくれ曲がった俺の見たくないモンまで見せつけてくる。

 『俺』が違う場面で出会いたかった、と一瞬でも夢想しちまった。

 甘さなんて破片も無かったってのによ、思考に甘さを孕む事を免れねぇ。

 覚悟の差を見せつけてくるくせに『日本』の事を郷愁を込めて語る。

 あぁ、全く違う、共通点なんて存在しねぇのに、妙に分かる所がある、わかっちまう事がある。

 切り捨てたくても切り捨てる事なんざ出来ねぇ、唯一の『理解者』


「――……唯一の『同胞』」 

――じゃあな『同胞-キースダーリエ-』


 最期の別れだけは心の中で呟く。

 俺は何処までも晴れやかに、別れがたい癖に別れる時はさっぱりと、それでも良いのだという、まるで積年のダチと相対していたかのような甘えを孕み、何処までも満たされた満足感を抱き、白の世界へと墜ちていくのだった。


 「フェルシュルグ」と名乗った俺はこの時終わりを迎えた。



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