第62話・クソったれでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしんねーセカンド(?)ライフ(4)





 村を出た俺が何だかんだで生きていられたのは運が良かったのか「俺」が【神々の愛し子】だったからか、それは分からない。

 けど僅かの金と数泊の野宿が出来る程度の持ち物で死ななかったのは出来過ぎな気もする。

 半ば衝動的に村を飛び出したようなモンだが、どうやら毒を盛られた事でそれなりに混乱していたらしい。

 それも「血縁上の親に」だからじゃなく「毒を盛られた事に」なんだから俺の中を占める村の人間の比率には鼻で笑いたくなるわな。

 

 多分俺は何処かで野垂れ死んでも良かったんだと思う。

 別に積極的に死にてぇ訳じゃねぇし、死ぬ直前になれば色んなモンを恨んで恨み言を吐いて死ぬはずだ。

 化けて出てやるくれぇは言って死ぬかもしんねぇ。

 けど、まぁ何が何でも生きてやるって気持ちでは無かったんだ。

 其処までの執着を俺はこの世界に抱く事は出来なかった。

 しいて言えば「俺」の存在か? と言った所だ。

 

 世の中には死にたくなくても死んじまう人間も居る中で贅沢な話だとは思うが、俺の正直な気持ちだった。

 必死になったのは村の近くで死にたくはねぇなぁと言う気持ちからくる、街につくまでの数日くれぇだ。

 以降は死にたくねぇが、けどまぁ死んだら仕方ねぇよなぁ、って気持ちで生きて来た。


 「フェルシュルグ」ってのは何故か文字を読む事が出来たがために読んだ本から拾った適当な名前だ。

 なんかの名前かもしれねぇけど、文献か? ってレベルで古いもんだったし、それを名乗っても誰も何も反応しねぇし問題無いだろうと判断した。

 こんときから俺は「フェルシュルグ」として生きていた。……実はこの時からだったかもしれねぇ『俺』として意識と微妙なズレが生じていたのは。

 ただ、普段から、という訳でも無く、ただ「フェルシュルグ」がこの世界に認識されたがための気のせいだったのかもしれねぇどな。


 今でも俺は自分が“選ばれた者”なんて思ってねぇ。

 が、それでもこの世界に置いて俺が珍しい能力を持っている事は事実だった。

 俺とっては魔物も魔法も、剣でさえファンタジーで幻想世界の代物だ。

 餓鬼の頃一度は夢想するモンだったとしても、現実には存在しねぇと言う強固な先入観は中々拭えない。

 『地球』の常識って奴は厄介だった。

 【神々の愛し子】に対しての過剰な持ち上げも何もかもが共感できなかったのもそのせいだったんだからな。

 だから俺が自身の特殊能力に気づいたのは遅かった。

 毒盛られた時みてぇに実感できる機会がなかったってのもあったしな。

 

 俺がこの特殊能力に気づいたのはやっぱり貴族ってのが関わっている。

 

 俺のような行き場のない奴が集まるスラムみてぇな所は慣れればそれなりに生きる事は出来た。

 居心地は良くねぇし『地球』とのギャップにうんざりする事だって多かった。

 それでも村とは違って他人に対する興味が希薄な所だけは気楽だった。

 とは言え、そんな俺だって目の前で事が起これば手を出さざるを得ない訳だ。

 

 無視して良かったのかもしんねぇ。

 他人は他人だと割り切る事は出来たのかもしれねぇ。

 けど目の前で起こる出来事に対する嫌悪と怒りはどうしても俺に見て見ぬ振りをさせてはくれなかった。

 生来の性格だったのか、それとも「俺」が持っていた良心の欠片だったのか……『地球』で培われた倫理観だったのか。

 俺を動かす機動力が何かは分からないが、俺はする事は決まっていた。

 

 目の前の貴族サマをぶっ飛ばす事だった。


 喧嘩もした事も無かった『俺』だったが、俺でもこの掃き溜めで生きるために多少体を動かす方法は知っていた。

 相手は典型的な悪徳貴族っぽい奴で、動きもデブった体相応に鈍かった。

 何の理由か入口とは言えこんな所にのこのこやって来たアホをそのまま返す道理も無く、目の前で殺そうとさえしていた相手が俺がココに来た当初、手を貸してくれた餓鬼とくれば、俺は自分を動かす大義名分まで用意された状態だった。

 後で無駄に妙な事を考えずにすむ状態で俺は相手の御貴族様をぶっ飛ばした。

 が、流石に護衛は居たらしい。

 俺は護衛により命の危険に晒された。

 走馬灯とまでは言わなかったが、代わりにスローモーションに見えるってのは実際あるんだと、振り下ろされる剣を見ながら、そんな事を考えていた。

 ……結果として俺は死ななかった。

 バカが俺を庇って代わりに切られやがったからだった。

 俺が助けられて、借りを返すために助けたという大義名分が出来た相手に俺は再び庇われた。

 俺なんてほっとけよ。

 それがココのやり方だろーが。

 何で俺を庇うんだよ。


 目の前で醜く笑っている貴族達が憎かった。

 憂さ晴らしで人の領域に土足で踏み入り傍若無人な事をしでかす。

 碌でもねぇ存在だった、貴族ってのは。

 俺の中で貴族って奴がどーいう奴なのか決定付けられたのがこん時だった。


 俺を庇ったアイツにトドメを刺そうとする護衛が笑って剣を振り下ろしたのを見た時、俺の脳裏にある単語が浮かび上がった。

 そしてそれを叫ぶ事で何が起こるかも、分かった――俺は本能で理解したのだ、この力が何なのかを。


 叫ばれた言葉がキーとなって何らかの現象が引き起こされる……それは俺にとってまるで『魔法』のようだと思った。

 後でこの世界とは違う常識が俺を苦しめた訳だが。


 脳裏に描かれたキーワードを叫んだ途端護衛の剣とアイツの間に光球が発生し、それが弾けた。

 まるで閃光のような光はオカシナ事に俺の目を焼く事は無かった。

 だが強すぎる光は護衛の目を焼き、貴族のブタの目を眩ませた。

 相手の戦意は喪失した。

 が、ブタ貴族は何を喚くか分からねぇから、俺はアイツを抱えるとこの場から離れた。

 途中で振り返った時、ブタ貴族の目は戻ったのか、護衛の剣を奪い、護衛を切りつける姿が見えた。

 自分の護衛対象に切り殺されるとは、無様な最期だと思った。

 一瞬、心に引っかかるもんがあったが、あえて無視した……俺を殺そうとし、アイツを切りつけた奴に同情する程俺はお人好しじゃないんだからな。


 アイツはココで医者っぽい事をやっている奴の所に放り込んだ。

 生きているか死んじまったのか、俺は知らない。

 この後、比較的早く俺はココを離れる事になったからだ。


 アイツの生死を判別する前に俺はあの場所を離れた。

 ってか離れざるを得なかった。

 ブタ貴族は自らの手で自分の護衛を殺した割に、貴族に対して良い印象なんて欠片も持っていない奴等の巣窟から逃げ出せたらしい。

 直ぐにブタ貴族は複数の護衛を連れ立ってココに再びやって来た。

 そもそもが自分達のせいだろうに、自分の殺した護衛の仇討を叫ぶ姿は滑稽の一言だった。

 

 とは言え、ココを一掃する大義名分を掲げる貴族ってのが厄介である事は事実だ。

 だから俺はあえて目の前に出ていった。

 どうにかなる算段は出来ていたし、最悪死ぬなら道連れにしてやるつもりだった。

 多分、この時の俺はもう“生”に対する執着が薄れていたんだと思う。

 だからこんな行動にも出れたんじゃねぇかな?


 ブタ貴族の前に出た俺がやった事はたった一つだった。

 あの時脳裏に浮かんだ言葉をもう一度叫ぶだけ。

 今度はある程度俺の思い描いたモノが発生した……人の目を焼かない程度の、だが『プラズマ』のように威嚇する光球を。

 傍から見れば雷を無理やりに球体にしているように見えていただろう。

 あからさまにブタ貴族と護衛の奴等の顔が引き攣るのが見えた。

 

 それだけで充分だった。


 腰を抜かした奴等の横をすり抜けるように通り、俺はココから離れた。

 境界線で振り返った俺が最後に見たのは、腰を抜かして、それでも口汚く俺と周囲の護衛を罵るブタと、同じく腰を抜かして俺に恐怖の視線を向ける護衛の奴等だった。

 何処までも見苦しい光景だと思った。

 

 こうして俺は、再び放浪の身となった。


 この世界の貴族サマとやらはクソったれな存在だと思った。

 例え良き貴族サマとやらが居たとしても、村であった奴やブタ貴族やらを見過ごしているだけで充分俺にとっちゃ全部一緒としか思えねぇ。

 こう立て続けに笑えるようなテンプレ悪徳貴族ばっかり出てきたら、全員同類だと思っても仕方ねぇだろーが。

 ってか、もし良き貴族なんてモンが居るなら『スラム』なんてモンは存在しねぇだろうしな。

 ……いや『地球』でも低所得者の集まる場所があった訳だし、どっこいどっこいか。

 『日本』が良き国だったのかどうかは又別問題だろーけどな。


 掃き溜めで俺が知ったのはクソったれな貴族サマという存在と、自分が持つ妙な能力だった。



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