第59話・クソッタレでオカシナ世界での、少しだけ楽しいかもしれねーセカンド(?)ライフ【フェルシュルグ改め『黒いの』】
俺は嘗てフェルシュルグと名乗っていた。
今は不本意ながら『黒豹』のような存在になってるけどな。
……体がちっさいからと言って決して子猫じゃねぇから。
それだけは言っておく。
言っても聞きゃしねぇ奴等ばっかなんだけどな。
「はぁ」
見た目黒猫がため息ついてるってのはシュールだろうな。
俺がそんな猫見かけたら見なかった事にするな、まず。
いや、そもそも猫じゃねぇけど。
「クロイノ、珍しく外にいるんだね」
外に居ると、こうして話しかけられる事がある。
今日はこの家の嫡子であるアイツ曰く「お兄様」とやららしい。……実の兄弟だから「らしい」とは言えねぇんだけど、俺にとっちゃ「らしい」で充分だ。
ってかその“クロイノ”っておかしくね?
それ俺の名前じゃねぇし……フェルシュルグも俺の名前じゃねぇけど。
そっぽを向いて答える気のない俺にオニーサマは苦笑して去っていった。
ってかアイツは俺が「フェルシュルグ」だって知ってる癖にどうしてあんな普通に話しかけてくんだよ、意味わかんね。
此処の奴等は訳分かんねぇ奴等ばっかだ。
全くこれが天下の公爵家であるラーズシュタインだってんだから、この世界、やっぱオカシイとしか言えねぇよ。
まぁフェルシュルグ時代、契約の関係上居ないといけなかった所も大概可笑しな所だったんだけどよぉ。
……いや、あそこは可笑しいんじゃねぇな。
あそこはクソみたいな所だったんだ。
自分達が偉いって見栄張って、上には媚びて下は蔑んで。
その癖家格で上のはずの家を妙に見下してやがった。
「あの家は貴族としての品格を忘れている」だとか嘆いていたが、俺にしてみりゃ、オメェ等の何処を見て「貴族の品格」とやらを見いだせってんだ? と言った感じだったぜ。
貴族ってのがお前等みたいのしか居ないって言うなら、この世界がクソみたいだと考える俺は正常だったと思うんだよなぁ。
ま、あの家みてぇな所はゼロじゃねぇけどマトモな貴族ってのもいるみてぇだ、という事は一応今は分かってるけど。
「クロイノ。此処に居ては邪魔です。お嬢様の所へお行きなさい」
今度はアイツのメイドである女が俺に話しかけてくる。
部屋の掃除でもすんのか俺に邪魔と言いやがった、コイツ。
折角オニーサマや他の奴に邪魔されず寝れると思ったのによ。
しかも行く場所指定かよ。
そしてお前も“クロイノ”呼びか。
「(此処にいると掃き出されそうだな)」
んなのごめんだ。
俺は仕方なく、寝ていた体勢を崩すと部屋が出ていきオジョーサマの所に向かう。
どうせ離れに居んだろ。
地味にとーいんだけど。
こちとら子猫サイズなんだっての。
サイズだけな? サイズだけだからな、猫ってのは。
離れに向かう最中の廊下を歩ていると、ふと眩しさを感じて窓越しに外を見た。
今日は曇りって訳でもねぇから、陽の光に眩しさを感じたらしい。
窓には俺の今の姿が映っていた。
黒い毛並みの金と銀の眸を持つ小動物サイズの『黒豹』
それが今の俺の姿だった。
「(一度死んだんだから、この目も変わっちまえば良かったのによ)」
金色と銀色の両目は俺にとって忌々しいモノでしかねぇてのによぉ。
つくづく嫌われたモンだな、俺も……この世界に。
「――ッチ!」
この姿でも舌打ちは出来る。
俺は盛大に舌を打ち、歩き出す。
幾ら眩しても俺は二度と窓を見る事は無かった。
途中、かけられた声を無視しつつ俺はアイツの離れに到着すると扉についている小窓から入り込む。
前に不用心だとせせら笑ったら、特定の魔力にしか反応して開かない仕様になっていると言われた。
魔法ってのは相当万能だよなぁ、マジで。
『科学』では説明を付かない事でもサラっとやりやがる。
その度に自分の中の常識が壊れるみてぇで妙な気分になるぜ。
ってか根本的に扉自体が魔力に反応して開く仕様らしい。
特定の登録した魔力を持つ人間だけがドアを開ける事が出来る。
ただ持ち主以外は鍵が必要らしいけどな。
俺は今の所アイツの魔力と同一だからか、鍵なんて無くても入れる……この動物の手で鍵なんか開けられねぇけど。
離れに入った俺はリビングを見回すがアイツはいねぇ。
が、気配はするから工房にでもいんのか。
工房の鍵もスルーの俺は、やっぱり作られている小窓から工房の中に入り込む。
無断だ? はん、動物がノックして入るのかよ?
工房に入るとなんてぇか空気が変わる感覚はある。
此処はアイツにとって絶対的なプライベート空間だ。
家族ですら許可無く入る事ができねぇ空間。
そんな所にちょっと前までは敵だった俺が入っているんだからオカシナ話だよなぁ。
俺自身、此処に居る、こうして存在している事の全てに納得出来てる訳じゃねぇけど。
その事を考えると未だに苛立ちが込み上げる。
俺はそんな俺の心情そのままに尻尾で床をタシっと叩いてやった。
小さな音だったが、どうやらアイツには聞こえたらしい。
何かの作業を中断させ振り返るこの工房の主――キースダーリエ――は俺を見ると苦笑しやがった。
「ん? あぁ『黒いの』じゃん。何? 影から出てたし昼寝でもしてるかと思ったけど?」
「……お前のメイドに追い出されたんだよ」
「あー私の部屋に居たって事かぁ。そりゃ仕方ないわ。……それもリアの仕事だもん」
体ごと振り返るキースダーリエに俺はフンと鼻を鳴らす。
「お前のせいで俺の名前が“クロイノ”になってんぞ」
「それこそ仕方ないでしょ? 他に呼びようないし『黒いの』って適当に呼んだら意外と嵌っちゃったんだから――アンタは私と【契約】してる訳じゃないんだからどうしようもないでしょ?」
――【使い魔】になる気はないって言ったのはアンタなんだから。
フェルシュルグって名前を名乗れねぇのはともかくとして、俺が妙な名前で呼ばれている理由……それは俺がキースダーリエと【使い魔契約】をしていないからだった。
【使い魔契約】ってのは俺のような魔獣と人が結ぶ使役契約の事で、結ぶ方法は簡単だ。
双方同意の上で【名】を付けるだけだ。
ただまぁ双方同意って所がメンドクセェ所だった。
俺は相当特殊だが、魔獣って言われる類は魔物とは違い知性を持つ輩が殆どだ。
だから契約を結ぶためには双方に信頼関係が必要となる。
とは言え、本来ならキースダーリエと“俺”が契約を結ぶ事は容易かったはずだった。
中身はともかく“俺”はキースダーリエの魔力で生まれた魔獣であり、魔力もキースダーリエのモノだ。
だから、中身が『俺』じゃなけりゃ無条件にキースダーリエを親とみなして契約も何の問題も無く結ばれてたって訳だ。
中身が『俺』だからこうなってる訳だが。
俺とアイツの関係は仮契約ともいいずれぇ微妙なモンだ。
アイツの魔力で生まれた“俺”にとって一番馴染む魔力はやっぱりアイツだ。
だから俺はアイツに魔力を貰う代わりにアイツの頼み事を聞いてやるって取引で此処に居る。
ビジネスライクな関係と言えば近いか?
今の所アイツに何か言われた事はねぇけどな。
そんな関係だからアイツは俺を『黒いの』と呼び、俺はアイツを「お前」だのなんだのと呼んでいる。
口にだして「キースダーリエ」と呼ばねぇは簡易契約が結ばれないための予防策って所だ。
『黒いの』ってのは外見的特徴から呼ばれているだけだったてのに、この世界の奴等にしてみると「Kuroino」って聞こえるらしい。
名前みてぇだよな、そう呼ぶと。
お互いに契約を結ぶ気がねぇから【名】として契約って事にはなんねぇけどな。
ま、いいさ。
名前みてぇな御蔭で俺が此処にいても誰も疑わねぇんだからな。
……知っているはずのオニーサマやメイド女も俺が此処に居る事を受容してやがるけどな。
此処は変な所だ。
俺が何モンが分かってるのに、警戒心も無いし、俺を驚く程受け入れている。
内側に完全に入ってる訳じゃねぇけど、少なくとも完全拒絶する訳でも無く、俺を境界線に置いてやがる。
……何時か内側に入る可能性もあるみてぇに。
「……冗談じゃねぇよ」
「『黒いの』?」
不思議そうなキースダーリエを無視して俺は窓の前にある机に飛び乗ると体を丸めた。
そのまま寝る体勢に入って目を瞑った俺にアイツがどう思ったか。
溜息をついた気がしたが無視だ。
俺とアイツの関係は主従じゃねぇし、友人でもなんでもねぇ。
この成りで対等とほざく程馬鹿じゃねぇけど、決して仲良しこよしの関係じゃねぇんだよ。
俺は本格的に寝る事にする。
日差しの暖かさに俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
「――私のテリトリーで寝るアンタも相当変わってると思うけどね」
アイツのそんな言葉が聞こえた気がすんけど、気のせいって事にしとくわ……少なくとも今の俺にとってはそれが正解だろうからな。
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