第58話・「終わり」と「始まり?」




 今、私は風そよぐ森の中に居る。

 此処はラーズシュタイン家が所有している土地の一つで魔物や獰猛な猛獣もいない穏やかな森である。

 子供だけで遊んで大丈夫なくらい安全な森なんだけど、まさかこんな所を所有しているとは思わなかった。

 貴族ってやっぱり貴族なんだよね。

 『私』も驚く貴族の規模の大きさに何とも言えないモノを感じつつ、こんな場所でも無ければ目的は果たせないので仕方ないかなぁと思う。

 

 私の目的――それはフェルシュルグである『彼』のお墓を作る事だった。

 

 フェルシュルグが死んでから数週間の時がたった。


 彼の渾身の力を込めて発動したスキルは彼自身を完全に焼き尽くした。

 閃光のような輝きを放ち燃え盛る白い炎に包まれた彼は最期まで笑っていて、ムカつくくらい穏やかだった。

 彼の死の後に残されたのは、宙に溶けていく光の残光と円形に焼けた草木の跡、そして銀の勾玉と金の勾玉が合わさったような球体だけだった。

 彼は灰すら残さず消滅した。

 何故球体だけが残ったかは分からないけど、それだけが彼は存在していた唯一の証となった。

 

 マリナートラヒェツェはフェルシュルグの暴露した通り、彼を切り捨て、騙されたと公表した。

 貴族が平民に騙されたという事は良いのだろうか? と思ったんだけど、どうやらそのままの状態で「だから平民は碌でもない」などと嘯いているらしい。

 同調してくれる人間がどれだけいると思っているのだか、呆れるばかりである。

 むしろ心から同調する人間などいないはずだ。

 思惑が重なれば表面上手を結ぶ事も出来るかもしれないけど。


 マリナートラヒェツェはトカゲの尻尾切りをした事で全てを終わらせた気でいるのか、ラーズシュタインに対する謝罪に来るという話は今の所無い。

 例え騙されたと主張するにしても弁明に来るべきだと思うんだけど、ラーズシュタインを何処まで舐めているのか。

 お父様がこのままで済ませると本気で思っているのだろうか?

 確かにお父様は派閥内に敵を抱え込んでいる状態だけど、それでも理由も無く全てを受け入れている訳でも無く、見下し貶めている腹の内に気づいていない訳でもない。

 ただ思惑があるから放置しているだけだというのに。

 あっという間に今の地位を追いやられた時になって初めてお父様のラーズシュタインの恐ろしさに気づく事になるのだろう、きっと。

 自業自得であるのだから、全く胸は痛まないけど。


 私はこの森の中でも少し奥まった所にある開けた場所に彼のお墓を作った。

 『日本式』と言うか例の勾玉っぽい球体を埋めて上に墓石代わりの石を置いただけの簡素なモノだけど。


 人が入る事の無い個人所有の森の一画。

 木々から漏れる柔らかな光がお墓一帯に注がれている。

 此処は森の中だからか涼しい風が吹いていて、とても穏やかな場所だった。


 お墓を作った事も此処にお墓を作った事も全部善意や同情からの行動ではない。

 むしろ私の感覚では嫌がらせに近い。


 名も無き『彼』はこの世界を疎み、最期までこの世界の人間である事を認めず逝った。

 纏っていた色彩と自身の生まれた環境を揶揄する口調から、彼がこの世界に生まれた、つまりは私と同じ転生した人間ではあるんだろうと思う。

 彼にとっての魂の故郷は『地球』であった。

 そして『彼』は最期の時までこの世界の存在では無かった。


 そんな彼を私の知る限りでは一番穏やかな場所……彼が受け入れず、見つける事の出来なかった穏やかな時が流れる場所にお墓を作る。

 本人がこれを知ればさぞかし嫌な顔をしてくれるだろう。

 そんな彼を見て私は「ざまぁみろ」と笑うのだ……まるで長年の付き合いがある友人同士のような気軽さで。

 

 私と『彼』の関係は簡単には言い表せられないものとなってしまった。

 お互いに嫌いあっていたはずなのに、最期の時、私は彼の理解者だっただろうし、彼もまた私の事を理解していた。

 敵対した『同郷者』という関係だけで済ますには私達はお互いの心の奥底に触れ過ぎてしまった。

 私は『彼』が嫌いだし、彼の取った行動は最期の時まで気に食わなかった。

 だから時を戻し同じ場面で出会ったとしても、やっぱり私は同じ行動を取ると思うし同じ事を考えて同じ結論を出す。

 同じ最期にはならないように努力するとしても、味方として唯一の理解者として共にいる結果には絶対にならない。


「出逢った時から敵対する事は分かってたしね」


 私がラーズシュタインのキースダーリエであり彼がタンゲツェッテと行動を共にしているフェルシュルグである限り私達が同じ道を歩む事は無い。

 ……性格も合わないだろうしね。

 まぁ性格に関しては味方ならば長い目で見れる事でも敵対していれば弱点としか見れないって話しでもあるけど。


 彼の思惑通り私は彼を忘れる事は出来ないだろう。

 ただでさえ嫌いと定義してしまったが故にしばらく忘れる事は出来ないだろうと思っていたのに。

 私は彼の逃げに強い怒りを抱き、彼の親しみを孕む甘さが何処から来るかを理解してしまった。

 色濃く残った『彼』を私は生涯忘れる事は出来ないだろう。

 

 そういう意味でも私は彼に負けたという事だった。


「私の目的はフェルシュルグの排除だった。だから、そういう意味では私は勝った。なのに私個人の意味で言えば私は彼に完敗した」


 ぐうの音も出ない程の負けだった。

 ムカつくくらいあっさりと彼は勝ち逃げしていった。

 再戦を持ち込む事すら出来ないのだから性質が悪い。


 結局私は些細な嫌がらせとしてこうしてお墓を作る事くらいしか出来ないのだ。


「――本当に嫌な男」


 この言葉だってある意味の負け惜しみでしか無いんだけどね。  


 フェルシュルグを確保できなかった私を誰も責めなかった。

 あの場に居たお兄様でさせ私が負けたと思っている事に気づいていない。


 私達の目的はフェルシュルグをタンゲツェッテから引き離す事。

 例え、フェルシュルグを物理的に排除したとしても。


 だから多分目的は達している。

 タンゲツェッテ、ひいてはマリナートラヒェツェに対しての決定打とはならなかったけど、お兄様にフェルシュルグが私を害した実行犯である事は確認してもらっていたし、其処は誰も疑わない。

 フェルシュルグはラーズシュタイン家の令嬢であるキースダーリエを害そうとした、という罪を課せられた。

 実際はそれはマリナートラヒェツェによる指示だったと思うけど、其処はフェルシュルグの死によって曖昧になってしまった。

 

 彼が平民である事は変えようのない事実であり、マリナートラヒェツェが「騙された」と言えば、追及する事は難しい。

 明確に契約書などが残っていない限り貴族であるマリナートラヒェツェの言い分が通ってしまうから。

 今回だってフェルシュルグが平民である事を盾に、全てを彼に擦り付けてマリナートラヒェツェは身の安全を図った。

 その分貴族としての資質を疑われる結果となったのは彼等の話術の無さとお粗末な言い訳のせいだけれど、取った方法自体は決して珍しいものじゃないのだ。

 この世界において貴族と平民ではそこまで明確な差があるのだから。

 

 こうなる事は有る程度予測できた訳で、確実にマリナートラヒェツェを仕留めるためにフェルシュルグは生きて確保する必要があった。

 ただ生きた証人としてのフェルシュルグの発言が無くてもタンゲツェッテのとった言動は「有り得ない」の一言なので問題無いと言えば問題ない。


 私の計画は決して失敗とは言えない。

 どちらかと言えば成功に近い故にお父様達も特に私に対して怒るも注意する事も無いのだ。


 分かっている、分かっているのだ。

 今回の私が決して敗者ではない事は。

 計画だってほぼ問題無く実行する事が出来た。

 結果としてフェルシュルグは死という形で逃げられたものの他の事は予想通りの成果を得る事が出来た。


 今後私は錬金術師として資質を疑われる事は無く、お母様に対しての誹謗中傷も多少減った。

 ウルサイ縁戚関係も、マリナートラヒェツェの失態と婚約がタンゲツェッテの妄言である事を広めた御蔭で今は静かだ。

 どうせもう少ししたら全てを忘れてケロっとしているんだろうけど、少しでも静かな方が良いし出来るだけ長い間静かにしていて欲しい。

 あんなフザケタ人間とあまり顔を合わせたくはない。


 私に対する噂に関しては今後自分で晴らしていくしかない。

 社交界に出た後の私の手腕次第だ……それはそれで緊張するんだけど、ね。

 先の話とは言え、少しばかり気が重いのも事実である。

 

 まぁタンゲツェッテのやらかした事を考えればこの影響で済んで良かったと思うべきなんだろうけど。

 気が滅入る事には変わりはない。

 ……だからと言ってタンゲツェッテに対して思う所がある訳じゃないって事が又なんとも言えない所なんだけどね。


 正直な所メンドクササは感じているけどタンゲツェッテに対してはどうでも良いとしか思っていない。

 一応彼の件はケリがついた訳で、もはやタンゲツェッテは私の中では過去の人物になっている。

 家族やリアに対してとった言動には思う所があった訳だけど、それもある程度は晴らした。

 今後のマリナートラヒェツェの末路を考えれば我慢した甲斐があるというものである。

 私の中でタンゲツェッテはどうでも良いモノとしての立ち位置になっている。

 名前と顔を忘れず、過去にやらかした相手だという認識さえしておけば良いのだと納得している。


 そう、本来なら私はこうやって全てが終わった後まで敵対した相手に何かしらの思いを抱き続ける訳じゃない。

 殆ど場合忘れるか、忘れないまでもどうでも良い存在に格下げになる。

 酷い時は顔すら忘れてしまうのだから、人様から「人でなし」と罵られもまぁ仕方ないと思っている。

 内側に入っていない人間に罵られても何も心に響きはしないのだから至極どうでも良いってのが本音である。


 だからこそ「嫌な男」としてフェルシュルグが居座り続ける事が気に食わない。

 好きの反対は嫌いでは無く無関心である。

 まさにタンゲツェッテが私の中で置かれた位置付けのように。

 フェルシュルグをさっさと其処の立ち位置に置きたいというのに、様々な感情がそれを阻害する。


 そして何とも言えないまま気持ちを抱えながら私は墓石の前に立って、フェルシュルグに対して思いを巡らせるのである。


 結局私の中にある燻りや敗北感や悔しさは私だけが感じているものであり、昇華出来るのも私だけだという事なんだろう。

 それが分かっているからってどうにか出来るのならしているんだけどね。


「……いっその事、気の済むまで罵れば、他と同じようになるのかな?」


 考えてみても分からない。

 ……けどダメなんだろうという予感もしていた。

 

「時が解決してくれれば……いいんだけどね」


 弱気と言われれば否定できない消極的な案だという事は分かっている。

 のだけど、それくらいしか解決策が思いつかなかった。


 目の前には墓石代わりに置かれた大きな石。

 表面は滑らかで透明感のあるソレは何処か人の手を入れられたモノのように見えた。

 けどこれはこの森で見つけた魔石の類だった。

 魔力を込めれば多分何れかの貴色に染まるだろう。

 私の魔力を注いでも嫌がらせにはならないからやらないけど……そもそも【闇】を受け入れる事が出来る魔石かどうか分からないのだけれど。


「あ、でも【闇の愛し子】は嫌っていたみたいだから【闇】の貴色に染めれば少しくらい嫌がりそうかな?」


 地味な嫌がらせだけど少しは気が晴れそう。

 そう思い私は墓石に手を伸ばして……途中でその手を止めた。


 数週間ぶりに見た墓石が前見た時と少し違う気がしたのだ。


「透明感は前と同じだけど光沢が出たような? なんていうか『銀メッキ』が掛かっているみたい、な?」


 私は墓を作ってから初めて此処で【精霊眼】を発動させる。

 穏やかであり、危険性が低い場所であるこの森では【眼】を発動させる必要性が無かった。

 けど、こうして異変が起こっている事を見逃したのだから気を抜きすぎだったかもしれない。


 全てが燃え尽き唯一残った二つの勾玉を合わせたような球体は彼の遺品として埋めたけど、何かは分かっていない。

 ただあの高熱で焼き尽くされても残った唯一のモノだから、遺骨代わりにしたんだけど。

 

「(そんな事言わずに調べれば良かったかも)」


 特に魔力も感じなかったしお父様達も何も言わなかった。

 けど時間を置く事で何かしらの効果を発揮する魔道具だとしたら、此処に埋めたのは失敗だったかもしれない。


 まさか生態系に混乱をもたらすレベルの魔道具ではないと思うのだけれど。


 一抹の不安を感じ、私は【眼】を凝らす。

 魔石からは魔力の流れを感じた。

 空っぽだったはずの魔石には今何かしらの魔力が注がれているのは事実らしい。

 だけど……――


「――……特に変な感じはしない? 外気から魔力を取り込んでいるだけ、なのかな?」


 外気から魔力を供給するタイプだったのかな?

 にしてはここら辺には魔力溜まりは存在しないし、そもそもあまり存在しない【光】と【闇】の魔力を感じるんだけど。


 特に危険はものは感じず、私は石に触れてみる。

 魔力は感じるけど、やっぱり特に変なモノは感じない。

 

「考えすぎ――っ!?」


 取り越し苦労に苦笑しつつ手を離そうとした時、石が煌いた気がした。

 けどそれを悠長に思い返している余裕が今の私には無かった。

 何故なら私の周囲を舞っている闇精霊がごっそり石に注がれ、私の魔力も同時に注ぎ込まれたからである……しかも私の意志を完全に無視して。


「ちょ!? なに、これ!」


 突然の魔石の暴走に一瞬混乱するが、石から手を引き剥がす。

 正直その行動だけでどっと疲れが押し寄せてきた。

 強い力で石に押し付けられていた手を振り切って逃げだしたみたいだ。

 

 操られている状態とはあんな感じなのかもしれない。

 逆らう事には相当の強い意志を必要とする。

 意志無き無機物の操り糸を引きちぎるだけでこれだけ疲労したのだ。

 此れが意志ある存在によるモノだったら?

 

 人をコントロールするスキルが恐れられる理由が分かった気がした。


 私の魔力と闇精霊を吸い取った石は銀色に光り輝いている。

 一体これは何だろうか?


 今、石からは恐ろしい程の魔力を感じた。

 もしこの魔力が一気に解放されたら……私もただじゃすまない。


 かなり危険な状況に私は陥っているはずだった。

 

 けれど何故か私は未知の物体に対して「恐ろしい」と思えなかった。

 私の魔力が注ぎ込まれたからだろうか?

 いや『ドレイン系』の魔法やトラップを前にした時、私はもっと警戒した。

 今みたいに警戒心が沸いてこないなんて事は決してなかった。

 

 じゃあ何で?

 どうして私は目の前の魔石を警戒できないんだろうか?

 

「これも一種の魅了だったり?」


 だとしたら魔石として高性能すぎでしょ。

 ……事実だとしたら笑えない。


 私は無理やり一歩下がった。

 理性は体に的確な指示を出しているというのに、本能が動こうとしない。

 反発する両者を無理やりすり合わせても動かせたのは一歩下がる程度だった。

 視線が石から外せないのは理性からの警告のなせる業なのか、それとも本能が望む行動なのか。

 

 それを論ずるよりも次の異変が起こる方が早かった。

 

 銀色に光っていた石の煌きが強くなり、まるで表面を星が走っているような動きに見えた。

 その星のような煌きは段々数を増やし、石の表面を縦横無尽に駆け巡る。

 時折互いにぶつかり、それでも数は減らないし動きも鈍らない。

 けど心なしかぶつかり合うたびに輝きが大きくなっている、気がする。


 不思議な『ショー』を眺めている気分になっていると、今度はぶつかり合った星々が融合し、数を減らしていく。

 そして最後の大きな二つの星がぶつかり合った時、思わず目を瞑ってしまう程の大きな閃光が走ったのだ。

 

「(一体何が起こっているの? この場を離れるべきだった?)」


 理性に従いこの場を離れるべきだったかもしれない。

 未知の物質に対する好奇心が拭えず、本能のままに此処に居たのだけれど、不味かったかもしれない。


「(死ななきゃ問題無い……お兄様達に怒られるかもしれないけど)」


 と、言うか確実に怒られるだろう。

 けど仕方ない。

 死なないならば甘んじて受ける、かも?


 などと考えている事が知られたら更に怒られそうな事を考えている内に光は収まったらしい。

 眩しさを感じなくなり、私は体が問題無い事を確かめつつ目をゆっくり開けるのであった。


「……光球?」


 目を開けると目の前には瞑る前と変わらない情景の中、一つだけ違う事が。

 丁度私の目線の高さにかなり大きな光球が浮かんでいたのだ。

 目を焼く程の光度は無い。

 【眼】で視てみると闇精霊と光精霊が光球の中で渦巻いている。

 光球越しに見えた魔石は再び透明感な空の石となっていた。

 かの魔石に込められた魔力は全て目の前の光球に移ったらしい。

 今度こそコレを警戒しろと言う事、か。


 と思い身構えようとした私だったが、その前に光球が動き出す方が早かった。

 私の胸元に向かってくる光球は早く、腕で払う暇も無かった。

 御蔭で私は光球を腕で抱き留めるような形になってしまい、自ら危険を抱き込む事になってしまったのである。

 辛うじて触れてはいないが、後ずさる事も出来ず、今の私はかなり間抜けな状態だろう事は分かっている。

 分かっているけど、どうしようもない。


「……何と言うか、さっきまでの感傷的な事とか全部吹っ飛びそうなんですけど」


 というか、吹っ飛んだわ。

 別の意味で頭痛くなった気がする。


 ……なるようにしかならない、って事かな。

 幸いにも私には先がある。

 なら今度はもっと上手くやってやろうと思った。

 死ななきゃ次があるのだから。

 最初から上手くできる訳じゃない。

 そんな事錬金術でも魔法でも……何でも言える事だしね。

 

 反省はするべきだ。

 けど昇華して先に進むべきでもあるのだ。


 私は生きているのだから。


「まぁまずは目の前の奇怪な出来事をどうしかしないといけないんだけどね」


 そんな私の心境を読んだ訳ではないと思うのだけれど、一区切りついた途端光球の輝きが増した。

 ポン、という音を立てて破裂する光球。

 ただ破裂したと言っても誰かを攻撃するモノじゃなかったけど。

 

 破裂した光球はどうやら何かを包み込む膜だったらしい。

 思わず差し出した両手にぬくもりを感じ、直ぐに重みを感じた。

 

「……猫っぽい?」


 子猫サイズの猫っぽい生物が掌の中にいた。

 毛並みは黒で目を瞑っているから眸の色は分からない。

 

 ただ、何だろう?

 可愛らしい生物なのに、微妙な気分になるんだけど。

 

 別に私、動物は嫌いじゃないんだけど。

 そりゃ好きすぎて相好が崩れる程でもないんだけどさ。

 

 何と言うか、この目を瞑ってる癖にふてぶてしい笑みとか?

 黒い毛並みが何かを彷彿とさせるような?

 

「……今まで考えていたから、そのせい?」


 何となく『彼』を思い出すんだけど、この猫っぽい生物見ていると。

 産まれて来た場所が場所だし。


「まさか、あの勾玉っぽい球体って何かの卵でした、ってオチだったとか?」


 まさかねぇ?

 ……まさか、ね?


 私は恐る恐る【精霊眼】を発動させると、ゆっくり視線を猫っぽい生物に向けた。

 ……数秒見た後、私は片手で顔を抑えつつ呻き声を上げる事になる。


「絶対とは言えない。言えないんだけど……多分『彼』と同じ魔力を感じる」


 何か弱点は無いかとよく探っていたからこそ分かる……分かってしまう。

 猫っぽい生物から『彼』――フェルシュルグの魔力の欠片を感じる事に。

 大半は私と親和性の高い……私の魔力で構成されている。

 けど分かる。

 私の魔力とは完全には溶け込んでいない“誰か”の魔力がある事が。

 段々溶け合っているからすぐに消えるだろうけど、今はまだ違いが分かる程には残っている。

 その魔力がフェルシュルグのモノであろう事も分かってしまった。


「お前は彼から産まれたのかな? それとも……」


 最後は口にはしない。

 本当にそうなったら困るし。


「この子、魔物じゃないよね? 魔力を元に生まれたし『使い魔』って奴になるのかな? ってかこの世界に『使役獣』って存在するのかね?」


 猫っぽい生物を私は此処に捨てていくつもりはない。

 魔物だった時はその時考えれば良い。

 目指せ錬金術師兼『魔物使い』! ……なんてね?


 理由は分からないけど、この子が産まれた事に私も噛んでいる事だし、産まれて来た生命には否は無いしね。

 連れていく事は確定だ。

 説教される理由が増えるけど、甘んじるしかない。


 子猫っぽい生物は未だに瞼を閉じている。

 ただ息が掌にかかっているから生きてはいるみたい。

 多分魔力が完全に溶け合った時、この子は目を開けるんだろう。

 もうちょっとで『彼』の魔力は完全に溶け込んで消える。

 まぁ消えるって言うと少し違う気がするけど、ね。


「さぁ目を覚まして――眠り姫ちゃん?(性別は分かんないけど)」


 私は猫っぽい生物の鼻先に触れるか触れないか、のキスを贈る。

 同時期に完全に魔力が溶け合い馴染む。

 だからか猫っぽい生物はゆっくりと瞼が開いていった。


 瞼の裏から出て来た銀色と金色の瞳に私は苦笑するしかない。

 この双眸を見ただけで分かったのだ……君が何者なのか、を。 

 

「(さようならフェルシュルグ。――そして初めまして『名も無き君』)」


 フェルシュルグはもういない。

 けど『彼』はそうではないみたい。


 まずは生誕の寿ぎを。

 そして、歓迎の言葉かな? 

  

「生誕おめでとう。そしてようこそ。剣と魔法が支配する楽しくて、けど残酷な世界へ」

 

 末永く宜しくね、唯一の『同胞君』





 これが、妙に息が合いつつ仲が良いのか悪いのか分からないと言われる私と『彼』の始まりの瞬間だった。

 まぁそうなるまでも色々問題があったんだけどね?

 それは、この時の私達が知る術は無い未来の話である。

 

 この時の私はそんな未来の事なんて全く予想すらもしていなくて、ただ目の前の猫っぽい生き物に微笑みかけているだけだったんだけれどね。


 ――騒がしくも楽しい日々を予感しつつ、これからも私は目指すモノのために頑張るのである。



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