第57話・最後の対峙(3)





 私の気迫に呼応するようにフェルシュルグの足元に描かれた魔法陣が一瞬強く光り輝き、その後淡く残光を残していた。

 けど彼は気づかない。

 フェルシュルグの目は真っすぐお兄様を見据えている……お兄様の何かの感情を操るために。

 此処でも幸運が私に味方した。

 足元を疎かにすると思わぬ方法で掬われてしまうものでしょう、フェルシュルグ?

 水柱は魔法陣の淡い光を反射し、フェルシュルグの目には酷く曖昧に映っている。

 それを意図した訳じゃないけど、好都合だった。


 フェルシュルグが何かを発動しようと開くタイミングが私にとっても発動の機だった。

 私は魔法陣に魔力を込めると魔道具を発動させるキーワードを叫ぶ。


「【Spiegel!】」


 私の言葉に呼応して銀色の物質が水柱を取り囲んだ。

 これにより一瞬私達の視界は遮られるけど、銀色の向こう側からフェルシュルグの驚きの声が聞こえて来た。

 と、同時に水柱の上から空に向かって光の弾が飛び出していくのが見えた。

 多分スキルによって生み出された光の一部が筒状の内側を反射していき、開いている上から空へと消えていったんだと思う。

 ……それは私の試みの成功の証でもあった。

 

「精霊なら全てを透過するのも分かりますし、それを防ぐには結界を張るしかありませんわ。けどワタクシはまだ咄嗟に結界に張る力量はありませんし【結界陣】は複数個展開出来ませんの。だから精霊のままだったらワタクシ防ぐ手立てはありませんでしたわ」


 独り言のように呟く私。

 けど多分銀色の向こう側に居るフェルシュルグには聞こえているはずだ。

 だってこの壁は音は遮断していない……出来ないのだから。

 

 もし光が銀色を抜けてくるのなら私がお兄様を庇って前に出るつもりだった。

 私は何故か光を吸収してしまうから、盾になる事くらい訳なかった。

 その心配は無用だったようだけど。

 

「けどこれは『光信号』だと貴方は仰っていましたわ。つまりワタクシが創りだした光の球と似たようなモノ。なら物理的に反射する方法を考えれば良いという事になりますでしょう?」


 銀色が一時的にひく。

 まぁ魔力を込めてキーワードを叫べば再び簡単に発動するけど。

 銀色がひいたために見えたフェルシュルグの表情は驚愕と、少しだけ苛立ちを読み取る事が出来た。

 フェルシュルグの放った光は拡散したが故に今彼の周囲には光精霊の姿はなかった。

 一部は空に逃げたようだけど、大部分の光は反射してフェルシュルグに直撃したのだろう。

 彼は防ぐためか、それとも別の意味でか、周囲の光精霊が枯渇する程の何かをしなければならなかったのだ。

 それはイコールでフェルシュルグの本当の姿が露わになったという事だった。

 

 漆黒の髪に銀色と金色の眸を持つ端正な顔立ちの少年。

 その姿は確かに私を害し、憎悪で持って見下ろしてきたあの男性の姿そのものだった……ただ年かさが少々ズレているのは、あの時あの場に居るために偽装したためなのだろう。

 年が違ったとしても双眸の色味や髪の色、そして顔立ちを考えれば別人と言い張るには無理があった。

 彼は私を害した場に居た実行犯で間違いなかった。

 私は言葉を紡ぎながらお兄様に視線を流すとお兄様は意図をくみ取ってくれて頷いてくれた。


 これで確認は完了だ。


 後は彼を確保、最悪排除するために動くだけだった。

 

「ガラスに『アルミホイル』で何が作られるか。……貴方なら分かりますわよね?」


 勿論ガラスに傷一つ無い状態であり『アルミ』も皺一つ無い状態でないといけないなど、色々な条件を揃えないと綺麗に人を映す事はできない。

 けれど多少歪もうとも、透明なモノと銀色のモノがあれば創り出す事は出来る――“鏡”を。


「本当は水柱だけでも光を反射する事は出来ますわね。……けれど『全反射』を起こすには光が入る角度を計算するなど、それこそ研究を重ねないといけませんわ。短期間で成し得る事は到底できない。けれど“鏡”ならば光を反射する事も出来たという訳ですわ」

「だけどな、たかが液体が二種類だ! なのに何故『光信号』を全て反射する事が出来た!」


 そう、所詮こんなモノ机上の空論ですらない。

 物理的に透明な氷と銀色の液体ならともかく、二種の液体で本当に光を全反射できるのだろうか?

 『地球』で培った『科学的』な知識と常識を考えれば簡単に答えは出てしまう。


「『科学的』には難しいでしょうね」

「そうだ! 何でこんな無茶苦茶が成功したんだよ!?」

「……やはり貴方様の心は“この世界”のモノではないのですわね」


 自分で言っていた。

 けれど肉体はこの世界で生まれ育まれたはずなのだから。

 幾ら故郷は『地球』だと考えていても、この世界の理に私達は支配される。

 そこに思い当たらない彼はまことの意味で“この世界”の住人とは言えない。

 それを寂しいと思う資格も無いし感じるつもりもないけれど。


「この世界は『科学』ではなく神々がおり【魔法】が存在する。世界の理もまた『科学』よりも【魔法】が優先されますわ。そして【魔法】とはイメージを優先し“思い描く事”で現実世界に時に現象を起こし、時に具現化する事が出来る力」


 私が無茶を通す事が出来た理由。

 錬金術師としても未熟どころか足を踏み入れようとしている程度のレベルの私が【プラネタリウム】を創る事ができた理由。

 

「つまりこの世界の【魔法】は何よりもイメージが優先される代物なんですの」

「それがなんだっt……マジかよ」


 私の言いたい事が分かったらしい。

 やはり娯楽に溢れた『地球』で生きていただけある。


 私達の考えるファンタジーにおいての『魔法』とこの世界の【魔法】にはあまり違いがないように思う。

 そりゃもっと厳格に一寸の狂いも無く構築される場合もあるし、そもそも『魔法』を物理学的に分析し使う、なんて話もあるかもしれない。

 けれど、この世界はそういった話から考えるともっと緩い。

 思い描く、想像する力がモノを言うのが、この世界においての【魔法】である。


 この世界は『科学』では説明出来ない事も可能とする。

 例えば、液体しか存在しないのに光を全反射する事を可能としたり。

 波紋一つたたない水柱を発生させたり。

 そういった『地球』では決してあり得ない事もこの世界の【魔法】は可能とするのだ。

 ……今の私はそうである事を感謝しているのだけれどね。


「鏡が持つ“光を反射”する要素だけに特化させた魔道具。それが此処に仕掛けてあったモノの正体ですわ」


 私は取り敢えず水柱も解除する。

 音もたてずに水柱が解除され、辺り一面が水浸しになる。

 植物に水の与えすぎはいけない気がするけど……後で庭師に謝らないとね。

 それでも此処でなきゃいけなかった。

 彼を完全に排除するためには。


「――つくづくありえねぇ。どんだけ無茶苦茶なんだよ、この世界は」

「【魔法】の万能性についてはワタクシも空恐ろしいモノを感じますわね。少なくとも『科学的』に考えればこんな真似絶対に無理なんですもの」


 イメージ優先であるがために、イメージできなければ魔法は発動しない。

 それが制約と言えば制約と言える。

 むしろ今まで使った事の無い魔法をどうやってイメージすれば良いのだろうか?

 オリジナルの魔法が難しいのはそこら辺も理由なのかもしれない。

 

「(そういった意味では私達異世界の知識を持つ人間はチートと言える。だって私達は炎の色が変わる理由を雷が発生する原理を、様々な現象を引き起こす理由を“知って”いるのだから)」


 『テレビ』などにより映像として得た様々な知識はこの世界では強みとなる。

 それに気づいた時、私は異世界から来た人間が文献に載る程の功績を築いた理由の一端を知った気がした。 


「ただワタクシが鏡の構造を知らなければ、特性を知らなければ思いつきもしなかった方法ではありますけれどね」

「鏡の特性、か。……『アルミホイル』とガラスで鏡を作るって、アンタ、ガキじゃねぇんだからよぉ」

「あら。残念ですけれど、ワタクシは子供ですわよ?」


 『地球』では勿論の事、この世界でも私は子供でしかない。

 考える方法も導こうとしている末路も子供が考え目指すには血腥いし腹黒いと言えるけどね。

 外見的に言えば子供である事を疑う人はいない。

 そういう意味ではフェルシュルグも子供の域ではあるけれど……今更かな?


 軽口を返しつつ私はフェルシュルグの雰囲気が僅かに変わったのが気になった。

 諦観を滲ませて色々なモノを諦めた様子だったフェルシュルグ。

 流石にスキルを破られた時は苛立ちを感じたようだったけど。

 今の彼からは破滅的な雰囲気も苛立ちも感じられなかった。

 諦観は相変わらず滲ませている。

 けれど自暴自棄にも似た破滅的な空気が薄まっているのだ。

 年相応に口の悪い子供のようというには少しばかり諦めている雰囲気が引っかかるけど、今の彼を外から見れば普通の子供だと思う人もいるのではないかと思う。

 一体この短期間で何があったのか。

 理由は分からない。

 けど確かに今のフェルシュルグは少し今までとは違う雰囲気を纏っていた。


「かんっぜんに外見詐欺じゃねぇか」

「失礼な事をおっしゃる方ですわね」

「不敬は今更だからな。好きに言わせてもらうさ」

「……随分吹っ切れたみたいですわね」


 思わずそう言ってしまう程には開き直ったというか、吹っ切れたというか、言葉に表しずらい変化を彼は遂げていた。

 何をしでかすか分からない危うさは消えているのに「警戒しろ」と心が警告してくる。

 急に何かをしでかすかもしれない、というのは先程と同じなのに、警告音は先程よりも余程強くかき鳴らされていた。

 

「吹っ切れた、というよりも分かったんだよ」

「……何を、ですの?」


 警戒心で体が強張る。

 もう笑顔を作り余裕ある姿を演ずる事も出来ない。

 驚く程此方に対する敵意も殺意も感じないのに、このままじゃいけないのではないかという疑惑が込み上げる。

 笑み深くなるフェルシュルグを見ていると嫌な予感が騒ぎ立てる。

 後は彼を確保するだけだというのに。

 【精霊眼】で視ても彼の指先には光精霊は視えない。

 彼がスキルを使うつもりはないと分かっているのに。

 ――あれ? そういえば。

 何で彼の周囲を嫌という程舞っていた精霊が居ないの?

 光精霊が私達を避けている?

 そんな馬鹿な。

 私は何もしていないのに、彼だって驚く程の精霊を纏っていたのに。

 先程彼がスキルを使った時だって、周囲から精霊たちは消えなかった。

 一部がスキルとして『光信号』になったとしても全ての精霊が変換された訳じゃない。

 常に彼は精霊達と共に在ったというのに。

 どうして今、彼の周囲には精霊がいないの?

 一体どこに?

 意図的に遠ざけたとしたら、なんのために?


「(スキルは常に指先から発動していた。けどあれがフェイクだった? いえ。その可能性は低い。今の立ち位置的に私に知られずお兄様にスキルをかけるためには私達の背後から発動させる必要がある。離れた場所から発動して遠隔操作するなんてスキルという概念を知らない彼には難しいはず)」


 なら一体何故?

 思考が纏まらないまま私は周囲に視線を走らせる。

 お兄様の周囲に問題はない。

 空も光精霊以外の精霊が飛び交っている。

 地面は水が反射して光っているけど問題はないはず――いや、違う!

 明らかに太陽光を反射する以上に光っている。

 湖でも川でもただの無数の水溜りが。

 

「(……そうか! 彼のスキルは光精霊を操る事だとしたら。それは決して『光信号』を生み出すだけが攻撃方法じゃない!)――お兄様離れて!!」


 『科学』の知識があれば光は武器となる。

 しかも殺傷能力が高い武器に!


「【闇の精霊! お願い力を貸して!!】」


 私は咄嗟に闇の精霊に頼み光を吸収する壁を生み出す。

 これでどれだけ防げるか分からないけど。

 けれどある程度吸収さえ出来ればお兄様に渡した魔道具で防げるはず。

 今この場は【結界陣】の発動範囲外だから、反発する事も無いはずだ。

 

 一瞬で迎撃の体制を展開した私はフェルシュルグを睨みつけるように見据えた。

 けど私はフェルシュルグの様子に驚愕し目を見開く事になってしまう。

 だって彼からは攻撃の意志が全く見えなかったのだ。

 攻撃する体制を取ってすらいなかったのだから。


 彼は笑っていた。

 苦笑に近いモノだけど、穏やかに。

 今まで見た事の無い彼の表情に私は虚を突かれる。

 同時に私は彼の笑みから多くの事……彼の次の取るであろう行動すらも読み取ってしまった。

 

 彼の次の行動を見誤った私は彼の真意に気づいても次の行動を防ぐ事は出来なかったのだ。


 フェルシュルグの口が何事かを紡ぐ。

 

 その言葉に呼応して水溜りに潜んでいた光精霊が一斉に光に変換される。

 水溜りを光度を増幅させるために使用し、眩しさに目を覆いたくなるような光度となった光の数々。

 それを一斉に向けられれば私達は一たまりもないかもしれない。

 実際お兄様は防ぐために行動を起こそうとしていた。

 お兄様は『科学』を知らない。

 だから光が増幅されて『レーザー』のような凶器になる事を認識している訳じゃない。

 けれどフェルシュルグのスキルによって生まれた光の数々が自分達を害する危険性を本能的に嗅ぎとったのだ。


 お兄様の行動は間違っていない。

 むしろ反射的とはいえ其処まで動けた事はスゴイ事なんだと思う。


 けれどフェルシュルグの真意に気づいてしまった私は同じ行動を取れなかった。


 私の言動はお兄様とは真逆と言えるモノだった。


 フェルシュルグが最後の言葉を紡ぐ前に私は手を伸ばしたのだ……彼を止めるために。  


「ダメェェェェェ!!」

「【ブレーション】」


 スキルを発動する言葉が彼から紡がれた。

 数多の増幅された光が一斉に向かう……彼自身へと。

 光は収束され光柱となりフェルシュルグを中心において立ち上がる。

 まさに閃光と言える光度に目が眩む。

 けれど私は目を閉ざす訳にはいかなかった。

 目の前で人が自殺する様を見るなんて冗談じゃない。

 私は自ら命を捨てる行為が大っ嫌いなのだから!


「【闇の精霊! もう一度力を貸して!】」


 周囲を舞う闇精霊によって光を吸収してもらおうと呼びかける。

 私の願いに呼応した精霊達が一斉に光柱に向かう。


 けど、ダメだった。

 少し光度が下がる効果はあった。

 けどそれだけだった。

 水溜りにより増幅された圧倒的な光の力に対抗できる程の闇精霊はこの場には存在しない。

 私は闇の魔法を使う事は出来ない。

 目の前で光り輝く柱を打ち破る手段は……今の私にはない。


「――『ドラマ』の犯人が自殺するってのもある意味で定番だろ?」


 光度が弱まり、透き通った光の向こう側にフェルシュルグが見えた。

 さっきとは立場が逆転したような光景だと思った。

 苦々しい顔で相手を見ている私と悠然と笑みすら浮かべているフェルシュルグ。

 高光度の光だというのに未だに彼が喋れているのは彼のスキルによってどうにかしているんだと思う。

 けど熱量を感じない訳がないはずなのに。

 彼は穏やかに、笑っていた。

 やけにすっきりした顔で……私の大嫌いな笑みで。


 パチパチと彼の服の端に顔の近くに、彼方此方で火花が散っている。

 あれでは何時か彼の服に引火し服が燃え、その炎は最終的に彼自身を飲み込むだろう。

 それを狙っていたのだ。

 ありったけの光精霊を光に変換して、フェルシュルグはこの光の柱を作り出した。

 自殺を止められないように。

 『彼自身』の望みを叶えるために。


 ギリっという音が奥歯から聞こえる。

 私では彼のコレを打ち破る事は出来ない。

 彼は自分の願いを成就させようとしている。

 私の大嫌いな“自ら命を絶つ”という方法で。


 穏やかに、笑みすら浮かべて彼は逃げ出すのだ……生きるという事から。


「(あぁ、本当に私は彼が嫌いだ。私の予測は何も間違っていなかった)――私は……――」


 私はありったけの怒りを込めてフェルシュルグを睨みつける。

 今、怒りに温度があれば、彼は私の放つ怒りの温度で焼き殺す事が出来るであろう強さで。


「――……アンタが大嫌いだ!!」


 淑女――貴族――としてとか、キースダーリエ――肩書――としてとか……そんなモノはどうでも良い。

 “私”としてありったけの感情を込めてフェルシュルグに言葉と共に怒りを叩きつけたのだ。


 けれどフェルシュルグはそんな私の言葉を受けて更に笑みを深めるだけだった。


「気持ちわりぃ取り繕いされるよかよっぽどマシだっての。アンタは俺を完全に切り捨ててた。無関心ですらあった。けど今はそんな事できねぇだろ?」


 本当に苛々する。

 嫌いな相手だった。

 排除しても忘れる事は出来ないと分かっていた相手だった。

 だというのに、最期までこうして私の大嫌いな方法を取られるなんて。

 一生忘れるなと言われているようだった。

 吐き気すらしてくる気がする。


 フェルシュルグは苦しさを一切感じさせずになおも笑う。


「ざまぁみろ! そこらへんに落ちてる砂金粒になる気はねぇ。俺だけ此処まで引きずるなんて不公平だからな――『犯人』らしく不遇な境遇って奴でも話してやろうか?」

「必要無いわ!」


 必要ある訳がない。

 死ぬ人間の何を聞けと言うのか。

 境遇に同情なんてする訳がない。

 私がそんな人間なら、とっく調べている。

 不遇な『同胞』の境遇に同情して、何かしらの行動に出たかもしれない。

 けど、私はそんな事しない。

 私にとってフェルシュルグの境遇などどうでも良い事だった。

 彼がただ自ら選んだ結果、私と敵対したという事実だけあれば良かった。

 私がこうして数多の選択肢からこの道を選んだ先にいる彼を唯一の理解者として受け入れる事は無いという事だけは分かっていたのだから。

 彼はそんな私の考えを何処まで読み取っているのか、私の返答にも全く堪える様子が無かった。

 むしろ「らしい」とすら思われている気すら感じた。


「だろぉな。敵対した相手の事情なんて聞いても欠片の同情もしねぇタイプだろ、アンタ。……少しばかし羨ましいと思わなくも無いな」

「私は今のアンタに吐き気すらするっ」


 吐き捨てるように言った私にフェルシュルグは笑い声すら聞こえてくる程笑っている。

 死に逝くのは相手だというのに。

 目が眩む程の怒りを抱いているのは私の方だった。


 【闇】で打ち破る事は出来なかったのだから【水】も【風】も無理だろう。

 【光】をぶつけても無理だ、もしかしたら勢いを増長する可能性すらある。


 死に向かっている彼を止める事が彼にとって最大の屈辱となるのに、取れる手が無い。

 目的が幾ら達成されようとも私個人は負けたとしか思えない。


 最後の最後で私は詰めを誤ったという事だった。


「――本当に死にたがりのアンタなんか大嫌い」


 私の傷を抉るだけ抉って、勝ち逃げするアンタなんか大嫌いだ。


 フェルシュルグは最期の時まで笑っていた。

 熱いはずなのに、全く感じさせず。

 死ぬ恐怖だって感じないはずがないのに。

 それでも悠然と、いえ飄々とすらして自らの命を絶とうとしている。

 

「……――俺も大嫌いだよ。……――」


 光の柱の中で彼方此方に火花が散っている。

 その数はどんどん増えて、同時に彼の周囲に炎すら現れ始めている。

 そんな中で彼は笑っている……ムカつくくらい憂いも無く、いっそ年相応に。

 お互いに嫌いと言いあっているのに、まるで友人がじゃれあっているかのような甘さを孕んで。

 ……それは多分今の彼が『彼』の本当の姿だったと分かってしまったが故にそう聞こえただけかもしれないけれど。

 ここにきて私と『彼』は色々な事が分かる程近づいていたのだ。

 本当にムカつく事に『彼』は何処まで私の理解者となったのだった。――多分『彼』にとっての私も。


「――……唯一の『同胞』」


 


 ――その身を炎に巻かれても笑い逝った『彼』の最期の言葉は子供のような友人のような甘さを孕み唯一の『同胞』である私に対する割り切れない優しさと甘さを込めた忘れる事の出来ないムカつく言葉だった。  



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