第56話・最後の対峙(2)




 フェルシュルグは私達が初めて邂逅した中庭に居た。

 彼自身がこの場所を覚えているかは分からないけど。

 

 荒い呼吸を整えているフェルシュルグ。

 スキルをある意味で強引に破られたフィードバックが来ているのか、何処か憔悴しているように見えた。


「(それとも乱れた心に苛まれているのかな?)」


 『地球』を唯一の故郷と考えている彼にとって、それを思い出させる演出と魔道具はさぞかし心を揺らした事だろう。

 冷静さを奪う目的もあったアレ――【プラネタリウム】――はどうやら私が思う以上に彼を動揺させたらしい。

 『私』同様に思い入れでもあったのかな?

 ……まぁただ初めて目にした『地球』での『機械』に酷似した物体に不意を突かれたって所だろうけど。


 心が乱れればスキルを維持する事は難しくなっていく。

 幾らホールを出て周囲に精霊が舞っていたとしても、スキルを使いこなす精神力が無ければ意味はない。

 このまま放っておいても彼は真の姿を現すかもしれない。

 けど、確実にフェルシュルグの姿を暴かなければいけない。……フェルシュルグを排除するために。


「フェルシュルグ」


 私は敢えて気配を消す事無く、真っ向勝負でフェルシュルグの前に姿を表す。

 此処まで来てしまえば奇策を用いても無駄だ。

 出来れば、動揺している彼から更に余裕を奪い、スキルを完全に破る。

 最悪スキルを維持出来なくなれば本来の姿を暴く事は出来る。

 勝算は決して低くはない。

 ――それに冷静さを取り戻したとしても手がない訳じゃない。


「…………」


 此方を向いたフェルシュルグは一瞬口を開こうとしたが、お兄様の姿に気づいたのか、口を閉ざす。

 どうやら彼は私以外の人間の前では話す事は出来ないという風に装っているらしい。

 けれど、そんな事私の知った事ではない。

 

「お兄様は知っていますわ。貴方が話す事が出来る事も貴方が何者なのかも、ね」

「……自分の事も話しているとでも?」


 私の言っている事が嘘ではないと分かったのか、意外とあっさり口を開くフェルシュルグ。

 何か策でもあるのだろうか?

 少しだけ警戒しつつ私は彼から余裕を奪うために口を開く。


「さぁ、どうでしょうか? もしかしたら貴方様が変わった経歴を持ち、それ故に警戒すべき人間だとしか伝えていませんかも?」


 クスクス笑いながら言っている姿は多分、悪女そのものな気がする。

 あれ? 今度は私が悪役令嬢かな?

 その場合今度はフェルシュルグのキャストがミスキャストな気がするけど。

 いい加減性別の壁を越えちゃダメな気がする。


 そんなどうでも良い事はともかく、このままだとフェルシュルグが冷静さを取り戻してしまう。

 それじゃあ困るんだよね。

 まだまだ混乱してもらわないと、ね?


「あぁ、そういえば【プラネタリウム】に特別な思い入れがあるかもしれないとお伝えしたかもしれませんわね」


 魔道具の名を出せば面白いくらい動揺してくれた。

 どうやらかの魔道具は相当彼の心を揺さぶったらしい。

 【精霊眼】で視れば一発で分かる。

 彼の周囲に集まってきていた精霊が一瞬で散った事に。


「あら? 随分動揺なさっておいでですのね。そんなにお気に召されませんでしたか? 【プラネタリウム】は?」

「……兄の前だというのに随分本性をさらけ出しているんだな」

「失礼ですわね。本性をさらけ出すなど。その言い方ではワタクシの普段の姿は全て演技で、素は見たもの全てが目を背けるような恐ろしい性格をしていようではありませんか」


 確かに人間として破綻している部分を持っている自覚はあるけど。

 別に誰彼構わず、精神攻撃をして回るようなドSな性格はしていないですけど。

 第一私がフェルシュルグに対して容赦がないのは貴方が私と敵対しているからですけど?


 いやまぁ自分の性格が良いなんて口が裂けてもいえないけど。

 一瞬お兄様に嫌われたらやだなぁ、とか思ったけど。

 後ろでお兄様が「まぁ敵対している相手だしね。正直僕にとっては可愛くて頼もしい妹でしかないから」と言ってくれたし、大丈夫。

 

「良い性格とは言えないと思うが?」

「残念ながら自分を良い性格だなんて思った事はありませんわ」

「タンゲツェッテと取り巻きには特大の猫を被っていると言われていたが?」

「あらあら。初対面の相手に対してある程度愛想良く接するのは人間関係を円滑に回すためには必要でしょうに。初対面の人間に対して素で接する人間なんて早々いませんわよ? いるとすれば分別もつかない子供か、それこそアホウだけですわ」


 暗に取り巻き連中をアホウか幼稚だと言っているんだけど、否定は出てこなかった。

 これだけでフェルシュルグがタンゲツェッテ達をどう思っているかは分かるんだけどなぁ。

 ただこれだと最悪フェルシュルグが不敬で退場させられるだけなんだよね。

 ちょっとそれは頂けない。


「『社会人』なら誰でも出来る嗜みですわよね?」


 本音と建て前を使わないと人は生きていけない。

 全てをさらけ出して生きていくなんて理想ですらない。

 今は子供だから許されているかもしれないけど、それも何時か通じなくなる。

 そもそも貴族なのだから、子供でも許されないのではないのかなぁと思うんだけど。

 大人に対しての猫かぶりとか媚びを売るって言うか初対面に対しての社交術とは考えないらしい。

 そこら辺、私を嫌っているからなのか、子供らしい過ぎる潔癖なのかは分からないけど。


 私はフェルシュルグが動揺しそうな単語を混ぜながらも、確実に目的を達するために誘導する先を思考する。

 というと大げさだけど、私の言葉に動揺しまくってスキルが解除されれば簡単なのになぁと思っているだけだけど。


「『社会人』か」

「ええ。この程度で猫かぶりなどと言われては心外ですわね。子供だからと言って何もかもさらけ出すなど、浅はかにも程がありますわ。ワタクシ達は貴族として生まれてしまっているのですから」


 私はチラっとお兄様の方を見る。

 お兄様は私とは違い生粋の貴族の生まれであり、次期当主だ。

 だから平民の生活なんて表面を知る事しか出来ない。

 本当の苦労などは一生知る事は無いだろう。

 同じように平民が貴族の苦労を知る事も一生無いのだけれど。

 

「それを望まれているという事はワタクシに愚か者になれと言っている事と同義。……その事に気づきもしておりませんけどね」

「大方、噂と違う理由を猫かぶりなどと言って自分を正当化しているだけだろうね。全く真実を見ようともしない事がまず愚かだというのに」


 「ダーリエ自身を見れば少しは自分を鑑みると思ったのだけれど」とぼやくお兄様に私は思わず「その程度で自らを省みるような方なら、あのようなふるまいは出来ませんわ」と言ってしまった。

 実際自分を省みる理性があるのならば、今回のパーティーに招待すらされていないし。

 それよりも私には気になる事があった。

 ……フェルシュルグが静かすぎるのだ。


「……貴方様の主でしょうに。随分静かですのね?」


 忠誠を誓っていない事など最初から分かっていたけど、まさか此処まで主をこけにされて何も口出しをしない程破綻しているとは。

 自己保身の側面があろうとも形だけでも苦言を呈してくると思ったのだけれど。

 此処には居るのは私だけではないというのに。


 フェルシュルグは静かだった。

 冷静さを取り戻したように見える彼に内心舌打ちをする。

 更なる動揺を誘うつもりが、逆に冷静さを取り戻させてしまったらしい。

 彼が此処まで自己保身を考えていない事はちょっと想定外だった。

 死にたがりの部分はあると思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった……思いたくなかった。

 

「(本当に嫌な男)」


 死にたがりは本当に嫌いだ。

 多分今の私は相当厳しい表情でフェルシュルグを見ている……睨みつけていると思う。

 表面を繕う事も少し厳しい。

 それほどまでに私はフェルシュルグという男が気に食わないのだ。

 嫌いな人間の思考を読み解く事は難しい。

 今も平静なフェルシュルグから感情を読み取る事が出来ていない。

 ただ対峙するたびに彼の中から私に対する敵意が薄れていくのが気に食わないし、此方の苛々が募るだけだった。


「……兄という理解者が居るから“必要ないのか?”」

「それはまた、突っ込んできますわね」


 本当に彼は私を完全なる敵として見れていないのだろう。

 今の言葉も何処か縋るような感情がこもっている様に感じた。

 唯一無二の『同胞』

 心に巣くう飢餓感と絶望感を唯一癒す事が出来る存在。

 

 私にとっては二度会う事は無い砂漠の中から見つけた砂金粒。

 彼にとっては最後の砦であり縋る場所。

 

 優先順位も重要度も桁違いだとは思う。

 けれど、そんな価値観が同じになる事は無い。

 自分と同じ価値観だと考えて、今のこの立ち位置に理由を求められても困るのだけれどね。


「お兄様がいるから、という意味では「yes」と言えますけれど、理解者だから、という意味では「no」ですわ」


 別に私にとって理解者では無かったとしても、私にとってお兄様が大切な人である事実は変わらない。

 

「心を巣食う飢餓感は当然ありますわ。それが『同胞』である貴方という事で満たされるという事も事実ですわね」


 それは確かに純然たる事実だった。

 『同胞』とはそういう事なのだから。

 だとしても一体どうして其処まで私に対して情を抱けるのか、疑問だった。

 私は何度も切り捨てているというのに。

 状況が違えば手を取り合えるとでも言うのだろうか。

 ……そんな事有り得なかったというのに。

 

「けれど、例えワタクシに対する危害やワタクシの大切な人達に対して何かしらの害を加える事という事実がなくても、ワタクシは貴方を受け入れはしなかったと思いますけれど」


 根幹的な考え方が違いすぎる。

 だってこうして敵対してお互い後がない状況なのに。フェルシュルグは未だに私を完全に見限っていない。

 縋る気持ちが欠片でも残っているのは、情にあついのか、それとも別の理由か。

 そこら辺は分からないけど、死にたがりの上、そんな割り切りも出来ない人間と一緒に居続けるのは難しいと思う。

 少なくとも『同胞』である事だけを理由に一緒に居る事は何時か出来なくなっていたはずだ。

 

 幾ら飢餓感が満たされて、絶望感が癒されても、今度は色々な所が眼についてくる。

 それらは何時か修正出来ない歪みとなってお互いの身に降りかかるだろう。

 その時私達だけが自滅するならともかく、周囲を巻き込んでどうすると言うんだろうか。

 

 そうなったと仮定した時、この世界に未練の無い私なら完全に割り切り笑顔で逝くかもしれない。

 けどフェルシュルグは違うだろう。

 最後の最後に正気に戻って、悔いたまま逝く事になる。

 ……そんな馬鹿みたいな結末を迎えると予測できるのに共にいる?

 自殺志願だけじゃなくて破滅願望もあるのかしらね?


「飢餓感を満たす存在も絶望感を癒す存在もいりませんわ。そんなモノ何時か飼いならしてしまえば良いのですもの。だから何度でも言わせて頂きますわ――ワタクシに『同胞』は必要ない、と」


 僅かに揺れるフェルシュルグの眸が彼が私の言葉に傷ついている事を教えてくれた。

 こんな私の言葉にすら傷つくような繊細さを持ってよくタンゲツェッテと行動を共に出来るよね、彼。

 いや、彼の場合心が殆どこの世界に無いから私の言葉だけが此処まで彼を傷つける、のかもしれない。

 

 メンドクサイ事になっているとは思う。

 敵対していなければ難儀な人間だと長い目で見る事も出来たかもしれない。

 彼の死にたがりの部分がこの世界によって培われたのならば抱く思うも変わったであろう事は分かる。

 死にたがりの部分さえなければ、私だって彼という存在を此処まで嫌い、絶対に相容れないなんて思わなかったかもしれない。

 まぁどんな事を考えようとも意味のない“IF”でしかないけど。


「ありもしない『IF』に縋って無様な姿を晒すくらいなら、目の前に現れないでほしかったですわね」

――お互いに良き結果とはならないのだから。


 本当に何度、言えば良いのだか。

 そろそろ完全に割り切ってほしい。

 動揺してほしいとは思うけど、こういう方向を望んではいない。

 ……このままだと妙な方向で思考が固まってあまりよくない傾向に陥る気がするし。


 と、思い修正しようと思った時にはちょっと遅かったらしい。

 フェルシュルグの表情から色々なモノが抜け落ちる様に消えた。

 それは多分迷いとか、憂いとか、良くも悪くもこの世界に対する執着心と言ったモノ。

 失っては生きていないモノだったのかもしれない。


 今、彼は明らかに色々なモノを諦めた。

 

「(ちょっと気づくのが遅かったか)」


 妙な方向に振り切れた彼を動揺させるのは難しいかもしれない。

 ……違う手段が必要なる、か。


 あるモノの存在を確かめるように胸元に触れる。

 硬い感触に安堵し、上手く話を進める事が出来なかった事に苦い思いが込み上げる。

 だが、自省するのは後だ。

 今はどんな手を使っても勝利を掴む事に全力を注がないといけない。


「――本当に嫌な男」


 小さな声は多分誰にも聞こえていない。

 けど、自分の心境に私が気づいた事を理解したのか、フェルシュルグが薄っすら笑みを浮かべる。

 心から理解できるわけではないのに、抱えるモノが同じが故の読み合う事が出来る矛盾。

 本当に『同胞』とは嫌な存在だと思った。

 唯一の理解者になるか最悪の敵となるか。

 まぁ私とフェルシュルグの場合、余程の事が無い限りは最悪の敵となる道しか無かっただろうけど。

 

「もう何を言っても動揺しなさそうですわね。……執着を捨てた人間には何の言葉も響きませんもの」

「――全てを捨てた訳じゃねぇよ。けどまぁ、最終的にアンタに勝てないって事を理解しただけだ。そして、その場合でも『俺』の目的は達する事が出来るだろうって事もな」


 タンゲツェッテと何かしらの契約をし平民ながら傍仕えとなっていたフェルシュルグ。

 けれど今の彼からはそんな様子が欠片も見えない。

 後ろでお兄様の息を呑む音が聞こえる。

 まるで別人になったかのようなフェルシュルグの変貌に追いつけないんだろう。

 私でもちょっと驚く程の変化だったのだから。

 ただ今のフェルシュルグは多分「フェルシュルグ」じゃない。

 なら誰なんだ? と聞かれると答えに困るけど。

 しいて言えば『地球』の名も無き男性と言った所か。


「(本当に何をしでかすか分からなくなった。だって今の彼は得にならなかったとしても気持ちの赴くままに何かしでかす危うさを感じる)」


 自暴自棄とはちょっと違う。

 どちらかと言えば解放され自由になったと言った方が近い。

 今、彼は自分の思う事をそのまま躊躇わずに実行に移すはずだ。

 ……自分に対して先を考える必要がなくなったのだから。


 自然と私は身構え、それにともない空気が尖る。

 笑顔を保つ事が出来ていないのが分かる。

 けれど読みが効かない相手に対して笑顔でフェイクをかませる程、自分の力量にも読みにも自信も余裕も無かった。


 そんな私にお兄様の空気も自然と硬くなる。

 けどフェルシュルグはむしろ笑みを深めている。

 

 形勢逆転


 嫌な汗が背筋を伝う。

 計画が完全に破られた訳では無いのに、嫌な結果が頭を過る。

 私はそれを慌てて振り払う。

 はっきり言って此処で弱気になれば勝てるモノも勝てない。

 まだ万策尽きた訳では無いのだ。


「(私は負けない)」


 緊張感を孕み雰囲気が硬い私達とは裏腹にフェルシュルグは泰然としていた。

 けど、それは安定性があるという意味では無く、どこか不安定で揺らぎのようなモノが感じられる雰囲気だった。


「別に対した事はしねぇよ。ってか出来ねぇと言った方がいいか。状況的には……俺が断崖絶壁に居る犯人でアンタが探偵。後は俺が捕まってエンドだ」


 投げやりのようでいて、何処か嘲笑を含んだ、全ての感情を読み解く事は難しい声音に舌打ちしたくなる。

 口調も変わっているし、多分これが『彼』の素の状態なのだろう。

 『向こう』ならどこにでもいる少年だったのかもしれない。

 漠然とだが分かる事もある。

 そう、私は分かってしまった……『彼』は何処までもこの世界の人間では無かったのだ、と。

 『彼』にとってこの世界はさしずめ、目覚めれば忘れる夢の中と言った所か。

 そこまではいかなくとも、現実感を伴った実感は無いのだろう。

 ……その頬を引っぱたいて、痛みと共に此処が現実だと怒鳴ってやりたくなる。

 そんな事で彼の認識と現実が一致するとは思えないけど。

 

「まぁ『ドラマ』らしく色々白状すっか――というか、俺を捕まえてもあの家はびくともしねぇと思うってだけの話だけどな」


 突然何を言い出すのかと思えば、フェルシュルグは顔に微かな嫌悪をのせて、そんな事を言いだした。


「俺は確かにタンゲツェッテの傍付き、と対外的には言っていた。けどまぁ実際平民である俺を受け入れる訳も無く、何の契約も俺達の間にはなされていない。だからまぁ、アイツ等は俺をトカゲの尻尾切りで切り捨てると同時に全て俺に唆されたのだと方々に触れ回るつもりだ」


 ペラペラと本当に『ドラマ』の犯人のように話し出すフェルシュルグ。

 真実を言っているか、どうかを今この場で判断する事は出来ないけど、マリナートラヒェツェならやり兼ねないとは思った。

 本当にそう考えているのなら愚かしい事だけど。


「バッカ見たいだよな。それって、つまりは平民の俺に騙される程度の知能しか持ってないって言っているだけじゃねぇか。自分達が見下している平民にしてやられたとか自分で言ってる事に一切気づいてねぇでやんの。幾ら俺に特殊能力があったとしても、今度はそれにやられる程度の実力しかねぇって事なのにな?」


 ……彼の言葉の一部分が少しだけ引っかかった。

 もしかしてフェルシュルグは【スキル】という概念を知らない?

 

 確かに彼が教えられる事無くそれらを知る方法はない。

 ただ『地球』での知識によって『超能力』や『魔法』と言ったモノに近しいファンタジーな能力だと認識しているだけなのか?

 使い方は脳裏に浮かび上がるが故に言葉の概念を知らなくても使う事は出来る。

 とは言え【ステータス】も使えないのなら詳細を彼は知る事は出来ない。

 もし自分の使っているのは【スキル】であり、攻略方法が存在するとは思っていないとしたら。

 そこに隙が生まれる可能性がある。


 この世界に置いて【スキル】や【魔法】にはほぼ対抗策が存在する。

 それは【ゼルネンスキル】とて例外ではない。

 【中和】や【反発】や【加算】など正直どれにどれを合わせればどう現象が変化するかはやってみないと分からない。

 そう考えると対抗策として確立されているのはどれだけあるんだ、という話なんだけど。

 だから殆どは今回の私のように力の根源を排除したり、力業で破ったり、そういった方法で攻略する。

 彼の場合ゼルネンスキルである事を考えれば、その方が早いのである。


 ただ彼が【スキル】についての知識が殆どないのならば、自分の持つ力を特殊な状況下でしか攻略される事はない能力と思っているのならば?

 付け入る隙は確実にある。

 というよりも私に効かない理由が【闇の愛し子】であると思っているなら、私の最後の手段は彼に見破られる事は無いだろう。

 

「(形勢逆転されたかと思ったけど……まだ彼を攻略する方法は残っている)」


 しかも、それを逆に利用される可能性は低い。

 そう思えば、少しだけ安心した。

 それを表に出す事は絶対にないけど。

 

「ってな訳で『ドラマ』の犯人よろしく暴露してみた訳だけど? 此処で最後の足掻きをするのも、ならではだよな?」

「其処までペラペラ話されてワタクシが何もしないとでも?」


 自分の手の内をバラス敵役に勝利など無いモノでしょう?


「(先手必勝!)」


 私は胸元から魔道具を取り出す。

 丸い石の形状をしたそれをフェルシュルグに対して突き出すと【発動呪文】を叫んだ。


「【Wasserfall-ヴァッサフォル-】!!」


 【力ある言葉】により魔道具が発動し、現象が具現化する。

 フェルシュルグを中心に滝のような水柱が立ち上がる。

 このために精霊が自由に出入りできる場所を隙として用意したのだから、成功してくれないと困る。

 

 しようと思えば出来たのだ、結界内全ての精霊を締め出す事自体は。

 力業だろうと。

 けどそれじゃあフェルシュルグがパーティーに来ないという事になる。

 フェルシュルグ排除を目的としていた私達がそんな方法をとる理由はない訳で。

 ただ屋敷内をうろつかれるのも困る。

 そういう経緯で私達は人があまり来ないであろう、そしてもう一つの理由から此処を隙として作る事で誘導した。

 その場所で今私は最後の大勝負でているのだ。


「(負ける気なんてないけどね!)」


 不純物ゼロの水は透き通っていてフェルシュルグの困惑した表情が水を挟んでいてもくっきりと見えた。

 フェルシュルグが困惑する理由は分かっている。

 この魔道具はそれだけの効果しかないのだ。


 水柱が立ち上がる、ただそれだけの効果しか。


 宙を飛ばない限り乗り越える事は出来ない程高い柱ではあるが、それだけだ。

 移動を阻害をするわけでもない、水の矢や槍となり攻撃する訳でもない。

 ただ周囲を波紋一つ無い水柱で囲うだけの魔道具。

 

 彼は今さぞかし困惑していることだろう。

 けどそれで良い。

 だって困惑しているという事は私が何をしたいのか分かっていないという事なのだから。

 それに先程の【プラネタリウム】の構造も気づいていないという事でもあるのだから。

 フェルシュルグは錬金術の才も有している可能性がある。

 つまりあの場において唯一私の描き出したかったモノを即座に把握し、驚きよりも解析に重点を置く可能性が高かった相手なのだ。

 私の創りだした魔道具がこの世界には存在しない『機械』を模したモノである事。

 一つの物体としてではなく、いくつかの魔道具の連動により実現したモノだと。

 その答えにたどり着く可能性が彼にだけあったのだ。


「(幸運なのは、彼が満天の星空に対して思ったよりも動揺してくれた事)」


 他に気を回す事が出来ない程に。

 

 多分、私は幾つもの幸運に救われてきた。

 何処かで躓いても可笑しくはなかった。

 だとしても機すらも味方に付けた幸運に私は感謝する。

 反省も今後への展望も今は必要はない。

 そんなモノ勝利してからすれば良いのだから。

 

 今は最後まで突っ走る事だけを考えろ。

 まだ、最後まで終わったわけではないのだから。


「確かに断崖絶壁とは言ったけどよぉ。この、滝を模したモノか? 別に攻撃して来るわけでもない。仮に俺が攻撃しても防ぐモノでもない。……一体何の真似だ?」

「それを教えると思いますの?」

「いや、そりゃないか――アンタにしてみれば俺は“敵”なんだからな」


 妙に含みのある言葉だと思った。

 この期に及んで私を敵と見れないとでもほざくつもりなんだろうか?

 私の嫌な顔に気づいたのかフェルシュルグが肩を竦めたのが見えた。

 

「勿論俺だって、人類全てが友達……なんて頭がスカスカのやつみたいな台詞はいわねぇけど。そもそも俺にとってこの世界の存在は“同類”じゃねぇしな」


 何かを諦めた彼の心は伽藍堂だ。

 笑みを浮かべようとも痛々しい程の空虚さを孕んでいる。

 今の彼を見て人形とは思わない。

 けど変わりに恐ろしい程の危うさと危険性を訴えかけてきていた。


「アンタが何をしたのか分かんねぇけど。俺の能力はこれじゃあ防げねぇよ。……ま、アンタには効かねぇけど」


 フェルシュルグの指先に光精霊が集まって、光に変換されていく。

 

「アンタは【闇の愛し子】とやらだけどな。そっちのお兄さんはちげぇんだろ? つまり……――」


 光が灯った指先がお兄様の方を向く。

 口元は笑みを梳いているのに目は空虚、イビツに歪んだ、笑みとも言えない表情。

 けど、その笑みでフェルシュルグのターゲットが誰であるかは一目瞭然だった。

 

 ――けれど、同時に私にとっても好機の瞬間だった。 


 ねぇ、フェルシュルグ。

 私は貴方のスキルを全て解析しきった訳じゃない。

 予測に予測を重ねた朧げな分析しか出来なかった。

 別に時間が足りなかった、なんて言い訳はしない。

 私の力量不足であったと思っている。

 それでも朧気でも輪郭くらいは捉えた、とそう思っている。

 

 貴方が【闇の愛し子】に拘り、私に当たる事無く吸い込まれていった『光信号』

 あれを見て対抗策が一つ思いついたの。

 根源を断つのではなく、発動したスキルを破る方法。

 だって元々は精霊だとしても光に変換されたモノ。

 それはこの世界の理として具現化したモノ、でしょう?

 物理的な光なら防ぐ方法はある。


「(不純物を全く含まない波紋一つ立たない水はガラスのように透き通っている。それだけじゃ光を通してしまう。けど傷一つ無いガラスはあるモノを増やす事で別のモノへと変わる事が出来る。その物質の効果は……――)」


 この場所が選ばれたもう一つの理由。

 それはこの場所なら他に誰も入る事は無い……事前に魔法陣を仕込む事が出来るという事。


「――……操る事が出来るって事なんだよ!」

「――……光を反射する事!」 


 ほぼ同時にぶつけ合うように叫んだ言葉達。

 それは互いに譲れない想いのぶつかり合い、だったのかもしれない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る