第50話・二度目の対峙




 決戦の舞台についてはお父様との喧々諤々のお話合いの結果、私の案が通った。

 多分数日の間にパーティーを開くと通達してくれると思う。

 ――最中のやりとりについては、あんまり思い出したくはないです。

 というよりも、お父様は此処までのやり取りをしておいて私が年相応だと思っているとはとてもじゃないけど思えない。

 だってお父様、何時ものこの年の子供に対する対応じゃなくてがっつり、論破しようとする対応だったし。

 私の案が通ったのは直ぐにパーティーを開く目ぼしい名目が無いっていうのが一番の理由で、云わばただの偶然である。

 まさか舞台を用意するのに此処まで苦労するとは思わなかった。

 けどその分、満足できる結果をつかみ取る事は出来た、と思っている。

 ので、正直浮かれていた事は否定出来ない。


「(だからと言って、この状況は頂けないんですけどね!)」


 奇しくも前の遭遇と同じ場所で私は二度目の対峙を余儀なくされていた。

 誰とか? ――フェルシュルグ以外にいるとでも?!


「(何で? 何でここにいるのさ! 私の馬鹿! 何で私此処を一人で通ってるんだろう! 前と同じ場所で遭遇とか私馬鹿すぎない?!)」


 一しきり自分を罵倒したおしてちょっとだけど落ち着いた私は、改めて目の前にいるフェルシュルグを睨むように見据える。


 それにしてもこの男、タンゲツェッテの傍仕えの割に一人で行動しているな、と思わなくもない。

 タンゲツェッテに対して私を含めたラーズシュタイン家の人間が決して良い感情を抱いていない事は分かっているだろうに。

 彼はタンゲツェッテなんかとは比べ物にならないぐらい周囲の事に聡いと思っていたんだけど。

 彼にはタンゲツェッテ、ひいてはマリナートラヒェツェに対して欠片の忠誠心も無いという事の証かもしれないけど。

 

 私にとっての幸いは前の対峙とは違い時間的に人が通る可能性が高いって事だった。

 まぁ、それも遭遇場所を考えれば前に比べればいくばくかって感じなんだけど、拉致誘拐の確率が減るだけでも有難い。

 ……彼に私を誘拐したりこの場で殺したりする意志があるとは思えないけど。


「(そして前と同じく呼び止めるだけ呼び止めて無言だし……一体何がしたいのよ、この男は)」


 あの、初めてと言える対峙から今に至るまで何度かタンゲツェッテの横にいる彼にも遭遇したけど、あの時の事は嘘だったかのようにフェルシュルグは変わらなかった。

 無表情で無言で私を見る目だけは暗い負の感情を孕んでいる。

 全く変わらないフェルシュルグの様子に私は夢でも見たのかと思ったくらいだ。

 まぁそれに関しては私を見た時に一瞬だけ動いたであろう彼の感情に呼応した精霊を見た事で夢じゃないという事は分かったんだけどね。

 表情も態度も変わらなかったけど、感情が全く動かなかったって訳じゃなかったらしくて、その僅かにでた感情に精霊が反応したらしい。

 これも私が【精霊眼】を発動していなかったら分からなかった事だけど。

 タンゲツェッテやフェルシュルグに対応する時は常に発動しているから一応これに関しては抜かりはない。

 実際あれが夢じゃなかったと確認できたし。

 

 あのフェルシュルグとの対峙が現実であった事は良いんだけど、それは彼が単独で屋敷内を動く事もあるって事でもあった。

 この男に屋敷内をうろつかれるのはちょっと困る。

 私の計画はこの世界の言葉の他に『日本語』『英語』など色々な言語が混じっていて暗号っぽくなっているけど、フェルシュルグはこの世界で私以外に唯一、計画の全てを読む事が出来る人間だった。

 私は落としたりはしないようにしているけど、ブツブツ計画の事を呟きながら歩いていないとも限らない。

 というよりも私の一点集中の悪癖を考えれば呟いていると考えた方が良い。

 現時点では治せていない悪癖によって計画の一部が漏れ出る事を私は恐れていた。

 

 後、お互いに世界の異物である事を認識しているというのも厄介だった。

 互いに周囲には明かせない共通の秘密を持っているという事は相手の思考を読み取る事が他の人間よりも容易いって事だと思う。

 『地球の記憶』をこの世界に持ち込み、組み込んで練った私の計画を全て読み取る事が出来る可能性が一番高いのはフェルシュルグである。

 逆に言えばフェルシュルグが何かを企んだ場合私が一番読み解く可能性が高いって事なんだけど……現時点では私が計画を企てる方でフェルシュルグが暴く方だから。

 私はこの男の言動を一番警戒しないといけない。


「(まず屋敷内を自由に闊歩しないように釘を刺しとこうかな?)――傍仕えが主人の傍を離れるなんてありえないんではなくて? さっさと主人の所に戻ってはいかがですの?」


 口調は仕様です。

 前の時は最後の方はほぼ素の口調だったけど、これ以上情報を与える必要は無い。

 私は我が儘、高飛車なお嬢様仕様でフェルシュルグを責める。

 いやまぁ私もリアも連れないで一人で歩いているんだけどさ。

 そこら辺は自宅だから問題ない……はず。

 ――うん、今後は屋敷内だろうと出来るだけ一人では歩かないようにします。


「(にしても、口を開かないなぁ。前の時も思ったけど、何を考えているんだか。それとも私の観察でもしてるのかな?)」


 フェルシュルグが【鑑定】などの高スキルを持っていれば、この無言も意味があると思うけど。

 だとしたら彼はどれだけスキルに愛されているのか、と言う話なんだけどね。

 ゼルネンスキルにプラスして複数の高位スキルを持っているとしたら、それはもはや運が良いと言うレベルを超えている気がする。

 習得条件を熟すのは自分の力だけど、それでも習得出来る出来ないのは時の運が強く作用するのだ。

 という事を考えれば運が彼を味方していると思わざるを得ない。


「(言うならばフェルシュルグは【スキルに愛された子】と称される存在なのかもしれない。……ま、全部私の想像だけど)」


 複数の高位スキルを持っていれば、の話だし。

 ……あまりに無言が続くからどうでも良い事を考えている気がする。

 いよいよ別の事でも突っ込もうかと思った時フェルシュルグはようやく口を開いた。


「……貴様はこの世界が気持ち悪くはないのか?」

「意味が分かりませんわ」

「『地球』の知識があるなら気持ち悪いはずだ。髪の色一つで命の価値が変わる、この世界の常識が」

「あら? ワタクシは『仲間』ではないのではなかったんですの?」


 当てこすりであり皮肉である事は分かっている。

 案の定フェルシュルグはぐっと言葉に詰まり、私を睨みつけて来た。

 全く怖くは無いけど。

 悠然と笑って見せ余裕のある態度を返してやれば挑発に乗ると思ったんだけど、そこまで浅はかでは無かったらしい。

 それとも挑発に乗るよりも知りたい事実でもあるのかな?


「貴様が『光信号』という単語を知っている時点で同郷の人間である事を否定しても無駄だ。だが、だからこそ分からない。『倫理観』は地球のモノに準じるはずだ。何故割り切れる? 何故絶望しない? 何故終らせたいと思わなかった? 何故唯一の故郷に帰りたいとは思わない?」

「「何故」と五月蠅い方ですわね」


 冷静になった事で私が同郷に人間である事は理解したみたいだけど別の意味で五月蠅くなった気がする。

 私貴方となれ合う気は一切無いんですけどね?

 この数多の質問だって答えてあげる義理も無い。

 ただ懸念がない訳じゃない。

 マリナートラヒェツェに対して報告してないのか、しても無視されたのか分からないけど、タンゲツェッテが私に対する対応は全く変わっていない。

 相変わらず我が儘で扱いやすいおこちゃまとしか思っていない。

 けどそれが何時まで変わらないか未知数だと言うのが引っかかる。

 このまま彼を無視する事が最善の策とは、ちょっと思えなかった。

 

 五月蠅いくらいの「何故」に答えず追い返してもいいんだけど、計画実行まで波風を立てたくないのも事実なんだよね。

 

「(全てを本心で語る気は毛頭ないけど、フェルシュルグという男がどうでるかを知る材料くらいにはなるか)――ワタクシはこの世界の理を恐ろしいと思いましたわ。全く異なる理で動くこの世界に畏怖を抱きました」


 当たり前じゃないかと思うけど?

 私の馴染みように嘘と思うかもしれないけどこれに関しては嘘を言っていない。

 科学で支配された、魔法という概念が全く存在しない世界で培われた常識。

 世界を支配する理からして違うのだから、倫理観も何もかもに差異が生まれるのは当然だと思う。

 そんな世界の常識や倫理観を大切にすればするほど、この世界を支配する理との差異に畏怖を抱くに決まっている。

 けど、そんなの私だけの話じゃない。

 お兄様やリアも私の『記憶』から語られる地球という世界に畏怖を抱いた。

 お互い様なのだ、結局。

 コレは未知のモノに対して抱く畏敬の念に過ぎないのだから。


「命の価値に関してはワタクシと貴方様の間に相違があるようですから、何も言う事はありませんけどね?」


 私は時と場合によってはこの世界の方が命を重く見ていると思っている。

 確かにこの世界の命の価値は平等とは言いづらい。

 王族と平民を天秤にかければ殆どの人間が王族を取ってしまう。

 下手すれば天秤にかけられた平民自身ですら。

 それを異常と思うのはフェルシュルグの言う異なる『価値観』によるモノだ。

 地球では命の価値は平等と謳われていたのだから。

 それは否定しないけど、私にしてみればフェルシュルグの持つ地球への意識がまず異なっている気がした。


「ただ随分貴方様は向こうの世界を美化なさっておいでなのですわね」


 私がフェルシュルグの持つ地球に対しての意識に対しての思いはコレに尽きる。 


「何を馬鹿な事を。何処が美化されているというんだ」

「気づいておりませんのね」


 確かに『日本』は平和な国だった。

 平和神話が崩れたと囁かれていても、夜女性が一人で出歩いても殆ど襲われない。

 交番に中身がそのままの財布が届けられる。

 他にも色々、平和ボケしていると言われても反論できないくらい日本は普通に生きていて命が脅かされる恐怖を感じる事の無い国だった。


 けど本当に命の価値が平等だったのか? と問いかければ「そうだ」と答えられない。


「テレビを通して見た人の死を自分とは関係無いと冷徹なまでに割り切る。ゲームと称して人をイジメる。相手が自殺しようとも無関係だと割り切る」

「そ、れは……」

「まだありますけど、説明するまでもありませんわね? あの世界は本当に真の意味で平等だったと言えますの? そうだと言うのならば、私はこう言わせて頂きますわ。――あの世界は等しく命に対して無関心な世界だったのだと」


 私の価値観は多分『地球』の中でも異質だった。

 フェルシュルグにはこう言い切ったけど、それが極論である事は分かっている。

 誰もが私のように外と内に分けて、外を完膚無きまでに切り捨てる事が出来る訳ではない。

 知人や友人程では無くても無関係な人間の死を痛ましく思う気持ちは持っているはずだ。

 けど、とも思う。

 テレビの画面越しに失われたと知らされた命を一時的に悼んでも、次の日にはその出来事ごと日常の中に埋没していく。

 それは誰もが割り切っているという事なんじゃないかと思うのだ。

 命の価値に対して等しく無関心な世界で培われた平等という倫理観。

 それはこの世界の倫理観と大きな差異があるとは私には思えなかった。

 気持ち悪いと思う程の差異があると彼が思っていのならば、それは彼が地球での記憶を美化しているとしか私には思えなかった。


「あの世界は決して楽園では無かったと思いますわよ?」

「っ。――楽園ではない、か」


 フェルシュルグは納得しているのかいないのか。

 ただ前の時のように激高して全否定している様子は見えなかった。

 理性を崩せばもう少し情報を引き出せるような気がするけど、その前に私が冷静さを欠く方が先かなぁと思う。


 嫌いな人間と対峙して冷静で居続けるのは案外大変なのである。

 少しでも気を抜くと冷酷に切り捨てて、会話も成り立たなくなる可能性が高い。

 特に今の私自身は暴走に呼応して魔力と精霊が暴れだしてしまう可能性が十分にあり得るのである。

 結果として計画を頓挫させた、なんて冗談じゃない。

 折角、此方に有利な舞台でフェルシュルグを排してマリナートラヒェツェを追い詰める方法を模索したというのに、自分の浅はかな言動でおじゃんにする気は無かった。


 だから、そろそろ会話をぶった切って終わりにしたい所なんだけど……。

 【精霊眼】による観察も相手が冷静では然程意味は無いし。

 ただそれは私の都合でありフェルシュルグには関係ない話なんだよね。

 全く会話を終わらせる気はないのは彼の目を見れば良く分かった。


「それでも――俺にとって『日本』は故郷であり、唯一の帰る場所なんだ」


 今更だけど、彼も『日本』出身である事がこの発言で確定した。

 時代までは分からないけど、少なくとも『私』の生きていた時代より前って事はないだろうと思う。

 テレビが普通に普及しているようだしね。

 未来である可能性は否定できないけど、其処まで明確に時代まで探る必要は無いだろう。

 計画には支障はない事だしね。

 というよりもフェルシュルグの故郷が何処であるかよりも気になる事があった。

 彼は私と同じ転生した人間だと思っていたのだけれど違うんだろうか?

 それともこの世界に生まれた事をそこまで悔いているという事なのか?

 ……それは自ら命を諦める程?

 少しだけ私の中に冷たい感情が駆け巡った気がする、けどまだ抑えられる程度だった。

 フェルシュルグという男が命を諦めている事を知っていたが故の自制だろうけど。


「貴方はこの世界に生まれ落ちた存在では無いとでも?」


 私の質問にフェルシュルグは笑った……何処か悲し気で悔し気な歪んだ笑みで。

 正確にフェルシュルグの思考を読み取る事は出来ないけど、彼は今感情を表に出さないように制御しきれなくなっている気がした。

 私という弱みを見せられない相手に対して感情が漏れ出ているみたいだから、そう思っただけなんだけどね。


「忌々しい事に体はこの世界のモンだ。だけどな、この世界では俺は何処までも異物なんだよ。俺はこの世界に安らぎなんて感じた事は無い」


 声を荒げる事は無い。

 私に向ける双眸に宿る憎悪は薄れる事は無い。

 と思っていたんだけど深く探ってみると、同時に前には見えなかった感情が見え隠れしている気がした。

 そんなフェルシュルグを見て私は思った、思ってしまった。

 ――あぁ彼は確かに日本人なんだと。

 

 共通点を見つけてしまったが故に憎悪の感情だけで私を見れなくなってしまった憐れな人。

 私のような割り切り方が出来ない彼はきっと私なんかよりも余程「物語の聖人」を演ずる事が出来る甘さを持っている。

 

 もし……もし彼が貴族だったら?

 多分私よりも慈悲深い、綺麗な綺麗な貴族となれただろうに。

 彼の周囲には彼の甘さを優しさを曇らせたくはないと闇をひっかぶる存在とも出会えただろう。

 彼が貴族で私が平民だったら……慈悲深い貴族様と何処までも悪の道を進む悪女という物語のような一場面を繰り広げる事になっただろう。


 それは意味の無い「IF」


 だと言うのに私はその光景を鮮やかに脳裏に思浮かべる事が出来る。

 

「(だとしても私は私だし彼は彼だ。神様の悪戯で生まれてくる所を間違えたとしても、論じても虚しいだけの夢物語でしかない)」


 心中は複雑なんだろうけど、それを私が頓着してあげる気は無い。


 私は物語で言う悪役向きの性格なんだと言う事は分かっている。

 ただこの世界は幾ら『ゲーム』に酷似していても現実である事には違いない。

 現実には「悪役」も「聖人」もいらないのだから、そんな事まで考えなくて良い。

 ただ此処には私と彼がいて敵対しているという現実があるだけだ。

 

 そもそも彼はそんな事考えてないだろうから、私が勝手に思っている事でしかないのだけれど。

 だって彼は私に対してそういった感情を抱いている事すら気づいていないようだもの。

 

 彼は複雑な感情を私に抱きつつ、それでも自分の心中を吐露している。

 そんな彼に私が共感する事はないのだと言う事にも気づかずに。


「この世界で終わらせれば帰れるかもしれない。そう思う事の何が悪いんだ」

「死んでしまえば全て終わりですわね。痛みも苦しみも憎悪すらも感じない。もしかしたら唯一の故郷に帰れるかもしれない。と、思う事は別に勝手ですけれど、ワタクシにはどうでも良い事ですわね……ワタクシはこの世界で生きると、もう覚悟しておりますもの」


 私を受け入れてくれたお兄様やリアと共に、貴族というレールが敷かれた未来をそれでも精一杯自由に私らしく生き続けるという覚悟。

 死を逃げ場にする気なんて私には無い。

 ……私は死が逃げ場になるなんて考え自体理解できないのだからしようが無い。

 

「この世界も悪くありませんわよ? 少なくともワタクシにとっては」

「……死ぬなとは言わないんだな」

「何処にその必要が? 貴方はワタクシにとって相容れない存在という位置づけでしかありませんもの」


 今一番の壁であり突き崩すために策を弄し、いずれ排除する相手。

 敵でしかない相手が自ら死を望もうとも私にとっては至極どうでも良い事。

 まぁ今死なれると私の作戦は全く無意味なるからちょっと肩透かしにはなると思うけど。

 そしていつまでも出し抜かれた感覚を抱く相手としてフェルシュルグが私の中に残ってしまうだろうけど。

 ……それはちょっと頂けないとは思うけど、けどどうしようもない。

 抱いた心はその人だけのモノなのだから。


 あぁ、彼はこういう所でも共感出来ないのかもしれない。

 だって納得しているようには見えないもの。

 

「唯一の同胞なのにか?」

「それが何の意味を持つと?」


 そんなモノ前の対峙ですっぱり割り切ってしまった。

 私はこの世界で生きる覚悟を決めたし、実際この世界を其処まで悪く思う理由もない。

 少なくとも家族に恵まれて環境に恵まれて、私はこの世界に「キースダーリエ」として生きる事を許されている。

 心の奥底にある埋める事の出来ない飢餓感と拭えない絶望感も何時か飼いならして見せる。

 そこには敵対している同郷の人間の存在なんて必要は無い。

 ……そんな奇跡がこの先二度と無いと分かっていても。


「確かにワタクシ達は今、砂漠の中から一粒の砂金を見つけた状態。もう二度と来ない最初で最後の機会。ですが、だから何だというのです?」


 様々な道から私達はこの道を選んだ。

 敵対しない道だって私達には当然用意されていた。

 それを選ばなかった時点で私達の道が交わる事も同じ道を歩く事も無くなった。

 それだけの話。


「無限とは言いませんが、選ぶ道は用意されていましたわ。その中でこうして対峙する道を選び取ったのはワタクシと貴方様ですわ。幾ら無二の砂金だろうとワタクシを害し、ワタクシの大切な方達に害を与えたモノに対してワタクシが情を抱く事はありませんの」


 孤独に苛まれて飢餓感に喘ぐ事になるかもしれない。

 絶望に身を浸らせる事になるかもしれない。

 けれど、私はいまこの時の思いを決断を決して悔いたりはしない。

 つまりはこういう事なんです。

 

「――私に『同胞』は必要ない」


 ――と。

 だから私に対して情を抱いても無駄ですよ? 唯一の同郷さん-フェルシュルグ-


 これは訣別の言葉。

 此処まではっきり言ったのは私なりの優しさだと思うのだけれど、どうなんでしょうかね?

 追い打ちをかけただけと言われれば否定できないかもしれませんね。

 けど仕方ない……彼は甘くて優しい日本人の気質を捨てきれていないのだから。

 ここが何処なのか、貴方は理解すべきだと思いますよ? 

  

「いい加減現実を見て下さないな」


 いい加減私達が分かりあえる事はないと分かってほしい所なんですけどね。

 そんな感情を押し付けられても私が受け入れる事は絶対にないんですから。

 まぁそんな要らぬ情を抱き続けて揺らぎ弱体化するならばそれでもいいですけれどね?

 

 そんな悪役っぽい事を考えつつフェルシュルグの出方を待っていると、彼はしばし呆気に取られた後、妙な間をおいて泣きそうな眼で私を見下ろした。


「――アンタは、酷い奴だな」


 その言葉はフェルシュルグの掛値の無い本音で、そして私との完全なる訣別の言葉だったのだろう。

 その時、私は彼の後ろに黒髪黒目の……日本人っぽい男の子が涙を流している姿が見えた気がした。

 ――多分見えた気がした、だけなんだろうけどね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る