第41話考えなければいけない事




 何かしらの方法でラーズシュタインの二重結界を掻い潜る力を持つフェルシュルグ。

 平民であろうフェルシュルグを傍に仕えさせている貴族至上主義のはずのタンゲツェッテ。

 自己保身だけは上手いはずなのに、主家に対してとは思えない言動を平気で繰り返すマリナートラヒェツェ家当主。

 

 自分達があくまで派閥に置いて下位に属している事を自覚していない可能性は十分にある。

 だとしても息子の方はともかく父親である当主の方は自分の家とラーズシュタインの家格の違いなど百も承知のはず。

 なのに何故彼はああも不敬と言われ断罪されかねない自身の息子の行動を止めないんだろう?

 

 確かタンゲツェッテは嫡子であり他に子息はいないはず。

 けど婚外子がいないとは思えないし、不敬ばかりの息子を切り捨てた方が被害が少ないと思ったならばあっさりと、何のためらいもなくタンゲツェッテを切り捨てるだろう。

 親子の絆など皆無な彼等ならば、そんな光景は思い浮かべる事も容易かった。

 けど一応その前に止める素振りくらいするはずだ。

 対外的なパフォーマンスのために。

 「自分はこれだけの事をしたが息子は聞く耳持たず暴走してしまった。自分達は被害者だ」と言うために。

 小賢しいが処世術ともいえなくはない。

 そしてそれは大抵まかり通ってしまう。

 悲しいかな貴族間ではよく使われる手法でもある。

 

 私ならそんな手法が常の家には絶対嫁ぎたくはないけど。


 多少目端の利くマリナートラヒェツェ当主がしない訳がない。

 じゃあ今回は止めているのか? と探ってみたけど、一切そんな事素振りは見られない。

 こういう事は大々的にやらなければ意味が無いから、やっているならば調べればすぐに出てくるはず。

 それが出てこないって事はやっていないって事だった。


 むしろ問題はラーズシュタイン家の暴挙ともいえる訪問に対しても婚約者に会いに来ているのだという彼の言い分を信じている人間が一定数いるらしい事だった。

 これに関しては私がまだパーティーに出ていない事が災いした。

 相手はもうパーティに出ていて友人もいる。

 類友だろうと友人である事には変わりはない。

 友人の伝手を使い「ラーズシュタインのキースダーリエが自分に惚れている」と噂を流してしまえば、面白がって広める愉快犯やマリナートラヒェツェに追随する輩が広めていく。

 勿論、私がパーティーに出て否定すればすぐさま断ち消える程度の代物だ。

 だって家格は私の方が上なのだから。

 そして「惚れられている」などと公言したのだから、そんな事実無いときっぱり言い切ればタンゲツェッテの妄言として処理される可能性の方が高い。

 嫌そうな顔の一つでもすれば更にいいかもしれない。

 

 そんな状態だから噂に関しては其処まで問題視はしていない。

 お兄様もやんわり否定して下さっているみたいですしね。

 

 問題は噂が流れている間はタンゲツェッテの訪問が見逃されてしまう点だった。

 

 婚約者に会いに行くのならば私に許可などは要らない、

 それでも先ぶれは出す必要はあるのだけれど、その程度なら誤魔化す事が出来なくもない。

 貴族の端くれならばその程度の事は切り抜けられるんだと思う。


 外堀を埋めて意気揚々とラーズシュタインにやってくるタンゲツェッテ。

 何とも忌々しい。

 あのすげなく追い払ってもやってくる精神はなんだろうか?

 図太いのかおめでたいのか……何か大丈夫だと言う確証があるのか。

 ……元凶を消していしまえばこんな悩みも一緒に消えてしまうのに。


「(ああ。考えれば考える程元凶を抹殺したいという方向に思考がブレそうになる)」


 本当に腹立たしい。

 リアにはああやって言ったけど、本当に今すぐ消していいならば私が率先して引導を下すというのに。

 山ほどある不敬。

 それを上手く使うとお父様が言わなければ、さっさと消してしまうのに。

 家族を侮辱し、友人を見下し、私を愚弄する許し難い男。


 どうしてあんな男に惚れていると噂されなければいけないんだか。

 真実恋仲だったら世を儚みたくなる。

 あんな自意識過剰のおめでたくて、自分の絶対的優位を疑わない了見の狭い男にどうして惚れなければいけないのよ。

 

 ……よくよく考えてみれば、タンゲツェッテはどうしてあそこまで自分の優位を信じ、私――キースダーリエ――が自分に惚れていると疑わないのだろうか?

 あの自信家っぷりは最初からだった気がする。

 それでも初めて出会ってから数回は私を見下す様子もなく、それこそ容姿に見合った王子様っぽい感じだった。

 「キースダーリエ」だって最初の頃は好感を抱いていたのだから。

 『声』に忠告され、よく見た事とあっさり化けの皮を剥がした事でその好感度はあっさり霧散したけど。

 以降「キースダーリエ」だって距離をとって「アンタなんてお呼びじゃない」と言う態度を示したはず。

 なのに何故かタンゲツェッテは段々慣れ慣れしくなっていき、今はあの調子だ。


 一体私の何を見てそんな態度を取れると思い込んだんだろうか?


 馬鹿だから、と言ってしまえば御終いだけど、何となくそれで終わらせてはいけない気もする。

 座りが悪いというか、何か理由があるのではないか? と疑いたくなる。

 理由が付けられない事に対して追及したくなるのは錬金術師としてのサガだろうか?

 

「(こんな事考えてたら錬金術師に怒られるかな?)」


 けど錬金術師ってある意味で研究者っぽいし、あながち間違いでもないと思うんだけどね。


 フェルシュルグというゼルネンスキルを持つかもしれない男。

 過剰とも云える自信満々なタンゲツェッテ。


 ……もしかしたらバラバラに考えてはいけないのかもしれない?


「(まさか、ね)」


 何かしらの利害が一致しているのは確かだろうけど。

 

「(そういえばフェルシュルグは“何時”からマリナートラヒェツェにいるのかな?)」


 少なくとも【属性検査】の前にタンゲツェッテは連れてこなかった。

 だから私は勝手にその後に取引をしたと思ったんだけど。

 決めつけない方が良いかもしれない。

 せめて彼が本当にゼルネンスキルを持っているかどうかが分かるまでは。


「(後で調べてみよう)」


 それと並行してフェルシュルグの持つ“何か”を探る必要もある。

 少なくとも彼の姿がブレた事は私にとっては事実だけど、他の人が確認していないから不確定事項だし。

 

「(まずは【精霊眼】を持っているシュティン先生に確認してもらって……と、いいのかな? 我が家の問題に先生を巻き込んで?)」


 今更だけど先生はあくまで私に講義するためにやってくる立場であり、お父様の友人だけど私とは特に頼み事をできる関係じゃない。

 此方の事情をある程度は知っているだろうけど、だからと言って私が頼んで良い訳ない、よね?


「(……危ない、危ない。線引きを間違える所だった)」


 協力者となってくれるかもしれない。

 けどそれはあくまで「お父様の」であり私のじゃない。

 だって家としての判断を私はまだ下す事は出来ないから。

 そのためには必要な事を知らなすぎる。


 そうなるとシュティン先生に頼む事は出来ない。

 ……どうしよう?


 【精霊眼】で見てみないと分からないかもしれない、違うかもしれない。

 けど誰の目にも見破る事の出来るスキルなんてスキルとして使えるんだろうか?

 結界の目を掻い潜る事が出来る代わりに精度が落ちる?

 ううん、そんなスキルじゃ掻い潜るとは言えない。

 やっぱり見破るにも「特殊な何か」が必要となると考えた方が賢明だと思う。


 じゃあ私以外に誰が確認できるの? って話になる。

 【精霊眼】かそれに準じるスキルを習得している私でも協力を求める事が出来る相手?

 ……いる訳がない。


 だって私まだ友人どころか知人すらいないボッチだし。

 いやいや、ぼっちは仕方ないよね!?

 だってパーティーにすらまだ出ていないんだからさ。

 リアっていう親友はいるから本当の意味ではボッチとはいわないしね! 

 

 正直、パーティーに行ったとしても私自身の背負う家格とタンゲツェッテのせいでマトモな友人とか夢のまた夢なんだろうけど。

 タンゲツェッテ許すまじ、と思いつつ自身の家格も相当障害になると言う事も理解している。

 だってお兄様ですら心の内を見せ合う事の出来る友人が中々出来ないって言っていたし。

 家格が高ければ、それだけ悪意を持って擦り寄ってくる人間も甘いモノにたかるアリの如く、利益に目の眩んだ愚か者も寄ってくる。

 誰もかれもがタンゲツェッテのように底の浅い人間ならばいいんだけど、中にはお父様でさえ手を焼く狡猾なモノが存在する。

 そんな相手を見極めて、気の合う人間と出逢う事の出来る確率が低い事なんて少し考えれば分かる事だった。


 せめて同じ公爵家のご子息、ご息女が私達のような考えを出来る、またはそこまではいかなくても柔軟に受け入れる事の出来る人間ならば……。

 まぁそれこそ夢のまた夢って話なんだろうけど。


 自分の友人事情に虚しさを感じつつ、話を戻して。


 ……まぁ幾ら友人が出来ようとも此処まで我が家の事情に他の貴族を介入させる事が出来る訳も無いんだけどね。


「(とりあえずお父様に事情を話して許可が出ればシュティン先生に協力を求めるとして。出来ないと言われるなら【見破る】魔道具とが存在するか聞いて、多分あっても私じゃ作れないから借りて――)」


 せめてフェルシュルグがブレる事だけでも確定させておきたい。

 

 その後はフェルシュルグの持つ能力が何であるかも探らないといけないし。

 そもそも私の視た姿が本当なら飛び交う精霊が“違う”ことにも説明がつくし。

 まぁそれでもちょっと説明が付かない部分もあるんだけど。

 そこらへんが誤差なのかどうかも調べないと。


「(調べる事が沢山だなぁ。……忘れないように整理しておかないと。後、先走り過ぎてないかも気を付けないと)」


 最初の一つの答えが予測と違えば、その先は全て計画のやり直しになる。

 他の道もきちんと把握しておかないといけない。


「(後でリアとお兄様に簡単な説明をして過不足を聞こう)」


 話せる事は話して意識のすり合わせと話の共有をしないと私が暴走した時困る。

 ただでさえ今回は家族や親友をコケにされてストッパーが緩んでいるのに。

 自分でどうにか出来る自制出来る範囲を何時超えるか冷や冷やしてるんだよね。

 ただでさえ気を付けないと思考が「暗殺」とか「抹殺」に移行しそうになっているのに。

 

「(ある意味タンゲツェッテにもフェルシュルグにも会いたいけど会いたくないなぁ)」


 探る必要があるから「会いたい」

 暗殺、抹殺したいと思考が暴走するから「会いたくない」

 

 どっちも本心なのが困る所だ。


「(あーこれって「会いたい」「会いたくない」という所だけ取り出せば「恋」をしているように見えるかも、ね)」


 内情はそんな甘い感情欠片も含まれていないけど。

 むしろ物騒で仕方ないけど、ね。

 しかもそうやって苦悩し焦がれる相手二人だし。

 これじゃあ私が恋心多き、ただの悪女になっちゃうじゃん。

 恋心多き悪女とか『地球』の親友が聞いたら似合わな過ぎて大爆笑されそうだ。

 内情を詳しく話せば、それはそれで爆笑されそうだけど。

 あー妙な事考えて思考がまたブレたかな?

 全くある意味で思考はぶれぶれになってる気がするよ。


「――なにはともあれ、出来る事からしましょうか」


 まずは……リアとお兄様に説明するために会いに行く事から、かな。

 私は一つ苦笑して工房を後にするのだった。



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