第42話初対峙




「(お兄様とリアとは取りあえず意識のすり合わせは出来たし、お父様に話を通したらシュティン先生に協力を要請しても良いって言われたし。先生にオファーするのはこれからするとして、問題は……)」


 私は自分の離れへ行く道を一人で歩いている。

 脳内ではブツブツとこれからの事を考えているけど、口に出していないからいいよね?

 口に出してたら正直気持ち悪い子供にしか見えないからさ。

 いや、私くらいの年の子供があれをしなきゃ、これをしなきゃってブツブツ言いながら歩いていたら怖くない?

 しかもよくよく話に聞き耳を立ててみたら内容は子供らしくないとか。

 無言で遠巻きにされても文句言えないよね。

 ……声に出さなくても難しい顔で歩いている子供は不思議に見えるかもしれないけどね。


 私だって外だったらこんな事しない。

 此処はラーズシュタインの中で私にとっては気を抜ける場所で。

 家族も使用人も私がちょっとばかし変わっている事は知っていて個性と受け止めてくれている。

 だから此処では私も必要以上に自分を偽ったりしない。

 言うならば家は私にとってライナスの毛布みないなもの。


 そりゃ素もでるってもんだよね?


「(だからと言って気配に鈍感になって良い理由にはならないんですよね? 分かってます。御免なさい!)」


 思わず脳内でシュティン先生とトーネ先生に謝ってしまう。

 それくらい微妙な状態に私は、いま陥っていた。


 此処はラーズシュタイン家の廊下。

 もっと正確に言うならば私専用にもらった離れに向かう途中で普段からあまり人は通らない場所である。

 其処に私は今一人で離れに向かって歩いていた。

 リアは先に離れに行ってお茶とかを用意してくれているはず。

 時間的には昼過ぎで、まぁ良いお天気ですね、って言いたくなるような快晴の日。

 この時間は使用人の人達は慌ただしくそれぞれの持ち場で働いて、家族は皆、それぞれ自分の仕事をこなしている最中。

 お兄様は既に離れで研究や勉強をしているかもしれないけど、どちらにしろ此処にはいないしやってくる事は無い。

 

 つまり人通りの少ないはずの場所にのこのこ一人で歩いていた私は思いもよらない人間に呼び止められて現在危機的状況なのである!


 目の前には茶色の髪に琥珀の眸を持つ男性――フェルシュルグが相変わらずの無感動・無表情で立っている。

 眸の奥に宿る私に対する憎悪もまた健在だった。


 呼び止められた途端に【精霊眼】を発動させた事だけは自分を褒めてあげたい。

 心の中では初めて聞いたフェルシュルグの声に叫び声を上げていたけど。

 ……うん、多分始めてだわ、フェルシュルグの声聞いたの。

 最悪声を封じられているかとも考えていたんだけど、声は出せるらしい。

 つまり自分の意志で喋らなかったのか、タンゲツェッテに命じられて喋らなかったのか。

 意図していたのかしていないかったのか。

 ちょっと判断がつかなかった。

 どっちによるかで大分心象が変わるんだけど……結果は同じかな?


 それにしても、フェルシュルグは私を呼び止めだけでそれ以降一言も喋ろうとはしない。

 何のために呼び止めたんだよ? と思わなくもない。

 ただ身分的な事を考えて話しかけてこないならば私から話を振らないといけない。

 今まで話せるかどうかすら謎だった相手と会話をしなければいけない状況に私はいるって事だった。

 

 まさかの突然敵とのご対面。

 『ゲーム』ならば会話コマンドの選び方によっては即戦闘シーンに突入って状態である。

 

 『乙女ゲー』はキャラと遭遇したりすると三つ程の台詞の選択肢が与えられて、どれを選ぶかによってその後の会話が変化する。

 好感度とかが上がったり下がったり、敵と話す事が出来るのならば戦闘に突入したり回避したり。

 一つの台詞の選び間違いでそのキャラを落とせない、なんて事もあったりする。

 つまりその台詞を選択する事がその後重要なイベントを行うために必要となったりするって事。

 普通のエンドならともかく最良のエンドを見たいなら台詞の選択一つにも気を遣わないといけない。

 まぁ私は面倒で適当に答えてたけど。

 私が最良エンドを見れないのは、まぁ必然だったって事になる。


「(勿論。この場には台詞の選択肢なんて出ないし、此処はやり直しの出来る『ゲームの中』じゃないけどね)」


 今回の厄介事のキーマンとなるかもしれない、ある意味で影のボスと言える人物が目の前にいる。

 しかもこっちは普段は猫かぶりをして我が儘お嬢様を演じている私だけ。

 ……どう考えても圧倒的に不利だった。


 とは言え、ここでお見合いしていても仕方無いのは事実だった。


「(それにこうして対峙しているから分かる。この男の異質さとブレが)」


 フェルシュルグは異質だ。


 無表情で無感動でまるで感情なんて知りませんって感じで人形を相手にしている気分に陥る。

 多分眸の奥に潜む「悪意」「憎悪」が見えなかったら、伽藍洞の中を覗くような不安すら覚えたかもしれない。

 確かに此処にこうして生きているはずなのに、酷く生きているという実感を感じない。


「(そういえばリアは彼から「命の灯火を感じない」と言っていた。それが酷く恐ろしく、そして酷く空虚に感じた、と)」


 【土】の属性を持つリアは生命力をその目に映す事が出来る。

 命の輝きを生き物の生命力を感じ取る事が出来るのだと言っていた。

 多分それは【土】の属性を得意をする人間には共通している体質みたいなモノで私はリアのそういった感性から紡がれる言葉に重きを置いている。

 だからリアがそう思ったのならば彼は多分「生きたい」という思いが希薄なんだろう。

 心から生きたいと、前に突き進む力、それをきっと彼女たちは「生命力」を例えているんじゃないかと思うのだ。

 

 生きる気力を持たない人形のような男。

 

 それだけで人としては異質であると言える。


 だというのに、そんな男が唯一感情を表すのが私だなんて。

 しかも「悪意」や「憎悪」という向けられる謂れの無い感情だし。


 心外もいい処である。 


 百歩譲ってタンゲツェッテを蔑ろにする私に対して怒りにかられているのならば納得しなくもない。

 私のタンゲツェッテに対しての扱いは決して良いモノとは言えないのだから。

 タンゲツェッテ本人は一切気づいていなくてもフェルシュルグは流石に気づいているはずだ。

 その程度はあからさまに態度が良くないはずだし。


 けど彼は貴族全般に対して然程良い感情は抱いていないように見える。

 つまり契約でもしているのだろうけど、仮らしき仕える主に対する怒りからじゃない。


 その上で“私”にだけソレを向けてくる。

 標的は私だという事の証左だと思った。

 意味が分からなかったけど。


 フェルシュルグは初めて会った時から私を憎んでいる。

 あの一度目の【属性検査】のあの時からずっと。

 “黒髪”で妙に整った人形のような顔立ちにはめ込まれた“金色”と“銀色”の眸。

 左右の異なる眸の奥にマグマのように湧き出る悪意を押し込めて、それでも隠し切れない感情が滲み出ている。

 

 茶色に琥珀の眸の凡庸な顔立ちの男という幻想を被り、それでも眸の奥の感情だけは変わらず、私を見下ろしている。

 ブレた普段見ている姿の奥底に見えた本当の色彩を纏った男。

 今私の目には私を害したあの男の姿がはっきりと映っていた。


「(一度見破ってしまえば真実の姿が見えるスキルなのかな?)」


 未だにブレブレだけど、多分真実の姿が纏う色彩までくっきりと見る事が出来る。

 害意を持ち、実際一度殺されかけた。

 あの時の恐怖が込み上げてきそうになる。

 此処で気迫負けなんて冗談じゃない。

 とは言えやっぱり命の危機にさらされた恐怖は根深くて、体の芯が冷たくなるような感覚に襲われる。

 緊張で背筋に冷たいモノが走る。

 顔が青ざめていないか少し心配になった。


 私への憎悪にも似た悪意を抱いている相手と一対一で対峙しなければいけない、現状は思ったよりも私の気力を削ってくる。

 このままの状態が続けば、我が儘令嬢の仮面もはぎ取って反撃してしまうかもしれない。

 明確に敵と認定出来る相手にそんな醜態を晒す事は絶対に出来ない。


 小さく、とても小さく深呼吸をする。

 今、私がしなければいけない事を考えないといけない。

 私は未だに幼い。

 体格的にもそうだし、能力的にも器用貧乏の域を脱する事は出来ないだろうと思う。

 じゃあそんな私が勝つためにはどうすればよいのか? ――頭で勝つ方法を考えるしかない。

 高望みをするのではなく自分の出来る事を考えて勝ちを拾う。

 それが私の勝つための最善の方法だから。


 目の前に居るのは敵。

 なら勝利条件は? ――私が今作っている我が儘お嬢様の演技を壊す事無くこの場を離れる事。

 敗北は? ――相手に「私」が疑われる事。


「(難しい条件じゃない。必要以上に欲張らなくても良い。まだ必要な情報は集まっていないし、恐怖心にも完全には勝っていない状態で相手の隙をついてあれもこれも出来る精神状態じゃない)」


 これは前哨戦。

 初手から負けるつもりは……ない!


 もう一度だけ小さく深呼吸をすると私は最初の一言を紡ぐために口を開くのだった。





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