第1話

 清水ナナとの出会いは高1の時だ。珍しく仰せつかった委員会の仕事をこなしていた昼休みに、「3組の子だよね?」と話しかけられた。そしてその眩い笑顔を見た瞬間、私は彼女に「関わりたくない人種」というレッテルを貼ったのだ。

 後日ふと覗いた4組の教室の隅で、清水ナナは一際輝いていた。楽しそうに笑う彼女は、教室内の誰よりも眩しかった。何故かその笑顔は私の脳裏に焼きついて、そしてそれに触れる度私の心はざわつくのだ。彼女は皆に愛されて育ったが故に「笑顔」を振り撒いている人間だと感じた。そうすることを神から、世から許された人間だ、と。私なんかは見ているだけで心が疲弊する。何だって彼女のような人は、無意識のうちに周囲の人間から愛されることが当たり前だと思っているのだから。

 それからというもの、清水ナナは何故か事あるごとに私に話しかけてきた。内容は他愛のないもので、「3組は次の授業何?」「今日は天気がいい」「お腹すいた」と、正直どうでもいいことばかりだった。私はそれを適当にあしらうことで「関わらないでほしい」という意思を示していたつもりだったのだけど、結局卒業するまでにその思いが伝わることはなかった。私には彼女が私を構う理由が毛の先ほどもわからなかったし、わかりたいとも思わなかった。こちらの思いを察してくれないような人の考えることを理解しようとする気には到底なれない。それでも高校を卒業してしまえばもう会うこともないだろうから放っておこうと思った。


 それなのに、彼女は再び私の前に現れた。あの輝きをそのままに…いや、寧ろ光を増して。


 私と同じ大学に入学した高校の同期がどれくらいいるのか、なんてことは知ろうともしなかったから、その日はただただ驚いたというのが本音だ。昼休み、混み合う食堂で向かいにスパゲティの乗ったトレーが置かれた。

「久しぶり、ナオちゃん!何食べてるの?カレー?」

 開いた口が塞がらないとはこのことかと思った。スプーンから、掬ったばかりのカレーライスがポトリと落ちた。


 それから彼女はスパゲティをフォークに巻きつけながら喋り続けた。

 前期は落ちて、後期でこの大学を受験したこと。私も同じ大学だと知って、ことあるごとに私を探していたこと。昼食を食べに来たらたまたま私がいて驚いたこと…。

 どうでもいいと思いながら、私はそんな彼女を振り払うことも出来ずにカレーライスを食べ終わってからもただ椅子に座っていた。高校の頃はあんなにも簡単に振り払うことが出来たのに、何故今はそうできないのかわからなかった。

 相槌を打ちながら、私はそわそわと周りを気にしていた。大学に入学してからこれといって友人を作ることが出来なかった私には、講義を毎回一緒に受ける友人のようなものはいても、食事を共にするまでには至る存在はない。だから一人で昼食を摂ることは当たり前で、なんら珍しいことではないのだが、問題は目の前の彼女だ。教室の真ん中でスポットライトを当てられるどころか自らが光源となっていたようなあの清水ナナに限って、まさか友達が未だにいない訳がない。私が恐れているのは、彼女の友人が合流することで私の存在が中空にぶら下げられることだ。いや、寧ろ来てくれたらそのタイミングで私が席を立つことが出来るのか。ならばいっそ早く来てくれた方が助かるのだけれど。

「ねぇ清水さん、いいの?こんなとこで私と喋ってて。誰か、友達が待ってるんじゃない?」

 私の問いに彼女は少しきょとんとして、そしてアハハっと笑った。

「今日は1人だよぉ、友達なんていないもん」

 そんな馬鹿なと思ったが、きっと履修している科目が友人と異なるということなのだろう。「今日は」と言ったことがそれを表しているではないか。一瞬でも彼女に友人がいないのかと思った私はとんだ間抜けだ。

「ね、ナオちゃんはどぉなの、大学生活」

「…ぼちぼちかな」

 決してエンジョイしているとは言えない。そんな私のことを彼女はチラと見遣り、そしてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

「ナオちゃんのことだから、ろくにトモダチもいないんでしょ」

 事実ではあるが、この女に言われるのは何故か腹立たしい。返事をしない私に清水ナナは再びアハハと笑い、「私今から講義あるの。またね、ナオちゃん」と可愛らしく手を振って空の皿が乗ったトレーを手に去って行った。

 私だって今から講義があるのに、清水ナナの話に付き合っていたんだ。相変わらず自分勝手な奴だ。こちらの気持ちなんて微塵も考えちゃくれない。それが清水ナナだ、清水ナナという人間だ。自分勝手で我が儘で、それなのにそのハズなのに愛くるしくて。あぁ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 私は苛立ちを飲み込むようにお茶を煽った。

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