第24話 理由
僕達が発見した少女達は、全部で八人。
そして彼女達は、全員がここからの脱出を望んでいる。
僕は小部屋から出る前に、彼女達にこれからの行動を説明する事にした。
まず、ここは旧校舎の三階の部屋である事。
そして、今は厄介な徘徊者である人体模型を味方に引き入れる必要がある事。
その為には、一階の仮眠室に隠された人体模型の心臓を手に入れるしかない事。
それらを伝え終えると、当然のごとく彼女達から質問が飛んできた。
どうして人体模型を味方にしなければならないのか……と。
またしてもこれは僕の予想と、手紙に残されていた話から察する理想的な脱出計画に過ぎないんだけど……。
「今のところ、唯一の脱出口であるトイレはバリケードで封鎖されています。それを撤去している間に、一階を縄張りにしているサヨに見付かってしまうと、何をされるか分かりません」
彼女に発見されれば、バリケードの撤去作業を妨害されるのは大前提として、僕らの命に直接的な危険が及ぶ事も考えられる。
「だからこそ、その間にサヨを食い止めてくれる仲間──サヨと同じ賽河原高校の七不思議の一つに数えられる、人体模型の力を借りる必要があるんだと思います」
すると、サヤちゃんが僕の説明に補足をしてくれた。
「そもそも、須藤くん達がこうやってわたし達を助けに来られたのだって、七不思議の花子さんに協力してもらえたからなんです。大事な心臓のパーツを取り戻した人体模型なら、きっと花子さんみたいにわたし達に力を貸してくれるはずだと思うの……!」
新校舎のトイレで僕達の帰りを待つ、ちょっぴり高圧的な花子様。
彼女の知恵と力が無ければ、僕達は外の世界の旧校舎へ入る事も、この部屋の扉を開ける事さえ出来なかった。
そして図書室で見付けたあの手紙にも、サヨから心臓を取り戻した人体模型なら味方になってくれると記されていた。
理由は定かではないものの、彼女達は同じ学校の七不思議でありながらサヨに敵対している。
この調子で事が運べば、ここに居る十二人で揃って無事に怪奇世界から脱出出来る。そんな希望を抱いても、何らおかしくないと思えた。
サヤちゃんと同じようにこの世界に攫われてきた少女達は、僕達の話に真剣に耳を傾けてくれて……。
「……実際に外から来てくれた須藤君達がそう言うんだったら、あたしはその作戦を信じてみる事にする」
「実際に、そうやってここから逃げ出せた人達が居るんですよね……? だったら、自分達もそれに賭けます!」
伊東さんをはじめとする八人全員が、脱出への希望を見出してくれた。
それなら……と、僕は更に事細かな作戦内容を皆に伝えていく。
そして……心の準備を終えた僕達は、小部屋を出て一階を目指していった。
最初の三人から、今では十二人での行動となった現在。不安や心細さに苛まれながら探索していたとは思えない程、感じる息遣いや微かな足音の多さに、僕は心強さを感じている。
真夜中の校舎の静けさと、騒がしい蝉の声だけが響いていた数時間前。
それが今ではこんなに大人数で、真っ赤に染まった月光に照らされた校舎を歩いているだなんて……あの時は微塵も想像も出来なかったから。
「……ここの角、曲がった所だよな」
一階に到着したところで、新倉の言葉に無言で頷く。
僕達がやって来たのは、旧校舎の東側。つまり、合わせ鏡のある西トイレの反対側だ。
トイレ前にはバリケード……最悪の場合は、サヨが見張りをしている可能性がある。だから僕達は、三階の東側の階段を降りてここまで来ていた。
それに加えて、仮眠室に向かうならこっちからの方が都合が良かったのもある。
僕は皆が階段を降りきったのを確認して、出来るだけ声を抑えて囁くように言った。
「……ここからは別行動です。皆さんは新倉と村田さんと一緒に、すぐそこの空き教室で待っていて下さい」
僕の言葉に、少女達が不安げに、けれどもしっかりと頷いて応える。
校舎の東側は、各階に一年生から三年生用のクラス教室がある。流石に仮眠室までこの人数でぞろぞろ移動するのは目立つからと、ひとまず彼女達にはこっちで待機してもらう事にした。
そして仮眠室へ向かうのが、僕とサヤちゃんの二人。
本当は僕だけで仮眠室に行ってくるつもりだったんだけど、サヤちゃんが「須藤くんだけに無茶なんてさせられないから」と、
……サヤちゃんが僕の事を心配してくれているのは、とても嬉しい。嬉しい反面、彼女にだって危険な目に遭ってほしくはない。
だけど、それはきっとサヤちゃんだって抱えている気持ちなんだと思う。
大切な人を、一人きりにはしておけない。
だったら、自分の手で守りきるしかない……と、お互いに思ってしまったからこその組み分けだった。
残る花子様のお札は、あと二枚。
待機組に何か危機が迫った時には、まだお札を持っている村田さんが、文字通りの切り札としてお札を使ってくれるはずだ。
そしてサヤちゃんの塩攻撃と、僕の持つお札。
これだけしか対抗手段は無いけれど、どうにかして心臓を取ってこなければならない。
「任せたぜ、須藤……!」
「ああ、任された」
新倉はそう言って片手を差し出した。
僕も同じように手を出して、それぞれの手をグッと握り合う。
「……雛森先輩。須藤先輩と、心臓の奪還を頼みます」
「絶対に取って来るから、待っててね……!」
今すぐにでも引き留めたい衝動を必死に抑えて、村田さんはぎこちない笑みを浮かべてサヤちゃんの手を取った。
そんな彼女の震える手を、サヤちゃんは優しく包み込んで笑っている。
そんなやり取りをして、彼らに八人の事を託した僕達は廊下を進んでいく。
ここで僕達が作戦を失敗すれば、十二人全員が脱出の機会を失うだろう。そのプレッシャーは、確実に僕とサヤちゃんの肩にズッシリとのしかかってくる。
……それでも、やらなくちゃならない。
誰かが動き出さなければ、事態は何一つ好転しないんだ。それをやると決めたのは、他でもない僕自身なんだから!
「……もうすぐ、だね」
「……うん」
紅い廊下を進み、曲がり角から少しだけ顔を出して、安全を確認する。
中央階段の手前──昇降口の目と鼻の先にある小さな部屋こそが、僕らが目指している仮眠室だ。
あと少し。もう数歩歩いていけば、目的地は目の前だ……!
だがしかし、油断してはいけない。
サヤちゃんからの話では、サヨはどこからでも自分の行動を把握していたという。それが事実なら、こちらの作戦も筒抜けになっているかもしれない。
けれども妙な事に、サヤちゃんがここに一人きりだった頃にはあったはずのサヨからの干渉が、僕達が来てからはパッタリと止んでしまったらしい。
もしかしたら、『赤い手帳』に招かれていない部外者である僕達が侵入したせいで、サヨの感知能力か何かを妨害出来ているのかもしれない。
もしそうだとすれば、これはまたとない絶好の機会でしかないだろう。
安心しきってはいけないのに変わりは無いけど、その僅かな希望に、全てを賭ける。
足音を立てないよう慎重に、仮眠室の前へ到着した。
僕は静かに扉に手をかけてみたものの、予想通り扉は固く閉ざされている。
すぐにサヤちゃんとバトンタッチすると、三階でやった時よりも控えめな量の塩を扉に降らせた。
パチッ……と、小さな音が弾けて、黒い粒子が床に落ちる。やっぱり、ここにもサヨの封印がされていたらしい。
これまた予想通りの流れではあるけども、僕はポケットに入れていた花子様のお札を、今度こそ扉に触れさせた。
その瞬間、三階で新倉がやった時と同じようにお札がボロボロになっていき、跡形も無く消滅して期待通りの効果を発揮する。
心の中で誠意を込めて花子様にお礼を言ってから、僕達は遂に仮眠室へと足を踏み入れた。
そして──
「あった! あったよ、人体模型の心臓……!」
ボロくなっていた板敷の部屋。
本来なら守衛さんか誰かが使っていたであろう布団が入っていた押入れの奥深くに、捜し求めたいた作り物の心臓がひっそりと隠されていた。
結構
「やったね、須藤くんっ……! これできっと、皆と一緒に──」
「一緒に、どうするつもりなのかしら……?」
「っ、誰だ⁉︎」
ドクンッ! と心臓が跳ねる。僕らの背後から声のした方へ、反射的に振り返る。
心臓のパーツを探し始める前に閉めておいた扉が、開かれていた。
その扉を開けたであろう張本人が、そこに立っていた。
「あな、たは……!」
そこに居たのは……新倉達と一緒に東側の教室で待っているはずの、セーラー服姿の女子生徒の一人だ。
どうして彼女が……彼女だけが、こんな単独行動をしているのだろうか?
それだけじゃない。
僕の予感が、予想が、感覚が──これ以上ないぐらいに、彼女を警戒して叫んでいた。
『そう簡単に、二度もお姫様を逃してなるものですか。ねえ、サヤちゃん……?』
彼女が不気味な笑顔を向けたと同時に口から発せられたその声は、二人分の少女のものが重なって聞こえている。
今僕達目の前に居るのは……あの小部屋から連れ出した少女の一人に乗り移った、サヨなんだ……!
「ひっ……⁉︎」
僕と同時にその事実に気付いたサヤちゃんが、その場から飛びのくように僕の背中に隠れる。
自然と僕達は、あの少女と……サヨが乗り移った彼女と向かい合う形になった。
背後にある窓からは、きっと出られない。昇降口や他の窓と一緒で、花子様の力が込められたお札でなければ開けられないはずだ。
けれどもその頼みの切り札は、さっきここを開ける為に使ってしまった。塵の一つだって残っていないだろう。
つまり、この部屋から出るにはサヨの背後にある扉から廊下に出るしかない訳で……。
でも、そんな隙を見せるような相手とは思えない。
「……こういうのを、
『ええ、そうよ? よく分かってるじゃない……邪魔な男の分際で』
とうとう追い詰められてしまった僕達を見て、少女は……サヨは笑いながら距離を詰めてこようとする。
一歩近付かれる度に、僕とサヤちゃんも後退していく。
けれど、部屋の奥行きには限度がある。
「すっ、須藤くん! もう、逃げられる場所がっ……‼︎」
ほとんど悲鳴に近いサヤちゃんの声に、僕は奥歯をギリリと噛み締める。
まだ……まだだ。
こんなところで諦めたら、新倉や村田さんに合わせる顔が無い。
僕は早まる心音と、サヨが近付いてくる度に感じる強烈な殺意と冷気とを感じながら、それでも彼女から目を逸らさずに前を見据えた。
『安心して……アナタのお友達はすぐに楽にしてあげる。
カッと目を見開いた少女の両手が、僕の首を目掛けて迫って来るのが見えた──その数瞬。
「待ってくれ、サヨ‼︎」
腹から声を出した僕に驚いたのか、それとも呆れたのか……どっちだって構わない。
サヨは眉根を寄せて、今すぐにでも僕を締め殺せる位置に両手を構えて口を開いた。
『……何よ、今更ワタシに命乞いでもするつもり?』
「す、須藤くん……?」
側から見れば、自分が殺される直前になって怖気付いた、かっこ悪い男に見えるかもしれない。
だけど……僕にはどうしても、彼女に聞いておきたい事があったんだ。
間近に迫った死を前にして、僕は少しだけ声をうわずらせながら、ゆっくりとこう告げた。
「……サヤちゃんを救えるなら、僕は命だって惜しくはないさ。だけど、その前に……サヨ。どうして君が何十年もかけてこんな事を繰り返してきたのか……その理由を、冥土の土産に教えてくれないか?」
こんな所で死ぬつもりなんて、さらさら無いけれど。
でも、サヤちゃんの為ならここで死んでしまっても惜しくはない。
……いや、それだと彼女を悲しませてしまうだろうから、悔いは残ってしまうけど。
それでも、僕のこの気持ちは……サヤちゃんを想う気持ちは、この世の誰にだって負けないつもりでいるから。
その本気をぶつけて、サヨに問う。
何の罪も無い女子高生達を、どうして彼女はこんな場所に閉じ込めてきたのか……聞いておかなければ、と思ったんだ。
するとサヨは、すっと表情を消して言う。
『……どうして、理由を知りたいの?』
「これまでに知り得た、彼女達の共通点だ。賽河原高校に通っていた、高校二年の女子生徒。彼女達は皆、どこかしらのタイミングで君の『赤い手帳』を拾っていた」
僕の返した言葉に、サヨの眉がピクリと反応した。
「仮にこの旧校舎への連れ去りが無差別に行われたものだとしたら、生まれた年代は違っても『全員が高校二年生』だなんて事は、確率的にほとんどあり得ないはずだ。それなら、君が彼女達を選んだのには何か理由があったはず……そうじゃないのか?」
途中から、もう声は震えなくなっていた。
僕が言葉を紡ぎ続けるにつれて、サヨの瞳から溢れんばかりだった殺気が薄らいでいるのが分かったからだ。
その証拠だと言わんばかりに、僕の首に伸ばされようとしていた彼女の腕が、力を失ってだらんと垂れ下がった。
「…………っ⁉︎」
そのままバタリと床に倒れ込むのと同時に、少女が立っていたのとそっくり同じ場所に、今度こそありのままの姿のサヨが佇んでいた。
……その姿は見れば見る程、サヤちゃんと瓜二つで。
幼馴染の僕ですら、うっかりしていれば間違って声を掛けてしまいそうなぐらいに、二人はよく似ていた。
サヤちゃんがポニーテールと眼鏡をやめたら、きっとこのままの格好になるんだろう。奇妙なまでによく似た二人の『沙夜』に挟まれて、僕は思わず息を呑む。
「……これまで、何度も聞かれたわ。どうしてこんな事をするの、何でワタシを狙ったの、お願い助けて、ここから出して……。だけれどそれは、ワタシの中身なんて見れくれない……表面だけの問いだったわ」
サヨは感情の読めない顔で、僕を見上げる。
最初に遭遇した時の激しい怒りなんて微塵も感じさせない冷静さで、小さな唇を動かした。
「そこまで辿り着いたアナタになら、特別に教えてあげましょう。ワタシが……何故、この世界を創り出すに至ったのかを」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます