第23話 行方不明者

 倒れたままの少女達は、まだ生きているらしい。

 時々、悪夢にうなされているように声を漏らしていた。


「あのっ、皆さん大丈夫ですか……⁉︎」


 彼女達を見て、サヤちゃんが真っ先に一番手前に居た少女の肩を揺する。

 僕や新倉も、順番に彼女達を起こしていく。

 目覚めた少女達は、いったい何が起きたのかと混乱している様子で……その中の一人が、床にへたりと座り込んだまま、僕達を見上げてか細い声を絞り出した。


「……あ、あたし……今までずっと、ここで眠っていたみたいで……何が何だか、よく分からなくて……」


 その子の顔には、見覚えがあった。

 僕がまだ中学生だった頃……確か、中三の秋ぐらいだったか。街のいたる所に、女子高生の顔が印刷された貼り紙があったのを覚えている。

 夏休み中に行方不明になった、賽河原高校の女子生徒──その写真に写っていた少女が、多分この人だったと思う。

 肩甲骨の辺りまで伸びたくせっ毛の黒髪に、活発そうな印象を受けるパッチリとした目。そしてサヤちゃんや村田さんと同じ、賽河原高校の夏服を着ている。

 その黒髪の女の子は、伊東いとうゆかりさんというらしい。僕らと同じ二年生で、女子バスケットボール部に所属しているそうだ。

 だけど……。


「……なあ、須藤」

「何……?」


 サヤちゃんと村田さんに彼女達から事情を聞いてもらっていると、新倉が小声で僕に話し掛けてきた。

 どうやら僕が抱いていた疑問は、新倉にも共通していたらしい。答える僕の声も、なるべく彼女達に聞こえないようにひそめて話す事にした。


「俺達の学年に、伊東なんて名前のじょバスの生徒っていたっけか……?」

「……多分、居ない。同じ苗字の人なら居るかもしれないけど、少なくとも二年で伊東って名前の人は居なかったはずだよ」


 僕がそう断言出来るのには、理由がある。

 夏休みの今の時期、運動部は夏の大会が終われば三年生が引退し、次の部長が二年の部員から選ばれる。

 僕達新聞部は、そうして新たな部長となった生徒達にインタビューして、新部長の特集を組む予定があった。

 残念ながら賽河原の女子バスケ部は人数が少なく、三年生が一人も居ない。なので、これまで部長をやっていた二年生がそのまま次の部長として選ばれている。


 そして、去年の女子バスケ部の取材をしたのが、僕と新倉だった。

 去年の時点で三年も二年も不在で、一年生の三人だけで活動していたのをよく覚えている。人数は少ないけれど、三人共とても仲が良くて……その中の一人が同じクラスの子だったから、余計に記憶に残っていた。

 だからこそ、今のバスケ部の二年生の事はよく知っている。その三人の中に、伊東ゆかりという生徒は確実に居ない。


「……彼女はきっと、二年前にサヨに連れて来られた女の子だ」

「に、二年前⁉︎ それじゃ──」

「ちょっ、声が大きいって……!」


 大声で驚いてしまった新倉のせいで、女子達からの視線が僕らに集中する。

 サヤちゃん達を含めて、十人の女子高生が僕達を見上げていた。

 すると、こっちに振り向いた村田さんが、いつものジトッとした目で新倉を睨む。


「新倉先輩……少しは静かに出来ないのですか? 私達は今、重要な話し合いをしている真っ只中なのですけれど……」

「す、すまんすまん……次からは気を付ける!」

「はぁ……。せっかくおとこを見せたかと思ったら、すぐにこのザマですか……」


 まるで哀れな生き物を見る目でそう呟いた後、村田さんは前に顔を戻して少女達との話し合いに戻った。

 サヤちゃんはそんなやり取りを見て、苦笑しながら唇の前に人差し指を立てて「もうちょっとで終わりそうだから、あと少しだけ静かにしててね」と小さく囁いた。


 僕達はまた、彼女達の邪魔にならない程度に会話を再開する。

 新倉は二人の言い付けを守り、その後は大きな声を出さないように意識してくれた。

 その結果、やっぱり新倉にも伊東さんには見覚えが無い事。

 だというのに、二年前に行方不明になったはずの彼女自身は、自分を『賽河原高校の女子バスケ部の二年生』だと思っている事を再確認しあった。




 その後、サヤちゃん達による事情説明で、伊東さん以外の女の子達も「自分は賽河原高校の二年生だ」と口を揃えて言っていた事が判明した。

 そうして状況を理解していくうちに、これまでの単なる予想が、僕の中で確信へと変わっていく。

 どう見ても賽河原の制服ではない……というか、『昔の』賽河原高校の制服であっただろう、古めかしいデザインのセーラー服に身を包んだ少女も三人居た。

 今の女子の制服は、冬服では上にブレザーを着るタイプのものだ。

 けれども彼女達が着ているセーラー服も、間違い無く賽河原高校のものだと言える。

 何故ならそれは、合わせ鏡のトイレの前で姿を現した『赤い手帳』のサヨと、全く同じデザインのセーラー服だったからだ。

 そして──彼女達は全員、この旧校舎に閉じ込められる直前に『赤い手帳』を拾っていたという。


 僕はこれらの情報を元に立てた仮説を、ここに居る皆に説明する事にした。


「これは僕の推測ですが……皆さんが『赤い手帳』を拾ってここに閉じ込められている間に、人によっては数十年以上の時間が経過している事になっています」

「数十年……⁉︎ でもあたし達、みんな同い年のはずじゃないんですか⁉︎ 外見だって、全員どう見ても十代のはずで……!」

「それはあくまでも、皆さんがこの怪奇世界の旧校舎の中に居続けた結果だと思います」


 僕の発言に、声を荒らげた伊東さん。他の女子生徒達も、いったいどういう事なのかと次々に疑問の声を上げていた。

 それでもどうにか彼女達に冷静になって聞いてもらえるよう、僕は落ち着いて話し続ける。


「僕達はそこに居る眼鏡の子……雛森さんを救い出す為に、この別世界の旧校舎までやって来ました。この世界がおかしな場所だという事は、その窓の外を見れば分かってもらえると思います」


 その言葉で、彼女達は窓から注ぐ赤い月の光を見詰めた。

 常識的に考えて、こんなにも禍々しい月光を見る事なんて、普通はあり得ない。

 あの月を見た事で、伊東さん達にもこの世界の異常さを理解してもらえたはずだろう。


「彼女が僕達の前から姿を消したのは、八月十四日。今日は八月十五日なんですが……彼女がこの旧校舎で過ごした時間は、それ以上に長い時間だったそうです。そしてそれは、皆さんも同じはず……。終わらない夜の学校の中で、何度も目覚めては眠ってを繰り返して……」

「……そう、だった。あたし、ずっとここから出られなくて……明日は三年の先輩達の引退試合だから、絶対に部活に出なくちゃって思って……! だけど、あたしっ……‼︎」


 何度も何度も、明けない夜の中でさまよって。

 サヤちゃんは『明日は登校日』だと、伊東さんは『明日は引退試合の日』だと、そう思い込み続けて……長い時を過ごし続けていた。

 けれども彼女達は皆、少しやつれてはいるものの、若々しい女子高生のままだった。

 それは、旧校舎が現役で使われていた世代……セーラー服を着た彼女達も同様だ。

 この世界に閉じ込められた少女達は全員、少女のままでここに居る。


「ここから脱出する方法は、一階にあるトイレの合わせ鏡に飛び込む事。そこから外に出れば、皆さんは元の世界に戻れます。……でもそこは、皆さんが行方不明になったまま時間が過ぎてしまった未来の世界です」

「未来の……世界……」

「僕達は、皆さんと一緒にここから脱出するつもりです。……ですが、その途中にどんな危険が待ち受けているかは分かりません」


 そのうえ、元の世界に戻ったとしても……伊東さんはまだしも、セーラー服の彼女達にとって、この事態はとんでもない大事件だ。

 家族は既に数十年も年を重ねているのに、自分だけは女子高生のままなんだ。家に帰ったところで、家族や周囲にどう説明すれば信じてもらえるのだろう。

 けれど、このまま怪奇世界に留まり続けるのが正しいとも思えない。

 そんな葛藤が、彼女達の苦悶の表情から見て取れた。


「……多分、僕達にはもう時間が残されていない。一刻も早くここから逃げ出さないと、ここに居る全員がさっきまでの皆さんのように、ずっと眠り続けて悪夢にうなされる事になるかもしれません」

「……あたし、は……あたしは、あなた達と一緒に行きます」


 真っ先に口を開いたのは、バスケ部の伊東さんだった。


「外の世界ではどれだけ時間が経っていたって、こんな場所でいつあの幽霊に殺されるかも分からないままでいるなんて……そっちの方が、ずっと怖いよ……!」

「伊東さん……」


 小さく声を漏らしたサヤちゃんの隣で、村田さんがギュッと唇を引き結んだ。

 彼女の心からの叫びに、他の少女達も同じように顔を歪めて俯いている。

 サヨの手帳を拾ってしまった彼女達は、一人の例外も無くこの旧校舎をさまよった。


 開けられない窓。

 逃げ出せない昇降口。

 徘徊する人体模型。

 おぞましい悪霊──サヨ。


 明日になったら、朝になれば助けが来ると信じて待ち続けた彼女達は、来るはずもない太陽の光を焦がれ続けてきた。

 そんな恐怖の連続から解放されるのなら、この先への不安なんてちっぽけなもの。


「私……ここから、出たいです……!」

「私も……出る」

「わたしも、外に行きたい……!」

「こんなの……もう耐えられないです……!」


 彼女達は、ここからの脱出を選んだ。

 ならば僕達は、その願いを叶えよう。

 それこそが、この怪奇事件に首を突っ込んだ僕達の責任だと……そう思うから。




【雛森沙夜 四十八日目 残り二十七分】

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