第22話 魔の十三階段
本の間に挟まっていた手紙には、例の小部屋は図書室側の階段を上がった先にあると書かれていた。
その階段は、ある条件を満たす事で『魔の十三階段』となり、そこを越えると『三階の小部屋』の扉が出現する……らしい。
十三階段が出なければ、その小部屋に閉じ込められているかもしれない何か──これまでに行方を消した女子生徒達を助け出す事が出来なくなる。
でも、そこに居るのが必ずしも彼女達であるとは限らない。もしかしたら、とんでもない怪物が潜んでいる危険もある。
だけど僕達は、そんな危険を承知した上で小部屋を探す事を決めたんだ。
「俺の気のせいじゃなけりゃ、ここの階段……」
「……バッチリ十三段、ありますね」
図書室を出た僕達は、すぐに近くの階段へと向かった。
四人でしっかり段数を数えたら、上へ続く階段は……どうみても十三段ある。
七不思議の四番目……『魔の十三階段』は、処刑される人間が首を吊る為に登らされる絞首台と同じ数、十三段の階段になるという話だ。
どうしてその階段が僕達の前に姿を現したのか……その理由はハッキリとは分からない。
だけど、僕はあの手紙で少し引っかかっている事があった。
名前も分からない彼が書いた手紙には、『時間が残されていない』と記されていた。
残された時間──それが仮に『残された命の時間』だとすれば。
間も無く命を絶たれる死刑囚が登る階段と同じように、もうすぐ死ぬかもしれない僕らの前に十三階段が現れたんだと……そう考える事も出来る。
何せこの怪奇世界の旧校舎は、あの
僕達みたいな普通の高校生なんて、花子様の手助けが無ければ手も足も出ない相手だからな。少しでも判断を間違っていたら、あっという間に殺されていてもおかしくない。
だからこそ、死と隣り合わせの僕達の前に『魔の十三階段』がやって来た。
……どうにも僕には、そんな気がしてならなかった。
「こ、これを登らなくちゃいけないんだよね……? 大丈夫かな……須藤くんはどう思う?」
表情をこわばらせたサヤちゃんが、こちらを振り向きながらそう言った。
僕はそんな彼女をどうにか安心させるように、なるべく明るい口調で言葉を返す。
「そんなに不安がらなくても大丈夫だと思うよ」
「ど、どうして……? だってこの階段って、あんまり縁起の良いものじゃないんでしょ?」
「いや、そうとも限らないさ。仮に、この階段を登ったら死んでしまうんだとしたら……図書室にあの手紙を残した生徒は、どうしてここから無事に脱出出来たんだと思う?」
「あっ……!」
僕がそう言えば、サヤちゃんの顔から不安の色が抜けていくのが分かった。
これで少しでも彼女の気持ちを落ち着かせる事が出来たのなら良いんだけど……僕自身も、いざこうして十三階段を前にして、多少の怖さを感じていた。
この階段を登ったら、もしかしたら……と、そんな可能性を頭の片隅で考えてしまうから。
だから僕は、ほんのわずかだったとしても助かる道を信じていきたい。僕達よりも前にここを突破し、無事に脱出した手紙の彼のように……!
「……さあ、行こう」
僕を先頭に、三階への階段を上がっていく。
一段、また一段と登っていきながら、嫌でも勝手に心の中で数を数えていってしまう。
三段……四段……五段……。気のせいだとは思うものの、脚が重い。
六段、七段、八段……。やっぱり、この階段は──
九段、十段、十一段、十二段……そして、最後の一歩……十三段目。
「……特に、何も起こらねえな」
そうして最後まで上がりきって、無事に三階へと到着した。
周りの様子にも、特に目立った変化は無い。
「途中で死神か何かでも出て来るのかと思いましたが、拍子抜けでしたね」
「ま、まあ、何も起きないならそれに越したことはないよ! ね?」
「そう……ですね。雛森先輩の仰る通りです」
サヤちゃんの言葉通り、僕だって何も起きないのが一番だと思う。
僕は皆が無事に『魔の十三階段』を突破したのを確認してから、改めて例の小部屋を目指して、まずは廊下の様子を確認する。
図書室側の階段を上がった先は、左手に音楽室。右手に曲がれば数メートルに渡る廊下が続いている。
窓から注ぐ真っ赤な光と、心なしか騒がしい蝉の鳴き声だけが響く廊下には、僕ら以外の人影は無さそうだった。
……いや、待てよ?
「音楽室って……確か、ピアノの音がしてたんじゃなかったか?」
「えっ……そ、そういえば……」
「妙に静か……だよな……?」
全員で、思わず音楽室のある方へ首を回す。
新倉と村田さんが逃げ込んでいた教室は、音楽室だったはずだ。
そこで二人は、七不思議の『夜の音楽室のピアノ』に遭遇した。
その音に反応して人体模型が来るんじゃないかと危惧した新倉達は、僕とサヤちゃんが隠れていた三年の空き教室まで逃げていって……。
「……ピアノの音がしなくなった原因は分からないけど、開かない部屋を探すなら今の内だ。早めにここから離れた方が良いだろうしね」
「ああ、そうだな。その部屋ってのは……」
一足先に廊下に出た新倉が、すぐ右手にある扉の前で立ち止まった。
新倉はすぐにその扉に手を掛けて、
「んぐっ……! ここ開かねえな……アタリじゃねえか?」
鍵が掛かっているようには見えない引き戸を力一杯開けようとして、ガタガタと音を立てさせる。
パッと見た限り、ただの木製の引き戸にしか見えないけど……ここが本当に、あの手紙にあった『三階の小部屋』で合っているんだろうか。
「……新倉、ちょっとごめん」
念の為、僕も自分の手で扉の状態を確認する事にした。
新倉には少しどいてもらって、引き戸に手を掛ける。
「んっ……! 本当だ、開かないな……」
「だろー? でも鍵穴っぽいモンも見えねえし、どうやって鍵掛けてんだろうなぁ」
「鍵……鍵ですか……」
「だけど、そんなものどこにも……あっ!」
すると、背後でサヤちゃんの明るい声が聞こえた。
「いい事思い付いた! 須藤くん、新倉くん、ちょっとそこから離れてもらえる?」
「う、うん」
「別に構わねえけど……何すんだ?」
「ふっふーん……!」
自信満々に彼女が右手に掲げていたのは、僕達が怪奇世界に持ち込んだ食卓塩の瓶だった。
サヤちゃんは、もはや微笑ましいぐらいのドヤ顔で瓶の蓋を開けて……
「こういう扉って、ホラーゲームだと霊的な何かで封印されてたりするものなんだよね。だから……せいやぁっ!」
扉に向けて思い切り瓶を振り、塩をぶちまけたではないか。
買ったばかりのサラサラな塩は穴に詰まる事無く、粉雪よりも激しく引き戸にかかっていった。
驚いた事に、サヤちゃんがぶちかました塩粒のシャワーは、引き戸に当たるとバチバチと電流のような音を立てて弾けた。
普通なら、塩が当たったぐらいでこんなに激しい音はしないはずだ。
それに、おかしな点はもう一つあった。
「な、何だなんだ、これ……」
引き戸に当たって床に落ちた塩が、理科の実験で磁石を使って集めた砂鉄のように、真っ黒に変色していたんだ。
サヤちゃんはそのまま、何度か同じ事を繰り返した。
やっぱりその度に塩はバチバチと弾けて、床に落ちると真っ黒になってしまう。
何回確かめてもこれだけの変化が起きるのなら、この扉には何かがあると見て間違い無い。
「やっぱりおかしいよね、この扉。何かこう、悪霊の力っぽいもので閉ざされてるんだよ!」
「実際、旧校舎の窓も出入り口も封じられていますからね。他の扉を閉じるぐらい、あの怪物には
霊的な力──サヨによって閉じられた扉だと言うのなら、彼女に対抗する力を持っているのは、花子様から託されたお札ぐらいなものだろう。
僕は自分が持っていたお札をポケットから取り出して、もしかしたら扉の封印が解けるんじゃないかと試してみようとした。
しかし……。
「よっと!」
僕がやるよりも先に、横から新倉の手が伸びてきた。
彼のお札は、僕のお札が触れるよりも先に扉にあてがわれてしまう。
「えっ、ちょっ、新倉……⁉︎」
「いやほら、俺は野球で鍛えた自慢の脚力があるから、走って逃げればどうにかなるだろ? それならまず、この札を使うなら俺じゃねえかなって思ったんだけど……違ったか?」
そんな話をしている間にも、新倉のお札に変化が現れ始めた。
引き戸にペタッと触れさせた途端、真っ白な短冊状の紙だったお札がみるみる古ぼけていき……最後にはボロボロになって、跡形も無く消えてしまった。
こうなってしまえば、新倉はいざという時の切り札が使えない状態だ。
だけど……新倉はそうなってしまうとしても、僕や村田さんの為に自分のお札を使う事を選んだんだ。自分の事よりも、僕らの安全を優先して……。
「……そういう奴だよな、新倉って」
「うんうん! 自然とそういう事を出来ちゃうのが、新倉くんらしいよね」
「全く……どこの少年漫画の主人公ですか、貴方は」
「ん〜? ……何の話してんのかよく分かんねえけど、ひとまずまた開けられるかどうか試してみようぜ!」
僕達からの尊敬や呆れが入り混じった視線を浴びながら、新倉は思い切って扉に手を掛ける。
そうして、不思議な力で動かなかった引き戸は解放された。
部屋の中には、適当に放り込まれたような状態で床に倒れ伏す、何人もの女の子達。
その誰もが僕らとそう年の変わらない少女達で、中にはサヤちゃん達と同じ制服に身を包んだ子達も居た。
僕の予想は、正しかった。
この部屋に閉じ込められていたのは……サヨによって怪奇世界に連れ込まれたままの、賽河原高校の女子生徒達だったんだ……!
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