第21話 残された時間
僕達は早速、四人で図書室の調査を開始した。
新倉は出入り口付近を。スマホが無くて明かりが確保出来ないサヤちゃんは、村田さんと一緒に奥の方の棚を。僕はその間を担当して、何か手掛かりになるものがないか探していく。
出来れば合わせ鏡以外の脱出ルートか、この怪奇世界を支配するサヨを封じる手立てが見付かれば……と思うんだけど。
手元のスマホでサーチライトのように本棚を照らして、本と本の隙間にも何かがないか、細かくチェックしていく。
すると、奥の方からサヤちゃんと村田さんの話し声が聞こえてきた。
「こういうのって大概は図書室とか保健室とか、そういういかにもな場所に、ちょうどいい感じの紙切れなんかが落ちてたりするものなんだけど……」
「ちょうどいい感じの……ですか。まあ確かに、私も何かを隠すなら物に溢れた場所に紛れ込ませますかね。その方が、敵対者に発見されにくくなるでしょうし」
二人のそんな会話に、僕も内心頷いていた。
仮にどこかの空き教室に物を隠していたのなら、古ぼけた机と椅子がちらほらと散乱しているだけの場所は、隠し場所には選ばないと思う。
基本的には机と椅子、あってもロッカーぐらいしか置かれていない空間だから、探す場所も隠す場所も少なすぎるからだ。
となると、村田さんの言うように物の多い場所を選ぶのが正解だろう。
とは言っても、この図書室にはそれなりの広さがあるうえに、本棚の数もかなりある。
部屋を取り囲むように置かれた本棚と、奥の方には両面に本を収納出来るタイプの棚まである。更に視界も悪いとくれば、この中で探し物をするのは想像以上に苦労する事になりそうだ。
僕の担当する範囲を探していくうち、やっぱりそう簡単には上手くいかないな……と、気持ちが落ち込み始めてきた。
サヤちゃんも新倉達も、終わりの見えない作業に、少しずつ不安や焦りを感じてきているような印象だった。
そんな時、僕は次の棚を調べようと上の段へとライトを当てた。
本棚の上部には『地域・風習』と書かれた木札が付けられている。
ざっと本の背表紙を眺めた限りの判断だけど、どうやらこの棚には地元周辺の地理や歴史、地元出身の作家が出した本が集められているらしい。
当たり前の話ではあるものの、そこに収められた本はどれも古い物のようだ。
もしかしたら、賽河原高校にまつわる話もあるんじゃないか──そう思って、僕は気になった本を棚からそっと抜き取った。
賽河原高校は、この地域ではかなり歴史のある学校だ。この学校が建てられた経緯や、地元に伝わる伝承があれば何かの突破口になるかもしれない。
そうして僕は多少不自由にはなるものの、スマホのライトを片手にその本を読み進めてみる事にした。
「ん……?」
左手で少しページをめくってみると、親指に違和感があった。
どうやら本の間に何かが挟まっているらしい。分厚いページとページの間に、変な膨らみがある。
気になってそこを開いてみると、そこには二枚の紙が挟まっていた。
一枚はかなり急いで折り畳まれたのか、歪な形で四つ折りにされたメモのようなもの。
もう一枚は、僕らにとってかなり見覚えのあるものだった。
「……み、皆! ちょっとこっちに来て!」
「おっ、何か見付かったのか?」
「なになに、何があったの?」
僕の呼び掛けに、作業の手を止めた三人がパタパタと足音を立てながら駆け寄って来る。
「ほら、これなんだけど……」
集まってきた皆にも見えるように、僕はその紙を手に取った。
その紙は、何か大きな紙を切り取って作ったような短冊形で、筆で文字が書かれている。
それはまるで──
「これ、皆が持ってるお札にそっくりじゃない……?」
サヤちゃんの言葉に、新倉と村田さんが反応する。
「紙のサイズは若干違えけど、書いてあるのは同じ文字っぽいな……」
「須藤先輩、そちらの折り畳まれた紙には目を通されましたか?」
「いや、これから見るところだよ。……多分、前にここを訪れた男子生徒が残したものだと思う」
「まさか本当にヒントが隠れてるだなんて、ビックリだね……!」
本当にそれがヒントになるかは分からない。
でもこのお札があるという事は、花子様と関わりのある人物が残した物だと考えていいはずだ。
彼女は「このお札は特別なものだから」と言っていたし、あの花子様がそう言うんだから珍しいお札なんだと思う。
「……じゃあ、中を確認するよ」
「両手が塞がってしまうでしょうから、私が手元を照らします」
そう言って、村田さんは自分のスマホで僕の方にライトを向けてくれた。
僕は彼女に「ありがとう」と短く感謝を伝えてから、改めて本の間に挟んであった紙をそっと広げた。
紙自体に劣化した様子は無く、そこに書かれた文字も問題なく読めそうだ。
僕はその書き置きを読み上げて、皆は黙ってそれに耳を傾ける。
────────────
オレ達はもうすぐ、このおかしな旧校舎から脱出する。
ここまで手を貸してくれた花子の力も、最後に残ったこの二枚の札だけだ。もう他に頼れるものはない。
もしここにオレ達以外にも人が来たのなら、必ず知っておいてもらいたい事がある。
まず、やっぱりこの旧校舎と外を繋ぐのは合わせ鏡だけだ。
もしここを塞がれたとしても、アイツの気を引けば隙をついて逃げ出せるはずだ。
その為の手段として、一階の仮眠室にある『ある物』を取ってくる必要がある。
そこには赤い手帳の女の霊が隠していた、人体模型の心臓がどこかにあるはずだ。
きっとあの女は、オレ達がここを出た後も同じ場所に心臓を隠すだろう。
どうやらあの手帳の霊と他の七不思議達は、階ごとに縄張りを持っているらしい。
理由は分からないが、あの女の縄張りである一階には人体模型が追って来なかった。
外からの侵入者であるオレ達が心臓を隠した犯人だと思い込ませて、人体模型にオレ達を襲うようあの女が命令しているのを聞いた。
「自分が一階を探すから、あなたは上の階を探しなさい」
そう命令してまであの人体模型を近付かせたくない物が、一階に隠された心臓なんだ。
だから心臓を人体模型に返してやれば、アイツがあの女の命令に従う必要も無くなる。現に今、人体模型はオレ達に協力すると言ってくれている。
それさえ出来れば、あとはこっちのもんだ。
合わせ鏡から離れた場所で人体模型に騒いでもらって、その隙に合わせ鏡から逃げる。それだけだ。
ただ、一つだけ引っかかっている事がある。
図書室の近くにある階段が、何回かに一度だけ十三段になっていた事があったんだ。
その直後に立ち寄った三階のある部屋が、どうしても開けられなかった。
最初はその鍵のかかった部屋にツレが閉じ込められているのかと思ったが、そうじゃなかった。だが、何かが居るような気配だけはする。
だが次にその廊下を通った時、さっきまであったはずのその部屋は消えていた。
これはただの憶測だが、もしかしたらその部屋に他の女生徒達を閉じ込めているのかもしれない。
もしまだ余裕があるのなら、この手紙を見ているお前に真実を確かめてほしい。
本当にすまないが、オレ達には……
どうかこの手紙が朽ち果てずに、誰かの目に触れる事を願う。
────────────
全てを読み終えた僕は、全ての謎が少しずつ繋がってきた感覚に奥歯を噛み締めた。
……これは思っていた以上に、かなりのヒントだったから。
「一階の仮眠室に心臓のパーツがあるんだな! それじゃあすぐ取りに行こうぜ!」
「うん……そうするべきだとは思う、けど……」
「何だよ、何かまだ気になる事があんのか?」
移動を急かしてくる新倉に、僕は小さく頷いた。
「まず、この手紙にある『三階の小部屋』っていうのがさ……特定のタイミングでしか行けない、二つ目の『開かずの扉』なんじゃないかと思ってさ」
「二つ目の『開かずの扉』……?」
僕の言葉をオウム返ししたサヤちゃんに、僕は改めて状況を整理する意味も込めて語り始める。
「『開かずの扉』は七不思議の五番目なんだけど、僕達はこれまで旧校舎の昇降口の事を『開かずの扉』だと解釈してきた。だけど……」
「この手紙を見る限りでは、『魔の十三階段』を登った先にしか現れない『開かずの扉』がある……という事ですね?」
「うん、村田さんの言う通りだよ。次に同じ廊下を通った時には、その部屋はもう
この手紙の主の推測が正しければ、ある条件を満たした時にだけ『魔の十三階段』が出現し、そのタイミングでしか行けない『開かずの扉』の先にこれまで行方不明になってきた女子生徒達が監禁されている可能性がある。
仮にそうだったとして、彼女達を連れて全員で逃げ出すにはリスクもあるだろう。
けれどもこの機会を逃したら、彼女達が助かる術なんてどこにもない。
「……僕は、十三階段を探しに行こうと思う」
「わたしも行くよ! 他の女の子達も助け出さなくちゃ!」
「ああ、こんな場所で置き去りには出来ねえよな!」
「先輩方なら、きっとそうすると思っていました。……危険は充分承知の上でしょうしね」
自分達だけが助かるだなんて、僕達にそんな身勝手な事は出来ない。
そこに手を伸ばす勇気さえあれば、何にだって挑めるはすだ。
そうして僕達は手紙で得た手掛かりを元に、小部屋を目指して図書室を飛び出していった。
【雛森沙夜 四十八日目 残り五十七分】
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