第20話 新聞部
幸いにも人体模型と遭遇する事なく、僕達は無事に図書室まで戻って来る事が出来た。
いざとなればあの時のように、机越しに上手く回避する事が出来るだろう。あのゆっくりとした移動速度であれば、あいつもそこまで恐ろしい相手じゃないからだ。
最後に室内に入った村田さんが、なるべく音を立てないように静かに扉を閉める。
そうして少し声を出しても大丈夫なように、本棚が並ぶ奥の方へ四人で身を隠して座り込んだ。
バッテリーの残量を節約する為、代表して僕のスマホを明かり代わりにして床に置く。それを四人で囲むような形で、改めて話し合いが始まった。
まず最初に口火を切ったのは、新倉だった。
「なあ、結局これからどうすんだ? 誰か良い案思い付いたか?」
「もし思い付いていたら、とっくに提案していますよ。私達はただの平凡な高校生です。このような霊現象に詳しいはずもないでしょう?」
「そ、そりゃそうだよな……」
うんうん唸って頭をひねってはみたものの、何の突破口も見出せない新倉に、村田さんが正論を言う。
彼女の新倉に対する言い方はいつもキツいものがあるけど、今はこの状況へのストレスや不安もあってか、普段以上に棘があるように思えた。
そうなってしまうのは無理もない……けれど、それで四人の空気が悪くなってしまうのも良くはない。
僕は向かい側で言い合う二人に、ぎこちないながらもこう告げた。
「え、ええと……確かに村田さんの言う通り、僕達は霊能力がある訳でもない普通の高校生だよ。だけどさ、これまでに得てきた経験を活かして、意見を出し合う事は出来ると思うんだ」
「これまでの経験……ですか?」
首を傾げる村田さんに、僕は頷いて言葉を続ける。
「うん。例えばなんだけど……僕、たまにホラーゲームとか遊んでるんだけどさ、そういうゲームだと管理人室とか職員室とか、そういう場所に攻略のヒントが隠されてたりするんだよ」
「バラバラに置かれた本を正しい順に並び替えると、隠し扉が出てきたりするやつだよね! わたしも暇な時とか、フリーゲームの実況動画観ててちょっと詳しいんだよね」
「そうそう、そんな感じのやつ」
「ですが……それは所詮、ゲームの中での話ですよね? いくら何でも、そんな仕掛けやヒントが現実に存在するとは思えませんが……」
「いや、そう結論を出すのはまだ早いと思う」
にわかには信じ難いといった目を向けてくる村田さんと、僕の意見に共感してくれている様子のサヤちゃん。
元野球少年の新倉も、普段から僕のゲームに関する話題に乗ってくれる。サヤちゃん程ではないにしろ、ある程度は話を理解してくれていると思う。
そこで僕は、一美姉さんから聞いた
その内容とは、例のサヤちゃんのように『ごく一部の人間以外の記憶から消された女子生徒を救い出した、とある男子生徒』の話だ。
「前にも今の僕らのように、この旧校舎に来て女の子を救った生徒が居たらしい。それならもしかしたら、その生徒達が残した痕跡が見付かるかもしれないだろ?」
けれども村田さんは、そんな僕の話を聞いても表情を曇らせたまま。
「その生徒達がヒントを残してくれているとも限りませんし、そう上手く見付かるとは思えません。そもそも、その話自体に信憑性がありませんよ」
そう言って、彼女は僕の意見すらもバッサリと斬り捨ててしまった。
変に遠慮しないのは村田さんの強みでもあるだろうけど、こうも面と向かって女の子に否定されるのは、ちょっと心に来るものがあるな……。
けれども彼女の言うように、僕が言っているのはあくまでも想像に過ぎない。現実はゲームのように、シナリオが一つに定まったものじゃないんだから。
すると、あれからずっと黙っていた新倉が動き出した。
「んー……ま、こうやって話してるだけじゃラチがあかねえし、何かしらあの幽霊の弱点になりそうなモンでも探してみようぜ!」
そう言って新倉は立ち上がり、自分のスマホの明かりを頼りに図書室の中を探索し始めた。
光を放つ液晶画面を本棚に向けて、棚の上から順に本の背表紙をなぞるように照らしていく。
「俺は俺で調べとくから、お前らも何か気になる場所があんなら調べに行くってのはどうだ?」
「だけど、迂闊に部屋から出たら人体模型に見付かるかもしれないし……」
「だからって、そんな風に顔を突き合わせてても良い案が出るワケでもねえんだろ? 最後には答えを出すにしても、情報不足のままじゃ真実なんて見えてこねえんじゃねえかなぁ」
「新倉……」
あの新倉にしては核心をついた発言に、僕は密かに感動してしまった。
結局僕達は、どうして例の男子生徒がこの旧校舎から女子生徒を救い出せたのか、全く理由を知らないままだ。
その少女以外にも行方不明になった生徒は大勢居て、彼以外にもここを訪れて救助に来た生徒が居たのかも分からない。
何の情報も持たない僕達が知恵を絞ろうとしたところで、出て来るのは無味無臭の無意味な時間だけ。
こうしている間にも、サヨは何かを企てているかもしれない。
何せサヤちゃんの話では、サヨは僕達の行動を全て把握しているらしいんだからな。
……それにしても、向こうが何のアクションも起こしてこないのは腑に落ちないんだけどさ。
「……確かに、新倉の言う通りかもな」
「ちょ、須藤先輩まで……!」
あぐらをかいた状態から腰を上げた僕を見上げて、村田さんが反応する。
「何のヒントも得られないかもしれないけど、脱出の方法を考えながらだって簡単な調べ物ぐらいは出来るはずだ。せめてこの図書室だけでも、全員で調べてみる価値はあると思うよ」
「わたしも賛成!」
「ひ、雛森先輩もっ……⁉︎」
困惑する村田さんに、元気良く立ち上がるサヤちゃん。
「響子ちゃんも一緒に調べてみようよ。何も見付からなかったら、また改めて皆で相談しよう?」
スッと差し出されたサヤちゃんの右手を前に、少しの間悩む村田さん。
「……分かり、ました。私が何の案も出せないばかりに、すみません……」
伏し目がちにその手を取った村田さんを、サヤちゃんは困り笑いをしながら引っ張り上げる。
「ううん、何も思い付かなかったのは皆一緒だよ。それに……」
「それに……?」
サヤちゃんは僕を、新倉を、そして最後に村田さんの方を見てこう言った。
「わたし達は、賽河原高校の新聞部なんだよ? 調べ物は、わたし達普段からやってる得意分野! さっき新倉くんも言ってたけど、物事の真実を知るにはまず情報集めから……でしょ?」
「……っ!」
その言葉は村田さんだけじゃなく、僕の心にも響くものだった。
僕達は部長のサヤちゃんを中心にして動く、賽河原高校のたった四人しか居ない弱小新聞部だ。
けれど、その人数の少なさがお互いのコミュニケーションを促し、今年の春から村田さんという新たな部員を迎えて活動してきた唯一無二の仲間達。
そんな僕達にやれる事……いや、僕達だからこそやり遂げなくてはならない事。
それこそが、この『賽河原高校の七不思議』の謎を解き明かす事なんだ……!
「響子ちゃん……それに須藤くん、新倉くん。わたし、皆をこんな事に巻き込んじゃった部長だけど……それでも、ついて来てくれるかな……?」
「当たり前だよ!」
「おう! 当然だよなっ!」
少し不安げにそう告げたサヤちゃんに、僕と新倉は即答した。
そして、村田さんも……。
「……雛森先輩が部長だったからこそ、私はこの部の……新聞部の一員になろうと思ったんです。この旧校舎の謎を解明するのが私達の使命だと言うのなら、私はそれを
「ありがとう、皆……!」
力強い村田さんの返答に、サヤちゃんは思わず涙ぐんで。
「……よーしっ! 全員でパパッとここを調査しちゃおう!」
「おー!」
「おう‼︎」
「はいっ!」
世界は相も変わらず、事件の引き金となった手帳と同じ色に染まっている。
だけれど僕達の胸に灯る友情の色は、何にだって上書きされない輝きを放っているんだと……そう実感した瞬間だった。
【雛森沙夜 四十八日目 残り一時間と四十分】
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