第17話 大切なもの

 青ざめて頭を抱えているサヤちゃんに、僕はどう声をかければ良いのか分からなかった。

 それでも何か言わなければ……今一番混乱しているのは彼女なんだから、ある程度の情報を握っている僕が冷静に接するべきだと思う。


「……雛森さん、改めて状況を整理してみよう。そうすれば、何かが見えてくる……そんな予感がするんだ」

「須藤、くん……」


 泣き出しそうな声を絞り出して、僕を見たサヤちゃん。

 彼女はぐっと唇を噛み締め、レンズの向こうの瞳に滲む涙を堪えながら頷いた。


「……うん。もう何が何なのか、全然分からなくなってきちゃったけど……」

「あの幽霊を……サヨをどうにか出来るヒントが見付けられれば、合わせ鏡の所まで無事に戻れるかもしれない……!」


 そうして僕達は身を寄せ合って、なるべく声を抑えての話し合いを再開させた。





 まず、サヤちゃんがこの旧校舎に連れ込まれた理由を予想していく。

 これまでに僕と彼女とで手に入れてきた情報だけでの憶測でしかないけど、可能性の一つとして頭の片隅に置いておく価値はあると思う。


 やっぱり最初に気になるのは、サヤちゃんとサヨ──同じ『沙夜』という字を持つ、二人の女子高生という共通点だ。

 ゲームや小説で得た聞きかじりの知識で申し訳が無いけど、名前というものには強い意味が込められているらしい。

 相手の名前を知っていれば呪いをかける事が出来たり、魂を奪う事が出来る……とか。

 実際にそんな事が出来るのかは分からない。だけど、この怪奇世界が実在する以上、あり得ない話じゃない。

 もしかしたら同じ『沙夜』という名を持つ者同士だったからこそ、旧校舎のサヨは彼女に何かをしようとしている……というか、何かをしやすい状態になっている可能性がある。


 それに加えて、更に共通しているのが『沙夜』達の愛用品である『赤い手帳』だ。

 サヤちゃんが使っているのはノート型のメモ帳だけど、大雑把に言ってしまえば、それも手帳の一種だと言える。

 同じ『沙夜』という名前に、『赤い手帳』。

 そして、同じ賽河原高校に通う女子生徒である点。

 これらの共通点が増えれば増えていく程、サヨが企てている何かの成功率が高くなっていくのだとしたら……。


「もしそうだったとすれば……サヨが雛森さんを必死にここに留めようとする理由も、少しだけ分かってくるかもしれないな」

「同じ名前で、同じ年頃……。やっぱりあの子は、わたしをここで殺して新しい人生をやり直そうとしているのかも……」

「え……?」


 僕が聞き返せば、サヤちゃんは僕が返したメモ帳をそっと抱え込むようにして、静かに語り始めた。


「だってさ、七不思議の『赤い手帳』の話では……あの子は自殺したって言うんでしょ? あの子が死んじゃった理由までは分からないけど、もしもわたしの身体を利用して、人生のやり直しが出来るんだったとしたら……」


 彼女のその意見に、僕は思わずぐっと押し黙ってしまう。

 それと同時に、背中をゾクゾクとした悪寒のようなものが駆け抜けていく感覚を覚えた。

 そうだ。彼女達の共通点は、名前と持ち物だけじゃない。


「……同じ顔をした女の子が、二人居るんだもん。わたしを殺して、サヨが元の世界でわたしのフリをして生き返る事だって……出来ちゃうんじゃないかな」

「それはっ……」


 絶対にあり得ない、だなんて断言出来ない。

 何故なら僕達が居た元の世界では、僕ら以外の記憶からサヤちゃんの存在が消されてしまっていたんだから。

 それがサヨの企みの一つだったとするのなら、彼女の話にも信憑性が出て来てしまう。


 サヤちゃんの存在を消して、その枠に新たにサヨという存在を送り込む。

 全く同じ外見で、同じ名前の賽河原高校の女子生徒。

 それを果たす為にサヨは『赤い手帳』を通じて、サヤちゃんをこの旧校舎に引き摺り込んだのなら……。


「……あり得そうな話、でしょ?」


 涙声でそう言った彼女の表情は、言い様のない不安に満ちていながらも、どうにか気丈に振る舞おうとする笑顔だった。

 きっと無理矢理にでも心を奮い立たせなければ、恐怖に押し潰されてしまいそうだから。

 だからサヤちゃんは、僕の前で無理をして笑っている。そんな確信があった。

 だけど僕が見たいのは、サヤちゃんのこんな悲しい笑顔なんかじゃない。


 同じ病院で産声をあげて、小学校の頃までいつも一緒に遊んでいた、僕の大切な幼馴染。

 そしてこの賽河原高校で再会した……僕の初恋の女の子。

 それが雛森沙夜という、夜空に煌めく一番星のような女の子だ。

 ……これは僕の一方的な感情だけど、せめて僕の前でくらいは無理をしないで、思いっきり気持ちをぶつけてほしいと思うんだ。

 だから、僕は──




 ────────────




「……サヤちゃん」


 情け無い声しか出せなかったわたしの視界が、須藤くんの胸板に覆われた。

 急に須藤くんに両腕で抱き寄せられたのを理解した途端、わたしはまた別の種類の情け無い声を上げるしかなかった。


「すっ、すす、須藤くん……⁉︎」

「いきなりごめん。……だけど、サヤちゃんのそんな顔は見たくないんだ」


 頭上から降って来る須藤くんの言葉に、わたしは言葉を詰まらせる。

 そっか……やっぱり、須藤くんには分かっちゃうんだね。

 この事件に皆を巻き込んじゃったのはわたしなのに、その原因を作ってしまったわたしが今以上に迷惑をかけてしまうだなんて、そんなの我慢出来なかったから。

 だからわたしは、須藤くんの前で無理矢理笑って……泣くのを必死で堪えてた。

 でも須藤くんには……わたしの大切な幼馴染の彼には、そんなわたしの考えなんてお見通しだったんだ。

 まるで、子供の頃にかくれんぼをしていたあの時みたいに、わたしを見付けて──その胸に抱き締めてくれて、優しい声でわたしの名前を呼んでくれている。


「カズキ……くん……」


 この世で一番わたしの事を理解してくれているのは、やっぱり須藤くん……カズキくんだけなんだ。

 世界で一番安心する体温に包まれている内に、どんどん涙腺が緩んでいくのが分かった。


「わたし……わたしっ……!」

「……泣きたい時は、思いっきり泣いて良いんだよ。せめて、僕の前でだけは……あの頃みたいに、さ」

「……っ、うう……ひぅっ……!」


 やっぱりカズキくんは、覚えてくれてたんだね。

 わたしがいつどこに居ても、彼だけはわたしを見捨てずに探し出してくれる……わたしの大切な──




【雛森沙夜 四十八日目 残り二時間と五十三分】

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