第7話 旧校舎にて

 僕は足早に自室に入ると、どかりとベッドに腰を下ろしてチャットアプリを起動した。

 一美姉さんの話が役立つかもしれない今、早く新倉達に情報を共有したくて仕方が無かったからだ。

 僕は黙々と新聞部のグループチャットに書き込みをしていく。


『姉さんから、七不思議についての新しい情報を聞けた』


 一旦それだけを打ち込んで送信すると、間髪を入れずにメッセージの既読表示が二件ついた。

 新倉も村田さんも、何かあればすぐにスマホを確認出来るようにしてくれていたんだろう。本当に心強い部員達だ。

 そのまま僕は姉さんからの話を二人に伝え、一通りの情報を彼らにも受け取ってもらった。

 すると、村田さんからの返信があった。


『その、過去に同じ現象に巻き込まれた女子生徒の話というのが事実であれば、残る六つの七不思議が鍵を握っているのは確実だと思います』


 やはり彼女も、僕と同意見だったらしい。

 七不思議の中で、僕が特に気になったものが一つある。

 それは『夕方の合わせ鏡』だ。

 旧校舎一階の西側にあるトイレの合わせ鏡……夕方の四時四十四分になると、そこで何かが起きるという。


『やっぱり、村田さんもそう思うよね。出来れば明日、そこで何が起きるのかを確かめてみたいけど……』

『そもそも、旧校舎の中には入れねえんだろ? それでどうやって合わせ鏡のとこまで行けば良いってんだ?』


 ……新倉の意見はもっともだ。

 実際に僕が鍵を借りて中に入ろうと試みてはみたものの、昇降口はピクリとも動かなかった。


『後はもう、窓を叩き割るぐらいしか無いのでは……?』

『……緊急事態だし、試してみる価値はあると思う。だけど、それでも開かなかった時の為の、別の手段も考えておくべきだよ』

『それってどんな?』


 新倉からの問いに、僕は脳を回転させる。

 姉さんの言うが高校時代に実行したのは、『赤い手帳』という怪奇事件を解決させる為に、他の七不思議を利用したという話だった。

 現時点では旧校舎に入る手立てが無い以上、僕らがまず最初にすべきなのは、旧校舎への侵入手段の確保だろう。

 となると、六つある怪奇の中で有効なものというと──


『霊現象に立ち向かうには、同じ武器で対抗するしかない。となると……旧校舎への入り口をこじ開ける鍵になるのは、花子さんじゃないかと思うんだ』

『花子さんって……七不思議の一番目の『トイレの花子さん』の事ですよね? 何故それが鍵になるとお考えなのですか?』


 村田さんからの質問に、僕はあくまで仮説でしかない。

 けれども僕は、それに賭けるしかない自論を展開させた。

 それを聞いた村田さん達の反応は、当初は半信半疑といった様子だったけど……。


『俺はお前を信じるぜ、須藤!』

『現実味に欠けますが、僅かでも可能性があるのなら、それをやってみる価値はあると思います。それに……』


 続いて送られて来た彼女の言葉に、僕は思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまった。


『お二人共、今日が何日かご存知ですよね? 八月十四日……お盆の時期なんです。雛森先輩がこんなおかしな現象に巻き込まれたのは、あの世とこの世の境が曖昧になるこの時期だったせいなのかもしれません』


「そうか……今はもうお盆だったんだ」


 この地域はどちらかというと田舎の方で、休みに帰省するような人はあまり居ない。

 ご先祖様のお墓があるのはすぐ近所の所だから、墓参りの為に遠出をする必要も無い。自然が残った、のどかな土地だ。

 だからこそ、僕の頭の中から『お盆』というワードがすっかり抜け落ちてしまっていた。

 昔は父さんや姉さんと一緒に母さんの墓参りに行っていたけど、一美姉さんが中学に上がってからは、そんな機会も少なくなっていたからだ。

 最後に僕が墓参りに行ったのって、何年前だったっけ……?


『この町では、盆踊りのある八月十六日がお盆の最終日とされています。これは私の想像でしかありませんが、この日までに雛森先輩を連れ戻せなかった場合……』


 ──もしかしたら、雛森先輩はそのままあの世へ連れて行かれてしまうかもしれません。




 ******




【雛森沙夜 一日目】




 気が付いたらわたしは、夜の旧校舎へと閉じ込められていた。

 さっきまで部屋で明日の登校日に向けて、夏休み明けの特集記事のネタを纏めて、早く寝ようと思っていたのに。

 わたしは自分の部屋で机に向かって、愛用している赤い表紙のノートタイプのメモ帳にペンを走らせていた。

 その最中、急に頭がクラクラしてきたかと思ったら、あっという間に意識が遠くなって……。

 次にわたしが目にした光景は、誰も居ない夜の旧校舎の教室の天井だったの。


 教室の黒板の上には、壊れたままの丸い時計が掛けられている。

 ガランとした教室の中には、乱雑に置かれた机と椅子と、床に倒れこんでいた、わたしだけ。

 その異常事態に、わたしは慌てて飛び起きた。


「ここは……旧校舎の教室、だよね……?」


 どこか昭和の香りを感じさせる、木の温もりのある校舎。

 ……日中はそう思うんだけど、何故かわたしは今、夜の旧校舎に居る。夜の学校って、こんなにも不気味なんだね。


 ひとまず教室の中には誰も居ないようだから、少し状況を整理したいわね。

 まず、今のわたしの服装。

 わたしが着ていたのはTシャツとハーフパンツだったはずなのに、いつの間にか制服を着させられている。

 夏服の白い半袖のワイシャツに、紺色のスカート。それに、ふくらはぎを覆うぐらいの長さの黒いソックスと、上履きを履いていた。

 どうして制服なんて着てるんだろう。

 寝る前に学校新聞のネタを纏めていたはずだから、誰かが部屋に押し入って来て、わたしの意識が無い内に着替えさせてここに連れ込んだ……とか?

 うーん……それじゃあ、あんまり現実的じゃないよなぁ。

 でも、試しにつねってみた頬は痛いし、しっかり目が覚めている自覚もある。

 となると、これは夢オチなんかじゃないはずだよね。


「今の時間……は、時計が壊れてるから分からないか。じゃあスマホは……」


 自分が倒れ込んでいた付近を確認してみる。

 すると、床には意識を失う直前まで書き込んでいたメモ帳と、同じく愛用のポールペンが転がっていた。

 手に取って中身を見れば、それはやっぱりわたしが使っている物に間違いなかった。

 でも、残念ながらスマホは見当たらない。


「これじゃあ時間すら確かめられないじゃないの……!」


 紙とペンだけで、普通の女子高生に何が出来ようか。

 自分の置かれた状況すら把握出来ていないうえに、スマホも無いなんてハードモードすぎるでしょ!


「……まあ、見付からないものはしょうがないか。もしかしたら、学校のどこかに落ちてるかもしれないもんね」


 とにかく、多分だけどわたしをここに連れ込んだ犯人が居る……と仮定して考えましょう。

 冷静に対処すれば、誘拐事件っぽいものに巻き込まれていても何とかなる! ……とでも思わないと、やってやれないからね!


 今のところ、わたしの周囲には人影も足音も無し。

 同じように連れて来られた人も居ないみたいだから、これはわたし一人をターゲットにした犯行なのかな……?

 身代金目当ての誘拐とか……かな、可能性として考えられるのは。

 うちってそこまで裕福な家庭じゃないと思うけど、未だにこんな事件ってあるものなのねぇ。


 わたしをここに攫った誘拐犯(仮)が居るんだとして、窓から見える外の景色からして、ここは校舎の最上階の教室だと思う。

 旧校舎には何度か来た事があるから、外に生えている木の高さからある程度は見当がつくんだよね。

 ここの窓からは木がほとんど見えないから、三階校舎のどこかの教室のはず。となると、窓からの脱出は危ないよね……。


「古い校舎だし、カーテンも外されちゃってるから、カーテンを繋いで窓から華麗に脱出! とか、出来そうにないもんなぁ……」


 まあ、地面までどれぐらいの高さか確認しておくぐらいは済ませましょうか。

 三階はアウトでも、二階からならギリギリ飛び降りられる高さかもしれないし……!

 そうして一度窓を開けて下を覗き込んでみようとしたんだけど、金属部分を摘んで動かすタイプの鍵はビクリともしない。


「んんっ……! やだこれ、錆び付いて開けられなくなっちゃってるの……⁉︎」


 指先に力を入れて何度もトライしてみても、やっぱり窓は開けられない。

 それなら……と隣の窓の鍵にも挑戦したけど、全部無駄。どうやったって鍵が上手く動いてくれないの。


「いったぁ〜い……」


 あんまりにも力を入れ過ぎたせいで、指が痛くなってきちゃった……。

 この教室の窓、いくら古いからってどうなってるのよ! もうっ!

 ……はぁ。いくら粘っても無駄な気がしてきたから、ここはもう諦めて部屋を移ろうかな。

 そう思って教室の戸をそっと……なるべく音を立てないように、ゆっくりゆっくりと開けて廊下の様子を窺ってみる。

 立て付けが悪いからかもだけど、ちょっとは戸を引く音がしてしまうのはどうしようもないよね。犯人の耳に届かない事を祈るしかない……!


「……まあ当然、暗いですよね」


 うん、廊下が暗くてよく見えません。

 廊下にも窓はあるけど、外からの明かりなんて微々たるもの。

 山の上に建てられた校舎だから、星の光が届いてるのかな? すぐ近くの状況は目視出来ても、廊下の奥までは見通せない視界の悪さ。

 どうやらわたしが居たのは三階の一番奥の教室だったみたいで、ここから見えるのは廊下の半分ぐらいまでかなぁ。

 下への階段はすぐ右手にあるから、そこから降りていけば一階の昇降口に出られるはず。

 その間に、もしも犯人と鉢合わせたら……全速力で逃げ切るしかない……かな?


「いやいや、せめて何か武器になるものが欲しいよね……!」


 根っからの文系なわたしに、颯爽と駆け抜けられるような脚力なんてあるはずもない。

 だってわたし、新聞部だもの! 顧問の先生から部長を任されるぐらいの、真面目な文系女子高生ですからね‼︎


 誰に聞かせるでもない言い訳をぶつくさ漏らしながら、一旦教室の用具入れの中から、使えそうなものを物色していく。

 賽河原高校の旧校舎は、日頃から演劇部や吹奏楽部の練習場としても使われている。

 なので、それらの部に利用される教室は、定期的に掃除が行われているらしい。

 つまり……ここにはほうきが収納されているんですよね〜!


「手頃な武器……もとい、自衛アイテムゲットです……!」


 わたしは片手に箒を持って天に掲げ、気分だけは鬼に金棒な心地で、それを握り込んだ。

 実際は単なるひ弱な女子高生が棒を持って喜んでるだけなんだけど、こんな心細い状況下なんだもの。手元に箒一本あるだけでも、ちょっとだけ心強いんですよ。

 それを持って、わたしは改めて教室から廊下に出た。勿論、メモ帳とポールペンも忘れずに。


「……早く家に帰らないと。だって明日は、新聞部の皆と……それに……」


 須藤くんに、久々に会えるんだから……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る