第2話 七不思議

 賽河原高校の七不思議──その中の一つ、『赤い手帳』。


 僕の姉さんも同じ賽河原の卒業生で、校内新聞のネタに困っていた僕に提案してくれた話がそれだった。

 姉さんから聞いた限りでは、うちの高校にはよくある『学校の七不思議』には無い珍しいものがある。

 大抵の学校では『トイレの花子さん』だとか、『音楽室のピアノが夜中に勝手に鳴る』みたいな話が有名だろう。

 そんなありふれた学校の七不思議の中で、一つだけ異質な存在感を放つ『赤い手帳』の内容は……こうだ。




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 数十年前、まだ旧校舎が現役で使われていた頃。

 真面目な優等生の女子生徒が、突如学校の屋上から飛び降りて自殺したという。

 彼女が飛び降りた屋上に残されていたのは、真っ赤な表紙の『赤い手帳』。

 そこにはとある男子生徒への怒りがびっしりと書き込まれており、それこそが女子生徒の自殺の原因だと判断されたらしい。


 女子生徒の自殺があってからというもの、何年かに一度、夏の時期に女子生徒が行方不明になる事件が度々起きている。

 それらの事件に共通しているのは、行方不明になる直前に『赤い手帳』を拾った事。

 それを拾ってしまったが最後、少女達は自殺した女子生徒の怨念に取り込まれてしまう。

 新校舎が建設された今もなお、成仏出来なかった彼女の怨念が旧校舎に留まっているのだという。




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 姉さんの話が本当にあり得るかは別として、このメモ帳に書かれている字は間違い無くサヤちゃんのものだと思う。

 メモ帳の表紙の下部には油性のマジックペンで『沙夜』と記名されている。

 表紙の方から順に紙をめくって中身を確かめてみると、夏休み前日に僕と校門で別れた時に書かれたであろう、八月十六日の花火大会の予定がボールペンで記載されていた。

 その後のページにも、本来なら今日の打ち合わせで披露されるはずだったネタが何件もメモしてある。

 ……やっぱりこれは、サヤちゃんの持ち物だ。

 メモ帳の紙が全体的に劣化している理由は分からないけど、折られていたページに書いてあったメッセージの内容が確かなら──


「……サヤちゃんは今、旧校舎に閉じ込められてるのか?」


 でも、それはおかしい。

 何故なら僕達は、新聞部での打ち合わせの前に旧校舎の掃除に向かっていたからだ。

 そこにはサヤちゃんの姿は無かったし、僕ら以外には他の文化部の生徒や先生達しか居なかった。

 それに、未だに彼女がスマホで連絡を返してくれない理由も分からない。


「……確かめるぐらいは、してみるべきだよな」


 独り言を呟きながら、僕はスマホを手に取った。

 グループチャットを確認するも、やはりサヤちゃんからの返信は無い。

 改めて個人チャットを送信してはみたが、すぐに既読が付く様子も見られない。


 ……彼女の残したメモ帳の最後には、『旧校舎に丸一日閉じ込められている』と書かれていた。

 昇降口も窓も開かないというのも、流石に異常すぎる事態だろう。

 サヤちゃんはこんな手の込んだイタズラをするような子じゃないし、周りに心配を掛けるような事はしないはずだ。

 僕は手にしたスマホでグループチャットのページに戻り、そこに新たなメッセージを書き込んでいった。


『部室で雛森さんのメモ帳を見付けたんだけど、最後に書かれた内容がどうにもおかしい。もしかしたら旧校舎に居るかもしれないから、今から確かめに行ってくる』


 そのメッセージと共に、メモ帳の例のページを写真で撮って二人に送信した。

 すると、すぐに僕のメッセージに既読表示が付く。

 間も無くして、村田さんからの返信が来る。


『……これ、何の冗談です?』


 村田さんから送られた言葉に、僕の表情が歪んだ。

 こんな走り書きを突然送り付けられれば、そんな反応にもなってしまうだろう。

 でも、僕がこの小さなノート……赤いメモ帳を発見したのは事実だ。


『冗談なんかじゃない。少なくとも、これを書いたのが僕じゃないのは確かだよ』


 そう送り返すと、更に村田さんからの言葉が返って来た。


『すみません。確かにこの字は、多少崩れてはいますが雛森先輩のものと見て間違い無いと思います。ですが、これではまるで須藤先輩の話と同じではないですか』


 彼女の言う通り、現時点で推測されるサヤちゃんの置かれた状況は『赤い手帳』の話によく似ている。


 赤いメモ帳、行方不明の女子生徒、旧校舎。


 これらのワードは、賽河原高校七不思議の『赤い手帳』に関連するものばかり。

 仮にサヤちゃんが本当に行方をくらませてしまったというのなら──


『……これは先輩のお話から受けた、私の勝手な推測ですが。例の赤い手帳の幽霊が、雛森先輩を旧校舎に閉じ込めてしまった……とは考えられないでしょうか?』

『と、言うと……?』

『須藤先輩が添付して下さったメモ書きの写真には、『旧校舎から出られない』とあります。加えて七不思議の話では、自殺した女子生徒の霊が今も旧校舎に留まっている事になりますよね』


 続けて送信された村田さんのメッセージに、僕は思わずスマホを持つ手が震える。


『自殺した女子生徒は、赤い手帳を拾った少女を取り込むとおっしゃっていましたよね? それはつまり、旧校舎を縄張りとする霊によって、雛森先輩が『旧校舎に取り込まれてしまった』とは考えられないでしょうか?』


 サヤちゃんが旧校舎に取り込まれた──という村田さんの推測に、妙に納得してしまう。

 彼女が言う通り、あの七不思議の話には『自殺した霊に取り込まれる』というフレーズがあった。

 悪霊に取り憑かれる、なんて話ならまだしも、わざわざ『取り込まれる』なんて言い方をする理由が分かったような気がしたからだ。


『本当にそんなおかしな話が実在するかは分かりませんが、今軽くネットで過去の賽河原高校に関する事件を検索しました。この数十年、確かに女子生徒が夏休み前後に行方不明になった事件が何件かあったようです』


 この短時間にそこまで行動に移している村田さんに驚きつつ、僕は彼女が合わせて送信してくれたネットのニュース記事のスクリーンショット画像に目を通した。

 記事は三年前に書かれたもののようだったが、その内容は例の自殺があった年から最近までの行方不明者についてを纏めた内容だった。

 その事件のどれもが未解決のまま、女子生徒達はぱったりと姿を消してしまったのだという。


『これ、姉さんが言ってたのは事実だったって事か……?』

『まだ分かりません。が、少なくとも雛森先輩の安否が不明なのは事実です』


 彼女の言葉通り、未だにサヤちゃんからの返信も既読も無い状態が続いている。

 通話も試してはいるものの、やはりこれにも反応する兆しが無い。

 となると、僕達が今やるべき事は二つある。

 僕は、たった思い付いた案を急いで打ち込んでいく。


『ひとまず僕は旧校舎を見に戻ろうと思う。本当に雛森さんが旧校舎に居るなら、早く助けに行かないと』


 もう一つの案は村田さんに実行を頼もうと、次のチャットを書き込んでいたその時だった。


『返信遅れた!』


 そのメッセージに、サヤちゃんからの返信かと胸が跳ね──けれども、それが表示された横のアイコンはサヤちゃんのものではなく。


『チャリ漕いでたからスマホ確認するの遅れちまったわ』


 メッセージを送って来たのは、村田さんと一緒に先に帰っていた新倉だった。

 新倉は自転車通学をしているから、途中でスマホの通知音が何度も鳴っているのが気になって、少し後からチャットを確認したんだろう。

 サヤちゃんからの返信では無かったのは辛いが、こうなるとますます事態の悪さが目立って来るように思えてならない。

 あのガサツな新倉ですら返事をくれるというのに、いつもならまめに返事を返してくれるサヤちゃんが無反応なのは絶対におかしすぎるからだ。


『新倉って、確か雛森さんの家に近かったよな?』

『ああ、そうだけど』

『出来ればすぐに雛森さんの家に行って、家の人に雛森さんがどうしているか聞きに行ってくれないか?』

『わかった! 秒で確認してくるから待っててくれ!』

『助かる』


 こういう時に頼りになるのが新倉の長所だ。

 きっと今頃、サヤちゃんの家に向けて自転車を爆走させているところだろう。……事故に遭わなきゃ良いけど。


 体力勝負なら新倉、冷静な判断力なら村田さん。

 この二人が力を貸してくれるなら百人力だ。

 たった四人の新聞部──それも今じゃ副部長の僕を入れた三人だけだけど、少人数でも立派に活動を続けてきたチームワークを今こそ発揮してみせよう。


 すると、村田さんからの返信が。


『私もこれから雛森先輩のご自宅にお伺いします。新倉先輩だけでは不安なので』


 うーん、村田さんの厳しい反応。

 このメッセージ、新倉本人にも届いてるのを理解した上での書き込みなんだよな……?

 後で新倉が騒ぎ立てる姿を想像して苦笑しながら画面を見ていると、更に彼女からメッセージが届いた。


『雛森先輩がご在宅かを確認した後、すぐに須藤先輩にご連絡します。もしも雛森先輩がご不在なようでしたら、私達もすぐに旧校舎の方に向かいます。それでは』

『ありがとう、村田さん。新倉を頼むよ』


 そう返信した後、村田さんからの既読は付かなかった。

 彼女は徒歩で通学していたはずだから、今は大急ぎで新倉の後を追って走っているのかもしれない。


 僕も急いで旧校舎に向かわないとと思い、部室の鍵は開けたまま──サヤちゃんのメモ帳をスクールバッグに入れてから、目的地に向けて走り出した。

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