賽河原高校の七不思議 雛森沙夜と赤い手帳

由岐

第1話 赤い手帳

 高校二年の夏、僕達はとある不思議な体験をする事になった。


「それじゃあ須藤すどうくん、十四日の登校日にまた会おうね!」

「うん、雛森ひなもりさんも旅行楽しんできてね」


 時は、夏休みの前日に遡る。

 終業式を終えて、部活を終えた夕方。

 僕──須藤一樹かずきは、同じ新聞部の部員である雛森沙夜さやさんと校門前で話していた。

 雛森さんの家と僕の家は逆方向にあるから、僕はどう足掻いても彼女と一緒に下校する事が出来なかった。

 そんな僕の気も知らないで、彼女はよく似合う黒髪のポニーテールを揺らしながら言う。


「お土産もちゃんと買って来るから、期待して待ってて! あ、それから……夏休み明けに貼り出す記事のネタ出し、忘れないでやって来るんだよ?」

「分かってるよ。それより、雛森さんも登校日の後の約束忘れないでおいてよ?」

「花火大会の事でしょ? 大丈夫! ちゃんとメモ帳にも書いておくから!」


 雛森さんは眼鏡の位置を人差し指で直す。

 肩に掛けたスクールバッグから、赤い表紙のノート型のメモ帳とボールペンを取り出した。

 今さっき彼女か言っていた通り、登校日の二日後に河川敷で開かれる花火大会に行く予定をメモしているようだ。

 まあ、花火大会の前には盆踊りもあるんだけど。そういえば、去年は大雨でお流れになっちゃったんだよなぁ。


 雛森さんは、黙っていれば知的でクールな印象を受ける子だ。

 真っ直ぐな黒髪で、眼鏡を掛けた文学的な女子高生。

 けれどこうして面と向かって話してみると、明るくて素直な性格なのがよく分かる。

 雛森さんは……僕の幼馴染は、昔からこういう子なんだ。


「……よしっ、これで絶対忘れないよ! じゃあ須藤くん、今度こそまたね!」

「うん、またね」


 笑顔で手を振って歩き出した雛森さん。

 僕はそんな彼女に手を振り返して、彼女とは反対方向に校門から歩いていく。

 そうして、大きな溜息をついた。


「はぁー……昔は名前で呼び合ってたのに、今じゃそんな空気じゃないもんなぁ……」


 雛森さん……サヤちゃんと僕は、産まれた病院が同じだった。

 そこで母親同士が知り合って、同い年の僕らも小さい頃からよく遊ぶ友達になっていた。

 幼稚園も小学校も同じ所に通っていたものの、中学に上がる時に彼女の父親の転勤が決まって離ればなれになって……高校進学と同時に、またこの町に戻って来たんだ。

 三年越しに彼女と再会した僕は、成長したサヤちゃんを見て自分の気持ちを自覚した。

 ……僕は知らず知らずの内に、彼女を好きになっていたんだ。


 同じ高校で再会して、偶然にも同じ部活に入って。

 他の生徒達は異性を名前で呼ばないから、いつの間にか僕らも名字で呼び合うようになっていて。

 少し変わってしまった部分もあるけれど、あの頃みたいな日々を過ごしていく間に、やっぱり僕はサヤちゃんと一緒に居たいんだと気付いたんだ。


 彼女と会えなかった三年間、僕の人生は色褪せていた。

 来年には受験を控えているし、高校を卒後したらまた離ればなれになるかもしれない。

 だけど……僕には彼女に告白するような勇気なんて、これっぽっちも無くて。

 だって、こんな平凡な僕を、星みたいに輝くサヤちゃんが好きになってくれるか分からないから。

 だからせめて、高校での三年間ぐらいは……あの頃みたいにとは言えなくても、彼女と楽しく過ごせたらそれで良いんだ。




 ────────




 登校日、八月十四日の朝。


 今日は学校で集会がある。

 その後はクラスごとに教室の掃除をして、部活に入っている生徒は、それぞれの部室の掃除もしてから帰宅する流れだ。

 運動部の人達はプール清掃も担当するらしい。

 文化部の僕達は、校舎の裏山にある旧校舎の掃除を担当する。

 今はもう全校集会も教室の掃除も終わったところで、これから新聞部の部室に向かうところだ。

 その途中で、聞き慣れた声の主が僕の背後から声を掛けてくる。


「須藤〜!」


 その声に振り向くと、想定通りの人物が笑顔で駆け寄って来た。


「はよっす、須藤! いやー、たった何週間か会ってないだけだってのに随分久々に会う気がするわ〜」

「おはよう、新倉にいくら。そういえば、ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「お、分かる⁉︎ そうなんだよ〜! さっき保健室寄って背ぇ測ったら二センチ伸びてたわ!」


 そう言って豪快に笑う新倉真二しんじは、僕と同じ新聞部の二年生。

 一年の頃は同じクラスで、今は別のクラスだけど仲良くしている友達だ。

 くだらない会話をしながら部室のある一階まで階段を降りていき、廊下の一番奥の部屋にある引き戸を開ける。

 すると、早速掃除に取り掛かっていたもう一人の部員が僕達に気付いた。


「あ、須藤先輩。お久し振りです。一足先に掃除を始めていましたが、そこまで酷い状態ではありません。比較的すぐに終わるかと思います」

「遅れてごめん、村田むらたさん」

「村田ちゃん、ナチュラルに俺の存在をスルーするの悲しいからやめてくんない……?」

「あ……新倉先輩も居たんですね。失礼しました」

「絶対に分かっててスルーしただろ……⁉︎」


 棚の整理をしていたセミロングの髪の女の子は、一年生の村田響子きょうこさんだ。

 何故か新倉への態度が冷たいというか、扱いが雑なのはいつもの事なのでスルーしようと思う。

 すぐに僕も掃除を手伝おうとしたところで、村田さんが口を開く。


「あの……雛森先輩にはお会いしましたか? まだ雛森先輩だけ部室にいらしてないんですが……」

「え、雛森まだ来てねぇの?」

「いつもなら僕達よりも早く部室に来てるはずなのに……どうしたんだろう」


 部室に入るには職員室から鍵を貰ってこないといけないから、普段は村田さんかサヤちゃんのどちらかが鍵を取りに行くのが習慣化している。

 後はサヤちゃんが来れば新聞部の全員が揃う……んだけど、彼女が遅れるなんて珍しいな。

 八月から家族で旅行に行って、登校日の前日にはこっちに戻って来るって聞いてたけど……。

 僕とも新倉ともクラスも違うし、サヤちゃんが今日学校に来ているのかも分からないんだよな。


「……雛森さんが心配だし、とりあえずチャットを送って連絡してみるよ」

「そうですね。スマホがある時代に生まれて良かったですよ。昔は家の固定電話すら無かったそうですから、本当に便利な時代になったものですね」


 僕はすぐに制服のポケットからスマートフォンを取り出して、新聞部のグループチャットからサヤちゃんにメッセージを送信した。

 ……けれど、何分経っても彼女からの返信は無い。


 その後、部室と旧校舎の掃除が終わっても、結局メッセージの既読表示すら付かないままだった。


「どうしたんでしょうね、雛森先輩……。確か家族旅行に行ってらしたんですよね?」

「そのはずだけど……」

「飛行機トラブルとかで、まだ帰れてねぇんじゃねぇの?」

「仮に新倉先輩の話が事実だとすれば、夜には返信があるんじゃないでしょうか。遅くとも、明日には何かしら連絡があるはずです」


 村田さんの言う通りだ。

 サヤちゃんはメッセージがあればすぐに返信をするタイプだから、こんな風に連絡が取れなくなるような事は滅多に無い。

 前にも似たような事はあったけど、ベッドでスマホを持ったまま寝落ちしていたとか、そういう理由があっての事だった。


「ん〜……まあ、ひとまず今日の所は部室に戻って、雛森抜きで話し合いを進めとくか!」

「夏休み明けの校内新聞の特集について、ですよね?」

「あ、それならしっかりネタを集めてきたよ。本来なら夏休み前に組むべき特集だと思うんだけど、僕の姉さんに聞いた賽河原さいがわら高校の七不思議の一つに『赤い手帳』って話があってさ。他の六つはよくある話なんだけど──」




 ────────




 下校時間が来るまで、僕達は三人で次の校内新聞の特集について話し合い続けた。

 今回は、僕が持って来たネタが採用されそうだ。最終的には、部長のサヤちゃんの意見も聞いておかないといけないんだけどな。

 サヤちゃんに相談する特集記事のネタが決まった後、僕が部室の鍵を返しに行く事になった。

 既に新倉と村田さんは、部室を出て行った後だった。

 三人で掃除を済ませた部室は、棚も整理されて窓もピカピカ。

 しっかりと拭き上げられた机も綺麗に……と、視線を机に移した瞬間。


「これは、サヤちゃんのメモ帳……?」


 夏休み前に校門で見た、サヤちゃんが花火大会の予定をメモしていた赤いメモ帳が視界に入った。


「何でこんな所に……」


 僕は思わずそれを手に取って、ふと浮かんだ疑問に首を傾げる。

 夏休み前にこれを見た時に比べて、メモ帳がかなりボロボロになっていたからだ。

 しかも、メモ帳の真ん中辺りのページが一枚だけ折り曲げられていて……。

 それが妙に気になった僕は、勝手に中身を見る罪悪感を覚えながらそのページを開き──言葉を失った。




『もう丸一日、旧校舎から出られない。


 昇降口も、窓からも出られなくなってる。


 真っ暗な中で、さっきからずっと女の子の笑い声がする。


 誰でも良い。お願いだから、誰かわたしを助けて……ここから出して……!』




 ……間違いない。

 ここに書かれているのは……サヤちゃんの字だ。


 その事実を理解した途端、背筋が凍るようだった。



 何故ならこの状況は、僕が調べてきた七不思議──『赤い手帳』の話と酷似していたからだ。

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