第246話 『あひるの王子と片翼のドラゴン』
物語は完結した。それはもう涙なくしては語れないエンディングだった。
薙ぎ倒され、吹き飛ばされ、火を噴きかけられ、叩きつけられ……。ドラゴンの猛攻は、あひるの王子が考えていた以上に強烈で、これまでの道中で託された魔法や防具を駆使しつつも、王子は幾度となく挫けそうになった。
けれど、そこで浮かぶのがネコ娘の顔だ。優しく、純粋で、気配り上手で……。無鉄砲なあひるの王子をいつも支えていた。あやかしの森に迷い込んで離れ離れになったときに感じたあの孤独を、もう二度と味わいたくはない。
再び彼の目に光が宿る。
立ち向かう王子は、一緒に戦うネコ娘に頷くと、剣を振り上げる。
恐れはない。王子の剣には、この長く険しかった旅のすべてが込められている。
……静寂が訪れたとき、立っていたのはあひるの王子とネコ娘だった。
王子の一撃が、片翼のドラゴンを打ち倒したのだ。二人の運命を巻き込んだ長い長い因縁の戦いがこうして終わりを迎えた。
その後の二人がどうなったのか、それは本編には描かれていない。けれど、最後の一行を信じるならば、末永く幸せに暮らしたのだろう。そんな希望を持たせるハッピーエンドだった。
一足先に入手できた私は、この物語を星がきれいな夜、川の音を近くに聞きながら、小さなたき火に照らして読んだ。思わず鼻を啜ってしまったところをガロンに聞かれ、感動が台無しになるくらい馬鹿にされた。けれどいい。私が味わえたこの感動は、童話好きの私を満足させるに十分だった。童話に対する愛を笑われようと、私は誇りを持って貫き通す。
そんな熱意が伝わったのか、次の日、ヴェルトがらしくないことを言ってきた。
「なぁ、リリィ。お前今、あひるの王子シリーズ全巻持ってるのか?」
「もちろん!」
誰に聞いてると思ってるんだ。
「ちょっと読みたくなった。一巻の、なんだっけ? アレから貸してくれ」
「『あひるの王子とネコ娘』! っていうか、へぇえ! ヴェルトが童話読みたくなったんだ。へぇえ!」
まさに驚天動地。私があんなに勧めても頑なに断っていたくせに、どういう風の吹き回しだろう。私がそう問い詰めると、
「ちょっと気になることがあって」
と、訳の分からない理由で釈明した。なんだそりゃ。
とはいえ、ヴェルトが童話に興味を持ってくれたことは、私にとって喜ばしきことだ。もしかしたら生涯の読書仲間になれるかもしれない。そう思って期待した。
けれど、全て読み終えた後も、ヴェルトの様子は変わらない。第三巻『あひるの王子と砂漠の王者』のあの胸躍るバトルシーンの感動も、第四巻『あひるの王子とあやかしの森』の一人になる心細さも、この長身には響いた様子がない。今だって、宝の山が目の前にあるにもかかわらず、はしゃぐ私を見つめるアンニュイな表情は変わらなかった。
私は気づかれないように溜め息を吐いた。
いわゆる現場の雰囲気というものを存分に堪能した私が、完全に出来上がって、広場のベンチで風呂上がりのような夢見心地に浸っていると、やれやれといった表情でヴェルトが現れた。
「よくもまぁ、これだけ動けるもんだ。この活力を旅の道中常に発揮してくれれば、俺は助かったんだがな。やってることは、初めてここを訪れた時と変わらないし」
「ほほ。満足じゃ……」
「満足しているとこ悪いが、リリィ。次、行くぞ?」
「むにゃむにゃ……。うん? 次?」
呆ける私の手を、ヴェルトは無理やり引っ張っていく。
「――で、ここに来るわけだ」
童話市の賑わいからとんと離れた寂れた路地。西日を受けて佇むオンボロ屋敷が、ヴェルトの目的地だった。
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