第247話 ピクト その①

 通称、魔女の館。

 暖簾のような植物をかき分けて玄関に顔を出すと、たったったと小刻みな足音が近づいて来た。


「ヴェルト! 来た!」

「おお、来たぞ。元気してたか、カグヤ」

「うん! おばあちゃ! おばあちゃ!」


 凛と高い声が廊下の奥へ木霊する。

 一年ぶりに見たカグヤちゃんは、少し身長が伸びていて、可愛さにさらに磨きがかかっていた。天使だ。

 そして、天使の声で呼ばれて現れたのは、カグヤと正反対の不気味な魔女。


「ミヨ婆!」

「よ、ご無沙汰。って程でもねぇな」

「相変わらず景気の悪そうな顔してるな。がっはっは」


 ひどくしわの寄った頬が、にぃっと吊り上がって笑う。


「いっひっひ。よぉく来たね、ヴェルトにガロンに王女様。まぁ、おあがりよ」


 不気味オーラを全開にして手招きされると、背筋を走る悪寒を禁じ得ない。

 梢の街の隔離病棟の一件以来、不気味な声に免疫はできていたけれど、いざ対面すると視覚的な恐怖が私の芯を揺さぶってくる。

 冷たい廊下を進むと、例のガラクタ部屋に出る。髑髏だの、剥製だの、謎の仮面だの、相変わらず趣味が悪い。ぐるぐると自転する天球儀を横目に、小さく開いたテーブルの前に腰を下ろした。なんだか、生贄にされる子羊になった気分だ。


「三人とも壮健だね。なによりなにより」

「湖の村では、ごめんなさい」

「その節は世話になったな」


 もはや知らない仲ではない。カグヤちゃんが淹れて来てくれたお茶を飲みながら、私たちは思い出話に興じた。

 ミヨ婆もこの度の当事者の一人である。表舞台に出てきたことこそ少ないけれど、私たちの旅を見守っていたというのは本当のことらしい。モニカと二人で話していたヴェルトに関する例のあのことについて話題が及んだ時は、流石の私も肝が冷えた。

 ミヨ婆は意外にも聞き上手で、時間が過ぎるのはあっという間だった。魔法使いにも色々いるらしい。フェアリージャンキーを作り出していた大魔法使いを思い浮かべながら、私は湯呑を啜った。


「で、ミヨ婆。依頼していた件だが……」


 話題も大方で尽くしたところでヴェルトが口火を切る。


「えっと、キャメロンからどうやって記憶を取り出すか、だっけ?」


 確かそんな話をここでしていた気がする。


「ああ、調べ終わっているよ――カグヤ、これを並べておくれ」


 こくりと頷いたカグヤが、ミヨ婆からはがきサイズの紙切れを数枚受け取って、せっせとテーブルに並べてくれる。その一生懸命さに見蕩れてしまうのは母性本能というやつかだろう?


「……って、なにこれ? 綺麗な絵画? でも、油絵じゃないよね?」

「それが記憶の正体だよ、リリィ王女。学者たちはその紙の絵を、『ピクト』、と呼んでいる」

「ピクト……」


 一枚を持ち上げて、私は驚いた。綿密どころではない。

 空間をそのまま切り取ったような風景が、ピクトの中に描かれていた。これはこの屋敷の玄関だ。鬱蒼と茂る植物の葉の、一枚一枚に至るまで丁寧に描き込まれている。柱の腐りかけ具合も、庭石の苔むしている加減も、忠実に再現されていた。別のピクトを持ち上げて覗き込むと、こちらにははにかむカグヤが描かれていた。

 こんなもの、お父様の童話の挿絵ですら見たことがない。まるで鏡に映しているような正確さだ。


「キャメロンで奪った瞬間が、この絵になるって言うわけか。俺たちが回収してきた思い出も、現実を切り取ってこんな風に封印されるわけだな」

「本当に魔法なんだね……。――でも、ミヨ婆。これ、どうやって手に入れたの? キャメロンは私たちが持っていたし、キャメロンがないと作れないんでしょ?」

「あれ、リリィ王女! まさかキャメロンがそれ一つだと思っていたのかい?」

「いや、旅の途中でトトルバさんって同業者に会ったから、そうじゃないのは知っているけれど……。でも」

「童話の城からちょこっと拝借させていただいたのさ」


 ミヨ婆の懐から取り出されたのは、黒光りする奇怪な魔道具。硯石と湯呑をくっつけたような武骨なデザイン。私の首から下げられている大切な旅の仲間と全く同じ形をした童話の国の秘密兵器だった。


「拝借って……。ちょっとミヨ婆! 泥棒だよ!」

「いっひっひっひ!」


 盗んだ相手を目の前にしてこのふてぶてしさ。一周回って清々しい。

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