第216話 私からのサプライズ
「……わかった。やろう、リリィさん」
「ホントに!?」
「うん。その可能性が少しでもあるなら、私はこの思い出を手放したくはない!」
ギュッと、手を握る。温かいモニカの鼓動が伝わって来た。
「でもいいの? 兄さん、キレるよ? それはもう、火山が噴火したよりも激しく」
「う、うん……。それは、甘んじて受け入れるつもり……」
モニカの痛みに比べれば、私が背負い込む辛さなんて、ネズミとドラゴンだろう。辛いなんて言うのもおこがましい。もしかしたら二度と口をきいてくれなくなるかもしれないけれど、……それがなんだ! 私とヴェルトの関係を諦めれば、モニカの思い出が助かるのなら、安いものじゃないか……。
……。
そう、納得させた。
「大丈夫。私は、大丈夫。モニカは自分のことだけを心配して」
「リリィさん……」
あとは、ガロンだけ。
「お願い、ガロン。私たちの嘘に付き合って!」
私の嘘を確かめるための一番簡単な方法がガロンに問うことだ。キャメロンを使う以上、ガロンがそれを見ていないとおかしい。辻褄を合わせてもらうしかない。
ガロンは大きく溜め息をついた。
「しょーがねぇなぁ。嬢ちゃんが頼むんじゃあ、断るわけにもいかねぇよ。今までうるさいからちょっと黙ってっていうお願い以外お願いされたことねぇもんな」
「そりゃあ、まぁ。ガロンが悪いよね」
「頼られるってぇのは、身体を失っても嬉しいもんなんだ。協力するって、言っちまったしな。騎士に二言はねぇ」
「ありがとう!」
私はモニカと目を合わせて頷き合った。
モニカは今日、私にヴェルトとの思い出を奪われた。
その嘘にリアリティを持たせるべく、私はたちはフクロウがホーホーと鳴き出すまで、計画を練った。
さて。
ひとしきり喜んだあと、冷静になって次の行動を考える。
勢いとインパクトであの場は乗り切れたけれど、ここからは丁寧にことを運ばなければいけない。冷静な時のヴェルトは空から滑空してくる鷹のように鋭い。
一番いいのはレベッカを抱き込むことだ。騙さなければいけない人物が一人減り、味方が増える、実質二倍お得だ。お父様への圧力も幾分か強くなるだろう。
でも、これはダメだ。
私はすぐに否定した。
レベッカは私の話に乗っては来ない。これは確信を持って言える。
レベッカは私の姉貴分である以前に、童話の国の軍人だ。お父様の配下。私のお願いであったとしても、国益を優先する。
レベッカがバイブルのように心酔している『完全無敗のガルダナイト』も、国を立て直したいというエリカ姫の思いを支えることだけは、ぶれなかった。
……まぁもっとも、エリカ姫と私では、だいぶタイプの違う王女様だけれど。エリカ姫は物分かりが良くて、私のように我儘を言って困らせたりはしない。
だから、レベッカにこの話を持ち掛けたら、そこで野望は潰えてしまう。
ギールはどうか? これもダメだ。
軍略を任される知将だけれど、だからこそ、私が考えた温い作戦を認めはしない。童話が好きだという彼は、人情よりも面白い童話を取るかもしれないし。
シューゼルもカンカンだろう。村のリスクを考えたら、こんな賭け認められるわけがない。
クリフならわかってくれる気がするが、あの日以来姿を見ていない。梢の街への所用を頼んだとシューゼルは言っていたけれど、本当かどうか疑わしい。キャメロンの秘密を絶対に外へ漏らさないように動いている童話軍ではないけれど、クリフのこれまでの言動を考えて、村中に吹聴すると考えて先手を打ったのかもしれない。
味方はここにいる三人だけ。村には敵しかいない。
劣勢だなぁ。
ならやはり、一刻も早く私たちがこの村を去るべきだ。ヴェルトとキャメロンを持って童話城に帰る。キャメロンに溜めた童話の原石を回収するという名目で、ここから離れ、ボロを出す前に何とかする。それしかない。
窓の外の青空に向けて、溜め息をついた。
ヴェルトは今頃どうしているかな。レベッカのところに行ってるのかな?
なんとなく、そんな気がした。
キャメロンの魔法を発動させたのが自分だろうと他人だろうと、モニカの記憶を回収した時点で、ヴェルトの旅が終わった事実は変わらない。
ヴェルトはやり切ったんだ。
胸を張ってもいい。
お疲れ様、ヴェルト。
最後のこれは、私からのサプライズってことで、受け入れてほしいな。
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