第193話 怪しい影再び
再び怪しい影に出会ったのは、ヴェルトが覚悟の宣言をした次の日のことだった。
ヴェルトと一緒に集会場へ行ってもよかったのだけれど、どうにも足が重くて、私は家に引き籠る選択をした。仕事へ行くモニカを見送り、集会場へ行くヴェルトを見送ると、途端に家の中が広く感じた。
気を紛らわせるために、私はモニカの本棚にあった例の童話を読んだ。
『時間旅行』。
そのタイトルの通り、主人公の男が全てを取り戻すために過去へ跳んだ。時間を跳躍したその先に待ち構えていたのは、まだ一人も欠けていないあの頃の家族だった。両親が生きていて、妹は元気に笑っている。焼かれたはずの家も、記憶にある通りの姿でそこにあった。
過去へ跳ぶまでの境遇が辛過ぎて、妹の笑顔を再び見ることができたシーンでは、思わず私も感極まった。
主人公はその先に待ち構える悪夢を知っているのだ。どうすれば未来を変えられるのか。悩み行動に移し、そして、審判の日が訪れる……。
未来は変わった。
けれど、それは男の求めていた未来とは違っていた。
……違っていた、なんて生ぬるい言葉では到底足りない。過去へ跳ぶ前の時間が悪夢なら、過去を変えて訪れた今は、地獄だった……。
未来は変えられる。但し、未来を変えた者の意志を汲んでくれるわけではない。些細な行動の違いが、さらに悪い未来を引き寄せてしまった……。
叫ぶ男の声が耳について離れない。読んでいる私ですら、耳を押さえ、現実から目をそむけたくなる。けれど、男はそこで終わらなかった。
まだだ。また過去を変えるんだ……!
味わった苦しみを糧に、再び過去へ戻る装置に手をかけ、そして二度目の過去改変が始まる……。
……。
……という、なんとも気になるところで、その童話は終わっていた。
いや、終わっていたという言い方は正確ではない。
途切れていた。
そう表現するべきだと思う。
要するに、未完だったのである。
「うわー。わー。うわー。わーーー。あーーっ」
言葉にならない擬音が私の口からこぼれた。その一部始終を目撃していたガロンが、「嬢ちゃん、ついに壊れちまったか……」とか言っていたけれど、気にしない。
いくらめくってもその先は真っ白いページしか存在しない。男はどうなったのか、二回目のタイムリープは成功したのか、妹は、両親は、国家の陰謀は……!? その先のすべてが白紙だった。まだ決まっていないぞと言われているかのようじゃないか!
「これはない! いや、ありなんだけど、ない! 誰だ、私をこんな気持ちにさせた奴は!」
「お、恋でも始めたか?」
「こんな引き込まれる童話を書いておいて、未完で終わらせるなんて、万死に値するよ! 私が新しい法律を作っていい立場だったら、間違いなく終身刑に処すね。完結させるまで書き続けなければならない責務を与える!」
「まずいな。革命家を呼ばなければならなくなりそうだ……」
私は未練がましく何度も何度もページをめくってみたけれど、物語はそこで途切れており、その先は見つからない。
こんな思いになったのは『あひるの王子』シリーズの既刊を読み終えてしまった時以来だ。続きが気になり過ぎて、何日も夜眠れなかった。少しでも『あひるの王子』の世界に浸っていたくて、何度も何度も読み返した。同じ渇望を、私はこの童話にも抱いた。
「何なんだろう、この童話。出版社も著者も書いてないし、未完だし。不思議だ……」
「嬢ちゃんが知らねぇことを、この国の誰かが知ってるとは思えねぇけどな」
「私も童話の知識ならこの国の誰にも負ける気はしないけれど、でも、これは……」
その時、外から物音が聞こえた。パキパキと乾いた枝を折る様な音。
完全に油断していた私の心臓が、きゅっと小さくなる。
「なに? 何の音?」
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