第140話 受付 その②

「カラテア・モンテリーロは『感応魔法』の太祖だよ」


 不気味さを引きずった声が、誰もいない受付に反響する。


「人の感覚に取り入って、特定の作用を及ぼす魔法さ。学問の塔の卒業研究で開発したその魔法が、そのまま研鑽されて世界魔法に認められた珍しい例さね。それも十代でさ。奇才と呼ばれるにふさわしい経歴だよ」

「世界魔法? 感応魔法?」


 私の頭に疑問符が並ぶ。


「世界魔法って言うのはだね、学問の塔で教える基礎的な魔法以外のものの総称さ。火や水、風を操る元素魔法なんてものが基礎、時間や空間を捻じ曲げたり、人間の精神に干渉したりする体系化されていない魔法を世界魔法と呼んでいるのさ。ま、詳しい説明は省くけどね。――要するに生半可な努力では到達できない魔法の頂点だと思ってくれればええ。自身の魔法が世界魔法と認められて初めて、我々は魔法使いを名乗っていいとされている」

「誰にでも扱えるものじゃなくて、カラテア個人が作り上げた特別な魔法を使うってことか」

「弱点が公になっていないって言うのは、厄介だなぁ」


 ヴェルトの言葉に、錆びて開かなくなったロッカーに蹴りを叩き込みながらレベッカが続いた。


「当時の文献を漁ってみたら感応魔法についてこう書かれていた。――『概要:対象者の今一番気にしている事柄を読み取る魔法』。『対象:一人』。『発動条件:接触』」

「気にしている事柄を読み取る魔法? よくわからないんだけど、それでどうやってフェアリージャンキーを作るの?」

「短絡的に結び付けるのは危険だよ、リリィ王女。これは当時の記録さ。今はさらに進化していると考えるね」

「進化……」


 ただでさえ気が遠くなるようなでたらめなのに進化なんてしないでほしい。


「それにね、魔法ってのは限定的で専門的になるほど効果が高まる傾向にあるんだよ。今一番気にしている事柄、なんてざっくりとした内容は汎用性に富むけれど、平俗。器用貧乏さね。だがもし、それを縛って一つの事柄だけに注力したのなら、それは強力な力になる」


 例えば、童話、とか。

 ミヨ婆は声を落としてそう告げた。

 童話……。童話に特化した魔法。


「対象を限定することで威力が増すなら、童話というニッチで狭い事柄に限定した時の威力は確かに想像できないな。汎用性は皆無になるだろうけれど、それを捨てる価値があったってことか」

「そういうことさ。まったくもって度し難い性格だよ」


 どうしてフェアリージャンキーなんてものを人為的に作り出しているのか。

 そういう人間がいると言われて頭に血が上っていたけれど、よく考えたらそのメリットが分からない。学術的な興味を目的に非人道的な行いをする悪役は、確かに童話でも登場するけれど、本当にそれだけなのかな……?


「逆にこちらからも一つ質問させておくれよ、軍人さん」

「ん? あたし?」

「童話の国の軍隊は、何故数でこの病院を制圧しないんだい?」

「それは……」

「あぁ、確かにそうだね。敵の大まかな情報が手に入っているんだから、数で制圧するってのもあったんじゃない? まぁ、なんちゃって王女の私にはそんな権限はないけれどさ」

「うーん。たはは……」


 レベッカは眉をへの字にして力なく笑った。

 そして、気を悪くしないでね、と前置きをする。


「あたしは進言したんだよ。童話王にさ。でもね、却下されたの」

「却下!?」

「何でまた!?」


 私とヴェルトの驚きが重なった。

 お父様がこんな緊急事態を放っておくとは思えない。というか、そもそもレベッカはお父様に命令されてこの街に任務に来ていたんじゃなかったっけ?


「うん。あたしだってびっくりだよ。そもそもさ、軍隊長のあたしが一人でこの街に派遣されたこと自体異例だったんだからね。いくらあたしが強いからと言っても、数というアドバンテージを捨てる意味はあるのかって……」

「お父様は何を考えてるんだろう?」

「……表沙汰に、したくなかったんだよ」


 うつむきがちなレベッカの瞳が、少し寂しそうだった。

 表沙汰にしたくない。秘密裏に片付けたいってこと? 国民に知られたくない何かがあるのかな? うーん、わからない。


「王女様、フェアリージャンキーを知らない世代だから納得できないかもしれないけれどね。当時を経験した者の一人として言わせてもらえれば、その判断は確かに肯定されるべきさね」

「どうして!? 国民は不安になるんじゃないの!?」

「公表した方が不安になることもある。国民にとってフェアリージャンキーはそれほど根深い恐怖の対象だってことさ。この施設が歴史から姿を消したのも、国民が蓋をしたいと願ったからかもしれない」


 過去の恐怖は乗り越えられたわけじゃない。隔離して、必死に遠ざけて、収まるのを待った。お父様は当時、そうするしか手段がなかったのか。非人道的な行いもしていたと聞いた。それは今を生きる私たちのための必要悪だったのかな。

 すべてが正しく清廉潔白であることはできない。そんなものは幻想で、童話の中にしか存在しないことは、この旅を通じて嫌というほど体験した。私が体験したことの何十倍も重い決断を、お父様もした。フェアリージャンキーって、お父様の、童話の国の、トラウマなのかもしれない。


「あい、納得したよ。きついことを喋らせて悪かったねぇ」

「ああ、いえ。軍隊に努める者の責務だし、これぐらいは、覚悟の上っていうか……」


 照れたように髪の毛を弄るレベッカを見つめながら、私は今の話を必死に飲み込もうとした。

 私の心には燻る黒い靄が残ったけれど、同じく残っただろうミヨ婆は、飲み込んで見せた。これが大人の対応って言うのかな。国を背負うって難しい。


「援軍が望めないってことは十分わかった。で、その話は一旦置いておいて――」


 ヴェルトのセリフに、ヴェルトとレベッカの空気が一瞬で切り替わる。


「――何か、来るぞ!」

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