第138話 大魔法使い対策会議 その②
「切り札?」
ヴェルトが言い終わるや否や、不吉な笑い声が馬車の荷台に響いた。まるでガラスを引っ掻いたような悪魔の囁きに、レベッカが瞬時に反応して臨戦態勢をとる。
「ひーひっひっひ。まぁ、及第点、と言ったところかねぇ。血気盛んな軍人さんや」
「だ、誰っ!? どこから!?」
「童話の国の情報網もなかなか発達しているようだ。流石は童話王。だがねぇ、魔法のことは専門家に聞かんと駄目さね。学者なんて身分で満足しているような連中じゃ、知れることはたかが知れている。この国にだって魔法使いと呼ばれる人間は紛れ込んでいるんだよ」
「……」
「ここだよ。まぁそう焦りなさんな。あたしゃそこの坊やと王女様の味方だからさ」
レベッカの視線が泳いで私の胸元にたどり着く。鋭い視線から隠すように、私は不吉な引きつり笑いを続けるキャメロンを庇って、レベッカに背中を向けた。
「ちょ、ちょっとミヨ婆。いいの!? レベッカはああ見えて童話の国の軍人なんだよ?」
「ええって、ええって」
「ええってって……。軽すぎない?」
「あたしの存在がバレたところで、あたしに被害はありゃしないよ。せいぜい童話王に嫌味を言われるくらいさね。それも、リリィ王女が口止めしてくれたら解決する問題さ」
「それはそうかもしれないけれど……」
「相変わらずの心配性だねぇ」
キャメロンから漏れる老婆の声には不安しか感じない。
「キャメロンから、声が……。それに、リリィちゃんを王女って……。どういうこと?」
背中に感じるレベッカの視線が痛くなってきた。これは言い逃れできそうにないな。
仕方なしに振り返ってキャメロンを膝に乗せてみる。
「レベッカ、これはね、私も詳しくは正体を知らないんだけどね。私たちの旅をサポートしてくれる、魔女でね……」
「魔女ぉ!? え? もしかして、カラテア!?」
「違うよ、レベッカ。この人はミヨ婆」
「人って、リリィちゃん。これはキャメロンだよ」
「そうなんだけど。えっと、えっと……。ヴェルト、任せた!」
迫るレベッカの目が怖くて、私は全てをヴェルトに投げつけた。
正直私はこの老婆のことをまったくと言っていいほど知らない。ヴェルトと旧知であることと、キャメロンに魂を定着させる魔法を使うことしか知らない。後、可愛いカグヤちゃんと一緒に住んでいる。偏屈な性格なのは会話をすればわかるとして、いったいどういう立場で、何をしている人なのか、今まで考えたこともなかった。
「見ての通りの変人だが、……これが俺たちの切り札だ」
「あたしのことはミヨ婆とお呼び、軍人さん」
キャメロンからこぼれる声は、混乱するレベッカを嘲笑うように冷静だ。さらりと付け足された変人という暴言を否定することもしない。
「あたしもかつては学問の国で魔法使いと呼ばれていてね、魔法には詳しいんだ。今は遠いところから、そのヘンテコな道具を通してお前さんたちと話をしている。そこの凸凹コンビがどうしても力を貸してほしいって懇願してきたものだから、今回のフェアリージャンキーもどきについては、協力しようと思っているところさ」
「うーん。えーっと」
「理解したかね? これ以上の説明はないよ」
「……。わかった。何もわかってないけど、一旦飲み込もう。童話王も似たような魔法の道具使っているし……。リリィちゃんが信用しているって事実だけで、あたしはあなたを信用する」
「物分かりがいい子は長生きするよ。もっとも、あたしゃリリィ王女のように、感情的な女の子の方が好物なんだがねぇ」
「だ、だから! 私は魔法の実験体になんてならないよ!」
「いっひっひぃ」
キャメロンから聞こえる声が、からかい好きで下ネタも好きなおっさんの声なのも困るけれど、怪しげな雰囲気で私を脅かして楽しむ老婆と言うのも、正直ご遠慮したい。魔法の知識を抜きにすれば、今からあの薄暗い廃病院に突入するなら、調子のいい聞き慣れたガロンの声の方が気持ちが楽かもしれない。
ま、背に腹は代えられないのだけれど。
レベッカが矛を収めるのと同時に、馬車がゆっくりと停止した。リズミカルだった馬のひづめの音が聞こえなくなって、代わりに荷車と御者席を繋ぐ幌が開き、手綱を握っていたハチマキの男が顔を出した。
「お取込み中すいやせん。目的の場所に着きましたぜ、姐さん」
その言葉に、私の身体が緊張する。
いよいよだ。覚悟はしてきたつもりだけれど、身体が固くなってしまう。
「というわけだレベッカ。この婆さんも頭数に入れてやってくれ。お節介だし、攻撃手段は皆無だが、ナビゲーターぐらいにはなってくれるだろう」
「もう石は転がり始めちゃったからね。正式に協力をお願いするとしよう。うんうん。否定から入るのは良くないものね。戦力が増えたと思って喜ぶことにするよ」
「ひひひっ。決まりだね。ほれ、そうと決まったら、さっさと行くんだよ。くれぐれも気を抜くんじゃあないよ」
私たちは一度お互いの顔を見合わせて大きく頷き合った。
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