第137話 大魔法使い対策会議 その①
「レベッカ? おーい、レベッカ?」
「あ、うん。ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
ガタゴトと荒野を駆る馬車の荷台で、私たちはみんな険しい顔をしていた。
「もうすぐ西の外れだよ。気合入れていかないとね!」
「お前は力むと空回りするんだから、ほどほどに手を抜いておけよ、ポンコツ王女」
「むぅ! ポンコツ言うだっ!」
荷台の車輪が大きな石を踏みつけて上下に跳ねた。
「舌噛んだ……」
「そういうところだよ」
呆れたようにヴェルトが首を振る。今のは私の鈍臭さとは関係ないと思う。断固抗議したい。
そんな私たちのやり取りを見て、レベッカも思い出したようにあははと笑った。
目を覚まさないレモアの寝室で、人為的なフェアリージャンキーを作り出している魔法使いの話を聞いてから一日経った。
レベッカの依頼によって結成された私たち隔離病棟調査班は、その一日で支度を終え、製紙工場の馬車を借りて今現場へと向かっている。さながら『アドレナティウスの財宝』に出て来る鬼退治の一行のようだ。
……まぁ、調査班といっても私とヴェルトとレベッカしかいないわけなんだけど。
景色は移り変わり、私たちの見つめる先、荒廃した大地の向こうには、あの朽ちた鉄門が見えて来ていた。
「ねぇ、レベッカ。そのカラテアっていう魔法使いはどんな人なの?」
痛む舌を労わりながら、視線をレベッカに移した。
「うーん。実は正直そこまで調査はできてないんだよね。あの廃病院を根城にしているのが魔法使いだって情報を手に入れたのも最近のことなんだよ。城の学者様に調査を依頼していて、まだあまり情報は集まっていないの」
「そうなんだ」
「あ、でもっ。何もないってわけじゃないんだよ! ちょっとはあるの。ほんとだよ!」
期待外れが顔に出ていたのか、焦ったレベッカの顔が近づいてきた。右手の人差し指を立てる。
「本名はカラテア・モンテリーロ。学問の国の出身で、魔法の学び舎、学問の塔をストレートで卒業、そのまま学者への道を進んでいる。あたしにゃよくわからないけど、学問の塔をストレートで卒業できる人間は、五年に一人いるかいないかなんだって。お利口さんだったんだろうね」
胸ポケットから出した手帳を読みながら、ふむふむと頷くレベッカ。
魔法大国、学問の国。
私は曖昧な知識しか持っていないけれど、魔法とはもともと学問の国の文化だ。学問の塔はその魔法を教育、研究する機関で、地上三十階まである荘厳な建物なのだと聞いたことがある。一度見てみたいとは思っていたけれど、マムのお勉強で疲弊している私には、一生縁のない建物なのだと、最近は思う。
因みに、モンテリーロと言うのは家族姓だ。学問の国では、一子相伝の研究を引き継ぐ際、家督を継ぐ意味を込めて親から姓を譲り受けるらしい。童話の国にはない文化だと、レベッカは解説してくれた。
「最後に表舞台に現れたのは、学問の国の裁判記録だったんだって。それも九年も前の。どうやら魔法使いさん、魔法を悪用して裁判にかけられたみたい。言い渡された罰は国外追放」
「どこかで聞いたような話だな」
相槌を打つヴェルトに私も続いた。
「こっちはとんだとばっちりじゃん。学問の国の中でちゃんと罰を受けていてくれていたら、童話の国で悪さすることなかったわけだし」
歴史の国といい、悪者を野に放つのはいかがなものだろうか?
釈然としないけれど、話を進める。
「で、カラテアは、何をして罪に問われたの?」
「心を操る実験」
「――こ、ココロ?」
淡々と繰り出された単語に、ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。
「穏やかじゃねぇなぁ」
「ふぇ、フェアリージャンキーを作ってたのかな……?」
「それは、たぶん違う」
レベッカは首を振って否定する。
「確かに、カラテアが学問の国で悪さをしていた時期と病が流行った時期は被っているけれど、それはたまたまだよ。童話王はフェアリージャンキーが外に漏れないように全力を尽くしたからね。他の国へ行ってもフェアリージャンキーなんて言葉は伝わらないと思う」
そう言えば私も、この旅を始めていなければ、そんな単語知りもしなかった。あの童話市の広場で本物に襲われさえしなければ。
……あの太眉の少年も、悪い魔法使いに操られた哀れな被害者だったのかな。
「用心に越したことはないな。心を操るなんて芸当も、フェアリージャンキーを作り出すなんて行為も、俺たちからすれば常識の外だ。俺たちが相手にしなきゃならないのは、化物だと思っておいた方がいい」
「ヴェルト君の言う通り。怖がらせるわけじゃないけれど、レモアちゃんの他にも、軍が調べただけでこの梢の街から十人以上の市民が消えているんだよ。お肉屋さんに、主婦に、製紙工場の用務員……。レモアちゃんよりも幼い子供もいた。その全員があの廃病院に吸い込まれていったかと思うとゾッとしないよね……」
「だ、大丈夫だよ! ヴェルトは強いんだから!」
「お前が威張るな」
頭を押さえつけられて髪をぐしゃぐしゃにされた。
実際のところ、ヴェルトは強い。童話の国の軍隊を率いるレベッカにも勝るとも劣らないかもしれない。照れたような口調は自信の表れに違いない。
「とはいえ、圧倒的にこちらが不利だな。カラテアについてわかっているのはフェアリージャンキーを作り出すことと心を操る研究をしていたことぐらい。それも九年前の情報と来た。ただでさえ魔法の素人の俺たちには情報と言う武器が乏しい」
「意地悪を言うなぁ。これでも童話の国の情報網を最大限利用して集めたんだよ?」
「わかってる」
ヴェルトは一息入れると、真剣な顔で頷いた。
「今度は俺たちの切り札を出そうって話だ」
「切り札?」
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