第134話 魔法の専門家 その②
「二つ……?」
キャメロンの記憶奪う魔法が一つだとして、もう一つ何か別の魔法がかかっているというの? 何の魔法? それに、いったいいつの間に?
「見た感じ、正常に動作していた一つ目の魔法の処理条件を、キャメロンの魔法が消しちまったようだよ。キャメロンの魔法自体は問題なく自分の仕事をしてくれたようだが……、問題は予めかかっていたもう一つの魔法さね。この子の頭の中でデッドロックに陥っているよ。本来はかみ合うはずのプロセスに横槍を入れた結果、いらんエラーが発生しちまっている。そのくせフェイルセーフのループ抜け処理を用意していないと来た」
「えーっと、つまり、どういうこと?」
魔法ってこんなに難しかったっけ? 私の頭が悪いのかな?
「まぁ、要するに『眠らずの王子』ってわけだよ、王女様」
「あぁ! それならわかる」
ヴェルトが怪訝な顔をしているけれど、童話に例えられるとすんなり受け入れられた。
『眠らずの王子』は、仲睦まじい若王子と若姫が永遠の若さを手に入れるため、魔法で時を止めようとする内容の童話だ。魔法が使える姫が王子に時を止める魔法を使おうとした瞬間、足を滑らせ、鏡に反射させてしまった。結果、魔法は効力を反転させ、王子以外のすべてを止める魔法がかかってしまう。唯一解除ができるはずだった若姫の時間が止まってしまい、その魔法を解除する手立てがなくなってしまう。王子はどうにか世界の時間を動かすため奮闘する。
つまりレモアの中では今、そういうことが起こっているのだろう。
何も動かない世界。矛盾とは反対に、何もぶつからない世界。
実感はわかないけれど、それってとても大変な事なんじゃないだろうか。
「おい、予めかかっていたもう一つの魔法と言ったな」
「あぁ、言ったよ」
「それは何の魔法で、いったい誰がかけた?」
私はハッとして顔を上げた。
キャメロンで記憶を奪うよりも前にかかっていた魔法。ヴェルトというトリガーがなくなったことで、レモアの意識を含めて停止させてしまった魔法。思い当たる節は一つしかない!
「もしかして、フェアリージャンキーって……」
「あぁ。魔法で人為的に引き起こされたのかもしれない」
ドクンと心臓が跳ねた。
人の感情に忍び込んで助長させ、童話の虜にしてしまうフェアリージャンキー。主人公の感情にいつしか自分の感情が飲まれてしまい、童話の通りに物語が進んでしまう。本人の意思などなく、現実との区別がつかなくなってしまう大病。
レベッカもガロンも疫病だと言っていた。でも、本当は病気なんかじゃなくて、誰かが童話を利用して故意に発生させた魔法だとしたら……。
ミヨ婆の沈黙は肯定を示していた。
「酷いっ!」
ヴェルトを好きになって、ヴェルトになりたいと思った、その気持ちさえ作り物だったなんてあんまりだ! レモアの純粋な気持ちを返して!
「落ち着きな、リリィ王女。今騒いでも、その子にかかった魔法は解けやしないよ」
「そうだけど……」
「ミヨ婆の言う通りだ、リリィ。レモアを救うなら、俺たちは多分、闘わなくちゃいけない。その元凶と……」
闘う。レモアが今自分の中で闘っているとマムは言った。それと同じように、私たちも対峙しなければいけない。フェアリージャンキーという病に。童話の国の王女として。レモアの友達として。
「どこのどいつだ。レモアに魔法をかけた奴は。俺が初めて会ったとき、あいつはまだあそこまで狂ってはいなかった。ここ一年なんだろ? レモアが魔法に掛けられたってのは」
「だろうね。そして、今も継続中さね」
「誰なんだよ!」
「おっと。そいつを語るのは、どうやらこの老いぼれの役割じゃあ無いようだねぇ。ひっひっひ。ほら、階段を登る足音が聞こえて来るだろ?」
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