第133話 魔法の専門家 その①

「三日か。流石に俺たちの手には負えないな」

「でも、どうすることもできない。私には呼びかけるしか手段がないの」

「所詮魔法は魔法だ。学のない俺たちが何を言っても変わらない。そう思わないか?」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 ただ黙って指をくわえているなんて、私にはできない。私は、加害者なのだから……。


「だから専門家に登場いただこう」

「専門家? この街にまだヴェルトの知り合いがいるの?」

「いや、いない。でも、いるだろ? ずっと一緒に旅をしてきた魔法の専門家が」


 ヴェルトの意識は私の膝に置かれたキャメロンに注がれていた。


「ガロン!? でも、存在は魔法っぽいけど、専門家なのかな?」

「違う。その向こうに、ずっと見ていた奴がいる」


 ヴェルトの言葉にハッとする。童話市を出る前、ガロンと出会ったあの館で、確かに彼女は言っていた。

 ガロンは使い魔なのだ。キャメロンの魔法を調べるため、情報を集めるための。

 ――口やかましいのは一人でいいだろ?

 そう言っていたしわくちゃ顔が思い浮かぶ。


「――久しぶりに連絡寄越したと思ったらこれかい。全く、あんたは厄介ごとしか持ち込まないねぇ、ヴェルト」

「ミヨ婆!!!」


 溌溂とした老婆の声がキャメロンから響いた。驚いた拍子に膝から転げ落ちるキャメロンを、必死で受け止める。


「はっはっはぁ。これは威勢がいい。ご無沙汰しているよ、リリィ王女。体力もついたし、魅力も上がったようだ。これなら次の魔法の実験の素材として申し分ないねぇ」

「……ひ、ひひっ」

「なんだい、随分肝が据わっちまったじゃないか。顔を真っ赤にして慌て回ることを期待したんだがねぁ。あたしゃ、まだあどけなさの残る会ったばかりの王女様の方が好きだよぉ。いじめ甲斐があって」

「……それは、どうも」


 童話市の片隅の崩れかけた館に住む謎の老女。学問の国の魔法使いで、十年間ランタンの中にあったガロンの魂を、このキャメロンに定着させてくれた。素性はよくわからないけれど、ヴェルトとは古い知り合いのようである。大変癖の強い人物だと記憶していった。


「これ、ミヨ婆のタマシイ? が、キャメロンに宿っているの? ミヨ婆死んじゃったの? どういうこと?」

「勝手に殺すなよ。この婆さんなら、枕元に化けて出るぞ」

「ひっひっひ」


 ガロンの下品な笑い声も耳に付くのだけれど、ミヨ婆のヒステリックな笑い声も不気味で落ち着かない。夜中突然笑い出したところを想像したら肩が震えた。


「一種の通信手段さね。人の魂を媒介することで、空間を繋げるのさ。もっとも、繋いだ空間を通れるのはお互いの声が限界。魔法の素質のある人間を媒介にすればもう少しトンネルは大きくできると思うんだがねぇ」

「……ば、媒介? 空間を繋げる?」

「理解なんてしなくていいぞ。わからせようと思って言ってないからな」


 キャメロンの奥底で、また不気味な笑い声が上がる。

 私は頬を叩いて、よくわからないモヤモヤを一旦飲み込むことにした。

 この際、ミヨ婆がキャメロンの中に現れたことについてはどうでもいいのだ。


「ミヨ婆、話は聞いていたな?」

「ひっひっひ。私を誰だと思っているんだい。お前さんたちの旅路は全てこちらに筒抜けさ。リリィ王女が恥ずかしさに身悶えして、キャメロンを投げつけたところまでバッチリとねぇ」

「だぁーっ! あれは不可抗力だし! そもそも見せびらかしてたヴェルとが悪いのっ!」

「見せびらかすって人聞き悪いな。不可抗力はこっちも一緒だって」

「ユカイユカイ」


 老婆の声はカラカラと笑う。


「そ、そんなことよりっ! レモアはどうなっちゃったの? これもキャメロンの魔法? ミヨ婆、知ってる?」

「そうさね。そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

「はっきりしねぇな」

「魔法のせいと言えば魔法のせいだ。但し一つじゃあないね。――ヴェルトや、この女の子にかかっている魔法は二つあるよ」

「二つ……?」

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