第123話 ポラーノ氏の書斎 その①
「ここにはない。書庫には置いてないんだ。じゃあ、どこだろう? 童話を執筆するとしたら、うん。書斎かな。ポラーノ氏の書斎は、えっと……」
私は頭の中で孤児院の見取り図を思い描いた。シンメトリーな建物は中央の中庭を中心に左右対称。食堂やリビング、風呂やキッチンなどを頭の中で歩き回り、階段を登って一部屋一部屋チェックする。――そして、気が付いた。
「そう言えば、この建物には書斎がない!」
「書庫があるのに、書斎がないだぁ? それこそあり得ねぇだろ。件の老作家は子供たちがはしゃぎまわるリビングで執筆してたってのか?」
「いや、そんなはずはないんだけど……。前読んだ記事には、静かで落ち着いた場所が好きだって書いてあった。太陽の光も時間を意識させられるから嫌いだって」
まだ入ったことがない部屋があるのかな? 子供たちの個人部屋はさすがに全部は入ったことはないけれど、まずないと思う。一階の部屋は常に子供たちにも開放されているし、唯一鍵のかかるマムの部屋は数回訪れただけだけど、中庭に面した窓以外入り口はなかった。
「……もしかして」
シンメトリー。それが孤児院を初めて訪れた時の私の印象だった。歪の天才と呼ばれている割に折り目正しく、ここをポラーノ氏が建て生活していたことを思うと、知らなかった一面を知れた気がして嬉しかった。
だから、気にはなっていたのだ。『過大評価の正解』の扉の隣、そこだけ例外的に扉がない。書庫の天井を見上げても、半球形の屋根の半分がこちら側という造りになっている。
つまり……。私は、おもむろに石造りの壁に近づいた。
「この向こうに、部屋がある?」
冷たい灰色の壁に触ると、ひんやりした体温が伝わって来た。何の変哲もない石の壁。叩いても反響することはなく、私の腕に鈍い痛みが走るだけだった。壁に沿って歩いてみるも、それらしい扉はない。
諦めきれず壁沿いを探し回り、ふと気になったところで目を凝らすと、組み上げられた石と石の間にわずかに隙間が空いているのを見つけた。手をかざしてみると風が吹いている。
「あるよ、ガロン! この壁の向こう!」
「たまげたな。ビックリドッキリハウスかよ」
「それ、『まじかよ戦隊アリエンジャー』に登場する動く家でしょ! ドリルやジェットが家のあちこちに隠されてて、巨大怪獣に対抗する武器なんだよね! ガロンが童話知っているなんて私の方がビックリドッキリだよ!」
「俺様は、嬢ちゃんの知識が俺様の生きていた時代にまで届いていることの方がビックリドッキリだ。何年前の童話だと思ってんだ」
「面白さに時代は関係ないんだよ」
そんなどうでもいい話はどうでもよくて、問題はこの先の部屋である。
書庫の東側にあたる石壁。石の隙間は人一人が通れるくらいのスペースを囲むように走っていて、その付近に家具はない。床をよく観察してみると、弧を描くように擦れた後があった。床に張り付いて意識してみなければわからないほど微細な痕跡。この出発点を探してみると、一か所だけ座りの悪い石が嵌っている。
「これかな」
押してみたがびくともしない。ならばと引っ張ってみると、石は何の抵抗もなくすっぽり抜けた。
「すげぇな。探検家になれるぜ」
外れた石の嵌っていた空間には銀色の取っ手があった、握ってみるとひんやり冷たい。けれど錆びている様子はなく、力を掛けると簡単に動いた。そのまま体重をかけて引っ張ってみると、石の扉は、ゆっくりと、ゆっくりと、暗闇への口を開けた。
「開いちゃった……」
「行くしかねぇだろ」
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