第80話 ヤンチャな子供たち

 シンメトリーは孤児院の内部も一緒だった。玄関を潜るとすぐに左右に伸びる廊下がある。どちらも同じ造りになっていて、同じような部屋が並んでいた。孤児院の中央は中庭になっていて、使い古された遊具がいくつか設置されている。その遊具で遊ぶ子供たちを眺めながら、マムと呼ばれた女性は私たちを応接室に案内してくれた。


「ダグラス、エドナ。レモアを探してお茶を淹れて来るように頼んでくれますか?」

「うん!」「うん!」


 応接室まで付いてきた二人に、重要任務ですよ、と告げて、おつかいに行かせる。子供の扱いにとても手慣れている。

 テーブルに落ち着くと、ようやくヴェルトが私を紹介してくれた。


「マム、こいつは今の旅の連れでリリィ。出来れば数日こいつもここで厄介になりたい」

「こんにちは、リリィさん。初めまして」

「こんにちは」


 距離感が掴めず私は定型的な挨拶を返すオウムのような反応をしてしまった。


「で、こちらがこの孤児院の管理人、ウィルマ」

「ウィルマです。管理人なんて無粋な言い方ですね、ヴェルトさん。私は彼らの母親です。リリィさんも、マムと気軽に呼んでください」

「母親……」

「あ、いや……」


 ヴェルトが慌てる気配が伝わって来た。管理人と言ったのは母親のいない私への、ヴェルトなりの気遣いだったのかもしれない。

 孤児院とは親のいない子供が集まる場所。だから母親が必要なんだろう。納得はするし、それで私がお母様を思い出して悲しくなる訳でもない。まったくもって余計なお世話である。

 でも、心配してくれたことは素直に嬉しいから何も言わないでおいてあげよう。

 改めてウィルマさんを見る。

 私の想像するお母様とは似ても似つかない。童話城の広間に飾られたお母様は、もっと活発で、娘に敬語で話すなんて想像もできない。可愛い一人娘への遺言が世界を見てこいというのだから、その性格も知れる。


「はい、マム」

「はい、リリィさん」


 ふふふと上品に笑うマム。童話に出て来る母親の形も千差万別ではあるけれど、孤児院という特殊な環境では、ウィルマさんの、マムのような性格が適材なのかもしれない。

 隣でヴェルトが一人で息を吐き出すのが分かった。


「孤児院にはたくさんの子供がいます。リリィさん、子供は好き?」


 マムはテーブルの上に置いた右手に左手を重ねて確かめるように聞く。

 すぐに問いに対する答えが出てこなかった。好きか嫌いかなんて、考えたこともない。童話城には私よりも小さい子供はいなかったし、同年代の知り合いなんて、この旅で知り合ったアリッサぐらいのものだ。


「たぶん、好き?」


 曖昧になってしまったけれど、そう答えた。第一、私は自分が大人だとも思っていない。そんな私が子供を好きと言っていいのかもわからない。


「そう、よかったです。孤児院の子供はとてもヤンチャですからね。愛がないと大人の方が疲れてしまうんですよ。リリィさんなら大丈夫そうです」

「ヴェルトも大丈夫だったの?」

「俺か? 俺は、まぁ、そこそこだ」

「そこそこか」


 この不愛想な大人でも大丈夫なら、私でも大丈夫かもしれない。

 ふと、視線を感じた。なんだかむず痒い感じがして辺りを見回すと、扉とは反対側にある小さな丸い窓から、何者かが覗いている。


「ヴェルト! あそこ!」


 指差した先でチクチクに尖った髪が揺れた。

 私と目が合うとその人物は慌てて首を引っ込め、そしてバランスを崩しフラフラと揺れたかと思うと、背中の方から派手に転んだ。あの窓の向こうは、たぶん中庭だ。


「誰かがこっち見てた!」

「まぁ、落ち着け」


 立ち上がったヴェルトが窓の外を覗き込む。私が隣に並ぶと、窓の下から「いてて……」という声が聞こえて来た。

 首を伸ばして見下ろすと子供が三人、尻餅をついて倒れていた。

 ひょろい男の子と、気が弱そうな男の子、それに身体が大きいとんがり頭の男の子。

 とんがり頭の男の子が私と同じ歳くらいで、他二人はもっと幼い。どうやら、覗いていたとんがり頭がバランスを崩し、それを支えていた後ろの二人が巻き込まれたようだ。


「バート! またあなたたちなんですね! マムの部屋を覗き見るなんて悪戯が過ぎます!」


 私の隣に立ったマムが、芝生に転がった子供たちを叱責する。


「どうして言いつけを守れないのですか! あなたたちはいつもいつも……。罰として、廊下の水拭き掃除を命じます!」

「くそぅ……。失敗した」

「なにが失敗ですか! 来客中ですよ。お客様に失礼があってはいけません」

「だってさ。誰が来たか、気になっちまったんだもん!」

「そうだそうだぁ」「ぼ、僕たちにもしるけんりがある」

「そんなに焦らなくても夕食の時には紹介しますよ」


 マムの口からは冷めた溜め息がこぼれた。

 バートと呼ばれた少年に、後ろの二人が押しつぶされたまま同調する。友達という括りよりも、バートとその取り巻きたちと表現した方がしっくりくる。



「よ、久し振りだな悪ガキども。どーせお前らだと思ったよ」

「そ、その声は……」


 ヴェルトの声が割り込んできて、マムのお説教は一旦止む。声を掛けられた少年たちの視線がマムからヴェルトへと移ると、顔を引きつらせて叫び上げた。


「げぇーっ! ヴェルトじゃねーか! なんでまた来てんだよ! お前、ちょっと前にどっか行ったじゃねぇか!」


 随分な挨拶である。私は、横目でヴェルトの表情を窺った。これが『そこそこ』というのだから、『そこそこ』程度の頑張りでは子供たちと友好な関係は築けないのだろう。


「マム! なんでこいつをまた孤児院の中に入れてるんだよ! 俺は二度と顔見たくないって言ったじゃんか!」

「その理由を聞いたら、答えてくれなかった子は誰ですか?」

「そ、それは……」

「バート、いいですか。人をえり好みしてはいけません。他人はどこかしら自分にはない才能を持っているのです。自分に出来ないことができる相手を貶すことほど、恥ずかしいことはないのです」

「……じゃ、じゃあよ! レモアもそうだっていうのかよ! あいつ、鈍臭くて何にもまともにできねぇんだぜ? 俺と同じ歳なのによ!」


「ボクが、なに?」


 背後でまた別の声がした。

 振り返ると、お盆にお茶を三つ用意した女の子が一人、扉を開けたままポツンと立っていて、そのあまりに異様な出で立ちに、私は一瞬息を止めた。

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