第51話 ガロンの戦友 その2
「親、殺し……」
じわりと、背筋に悪寒が走った。
「レンテは、自分の両親を殺しちまった。仕方なかったとはいえ、歴史の国はそれを許す事は出来なかったんだ」
童話の国が娯楽を、教典の国が不朽を国の指針としているように、歴史の国は、過去から連綿と続く『歴史』を大事にしている。故人を尊び、なしえた偉業を称える。今を生きる人は、歴史を礎にしているからこそ新しい未来を切り開く。教典の国のような教義はないけれど、歴史の国に生きる人たちは幼い頃からずっとそう語り聞かされていた。
だから、自分が生まれるよりも前に歴史を刻み、自分を歴史に参加させてくれた親を殺すということが、最大の禁忌とされている。ガロンはそう説明した。
口を開けずにいる私の代わりに、ヴェルトが聞く。
「仕方がなかったてのはなんだ?」
「そう言う事情があった、ってことだ。――レンテの両親は教典の国のスパイをしていた」
「スパイ!?」
「穏やかじゃないな」
驚きは隠しきれなかった。スパイって、自分の国を他国に売ったってこと!?
「いつの間にか宣教師が入り込んでいて、レンテの両親に言葉巧みに取り入って、中枢の情報を向こう側に流していた。発覚した時、親たちは教典の国の教義に感銘を覚えたとか抜かしてたらしいぜ。歴史の国の朽ちて巡るという考え方は間違っている、不朽の存在こそが人として正しい姿だってな」
「洗脳……とは違うな。これが宗教っていう奴か。形が見えないものによくもまぁ入れ込めるもんだ。俺はごめんだ」
「不思議だよね。どうして縋っちゃうんだろう。不朽なんて、あるわけないのに」
「あると、思っちまうんだろうよ。あの国の『教典』には読んだが最後、盲目にさせちまう魅力があるらしいぜ? はまっていった人間を、たくさん見て来た。……俺様にはわかんねぇ世界だが」
ヴェルトの師匠に会ったとき、教典の国の人間に襲われた。人を物のように扱って、従わなければ殺してしまうとまで言っていた。あれも何かに縋った結果なのかな。少し、怖い……。
「レンテは激怒した。なんで教典の国の教義を語るんだってな。返ってきた言葉は、説得。両親はレンテまで教典の国に引き込もうとした。それが正しいと疑ってなかった。平行線をたどった口論の末、レンテは手を挙げた」
「あぁ。うぅ……」
何か気の利いた言葉を掛けようと思ったけれど、私の口からは小さなうめき声しか出てこなかった。
「忠義に篤い男だったが、力に訴えることは多かった。言うことは正しく間違ったことは一切しない分、忠誠心の薄い部下からは疎まれてたな。見つけ次第暴力に訴えていたから、向けられる視線は畏怖ばかりだったはずだ」
事実はもちろん明るみになって、歴史の国の最高法廷にて裁判が開かれた。騎士をこの裁判にかけるのは初めてだったらしい。おのれの中の正しさが矛盾してしまったレンテは、すぐに力を持て余した。
本来なら待っていたのは死罪。けれど、これまでの戦歴は否定できるものではない。歴史王ゴードラルドは苦悩の末、国外への永久追放とした。
「あいつは英雄じゃねぇ。自分の正義に忠実で、気にくわない奴にはすぐに手をあげちまう暴君なんだ。困っている人を助ける? 村人と協力する? 狩りの仕方を教える? 笑っちまうぜ! レンテはそう言う奴が一番嫌いなんだ」
「で、でもでも! もしかしたら、両親の件があって、国外追放にされて、それで心を改めたのかも! うん、童話ならよくあるし!」
「童話じゃねぇだろ。あいつは生きてたんだ……」
「そ、そうだけど……」
いつもよりガロンの言葉にとげがある。
「おいガロン、そのへんにしとけ。リリィに八つ当たりしてもどうにもならないぞ」
「……。あぁ、すまねぇな嬢ちゃん」
ガロンの聞きたかったレンテのその後。それはこの村にはなかった。
この村にとってレンテは英雄で恩人。像を作って祀り上げられ、年に一度はお祭りが開かれ、今度は童話になって世界に羽ばたこうとしている。
でも、本当に羽ばたかせてしまっていいのかな? ガロンの見て来たレンテとは全然違う架空の人物を童話にしようとしている。そうとしか思えなくなってしまった。
私は一体、何を童話にすればいいんだろう。
真実は何なのか? ……ううん、違う。真実とは何なのか?
これは難しい問題だ。
私は悶々とした気持ちを抱えながら、布団にくるまり、久し振りのベッドの素晴らしさを思い出す頃には、そんな悩みは夢の彼方に消えてしまっていた。
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