第50話 ガロンの戦友 その1

 提灯の橙色の灯りが作り出す幻想的な空間から一本路地を入ったところに、私たちは宿を取った。老夫婦が営む年季の入った宿屋は、設備もサービスも値段相応で貧乏旅を続ける私たちにはちょうどいい。ベッドで眠れることが、いかに幸福な事なのかを、私は既に知っている。

 二階にある二人部屋にたどり着き、通りに面した窓を開けると、祭囃子と一緒に涼しい風がカーテンを揺らした。


「山道を歩くよりも足が疲れた」


 私はだらしなくベッドに足を投げ出した。首だけ動かして後から入って来たヴェルトを見ると、丁寧に腰のポーチや護身用のナイフを取り外し、羽織っていた上着を畳んでいる。


「先に風呂入って来いよ。俺も疲れたから早く入りたい」


 理路整然とするヴェルトのベッドの周りを一瞥して、私も自分の身の回りに注意を向けて見る。バラバラに転がる靴、丸めて投げ捨てられたコート……はぁ。片付けるか。

 脱ぎ散らかした服や靴を不格好なりに整えて、私は宿のお風呂を借りることにした。


「はいはいー。ポカポカ王女のおかえりですよー」


 一日分の汗と疲れを落として帰ってくると、ヴェルトが何やら難しい顔をしてキャメロンと睨めっこをしている。キャメロンにガロンが入っていると知らなかったら、とてもシュールな光景だ。


「どうしたの?」

「ん? あ、いやな。レンテとういう騎士についてガロンから聞いていたんだ」

「レンテの話? 私も聞きたい!」


 私は濡れた髪をタオルでまとめながらベッドの端に腰かける。ヴェルトは口を噤んで私に隠すかな、と思ったけど、そんな素振りは露ほども見せず、好奇心に突き動かされる私を受け入れてくれた。


「ガロンの話とヘトロさんの話、それから村の様子。どうにも食い違いがあっただろ? 人物像が二極化してるっていうか。もしかしたら別人なんじゃないかと思ってな」

「そうなの、ガロン?」


 違和感には私も気付いていた。村人やヘトロさんにとって、レンテは英雄であり恩人である。歴史の国で大罪を犯した人間とは思えない崇拝ぶりだし、誰もそのことには触れていない。


「風貌は間違いねぇ。そこら中にある人形の顔は、間違いなく俺様の知ってるレンテだ。あの記念館とやらにあったヒストリーにある出生も間違っちゃいねぇよ。童話の国のこんな片田舎の村の連中が、歴史の国の地理なんてわかるわけないからな。本物、だろうよ」


 そして、はっきりと言い切った。


「だが、あれは俺の知っているレンテじゃねぇ」


 いつの間にか窓の外から聞こえていた祭囃子が止まっている。夜を運ぶ静かな風だけが、皮の村に流れる唯一の音だった。

 ヴェルトが視線で先を促す。


「これは俺がまだ歴史王、ゴードラルドの下で騎士をしていたときの話だ」


 ガロンの昔話がゆっくりと始まる。……ん? ちょっと待って。


「……ゴードラルド?」

「知らねぇか? 歴史の国の王だぜ、嬢ちゃん。――ま、時の流れは残酷だ。もうおっ死んで、歴史の一部だろうなぁ。今は……そういや、誰が歴史王になったんだ?」

「レーヴィリア。今の歴史王はレーヴィリアさんだよ。童話の城にも何度か来たことがある」


 私には会ったった記憶がないけれど物心つく前、私はレーヴィリアさんと会ったことがあるらしい。歴史王戴冠の時に、童話の国の代表者として、お父様が招いたと聞いた。


「レーヴィリアか。あのヤンチャ娘が今は国王か……」

「ついでだがガロン、ゴードラルドは先々代の歴史王だ。ゴードラルドとレーヴィリアの間に、モルドアが歴史王を継いでいる」

「……なるほどなぁ」


 深く納得したようだけれど、私にはちっとも伝わってこなかった。

 私が物心ついてからは、歴史の国の王様はずっとレーヴィリアさんだった。私と十も年が違わないはずなのに、その敏腕は童話の国にまで轟いて来る。お父様が進める童話を主体とした政治とは、全く違う世界がそこにあるんだろうな。

 ガロンは、話が逸れちまったと言って続ける。


「歴史の国の王は代々腕に自信のある臣下を騎士として召し上げ、自分の近衛兵を作るってのは知ってるか?」

「うん、それなら知ってる。えっと、十人ぐらいいるんだよね?」

「……十一人だ」


 指摘が細かい。


「騎士と名乗っていいのは、歴史の国でもその十一人だけだ。俺様はゴードラルド王の騎士の一人で、奴も、……レンテもその一人だった」


 童話の国は軍こそあれど、歴史の国のような戦闘のエリート集団はいない。戦ではなく、娯楽で富ませようとした童話王、お父様の功績でもある。

 でも、その地位、近衛兵というものが、いかに尊いものなのかは嫌でもわかる。


「王の側近ってことでしょ!? ガロン、ホントに凄い人なんだ!」

「おいおい、嬢ちゃん。俺様が冗談で元騎士を名乗っていたと思ってたのかよ」


 半分は勢いで言っていると思ってたのは、内緒にしておこう。


「国の中で上位十一人に入るほど強かったてこと?」

「ま、そう言うこったな」

「身体がないと、何の意味もないね!」

「なんだとぉ!」


 ま、それこそ冗談なんだけど。ガロンもちゃんと冗談として受け取ってくれたみたいだし。


「レンテは騎士の中でもずば抜けた怪力の持ち主だった。丸太ほどの剣を奮い、矢を受けても決して止まることのない強靭な肉体を持っていた。王からだけでなく、他の騎士からも一目置かれる存在だったのは間違いない。もちろん俺様も尊敬していたさ。戦場では組むことが多かったからな。そんな奴に背中を任せられるなんて、光栄だってな」


 私は自然と頷いていた。


「まだ教典の国との冷戦に入る前だ。いくつもの砦で火花が散っていた。その一つ一つに俺様たちは派遣され、戦果を挙げて凱旋をする。いつ死ぬかもわからない戦場から、俺様たちは何度も一緒に生還を果たした」


 戦友。その言葉の重みが垣間見えた気がした。


「大罪ってのは何なんだ?」

「……あぁ、それなんだ」


 ヴェルトの質問に、ガロンが答える。


「ヴェルト、歴史の国において、もっとも重い罪って何か知ってるか?」

「俺が知ってるわけないだろうが。俺は生まれてこの方童話の国育ちだ」

「うんうん」


 ついでに頷く私である。

 因みに、童話の国で重い罪は、当たり前だが人殺しだ。命に代わるものはない。反対に、主産業である童話に関しては、意外と緩い。童話の国が作る童話に卸売の許可やそれに伴う税金がかかってはいるが、中古品の取り扱いにルールはない。平たく言えば転売が容認されているとも取れる。これは国益よりも童話の普及を第一に考えたお父様の政策であり、結果として大成功を収めた。他にも、独自の童話を作成、出版することに制限はなく、二次創作に関しても、元の童話を著しく貶めていない限り罪にはならない。

 ……って、童話の国の話は今はどうでもいい。本題は歴史の国だ。


「歴史の国の一番重い罪はなんなの? レンテはそれを侵したってことだよね?」


 私は質問を返した。ガロンはしばらく黙った後、慎重な調子で口にする。


「親殺しだ……」

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