第41話 擬音コミュニケーション

 ……リベンジ?


 不穏な空気を聞きつけた子供たちが、また集まって来た。私たちの周りに再び人だかりが出来上がる。


「ええ。ワタクシは擬音蒐集家。新しい擬音に出会うことが何よりの楽しみなのです。然れば、求めて当然! ワタクシはワタクシを満足させる擬音を、欲しているのですよ」

「新しい擬音に出会う!?」

「なぁに、難しいことはありません」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。リーチェさんが回収できなかったというのは、こういうとなのか……。

 パヨパヨ爺は興奮したようにステッキをくるくる回した。


「お嬢さんがワタクシに伝えたいことを、擬音で表現していただければいいのです。正解などありません。テストでもありません。お嬢さんの思うまま、言葉を擬音に乗せて発していただければよい。これはコミュニケーションです」

「コミュニケーションって……。擬音だけで!?」


 そんなこと、できるのだろうか。

 擬音には音しかない。情景は伝えられても意味を込めることはできない。

『童話王から依頼された擬音を受け取りに来た』

 たった一文伝えるだけなのに、果てしなく遠い。

 悩み始めた私に、ほろほろと軽い笑い声がかけられる。


「考えていては擬音は紡げませんぞ?」


 楽しそうにステッキをくるくる回すパヨパヨ爺。周りの子供たちの期待が高まっていくのが肌でわかった。


「おい、リリィ。何もこんなふざけた提案受ける必要ないんじゃないか?」


 ヴェルトの大きな手が私の肩に置かれる。


「擬音だって言葉なんだ。誰が作り出したものだって、変わりはしないだろ」

「……」


 ちょっと魅力的な提案だった。

 擬音だけでコミュニケーションをとるなんて、正直想像しただけで胃がキリキリする。感情をうまく擬音に変換できないもどかしさ、それを口に出さなければいけない恥ずかしさ。童話城で怠惰と童話を思うがままに貪っていた王女にはどちらも耐えがたい苦痛だ。


「……ううん。違うよ、ヴェルト」


 けれど、私は首を振ってその提案を退けた。


「私、パヨパヨ爺の童話読んだことある。この人の擬音は普通じゃないの。擬音だけで情景も心情も伝わるの。これまでの『あひるの王子』もそうだった」


 思い返せばあの物語は素敵な擬音に彩られていた。第一巻、『あひるの王子とネコ娘』の、旅立ちの時の泣きはらしたネコ娘の心情。第四巻、『あひるの王子とあやかしの森』の不安を煽る情景描写。第三巻の『あひるの王子と砂漠の王者』なんて、砂漠の王者との手に汗握るバトルは、擬音無くしては生まれなかった。分厚い装甲を貫いた最後の一撃、世界の音を二分したような『ギュウィィィーーーン』は、今でも脳裏を離れない。


「だから私が、こんなところで、物語の質を落としてしまうわけにはいかないんだよ!」


 パンと一つ、両頬を平手で打つ。


「覚悟が決まったようですな。ピリリと伝わる緊張感に、ワタクシ、背筋がピンと伸びてしまいますぞ」


 パヨパヨ爺の唇がにやりと歪んだ。雰囲気を感じ取った子供たちの歓声が聞こえる。

 やるときはやる。なんちゃって王女とかポンコツ王女とか言った人間は後悔するがいい。

 童話が絡んだときの私は、すごいんだから!


「行きますぞ?」

「ドンとこい!」


 こうして冒頭の奇々怪々な場面へと戻る。

 あとから見返したら、噴飯物の珍事であった。

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