第40話 擬音蒐集家あらわる
私たちは、両手いっぱいで感謝を表現するリーチェさんと別れ、デザイナーズ通りを歩いて、目的の人物を探した。
リーチェさんによると、大通りを歩いていればすぐに見つかるとのことだったので、買い物の続きもかねて行き先も決めずにぶらぶら歩く。予言通り、目的の人物にはすぐに遭遇することができた。
何故それが、件の擬音蒐集家だとわかったのかと言われれば、その様相を見てくれとしか言いようがない。ハチャメチャなデザインが跋扈するこのストリートで、そのセンスはひと際輝いて光っていた。
黒のシルクハットに黒のマント。手にしたステッキも顔を覆う丸眼鏡も黒で統一した変質者。その変質者が、通りの一角にたくさんの子供たちを集めていたのである。
「……」「……」
私たちは互いに言葉を失った。
まるで、『ハーレードットの魔笛吹き』のようだ。見た目の怪しさをものともしない無垢な子供たちが、一心に心を奪われている。その様子を異様と言わずして何と言おう。
あのお話の前半では、魔笛吹きは魔笛の魔法を使って子供を誘拐し、人買いに売り渡す悪者として描かれていた。けれどそれは道化で、本当は親からの愛情を受けられない子供たちをこっそり救い出していた。身を挺して誘拐した子供を守る魔笛吹きの姿に、私も思わず涙したものだ。
……いや、今は魔笛吹きの話はどうでもいい。
パヨパヨ爺は紙に描かれた絵を子供たちに見せながら、お話を語っている。絵は少し経つと取り替えられ場面が切り替わる。抑揚のつけられた語りに子供たちは一喜一憂していた。
「あれは、紙芝居じゃねぇか?」
「ガロン、知ってるの?」
「あぁ。見たことあるぜ。つっても、ここ童話の国の話じゃねぇ。数十年前の歴史の国でだがな。童話の挿絵だけを紙に描いておいて、文章はああやって口で語るんだ。文字の読めねぇ子供や、童話を読む集中力のねぇ子供なんかにも童話を読み聞かせられるってんで、一時期流行ったもんだぜ」
「へー」
遠目からでもわかるほど、子供たちは怪しげなお爺さんの話に夢中になっている。
私は童話を読むことにためらいを覚えたことはないし、そんな人の気持ちは全く理解できないけれど、童話が根付いたこの国にも文字嫌いの子供はたくさんいる。
そんな子供たちに童話の楽しさを伝えている。なんだか、とても健全な活動に思えてきた。
「どうしよ。声掛けづらいね」
「とりあえず、お話が終わるのを待ってみるか」
団子のように丸まって目を輝かせる子供たちを、保護者のような面持ちで見守りながら、私たちは奥のベンチでお話が終わるのを待った。街路樹がちょうどよく日差しを遮り、束の間の心地よさを作ってくれる。
「パポペポペン! 魔法使いがひとたび呪文を唱えると、ペケペケになったギャオギャオスは、トボトボと去って行ってしまいました。村にはピカピカした平和が訪れ、再びキラキラした毎日が戻ってきましたとさ。めでたしめでたし」
物語が大団円を迎えると、子供たちから一斉にどよめきが上がった。うおー、わー、と言葉にならない声を上げる子供たち。私も自然と拍手をしていた。
「さてさて。今日のお話はここまでですぞ。パヨパヨ爺のお話が聞きたくなったら、また同じ時間にこちらにお越しくださいな。さすれば、今日よりもっともっと面白いお話の世界に、皆様をご招待して差し上げますぞ」
惜しまれながらも店じまいをするパヨパヨ爺。思い思いの感想を隣にいた子と話しながら、子供たちはお母さんの元へと帰っていく。とても平和な光景だった。
「して、そちらさんはワタクシのお客様ですかな?」
紙芝居に使っていたイラストを鞄にしまうと、パヨパヨ爺はこちらを振り向いた。
「お話が終わるまで見守ってくれて、感謝いたしますぞ。このパヨパヨ爺、ウルウルのウルでございます」
カツカツとステッキを突いて軽やかな足取りで近づいて来る奇術師のような風貌の老人。眼鏡の奥には深く深くしわが刻まれていた。
「あ、あの。私たち、リーチェさんという方の代理で、擬音蒐集家のパヨパヨ爺さんに会いに来たんです。リリィと言います」
「ヴェルトだ」
「ほよほよほよ。擬音蒐集家としてのワタクシですか。これまた酔狂な。いえ、失礼。あまり理解を得られる仕事ではありませんのでな」
私たちの前に立つと、優雅な仕草でシルクハットを取った。
「申し遅れました。ワタクシ、擬音蒐集家のパヨパヨ爺と申します。ご覧の通り子供たちに紙芝居を披露したり、童話作家、なんてのもやっているしがないジジイでございます」
「うん、知ってるよ。私、『ビュッとしてシュッ!』大好きだもん」
「ほよよー。これは嬉しい。嬉しいですなぁ。この気持ちを擬音にしますれば、ふーむ、『ホクホク』! うむ、そうでしょう。ジャガイモが蒸しあがったあの高揚感に似ています。蒸しイモは旨いですからなぁ」
「ホクホク?」
「ワタクシ、年甲斐もなくホクホクでございますな」
細い瞳が三日月のようにさらに細くなった。そして、何かに気付いたのか、私の顔をまじまじと観察する。
「おや? リリィ? ははぁ、なるほど。なるほどのほどなる。ワタクシ、わかってしまいましたぞ。あなたが噂のリリィ王女ですな?」
「えぇ!? また身バレしてるっ!?」
一日に二人も私の素性を知る人に会うなんて……。明日は雪かもしれない。
「大人気だなリリィ王女。サインでもしてやったらどうだ?」
「いや、王女のサインなんていらないでしょ。童話作家のサインならともかく」
まぁ、お父様のお気に入りというのだから、私の素性を知っていても不思議じゃないか……。
「いえね、ワタクシのもとを訪れる女性の軍人さんが、いつも『リリィちゃん』の自慢話をして行かれるものですから。耳にタコができるほどにトクトクと……。それこそいつまでおねしょをしていたか、という話まで、ザンザンと」
「ここでもかっ! それは忘れてっ!」
「ほよほよほよ」
丸眼鏡の奥でパヨ爺は優しく微笑んだ。
「して、お嬢さん。擬音蒐集家として御用を聞きましょう。リーチェさんとはどちらさんですかな?」
「あれ?」
私はヴェルトと顔を見合わせた。
星の形の喫茶店で話をした限りは、リーチェさんも何度かパヨパヨ爺に会いに行っているような口ぶりだった。だからてっきり、リーチェさんも顔なじみなのかと思っていた。
「知らない? ちょっと前に訪ねて来たと思うの。童話王からの依頼で作ってもらった擬音を受け取りに……」
「およおよおよー?」
シルクハットの少し下、こめかみあたりを両手でグリグリするパヨパヨ爺。小さな体で、精いっぱい身体を動かすものだから、小動物的な可愛さがある。
「ビビン! 語尾が特徴的なあの年若いご婦人ですな! ビシッと軍服を着こなしておられた」
「うんうん。その人」
「今思い出しましたぞ! えぇえぇ、確かに来ましたな。ということは、お嬢さんは、リベンジ、ということでよろしいかな?」
「そうそう――え? リベンジ!?」
ほっと胸をなでおろしたところに、聞きなれない言葉が飛んできた。
……リベンジ?
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