第39話 王女リリィのお悩み相談室 その2
ごくりと、喉が鳴る。緊張した面持ちで、リーチェさんの次の言葉を待った。
「実は童話王……、大ファンなんすよ、パヨパヨ爺の!」
「――うん。……って、え!? それだけ?」
「そうっす!」
たっはっはっは、と楽しそうに笑うリーチェさん。悪戯が成功して嬉しがっている子供のようだ。あどけない顔に悪意はないんだろう。
「あ、ファンっていうのは、童話作家のと、いうよりオノマトペメーカーとしての実力にって方が正確っすけどね」
ついでのように付け加える。
私は張っていた肩から力を抜いた。椅子の背もたれに体重を預ける。こういうのを肩透かしを食らったって言うのだろう。
でも、お父様が惚れこむほどの擬音か……。擬音だけで童話の国の王を惹きつける人物、興味がある。
喉が渇いて来てカップを持ち上げたけれど、中のお茶は既に飲み干してしまっていた。ヴェルトに目配せすると、全員分のお茶のお代わりを頼んでくれた。ヴェルトも興味を惹かれたのかもしれない。とりあえず、リーチェさんの話を最後まで聞くことにしたらしい。
新しいカップが運ばれてくるのを待って、私たちは話を進めた。
「で、お願いっていうのがっすね、そのー……」
「なんだ、言いにくいことなのか?」
「いえ! 決してそういうわけじゃないんすけど……。うん、言うっす」
小さく頷くと、リーチェさんは顔を上げた。
「自分の代わりに、パヨパヨ爺のところに行って、依頼した擬音を受け取ってきてほしいっす!」
私は再びヴェルトと顔を合わせる。
別段無理難題を押し付けられているようには思えない。口ぶりから依頼はしてあるようだから、噂の擬音蒐集家を説得する必要もないだろうし、回収してくるだけなら子供のおつかいでもできそうだけれど……。
「それくらいならいいよ。ねぇ?」
「あぁ」
「ほ、ホントっすか! リリィ王女は女神っす! 王女の中の王女っす!」
なんだろう。持ち上げられているのかわからなくて素直に喜べない。王女の中の王女って、褒め言葉なのかな?
そんなツッコミも、リーチェさんの喜びようを見ると引っ込んでしまう。野暮というものだ。
「解せないのは」
ヴェルトが自分のカップをソーサに戻して改まる。
「どうしてそんな簡単な仕事を俺たちに依頼するかってことだ」
「自分、先日パヨパヨ爺のところに一人で行ったんすけど、お恥ずかしながら門前払いされてしまったっす……」
新しく運ばれてきたカップではなく、星型の机の一つの鋭角の先を見つめながら、力なくリーチェさんは言う。
「自分の力だけじゃ、どうにも荷が重くて……。たはは……」
「ん? じゃあ、これまではどうしてたんだ? 童話王のお気に入りというのだから、これが初めての依頼でもないんだろう?」
「以前は、レベッカ先輩……軍隊長とコンビ組んでこの仕事してたっす」
「あー、なるほど。レベッカか。レベッカね」
そういえばリーチェさん、レベッカ隊の所属だと言っていた。
快活で誰とでも分け隔てなくコミュニケーションが取れるレベッカが付いていたなら、どんな交渉も楽勝だっただろう。レベッカは自然と人と距離を詰めることができるし、それが自分の武器だと自覚しているところがある。
私の部屋に勝手に入ってベッドの匂いを嗅いでいたレベッカ……。今頃何をやってるんだろう……。
「ちなみに、自分がリリィ王女をリリィ王女だと見抜けたのは、レベッカ先輩がいつも語っていた『リリィちゃん』の特徴とばっちり一致していたからっす」
「うっ……。なんか嫌な予感がするんだけど……。レベッカ、私がいないところで、変な事言いふらしてないよね?」
「変な事? さぁ、どうっすかね。自分がいつも聞かされるのは、リリィ王女がどれだけ可愛いかということばかりでして」
まぁ、あのレベッカならそういうことを吹聴して回るのもわからなくない。そういう性格を含めてレベッカはレベッカだ。
「今日の寝癖はいつもより鋭角で可愛い、とか、夕食で出たはちみつ漬けを美味しそうに食べていて可愛いとか、頬に付いたはちみつをあたしの舌でぺろぺろしたい可愛いとか」
「変態だ!」
「実はこっそり童話王の秘蔵コレクションを物色していた可愛いとか、おねしょは十歳までしていた可愛――」
「だぁーっ! もういい! リーチェさん、もういいっ!」
お茶うけに置かれていたお菓子を引っ掴むと、リーチェさんの口の中に無理やり突っ込んだ。
な、なんで知ってるんだ! そんな私も忘れてしまっていたこと!
リーチェさんもリーチェさんだ。何もヴェルトがいるところで、そんな話をしなくても……。
話題を振ったことは棚に上げて、私はヴェルトの二の腕をつねって八つ当たりした。
「話戻して!」
「は、はいっす。……ともかく、この任務、もともと童話王の我儘から始まったらしいっす。お忍びで出掛けようとした童話王がレベッカ先輩に見つかって……。レベッカ先輩が叱ったところじゃあお前が橋渡しをしてくれと、頼まれたって聞いてるっす……」
「……」
「その現場を偶然目撃してしまった自分もついでのように巻き込まれてしまい、それ以来二人でこの町まで来て、パヨパヨ爺から擬音を受け取っていたっす。でも先日、先輩、長期遠征に出ちゃって……」
うつむくリーチェさん。
一人で初仕事だったわけだ。でもうまくいかなかった。
私に対するレベッカは半熟卵のようにデレデレのドロドロだけれど、軍の中に身を置いている間は有能な兵士だと聞いたことがある。そのレベッカがやっていた仕事を引き継いだとなれば、新人には荷が重くても仕方がない。
長期遠征。その原因を作った張本人は今、私の隣で優雅にお茶とお菓子を頬張っているわけだけれど……。
「ヴェルトは何か思うところないの?」
「いや、流石にそれは言いがかりだろ。風が吹いたから桶屋が儲かっただけじゃないか」
私の視線から言いたいことを感じ取ったヴェルトが無実を主張する。
まぁ、それはどうでもいい。
「わかったよ、リーチェさん。私たちが、パヨパヨ爺と話してみる」
「あ、ありがとうございますっす!」
「本物の童話作家に会いたいって言うのもあるしね」
「お前はそれが本心だろう」
「本心じゃないよ。八割ぐらい」
パッと明るくなったリーチェさんを見て、私の心も明るくなる。誰かに頼られるというのは、存外嬉しいものなのだ。
「ちなみに」
リーチェさんは付け加える。
「その擬音、『あひるの王子』の次巻に使われる予定のものっす!」
「ヴェルト! こうしちゃいられない! すぐに行こう! 今行こう! 早く回収しよう! こんなところで『あひるの王子』シリーズが刊行できなくなったら、私は死んでも死にきれない!」
リーチェさんが言っていた『この国の為だと思って』、という表現は、私にとって決して比喩ではなかった。
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