第38話 王女リリィのお悩み相談室 その1

「名前はリーチェっす。所属は童話軍のレベッカ隊っす」

「リーチェさんだな。まずは落ち着いて、わけを話してくれよ」


 場所は移って星の形をした喫茶店。

 机も椅子も、メニューもお皿も全てが星の形をした不思議なお店で、私たちは一度腰を落ち着けることにした。

 お昼前の店内に他の客の姿はない。注文を取りに来た星の眼鏡をかけた店員に、お茶を三人分注文し、一息ついたところだ。

 私たちの前でしゅんとしているのが、私の足元に縋りついて来たお姉さん、リーチェさん。改めて見るととても若い。私より少し年上、少なくともヴェルトよりは確実に下だと思う。軍帽を取るとまとめていた髪が下りてきて、途端に女の子らしくなった。頬のそばかすがチャーミングだ。


「助けてくれって言ったよな。それは俺たちが……、というか、こいつが童話王の娘、リリィ王女だということを知ったうえで言っているのか?」

「は、はいっす……。申し訳ないっす……」


 膝に視線を落としたまま答える。

 この世の絶望を背負いこんだような態度に、ちょっとだけ可哀想になった。

 軍に身を置いていたとしても、王女である私と会話できる機会なんてほとんどない。私自身があまり部屋から出なかったし、軍人であろうと童話城内を自由に歩けるわけではない。王女に謁見する機会なんて、それこそ春祭りの警備の時ぐらいしかないだろう。

 まぁ、レベッカという例外もいるわけだけれど……。あれだけは例外だ。

 だから、このリーチェさんとは初対面だと思う。

 初対面の相手に、ちょっとでも関わりがあったから思わず泣きついてしまった。

 切実な状況に陥っていることは、彼女の落ち込み具合を見るまでもなく伝わって来た。


「大丈夫。私、王女だけど、リーチェさんが思ってるほど大した人じゃないから」

「そうだ。こいつはポンコツ王女だ」

「もう! 身内の前でまでポンコツ言うな!」

「ぽ、ポンコツだなんて! 思ったこともないっす! 命を懸けて!」

「リーチェさんも、そんなところで命懸けないで!」


 キラキラした瞳に見つめられたままでは、こっちもやりづらい。どこまで冗談かわからないから、さらに質が悪い。


「ま、とにかくさ。話してみてよ。もう乗り掛かった船だし、ヴェルト、こう見えて意外と役に立つんだよ」

「こう見えては余計だ。……って、話が進まんな。すまん、遮って」


 虚ろな瞳をヴェルトの方に向け、また自分の膝に戻す。

 少しの間、心のうちで葛藤していたようだけれど、私たちのお茶が冷めてしまう頃になってようやく踏ん切りがついたように、顔を上げた。


「あの、お二人さん。擬音蒐集家、ってご存知っすか?」

「擬音――」「――蒐集家?」


 おずおずと紡ぎ出した言葉を聞いて、私はヴェルトの顔を見た。ヴェルトも私の顔を見つめていて、二人して首を傾げた。

 残念ながら存じ上げない。なんだか曰くありげな響きだ。


「知らないっすか。ま、かなり特殊な商売っすからね。じゃあ、こっちは知ってるっすか?」


 伝わらないことが分かっていたのか、落ち込んだ風もなく、次に移る。


「童話作家パヨパヨ爺」

「知らんな」「知ってる!」


 私とヴェルトの声が被った。言うまでもないが、その名前を知っていたのは私の方だ。

 ヴェルトの胡散臭いものを見るような目がこちらに向くが、私は構わず身を乗り出した。


「『ビュッとしてシュッ!』を書いた人だよね!? 児童向けの童話を専門に書く老齢の童話作家! 淡い水彩画にひねりのないまっすぐな文章、そして巧みな擬音をこれでもかというほど散りばめた作品が特徴! 児童向けと言いつつも、彼の作品を赤ちゃんの子守唄代わりに読み聞かせるお母さんも多いと聞くよ。代表作には、『ビュッとしてシュッ!』の他に、『はじめてのシュワシュワ』、『ペケペケくんとモコモコちゃん』などなど……。ん? 擬音!? ハッ! もしかして……」

「はい、リリィストップ。暴走してるぞ」

「暴走じゃない。平常運転」

「余計悪いわ」

「あのー……」


 ヴェルトに頭を小突かれて、テーブルの向こうでリーチェさんが困惑しているのに気が付いた。

 そうだった。今はリーチェさんの話を聞くのが優先だった。


「そ、それで? その有名な童話作家さんがどうかしたの?」


 有名なという言葉のアクセントを強くしたのは、知らないと言い放ったヴェルトへの意趣返しだ。


「先ほどの擬音蒐集家というのが、そのパヨパヨ爺の別の顔でして、まぁ読んで字のごとく、擬音の蒐集を生業としていらっしゃるっす」

「え?」


 いまいち理解できなかった。

 擬音って蒐集するものだっけ? 擬音でどうやって生計を立てるの?

 私は眉にしわを寄せてリーチェさんを見た。


「自分も詳しくは知らないっすけど、自然界、人間界に存在する音を集めて、文字にすることが生きがいらしいんすよね。で、できた擬音を売ったり、お客さんからシチュエーションを聞いて新しい擬音を作り出したりしてるんす。オノマトペメーカーって呼ばれることもあるっす」


 はきはきと答えるリーチェさんが嘘を言っているわけではなさそうだ。

 世の中にはいろいろな需要があるなぁ。擬音を買っていく人の気持ちが推し量れなくて、私は早々に思考を放棄した。


「その顧客の一人が、童話王でして……」

「お父様!?」

「自分はその買い付けを頼まれてるっす……」

「お父様……」


 なんだか身内の隠された秘密を知ってしまった気分だった。反応に困る。


「なるほどな。別にわからん話じゃない」

「ん? どういうこと、ヴェルト」

「俺たちの旅の目的を考えたら見えて来るだろう」

「旅の目的?」


 お父様から言いつけられた責務は童話の原石の回収。良質な童話を作るための材料を集めてくることだ。童話は面白くなければ売れない。その核となる原石を他人の思い出に頼ることで、リアリティのあるお話を生み出すことができている。


「じゃあ、その次に大切なものはなんだ?」

「んー。……ページのめくりやすさ? つまり、紙の質!」

「……。王女失格」

「あーっ、待って待って! ちゃんと考えるから!」


 えーっと、えーっと。童話にとって大切な物……。


「あ、読みやすさ」

「そうだ。流れるような綺麗な文章であること、だ。……童話論はお前の十八番だろう」


 うぐぐ。言い返せない。ヴェルトの癖に童話を語りおって……。

 私は、カップに残っていたお茶を一気に飲み干した。


「俺たちは童話の原石を集めて来る。その原石を使って、童話城の童話制作師たちが童話を作る。もしこの時、童話制作師にも理解できそうにないシチュエーションが生まれたら……?」

「回収してきた記憶を、上手く言葉にできない……」

「ああ。童話王お抱えの童話制作師でも書けないものがあったら、専門家を頼るしかない」


 だから、擬音を買う。

 国民が期待する一流の童話を出版するため、お父様はこういう見えない努力をしていたのか……。なんか、すごいな……。

 手を叩く音が聞こえた。顔を上げるとテーブルの向こうで、リーチェさんが嬉しそうに手を叩いていた。


「いや、さすがっす。ご明察っす」


 ひとしきり拍手を終えると、今度は一気にトーンを落とした。


「――でも、残念。それは表向きの理由っす」

「表向き?」


 ヴェルトの眉間にしわが寄った。

 筋の通った推理だと思ったのだけれど……。

 リーチェさんは猫のように目を細め、声を潜めた。


「ここだけの話っすよ?」

「……」

「絶対に秘密っすよ?」

「……うん」


 ごくりと、喉が鳴る。緊張した面持ちで、リーチェさんの次の言葉を待った。

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